Hatena::ブログ(Diary)

はてな読み

2016-07-09

「ガールズ&パンツァー劇場版」のシナリオ考察




<目次>


【廃校問題、再び】

【大洗女子連合のチーム名】

【どんぐり小隊の本当のリーダー】

【会長のモデルは誰なのか?】

【大洗女子連合を作り上げた4人】

【刹那主義とお茶会】

【カチューシャとノンナと十一月】

【急造チームの「チームワーク」】

【知波単学園とアヒル殿】

【「1941」と観覧車先輩】

【丸山さんの笑顔】

【鏡の国のアリス】

【ヴォイテクとボコ】

【義経とマイスタージンガー】

【卒業を描く】

【まとめにかえて】


※参考にした書籍などは最後にまとめて載せておきます。




【廃校問題、再び】


劇場版のシナリオを考えるうえで、避けては通れないのが廃校問題。テレビシリーズ本編がほぼ完璧に終わっているため、廃校問題が再び持ち出されるという展開に納得がいかない人もいるはずです。かく言うわたしも、最初はそう感じていました。なので、そんな観客の気持ちをあえて劇中で代弁させているわけですね。


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梓「わたしたちの戦いは何だったんですか。学校がなくならないために頑張ったのに。」


ただ、テレビシリーズは限られた時間のなかで急ぎ足になっているところもありましたので、そういった意味で言えば、ややキツい印象のままで終わってしまったエリカやカチューシャ、参加が遅かったカモさんチームやアリクイさんチーム、そして、OVAでしか詳しく描かれていなかったアンツィオ校の活躍を見ることができるのは劇場版のおかげでしょう。とくに、アンツィオ校は後半の遊園地における戦闘のMVPと言うべき貢献度の高さでした。さらに、各校の交流によってより大きなメッセージを持たすことに成功しているとわたしは思います。


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それを象徴するのがこのタイトルロゴですね。テレビシリーズ本編とは違うものが用意されています。劇場版のロゴで戦車のうえに配置された星は7つで、大きさがまちまちです。おそらく、これらは大洗女子を廃校の危機から救うために駆けつけた7つの学校を表しているのでしょう。



【大洗女子連合のチーム名】


3つのチームのうち2つが、第二次世界大戦における敵国同士を組み合わせたものとなっています。このように史実では敵同士であったものをチームとして組ませることで、本編にもあったこのメッセージを繰り返しているのでしょう。


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(第8話)

みほ「戦車道は戦争じゃありません。」


《ひまわり》


中隊長:西住まほ

副隊長:カチューシャ


大洗女子学園カメさんチーム(ヘッツァー)、カバさんチーム(III突)
黒森峰女学園西住まほ(ティーガーI)、逸見エリカ(ティーガーII)、パンター×2
プラウダ高校カチューシャ(T-34/85)、クラーラ(T-34/85)、ノンナ(IS-2)、ニーナ(KV-2)

ドイツ+ソ連という独ソ戦の敵同士の組み合わせになっています。したがって、両国が激しい戦いを繰り広げた東部戦線の地域においてよく見られるひまわりの花がチーム名の由来と考えられます。


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ちなみに、ひまわりは本編の第6話におけるプラウダ校の場面でも描かれています。また、ひまわりはロシアの国花のひとつで、ノンナの好きな花です。(もうひとつの国花はカモミールで、こちらはカチューシャの好きな花になっています。)


《あさがお》


中隊長:ケイ

副隊長:西絹代


大洗女子学園ウサギさんチーム(M3リー)
サンダース大学付属高校ケイ(M4シャーマン)、アリサ(M4A1シャーマン)、ナオミ(ファイアフライ)
知波単学園西(九七式)、玉田(九七式改)、細見(九七式)、福田(九五式)、池田(九七式)、名倉(九七式改)

あさがおチームは太平洋戦争を戦った日本とアメリカによる合同チームですが、元ネタはこの本ではないでしょうか。(Morning Glory は朝顔)



日系人のヤマト・イチハシ(Yamato Ichihashi)の回顧録で、太平洋戦争中の日系人の強制収容所について書かれた本です。ちなみに、ヤマト・イチハシの奥さんはケイ(Kei)という名前らしいです。サンダースの隊長であるケイの名前がここから取られているのだとしたら、本編の開始前からこういった敵国同士を組ませるという構想があったのかもしれませんね。


《たんぽぽ》


中隊長:西住みほ

副隊長:ダージリン


大洗女子学園あんこうチーム(IV号H型)、カモさんチーム(B1bis)、レオポンさんチーム(ポルシェティーガー)、アリクイさんチーム(三式チヌ)、アヒルさんチーム(八九式)
聖グロリアーナ女学院ダージリン(チャーチル)、ローズヒップ(クルセーダー)、ルクリリ(マチルダII)
アンツィオ高校アンチョビ(CV33)
継続高校ミカ(BT-42)

たんぽぽチームはその他の混成軍なのですが、「たんぽぽ」ということからシンプルに考えれば、


1.転校先で優勝という偉業を成し遂げたみほ

2.秋山殿の好きな花はたんぽぽ(≒西住殿のこと)

