2010-01-13
無理なアウトプットについて
ちともう一回。これ、気になるんだよなー。
毎日200〜300くらい記事読んで、ぶくまつけて、スターつけて、TwitterやらTumblurにポストして。
自分は情報を大量にインプットしてるつもりだった。なんとなく勉強して偉くなったつもりになってた。
でも、そうやってため込んだ知識は他の人と話すときに何の役にも立たなかった。
つまり、これはインプットじゃあなかったわけだ。だってアウトプット口がないんだから。
となると自分がやってきたことは何だったのか?
少なくとも現時点では、ただの消費になっているのは間違いない。
私がやってること自体がまずいというわけじゃないと思う。
ただ楽しいからやってることではあるが、一日の時間の大半を費やしている作業が
ただの消費で終わってしまうのではまずい。
自分が蓄えてきたものを誰かの役に立てるようにするか、
それとも会社や他人との会話で必要とされるインプットに重点を移す必要があるように思う。
多分普通の人がネット始めてから3日くらいには気付くであろうことに3年かかってようやく気付いた。
これさー、アウトプットのイメージがやっぱりおかしいよねー。「メロン牧場」に載ってた話とほとんど同じじゃないんだろうか。
- 作者: 電気グルーヴ
- 出版社/メーカー: ロッキングオン
- 発売日: 2001/08
- メディア: 新書
- 購入: 4人 クリック: 86回
- この商品を含むブログ (85件) を見る
石野卓球
「まぁ、だから圧倒的にメンタルなんだよね。うちらに限ったことじゃなくて、他のアーティストもそうだと思うけど、フィジカルに楽しむべきコンサートの場が確認の場だったりするときがあるじゃない?
例えばずーっと好きで聴いてた外タレが遂に来日するときに『これが本物か!』って確認作業で見るっていうさ(笑)。それはフィジカルな楽しみ方とは対極にあって、そういう楽しみ方をしてる人達ってのが読者に圧倒的に多いんじゃないの?」
●山崎洋一郎(ロッキング・オン・ジャパン)
そうだねえ。何で増えてきたんだろう? 日本人にそういう人が多いのかな。最近また増えてきてるような気がしてしょうがないんだよね。
石野卓球
「何かしらのストレスとか発散したいものがあったら、それをコンサートとかクラブに行って踊って発散するっていうよりも、クラブやコンサートに行って体験したことを文章にして人に伝えることで発散するってことなんじゃない?(笑)ワンクッションあるんだよね。ちょっと楽しみ方が屈折してるのか、楽しみ方が複雑なのか分かんないね。」
『電気グルーヴのメロン牧場―花嫁は死神』 P.281-282
この文章は2000年のものだけど、それ以降にブログやマイクロブログがさらに普及していったわけだから、ますますこういう傾向が強くなってるのかもしれない。
んで、何かを書いてストレス発散ってのは誰しも同じなんだけど、中には「これ、ブログのネタになるかな」的な発想で、わざわざどこかに行ったり、食べてきたり、見てきたりするケースもあるんだろうなー。というか、絶対にあるよねー。つまんないと分かりきってる映画をわざわざ観に行って、ブログで酷評してみたり、とか。
まぁ、そういうのもアウトプットと言えなくもないんだろうけど、でも、それって無理に深酒してゲロ吐いてるようなもんだよねー。そこまでしてやるものかなー、アウトプットとか、ブログって。
「これは地雷だよなー」って知りながら踏みに行って、「地雷でしたー!」とか報告するのって、ネタとしてはアリだけど、本人的にどうなんだろう。それって、「こうすれば雑談が上手くなる」的な願望とそんなに変わらないんじゃないかなー。
PVやらアフィがちょっとくらい上がっても、そんなものはたいした財産にはならないわけだから、インプットとかアウトプットとか関係なく、気ままにあれこれやればいいんじゃないだろうか。美味しいお酒があったら、自分の舌と胃袋で堪能すればいいだけで、それをわざわざ「美味しかったよー」と伝える必要は本当はないよねー。
で、そういった経験によって舌が肥えて、美味しいお酒を見極められるようになったりして、それがインプットとアウトプットの軸になっていくんじゃないかなー。
この増田の書き方を見ていたら、そこらへんで順番がおかしくなってるような気がしたので、「アウトプット」してみたナリ。
おわり
