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2010-04-08

『日本人の英語』という終わりのないゲーム




日本人の英語 (岩波新書)

日本人の英語 (岩波新書)




マーク・ピーターセンの『日本人の英語』について面白い書評を読みましたので、その感想を少し書いてみようかと思います。まずは、書評の結論部分をコピペさせていただきます。




東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ『日本人の英語』マーク・ピーターセン(岩波書店)

どうやら問題の根は、冠詞の存在性を日本人がどう受け取めているかというところにあるらしい。「手強い冠詞さん」というイメージがある。よくわからないルールがあって、口にしたとたん、「ブ〜〜♪ 外れ!」と赤ランプがつくように思っている人が多い。


 これはなかなか厄介なことだ。ピーターセンは、日本人に「余分なtheが多い」という。たしかに、と思う。theをつけてあるのに、文脈の上で、そのtheの示すものがわからないという誤った使い方は多い。theを使うからには、語り手が「君も僕もわかっている例のあれね」と宣言しているわけだから、「その例のって、何?」という問いに対する答えが与えられていなければならないのに、そうなっていない。読んでいる方は「???」となる。


「日本人の英語」で見られるtheの過剰な使い方は、実は日本語文化の自己主張なのではないかとも思う。必ずしもtheについての文法書の説明が悪いのではない。いや、本書『日本人の英語』に限らず、上手な説明はたくさんなされてきた。にもかかわらず、うまくいかないとするなら、まさにそこが注目のしどころなのだ。


 冒頭で筆者が立てた問いに対する答えは、このあたりにありそうだ。「日本人英語の間違い」本のセールスポイントは、「馬鹿だなあ、ネイティヴスピーカーはそんなふうに言わないよ」というメッセージにある。英語コンプレックスの日本人は、しかられるのが大好きなのだ。日本には特有の寺子屋的「しかられの文化」のようなものがあって、それが日本人の勉強欲をかき立ててきたわけだが、「ネイティブスピーカーのおしかりを受ける」というこのパタンは、本人が突然"ネイティヴスピーカー"に生まれ変わることが構造的に不可能である以上、永遠に再生可能でもある。


 おそらくこの本を手に取った人の中には、著者の露骨な「馬鹿だなあ、ネイティヴスピーカーはそんなふうに言わないよ」的スタンスにイラッとする人もいるだろう。日本人英語の幼稚さや滑稽さをあげつらう表現があちこちにあり、今ではおなじみになった、Tシャツの変な英語なども恰好のネタになっている。イギリス人が書いたならともかく、いくら80年代とはいえ、あれだけいろんな英語が流通するアメリカからやってきた人が、ここまで「正しい英語」を振りかざすのは、ある意味驚きでもある。解説が秀逸であればあるほど、この語り口は鼻につくかもしれない。


 しかし、これはゲームなのである。むしろ我々読者の方が、「日本人の間違い」というタイトルに惹かれた時点で、しかられることを求めている。その先にあるのは、英語について「なるほど」と合点しながら知的好奇心を満たしたいという欲望である。ちょっとした"保守反動"を演じるピーターセンが意識するのも、そういう視線だ。いわば「趣味の英語」の世界。この著者は、「ほら、こういうふうに考えるとわかるでしょ」と理屈を立てるのがうまい。それが"真実"かどうかよりも、ともかく「なるほど」と思わせる。そして「どうしてそんなことがわからなかったんだ、かわいそうなオレよ!ちゃんと理屈があるのだ!」と、ほとんどすがすがしいような敗北感が心地良く私たちの胸を打つ。


 このような"しかられ"の構造がある以上、いくら『日本人の英語』が62刷出ても、日本人の中からなかなか冠詞王のような人がでないのは致し方ないことだろう。理屈に快楽をおぼえた時点で、どこか本末転倒になっている。でも、きっと、それで十分なのだ。誰も本気で"ネイティブ・スピーカー"になろうなんて思っていない。そう簡単に英語はできるようにはなりませんよ、というポイントこそがこのゲームのもっとも大事なルールなのだ。筆者もその点では、ちょっとした"経験者"なのである。




「これはゲームなのである」というのは興味深い指摘ですね。


『日本人の英語』について感想を書いているブログをいくつも読みましたが、そのほとんどが冠詞の項目を例に挙げ、「いかに新鮮な感動を覚えたか」という体験を書き添えています。この書評の意見に従うならば、『日本人の英語』の読者たちはある種のカタルシスを覚えているのかもしれません。


確かに、冠詞はその使い方を把握するのが難しい文法事項であり、英語を母国語としない人たちにとっては悩みの種と言えます。ただ、完璧とまでは言えなくても、地道に英語を勉強している人ならばある程度の使い分けについては理解しているでしょう。すべてを「慣れの問題」として片付けるほど複雑怪奇でもないとわたしは感じています。