3.在来種(固有の文化)と外来種(海外の文化)の共存


ここらへんがその理由でしょうか。外の世界を経験することで成長するというのは、この劇場版で繰り返し描かれるテーマでもあります。


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(左側が劇中で描かれたオリジナル、右側はそれを反転させたもの)


こちらは草原を大洗女子連合が一列になって進んでいく雄大なシーンですが、ここで映る影はユーラシア大陸をひっくり返したようなカタチになっていて面白いです。このような各国の連合軍というものは現実にはあり得ないけども、フィクションならば可能だというメッセージにも感じられます。これもまた、劇場版のテーマのひとつとなっています。




【どんぐり小隊の本当のリーダー】


《どんぐり》


大洗女子学園カメさんチーム(ヘッツァー)、アヒルさんチーム(八九式)
アンツィオ高校アンチョビ(CV33)
継続高校ミカ(BT-42)

さて、問題となるのは、途中で結成されたどんぐり小隊。中隊は「ひまわり」「あさがお」「たんぽぽ」と花の名前だったのに、これだけは木の実になっています。ですが、よくよく考えてみると、このネーミングは「杏」「桃」「柚子」という生徒会チームのメンバーと同じパターンです。つまり、どんぐり小隊の本当のリーダーは会長なのではないかと思われます。実際、カールを倒したのも会長の「機転」と射撃の腕ですしね。


カメさんドイツ会長
アヒルさん日本磯辺
アンツィオイタリアアンチョビ
継続フィンランドミカ

そして、このどんぐり小隊はなにげに枢軸国チームだったりします。中隊は第二次世界大戦の敵同士がチームになっているのが大きな特徴でしたが、どんぐり小隊はそのパターンからも外れているわけです。


(スタッフコメンタリー)


「どんぐり小隊って言いながら、BT、おっきいなって思いました。他はね、あの、どちらかって言うと、小さめなんですけど。」


これは戦車の大きさについてのコメントですが、「小さめ」なのは戦車だけではなく、会長、磯辺、アンチョビの3人は身長も低くて小柄です。そして、小柄と言えば、どんぐり小隊には入っていませんが、カチューシャもそうです。


会長142cm
アンチョビ156cm
カチューシャ127cm

カチューシャのモデルはスターリンで、アンチョビのモデルはムッソリーニ。カチューシャはしょっちゅう何か食べていますが、フルシチョフの伝記によれば、スターリンも同じようにいつも飲み食いをしていたらしいです。アンチョビについては、実質的にムッソリーニを指す「ドゥーチェ」(Duce)という呼称をそのまま出しています。


では、会長のモデルは誰なんでしょう?




【会長のモデルは誰なのか?】


・どんぐり小隊という枢軸国チームにいる

・国としてはドイツに相当

・独裁者をモデルにしたカチューシャやアンチョビのように小柄


そう、わたしは会長のモデルはヒトラーだと思っています。それもヒトラーのネガティブなところをすべてポジティブに変換したネガポジ反転キャラです。もちろん、ヒトラーはタブー中のタブーですから直接的に描くわけにはいかないのですが、作中でヒントがいくつか示されています。


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まず、カメさんチームという名前です。おそらく、これが元ネタでしょう。



Dr. Seuss の 'Yertle the Turtle' という絵本。作者自身が言ってるのですが、これはヒトラーを皮肉った内容なんですね。


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1匹のカメが他のカメの上に乗っかって独裁者を気取るものの、最後は上から真っ逆さまに落っこちるというお話です。


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そして、第12話でやったマウス攻略はこの 'Yertle the Turtle' のお話をひっくり返したパロディになっています。


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'Yertle the Turtle' に出てくるカメは一番上でエラそうにする独裁者ですが、「ガルパン」のカメさんは一番下でボロボロになりながら奮闘する縁の下の力持ちです。


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劇場版の「スーパー風紀アタック」も同じです。'Yertle the Turtle' では一番下のカメが「苦しい」と訴えても一番上のカメは冷酷に無視するのですが、「ガルパン」の会長は縁の下の力持ちをやりつつ「いいじゃん、楽で。」と言ってのけます。


次に、気になるのが第5話のやりとりです。


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(第5話)


ケイ「ヘイ、アンジー!」

柚子「角谷杏だから、アンジー?」

桃「馴れ馴れしい。」


ケイは会長の「杏」という名前を愛称にして「アンジー」と呼んでいます。これはサンダースのフレンドリーさを示すためのやりとりですが、実は、Adolf という名前の愛称は 'Adi' だったりします。


Behind the Name: Meaning, origin and history of the name Adolph


English form of ADOLF, rarely used since World War II.


ただし、ヒトラーのせいでネガティブな印象が強くなってしまったため、戦後は「アドルフ」という名前はあまり用いられることがなくなったようです。実際、スポーツメーカー Adidas の創業者、アドルフ・ダスラー(Adolf Dassler)は、仕事においては 'Adi' というニックネームのほうを使っていたと言われています。(つまり、Adidas の Adi は Adolf のこと)


もうひとつ、こちら。


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(第9話)


杏「あたしらをここまで連れてきてくれて、ありがとね。」


プラウダ戦はスターリングラード攻防戦がモデルになっているわけですが、ヒトラーはドイツ軍の撤退を最後の最後まで認めず、包囲されていた第6軍が救出されることはありませんでした。スターリングラードに限らず、ヒトラーは現場の要請を黙殺して、遠くから徹底抗戦を命令するというイメージで描かれることが多いです。


しかし、会長はその真逆。現場で先頭に立ち、みほの労をねぎらい、さらには、自ら捨て石となってプラウダ校の包囲網に挑んでいきます。まさにヒトラーのネガティブな部分をポジティブにひっくりかえしたようなキャラクターです。ある意味では、これはヒトラーをはじめとする独裁者に対する痛烈な皮肉でもあります。


杏「ちょびこ、履帯を回転させろ。」

アンチョビ「わたしに命令するな。」


ということで、ここはヒトラーとムッソリーニのやりとりでもあったのかもしれません。会長は最初からアンツィオ校の豆戦車をジャンプ台にする方法を考えていた可能性もあります。でも、他校の隊長であるアンチョビのメンツを潰さないように直前まで黙っていたのでしょう。


もし、会長がヒトラーのネガポジ反転キャラだとしたら、テレビシリーズ本編ではマウス、劇場版ではカール自走臼砲という自軍の兵器を倒すことになるわけですから、これまた、すさまじい皮肉と言えるでしょう。もちろん、そこまで考えなくとも、試合直前にカールを認可した文科省役人に会長自身が一矢報いるということになりますから、それだけでもじゅうぶんに痛快です。


いずれにせよ、小柄にすることで威圧感を出さないようにしつつ、現実の独裁者たちとはまったく違う、「部下」たちを大切にする隊長として描かれているわけですね。このように現実世界を反転させて描くのは「ガルパン」という作品の大きな特徴のひとつではないかと思います。




【大洗女子連合を作り上げた4人】


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計画立案会長、蝶野教官
事務レベルの調整児玉七郎
現場レベルの調整ダージリン

わたしはこの4人が大事だったのではないかと考えています。


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文科省役人「可能な限り、善処したんです。ご理解ください。」

会長「わかりました。」


まず、会長はダメもとで文科省の役人に掛け合いますが、これは通じず。


理事長「文科省がいったん決定したことは我々にもそう簡単には覆せないしなぁ。」

会長「向こうのメンツが立たないということですか?」

理事長「そういうことになるかな。」


次に、会長は蝶野教官を伴って戦車道連盟を訪れ、ここで戦車道連盟が容易に動けない理由が文科省のメンツにあると説明されます。


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会長「プロリーグ・・・。それですね。」

蝶野教官「ここは超信地旋回でいきましょう。」


「信地旋回」とは「信地駈歩(しんちかけあし)」という馬術用語からの転用で、その場でクルッと向きを変えること。そして、ここの「超信地旋回」とは、具体的にはプロリーグ設置委員会の委員長であるしほを担ぎ出すことを意味します。つまり・・・


文科省 >> プロリーグ設置委員会 >> 国際大会の誘致

文科省 << プロリーグ設置委員会 ... ?国際大会の誘致?


このように、プロリーグ設置委員会が足並みを揃えることをやめれば、文科省はその最終目的である国際大会の誘致ができなくなります。


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しほ「若手の育成なくしてプロ選手の育成は為し得ません。これだけ考えの隔たりがあっては、プロリーグ設置委員会の委員長をわたくしが務めるのは難しいか、と。」

文科省役人「いや、それは・・・。今年度中にプロリーグを設立しないと戦車道大会の誘致ができなくなってしまうのは、先生もご存知でしょう?」


そして、しほに詰め寄られた文科省の役人が「大学強化選手に勝ちでもしたら・・・」とうっかり口にしたタイミングを逃さず、会長が書面で確約を得ます。


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しほ「ここは是非、大学強化チームの責任者である島田流家元にもご了承をいただきたいと思いまして。」

島田千代「わかりました。こちらもやるからには手加減はいたしません。」


こうなると、もう文科省のメンツどころではなくなり、西住流 vs 島田流という別のメンツ対立になってきます。もし、両家がメンツを賭けてまで行った勝負の結果を反古にすれば、それは文科省が両家のメンツを潰すことになってしまうでしょう。このように、文科省のメンツを潰さないようにしつつ、別のメンツの対立をぶつけて風向きを変えることに成功したわけです。


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しかも、西住流 vs 島田流というメンツをかけた対決になれば、島田流のメンツがある以上、直前の選手増員に愛里寿が異議を唱えることは出来ないだろうという、したたかな計算も働いています。蝶野教官もそこらへんを十分に承知したうえで、愛里寿の目の前で文科省の役人とやりとりしているはずです。


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会長「つまり、この試合は『島田流 対 西住流』の対決でもあるんだなぁ。」


大洗女子での打ち合わせでこんなふうに仄めかしているくらいですから、会長もこの試合が両派のメンツ対決であることをよく理解しています。


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また、会長は決戦の直前に援軍がやってくることも事前に知っていたのでしょう。なぜなら、各校の増援がかけつけたときも、まったく動じることなく、その表情は落ち着いたままですので。