そもそも、どうしてこの本を読んだ人たちは冠詞のことばかり書きたくなるのでしょうか。


おそらく、これまで抱いていたイメージとマーク・ピーターセンの説明とのあいだにそれなりに大きなギャップがあるからなのでしょう。また、「冠詞は難しい」という共通した認識が存在しており、この『日本人の英語』を読んだ人がウェブを介して感想を書くことによって、さらにその認識を増幅させているのかもしれません。


こういった増幅は、何も冠詞に限ったことではなく、しばしば取り沙汰される発音や英文法についても同じことが繰り返されてるような気がします。そして、最後には「英語は難しい」「日本人に英語は無理だ」というお馴染みの結論が出てきます。


ただ、「かわいそうなオレよ!」という自虐的な気分に個人的に浸るぶんには構わないのですが、それに止まらず、「オマエもかわいそうなヤツであるべきだ!」という心理が潜んでいるとしたら厄介な話です。そうなってしまうと「日本人=英語が下手」という認識を共有すること自体が目的になってしまいます。


例えば、留学している人の英語能力を過剰に崇拝するときもあれば、その一方で、帰国子女のかたの発音を笑ってみたりすることもあるようです。そして、この二つは矛盾した態度に見えます。


しかし、両者を「英語の下手な日本人以外」というグループに分類している点では同じです。このように分類してしまえば、「日本人=英語が下手」という図式は何とか崩れずに済みます。


また、外国語の問題であるならば、中国語やスペイン語など他の言語についても話題になるはずなのですが、いくら英語の重要性が高いとはいえ、英語についてだけこういった議論が起きるのは何とも不思議なお話です。


これらの背景には「日本語が最も上手なのは日本人なんだ」という強固な考えがあるのではないでしょうか。そして、その対象を英語にした場合は「英語が最も下手なのは日本人なんだ」と裏返しにしているだけなのかもしれません。


英語という言語を叩き台にして「(英語が下手な)すべての日本人」というグループの再確認をするのが目的であるならば、「日本人は冠詞を理解できない」という感想が共有されるだけで良いのでしょう。あとは、「日本人には冠詞は無理だよねー」と言えばいいだけです。





このような"しかられ"の構造がある以上、いくら『日本人の英語』が62刷出ても、日本人の中からなかなか冠詞王のような人がでないのは致し方ないことだろう。理屈に快楽をおぼえた時点で、どこか本末転倒になっている。でも、きっと、それで十分なのだ。誰も本気で?ネイティブ・スピーカー?になろうなんて思っていない。そう簡単に英語はできるようにはなりませんよ、というポイントこそがこのゲームのもっとも大事なルールなのだ。筆者もその点では、ちょっとした"経験者"なのである。


(東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ『日本人の英語』マーク・ピーターセン(岩波書店))




そして、「すべての日本人は英語下手である」とお互いに確認しあうことがこのゲームの最終目標であるとしたら、「冠詞王」という突出した存在は最初から望まれていないのでしょう。生まれたとしても、その人を「英語の下手な日本人以外」に分類してゲームが続くのでしょう。


でも、そんなゲームはさっさと終わらせたほうが良いのではないでしょうか。英語が必要ならば各自で自由に教材と方法論を選択して、それこそ「日本人らしく」コツコツやっていけばいいだけのことなのですから。




おわり




【オマケ】


本論で取り上げられている冠詞(article)について、その理解を深めるために有用ではないか、とわたしが考えている素材を挙げておきます。




A, An or The? - Kenneth | Learn English at EnglishCafe




まずは、不定冠詞(indefinite article)と定冠詞(definite article)の違いを読むと良いとわたしは思います。奇妙な例文ですが、両者の違いを上手に説明しています。


次に、限定詞、または、決定詞(determiner)を知ることで、冠詞(article)というものがその一部であるという視野を持てるかもしれません。Google英語版などで”determiner”で検索をかければ、たくさんの説明サイトが出てくるでしょう。または、こちらの本でも簡単な説明に触れることが出来ます。




百戦錬磨の英文法ドクターが治す!日本 ... - Google ブックス




Practical English Usage

Practical English Usage




最後に、『Practical English Usage』のU61〜70について読めば、おおよその基本パターンに目を通すことが出来るのではないでしょうか。特に、U62-1にある図は、日本人の英語学習者にとって親しみやすい説明だと思います。それに近い考えは・・




冠詞は3段階で判断する


f:id:rhb:20090125231837j:image




こちらで読むことが出来ます。基本的な性格はほぼ共通しています。また、この図を見るだけでも、冒頭に挙げた"A, An or The?"というエントリーが理解の出発点として相応しいこともご理解いただけるのではないか、と考えています。


もちろん、これらはわたしが1年と少しのあいだ学習したなかで知り得たものであり、高度な専門性を持っているわけではありません。これはあくまでも、「わたしはこういう勉強をしました」というだけのお話です。


最善の選択はご自身であれこれ探してみることだと思います。