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カエサル「会長! もう隠してることはないですよね?」

会長「ない!」


だから、これ、大嘘なんですよねw 機密保持のためでもありますが、試合直前に一気にモチベーションが上げるという狙いもあったのかもしれません。前日の夜に会長は「辞退するという選択肢も・・・」と語りかけていますが、このやりとりは「それはありません」とみほが答えるのをわかっていたからでしょう。つまり、それくらい、みほを信頼しているということですね。


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そして、戦車道連盟のオッサンもなかなかの食わせ者。急遽、殲滅戦ルールの適用が決まったときには困り顔をしていましたが、なんてことはない、この児玉七郎が裏で「短期転校」の手はずを整えていたりします。(なので、この表情は半分くらい演技でしょう。)


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これは会長が取ってきた「念書」ですが、ここには・・・


4 試合の規則、形態等については主催者たるものが定める権利を有する。(試合の規則)


...とあるので、これは主催者である文科省の専権事項です。なので、児玉七郎もここは手は出せません。でも、この人、各校の「短期転校」に際して「特別許可証」を出してるんですよね。


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エリカが持っている「日本戦車道連盟 特別許可証」に「児玉七郎」のサインとハンコがきちんと映っています。(BDなどで確認してみてください)


文部科学省主催「大学選抜 対 大洗女子学園」特別試合にあたり、上記の者は在学制限規定を適用外とし、短期転校による公式試合への参加を特別に許可する。


文言はこうなっています。つまり、児玉七郎は自分の権限の及ぶ範囲でやることはやっており、戦車道連盟は大洗女子を守るためにきちんと動いていたということになります。ちなみに、まほが持っている短期転校手続の書類にある転校理由は「交換留学のため」という取って付けたようなものですが、文科省はあまり深いことを考えずに許可してしまったのでしょう。


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文科省役人「戦車まで持ってくるなんて反則だ!」

児玉七郎「みな、私物なんじゃないですか。私物がダメってルールありましたっけ?」

文科省役人「卑怯だぞ!」


このとき、文科省役人は「戦車まで」と言っていますので、短期転校については事前に知っていたと考えられます。しかし、それ以上のこと、つまり、この試合への参加や戦車の持ち込みまでは想定していなかったのでしょう。かたや、その手配をしていた児玉七郎は「してやったり」といったふうにニンマリしています。


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そして、ダージリンは現場レベルでの調整役。ダージリンがヴェルレーヌの詩を打電した時点で、他校のメンバーはすでに北海道に向かっているように見えますが*1、ともあれ、D-Day を模した演出は気が利いていて良いですね。詩の冒頭を聴いただけでケイがにやりと微笑んだりとか。


それ以外で、気になるのは知波単学園の件です。西隊長の「心得違い」で戦車を22輛も持ってきてしまったわけですが、もしかすると、これはダージリンがわざと「心得違い」をさせるような伝え方をしていたのではないかという気もします。なぜなら、短期転校には親の承諾などの手続きが必要になりますので、その場ですぐにバックアップのメンバーを用意することは出来ないからです。なので、それらの手続きを済ませた戦車が余分にあれば、いざというときのバックアップになります。ダージリンほどの隊長であれば、それくらいの深慮遠謀をしていたとしても何の不思議もないでしょう。




【刹那主義とお茶会】


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ミカ「刹那主義には賛同できないね。」


初見のときと違って、冬戦争・継続戦争についての知識を少しだけ得たので、ここでミカが言わんとしていることも、うっすらわかる気がします。冬戦争のとき、国際世論は「フィンランドを応援しよう」と盛り上がったけども、でも、現実にはたいした援助をしなかったとのこと。当然のことながら、フィンランド人はそのことについて複雑な思いを抱いていたようですね。


'The Winter War'という本に、そういった思いがよくわかる場面がありましたので、ちょっとだけ引用してみましょう。冬戦争が終わったあと、スウェーデンに向かう列車のなかで、イギリス人記者がフィンランド軍の将校と出くわす場面です。このイギリス人記者はフィンランドがイギリスのことを快く思っていないことを承知しており、「アメリカ人なのかい?」という問いかけに対して、咄嗟に「そうです。」と嘘をついたりしています。(以下、引用部分の訳はわたしが付けました)


(The Winter War, P.261)


The Finnish colonel was shaving, balancing his straight razor delicately against the swaying of the train. He caught Mydans's eye in the mirror.

“You are an American?” he asked in clear English. Mydans nodded, noticing that the other two Finnish officers were studiously averting their eyes. The colonel began to scrape at his chin once more.

“At least you will tell them that we fought bravely.”

Mydans felt his guts knot. He whispered that he would, indeed.

The colonel carefully wiped his razor, then dabbed at himself with a towel. He had cut his cheek and there was a tiny bubble of blood swelling there. When he had taken care of that, he began to button his tunic. Mydans observed that the officer's hands were trembling.

Suddenly he peered up at Mydans with an expression of anguish twisting his features. He began in a hoarse, quiet voice: “Your country was going to help... ” Then, in a louder voice: “You promised, and we believed you...”

Then he grabbed Mydans by the shoulders, his fingers digging in, and screamed: “A half-dozen God-dammed Brewster fighters with no spare parts is all we got from you! And the British sent us guns from the last war that wouldn't even work!”

The other Finns turned their backs and self-consciously finished dressing. The train rattled into the station. The Finnish colonel dropped his hands, fell onto a bunk, and wept convulsively.


そのフィンランド人の大佐は、列車の揺れに合わせて器用に西洋かみそりの向きを変えながら、ひげを剃っていた。彼は鏡越しのマイデンスの視線に気がつくと、「アメリカ人なのかい?」とわかりやすい英語で尋ねてきた。マイデンスはうなずいて答えたが、他の二人のフィンランド人将校がわざとらしく目線を逸らしているのが気になった。大佐は再び顎に西洋かみそりを当てながら、こう言った。


「アメリカに戻ったら、フィンランドが勇敢に戦ったとだけは伝えてくれよ。」


マイデンスは胃が痛くなる思いがした。そして、小さな声で「もちろんですとも。」とだけつぶやいた。


大佐は西洋かみそりを丁寧に拭いて綺麗にすると、タオルを顔に軽く押し当てた。頬のところをかみそりで切ってしまい、流れ出た血が小さな泡を作っていたからだ。タオルを当てたまま軍服の上着のボタンを留め始めた大佐の手がわなわなと震えていることにマイデンスは気付いた。


不意に、大佐はマイデンスのことをまじまじと見つめたが、その表情は苦悩に歪んでいた。すると、「わたしたちを助けると君たちは・・・」としゃがれた小声で言うと、次に、その声を荒げて


「助けると約束したじゃないか! だから、わたしたちは信じたのに!」


大佐はマイデンスの肩をつかむとその指に力をこめながら、こう叫んだ。


「ブルースターをたったの6機、それもスペアパーツはなし。きみたちがくれたのはこれだけだ! あとは、まともに撃つことさえできない前大戦の銃くらいだ!」


他のフィンランド人たちは背を向けると、つとめて振り返らないようにしつつ身支度を終えた。列車はガタゴトと音を立てながら駅へと入っていく。大佐はマイデンスの肩から手を離すと寝台へと倒れ込み、そこで息も絶え絶えに泣いた。


フィンランド人たちの悔しさがよくわかる一幕です。イギリスはまやかし戦争(Phoney War)においてもポーランドに空手形を出していましたが、フィンランドにも同じようなことをしていたわけですね。


なので、ミカの「刹那主義には賛同できないね。」というセリフを噛み砕いて言うとすれば、「大洗女子を助けようとみんなで盛り上がってるけど、本当にそれは信じていいものなのか。フィンランドは過去にそれを信じて痛い目にあったんだよ。」という感じでしょうか。そして、劇中においてヴェルレーヌの詩による招集をかけたのはダージリン(イギリス)なわけですから、これに対してミカ(フィンランド)が「わかった、喜んで参加するよ」と素直に言うわけがありません。その後、実際に助けに来た理由をアキに尋ねられても、「違う、風と一緒に流れてきたのさ。」=「たまたまだ。」(少なくとも、イギリスの言うことを聞いたわけじゃない)と受け流しています。


アキ「お茶会、楽しそうだよ?」

ミカ「刹那主義には賛同できないね。」


ということで、ここでアキが「お茶会」とイギリスを思わせる言い回しを使っているのは、そういったことが背景にあるのでしょう。現実にはそうそう起こりえない共同戦線という状況を、やや一歩引いた目線から見つめるのが継続高校の立ち位置と言ってもよいのかもしれません。


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アキ「エキシビションって、なんか、かっこいいね。」

ミカ「かっこいい。それは戦車道にとって大切なことかな。」

アキ「えー? じゃあ、ミカはなんで戦車道やってんの?」

ミカ「戦車道は人生の大切なすべてのことが詰まってるんだよ。でも、ほとんどの人がそれに気付かないんだ。」


しかしながら、それでも、これは大切なことなのだとミカはさりげなく訴えているのでしょう。つまり、現実に起こりえないからといって、それだけで価値がないと決めつけてはいけないということですね。




【カチューシャとノンナと十一月】


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劇場版において最もシリアスな場面と言えば、やはり、プラウダ校のところです。ここは泣けます。


さて、カチューシャは公式設定では17歳ですが、どこからどう見ても子どもです。食べたらすぐに眠くなりますし、さすがに身長127センチの高校生というのは考えにくいです。(これは8歳児の平均身長) そんなカチューシャをいつも暖かく見守るのがノンナで、彼女はもう母親そのものと言ってよいでしょう。


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カチューシャ「あー、そう? 仕方ないわね、やってあげるわ。」


ここのノンナの表情は母親のそれです。「みほさんはカチューシャの扱い方をよくわかってますね」「うちの子に気を遣ってくれてありがとうございます」という、とても優しいまなざし。したがって、ノンナがカチューシャをかばうシーンというのは、ある意味では母が我が子を守るために盾となるようなものであり、それゆえ、強く感動させられるのでしょう。


このノンナという名前は実際にはそれほど多くないらしいのですが、イタリア系のロシア人女性に多く、イタリア語だと Nonna は祖母を意味するようです。偶然とはいえ、ノンナというキャラクターの大きな特徴である母性と一致するのが興味深いです。しかしながら、この Nonna という名前にはもうひとつ重要な意味があり、こちらは単なる偶然ではなく、キャラクターのネーミングにあたって意図されたものでしょう。


Nonna - Wikipedia, the free encyclopedia

A diminutive form of "Noyabrina." Noyabrina (Russian: Ноябрина) and similar name Oktyabrina (Russian: Октябрина).


Nonna はNoyabrina (Ноябрина) / Oktyabrina (Октябрина)というロシア女性名の愛称です。


The two new Soviet names refer to November and October, and the Russian October Revolution, which is traditionally dated to 25 October 1917 Old Style Julian calendar (O.S.), which corresponds with 7 November 1917 New Style (N.S.) Gregorian calendar.


そして、これらの比較的新しい名前は、その意味としてロシア革命のことを指すとのこと。ロシア革命は「十月革命」とも呼ばれますが、その日付と暦の関係は以下のようになっています。


ユリウス暦(旧暦)10月25日
グレゴリオ暦(新暦)11月7日

ロシアでは革命まではユリウス暦が用いられていたので「十月革命」という呼び名になったわけですが、現在の暦に照らして考えると「十一月」になります。そして、 Nonna という名前はラテン語系の女性名で「9番目」(Nonna, Nine)という意味。これが「十一月」を指します。なぜ、「十一月」が「9番目」なのかと言えば、これはローマでは戦争を始めることのできる3月を1年の始めとしていたことがその由来のようです。3月を表す March の由来は軍神の Mars で、おそらく、「進軍」という意味の march も同じ語源でしょう。


9月September7番目
10月October8番目
11月November9番目
12月December10番目

表にするとこうなります。つまり・・・


Nonna = 9番目の月 = 現在の11月 = ロシア革命(共産主義)


・・・ということですね。ソ連がモチーフになっているプラウダ校を最もよく象徴する名前と言えるでしょう。かたや、カチューシャという名前はエカテリーナの愛称ですから、帝政ロシア、もしくは、共産主義と切り離されたロシアといった感じでしょうか。*2


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ノンナ「カチューシャ、私がいなくとも、あなたは絶対に・・・勝利します。」


そういったことを踏まえて見返してみると、ノンナがカチューシャを逃がすシーンは、ソ連という共産主義国家が倒れたあとのロシアを描いているかのようで、これまた興味深く、それが母と子の別れのようにも見えるため、観る者の涙を誘います。


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【急造チームの「チームワーク」】


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エリカ「急造チームでチームワーク?」

まほ「急造でもチームはチームだ。互いに足りないところを補い合って戦うしかない。」


遊園地に向かうところでのやりとりです。エリカはテレビシリーズ本編では損な役回りで、最後の最後まで憎まれ役を演じなければいけませんでした。また、隊長であるまほとの関係も、それこそ、崇拝でしかなかったようにも思えます。したがって、まほの言う「信じるのと崇拝するのは違う」というセリフは、単にカチューシャをたしなめるためだけではなく、その実、自身のチームのことを指していたのかもしれません。


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カチューシャ「4輛しかいないわね。わたしたちを引きつけておくだけみたいだけど、どうする?」

まほ「わかった。行こう。」


ひとり残されたカチューシャですが、やはり、状況判断の能力は高く、ここでも適確な判断をしています。まほが納得した表情を見せていることからも、それが伺えます。


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まほ「エリカ、頼む。」

エリカ「はい!」


こういった表情はテレビシリーズでは見られないものでしたが、やはり、誰かに信じてもらうというのは嬉しいことなのでしょう。そして、それはカチューシャも同じで、大洗女子との共同戦線でそれがよくわかります。


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ねこにゃー「囲まれますぜ、ジェロニモ。」

ナカジマ「どうします、ジェロニモ?」

カチューシャ「誰がジェロニモよ!?」


ユーモラスなやりとりですが、みな、カチューシャを信頼して、その指示を仰いでいますね。ちなみに、ここでジェロニモと言っているのは、大学選抜チームの戦車がパーシングだからでしょう。


John J. Pershing - Historic Missourians - The State Historical Society of Missouri


In his first assignment with the Sixth Cavalry, he was stationed in New Mexico and Arizona where he fought Apaches led by Geronimo.


M26の名前にその名を冠せられているジョン・パーシングは、騎兵隊としてジェロニモと戦った経験があります。それを踏まえたうえでの小ネタでしょう。


カチューシャ「建物のなか突っ切っちゃって! セットみたいなものだから大丈夫!」

ナカジマ「ハウ! 了解、ジェロニモ!」


カチューシャはここでも優れた指揮能力を見せて、さらには、身を挺して味方の戦車を守ったりしています。なんだかんだ言って、やればできる子だったりするようです。そうこうしてるうちに、大学選抜チームが一気に攻勢をかけてくるのですが、そんな中、ダージリンは捨て身の攻撃によってT28という大物を倒します。


ダージリン「みほさん、がんばって。戦いは最後の5分間にあるのよ。」


これはナポレオンの言葉ですね。そして、これは途中で自ら引いたベンジャミン・ディズレーリの「成功は大胆不敵の子供」(Success is the child of audacity.)という言葉を地で行くような大胆な攻撃です。これはサンダースのナオミとの共同戦線となっており、急造チームの「チームワーク」がここでも機能しています。


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しかし、劇場版におけるサンダースは少し損な役回りで、このあと、大学選抜チームの中隊長たちによるバミューダ・アタックによって、ケイ・ナオミ・アリサたちは一気に倒されてしまいます。これはその後のカチューシャたちの攻撃と対比を成すためのものでしょうね。


ナカジマ「このままじゃ追いつけないから、スリップでついてきてね。よろしく!」

エリカ「スリップするのか?」

カチューシャ「スリップストリームね。」


カチューシャはスリップストリームときちんと理解しており、ここらへんがエリカとの格の違いということなのでしょう。


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そして、ダージリンが自らの言葉を実践してみせたのと同じように、カチューシャは自身の「体当たりしてでも」という言葉通り、バミューダ・アタックを食い止めてエリカに攻撃の機会を与えます。


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エリカは見事にルミのパーシングを撃破し、バミューダ・アタックの一角を崩すことに成功。このことでラストバトルが 2 vs 4 というダブルスコアにならずに済んだわけですから、これは大きな貢献と言えるでしょう。同じチームメイトで構成されていたサンダース校でさえすべて撃破されたのを考えれば、「急造チームでチームワーク?」と揶揄していたエリカ自身がチームワークによってパーシングを撃破したのはある意味で快挙ですね。この経験によって、エリカはそれまでの自分の浅はかさを知ることとなったのでしょう。


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エリカがカチューシャを肩車するこのシーンは見ているだけでもとても微笑ましいものですし、ドイツとソ連という組み合わせでもあるのがまた面白いです。そして、これがエリカというキャラクターの大きな成長を表しています。プラウダ校は黒森峰にとってはライバルでもありますが、そういったことばかりに拘るのではなく、より大きな視野に立つことを知ったのではないかと思います。


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エリカ「隊長、お疲れさまでした。」

まほ「うん。」


このとき、まほは名残惜しそうにティーガーに触れていますが、もしかしたら、これが黒森峰での最後の試合だったのかもしれません。そして、そんなまほにねぎらいの言葉をかけるエリカの表情は、大学選抜戦が始まったときとは違って、とても落ち着きに満ちたものとなっています。


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単なる崇拝ではなく、相手を信じることがいかに大切であるか。黒森峰のなかにいるだけでは学べなかったことをエリカは学んだのでしょう。ここらへんは西隊長や福田が体験したことにも通じるものがありますね。この体験によって、黒森峰から大洗女子へと転校したみほのことを冷静に評価できるようになるのかもしれません。


まほ「急造でもチームはチームだ。互いに足りないところを補い合って戦うしかない。」


黒森峰はみほをすでに失っており、さらには、まほも卒業していくわけですが、それでも、エリカはまほのこの言葉を胸に刻みながら、より強いチームを作っていくのではないでしょうか。




【知波単学園とアヒル殿】


劇場版には日本をイメージしたグループが3つ出てきます。それぞれが以下の時代を象徴しているのでしょう。


知波単学園明治期から戦前までの日本
アヒルさん戦後から高度経済成長期までの日本(東洋の魔女)
ウサギさんそれ以降の現代の日本(なでしこ)

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まず、ウサギさんチーム。本編で成功した「重戦車キラー」を親善試合でも繰り返そうとしましたが、ノンナには通用しませんでした。


(スタッフコメンタリー)


「やっぱり、1年生、前回、テレビシリーズのとき活躍したので、で、あの、調子乗ってるってのはどうしてもやりたかったなと思います。」


「一回、なにかね、成功すると同じことを繰り返そうとするってのは、ね、どんな世界でもあると思うんですけど、それをやりたかったかなーと思って、こういうシーンを作りました。」


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あゆみ「結局さあ、わたしたちにできることって何だろう?」

優季「重戦車キラー。」

桂利奈「違うと思う。」

梓「もっと身の丈にあった戦い方をしようよ。」


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あや「あたしたちにできる戦い・・・」

梓「何だろう?」

西「突撃? いや、違う・・・」


遊園地に向かうくだりでウサギさんチームと知波単のセリフが挟まれるのは、この2つのチームを通じて「身の丈にあった戦い方」というテーマを描こうとしているからでしょう。この「身の丈にあった戦い方」と「成功体験の繰り返し」というのが大きなテーマとなっています。


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細見「突撃して潔く散りましょうぞ!」


知波単学園はどんな状況であっても、ひたすら突撃しようとします。おそらく、その昔、この突撃戦術が成功したことがあって、それがいつのまにか伝統になってしまったのでしょう。これも「成功体験の繰り返し」のひとつですね。


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磯辺「よし!」

佐々木「お見事。」


しかし、ひとり残された福田はアヒルさんチームのアドバイスに従って、敵戦車を撃破することに成功しました。


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この表情が福田の驚きのほどを表しています。福田は西隊長が吶喊するときも恍惚とした表情を浮かべていましたが、このように撃破という成果を挙げたことで、ひたすら突撃するという伝統に埋没するのとは違う、「新しい成功体験」を得ました。


細見「よーし、敵が見えたら全力で突っ込んでやる。」

玉田「先ほどの面目を果たす時が来た。」

細見「知波単名物、総突撃!」


それゆえ、福田はこういった先輩たちの言葉を聞きながら「本当に突撃だけでいいのだろうか」と心のなかで葛藤します。そして・・・


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福田「恐れながら申し上げます! いたずらに突撃して全滅しては、それこそ知波単の面目に関わるかと。」

玉田「何だと!」

細見「福田! 伝統をないがしろにする気か!?」

福田「申し訳ございません!」


意を決して、先輩たちに進言をします。ここのシーンをよく見るとわかるのですが、福田はかすかに身体を震わせているんですね。こうやって進言するのがいかに勇気が必要であったか、それがわかるような演出が加えられています。(ガルパンはこういう細かい演出が本当に上手いです)


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西「まあ、待て。福田、何か策があるんだな。」


ここは西隊長がカッコ良く引き受けます。西隊長もまた「このままでいいのだろうか?」と悩んでおり、このような変革のきっかけを待っていたということでしょう。


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西「玉田、よくやった!」


そして、知波単の面々は福田の策によって見事にパーシングを撃破。これが知波単の「身の丈にあった戦い方」ということになります。


玉田「よし、もういっちょ!」


しかし、玉田は鉄砲玉でわかりやすい性格をしているので、この成功体験をすぐに繰り返そうとします。


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その後も、知波単はひたすら待ち伏せを繰り返しています。つまり、「身の丈にあった戦い方」を見つけたものの、「成功体験の繰り返し」という点ではあまり変わっていないということですね。


(スタッフコメンタリー)


「で、あの、一回成功すると、その、えーと、1年生チームみたいな感じで、あの、同じことを繰り返すってのも知波単らしくていいかなと思いました。」


ウサギさんチームも、知波単学園も、「成功体験を繰り返そうとする」という点では同じで、これはどの時代でも起こりうるということでしょう。では、このループから逃れるにはどうすればいいのでしょうか。


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福田「ご安心ください、最強の助っ人をお呼びしました。」

磯辺「本家、参上!」


鍵となるのはアヒルさんチームです。アヒルさんチームは、知波単学園のように伝統に縛られるわけでもなく、かといって、ウサギさんチームのように慢心するでもない。さらには、単なる繰り返しになることを避けて、少しずつ改善していこうとする姿勢が見られます。


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ルクリリ「バカめ、二度も騙されるか!」


ここが最もわかりやすいですね。テレビシリーズではマチルダの分厚い正面装甲を抜けずに倒せなかったのですが、そこで学習したアヒルさんチームは側面から攻撃できる位置に福田の九五式を持ってきました。ルクリリの言う通り、まったく同じことを繰り返していたら、おそらく、騙すことはできなかったでしょう。


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磯辺「待ってください! いい考えがあります!」

桃ちゃん「まさか、また戦車の上に載るのか?」

会長「いいねぇ。」

佐々木「違います。」

近藤「カールに上がれる方法ないですから。」

河西「わたしたちが考えたのは・・・」

磯辺「殺人レシーブ作戦です! 作戦内容は・・・」


これはカールを攻略するくだりですが、アヒルさんチームはテレビシリーズ本編におけるマウス撃破の経験をもとに、自分たちなりに考えて戦術を提案します。残念ながら、この戦術はうまく行きませんでしたが、こういったところからもアヒルさんチームが積極的に変わろうとしていることがよくわかります。


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そして、知波単との共同戦線において、再び戦術を提案・実行して、今度は見事にそれを成功させます。アヒルさんチームは試行錯誤を続けるための強いハートを持っています。これこそが、精神論や教条主義とはまったく別の、本当の意味での「根性」でしょう。「ガルパン」は「根性」という言葉を広い意味で用いつつ、安易に否定しないところが素晴らしいです。


ともあれ、知波単はアヒルさんチームと共に戦うことで、新しい考え方を身につけることに成功しました。それは最後にセンチュリオンに撃破される場面のセリフからもわかります。


玉田「この負けっぷり、いつもの我々ですな。」

西「敵ながら天晴れ。」


ここで玉田は「いつもの」と言っています。つまり、突撃ばかりしていた自分たちのことを客観的に見つめることができるようになっているわけですね。


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みほ「みなさん、本当にありがとうございました!」

大洗女子一同「ありがとうございました!」

西「こちらこそお礼を言わせていただきたいです!」


最後に、西隊長はこのように礼を述べます。自校の伝統に溺れるばかりだった知波単がこの大学選抜戦で変わることが出来たので、律儀な西隊長はその謝意を表しているということですね。


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西「紅茶って飲んだことないんだよなー。」


おそらく、ここで西隊長が言う「紅茶」は外の世界のことでしょう。すなわち、「紅茶を飲んだことがない」というのは他校と協力したことがないという意味で、このあと、それを大学選抜戦において経験するということではないかと想像します。


そもそも、西隊長のモデルは馬術競技の国際選手としても知られていたバロン西であるとのこと。にも拘らず、ここで「紅茶って飲んだことないんだよなー。」と言うのはきわめて不自然です。親米派と言われていたバロン西であっても、紅茶くらいは飲んだことがあったでしょう。しかし、「紅茶」を海外における経験と考えれば納得がいきます。つまり、作品全体として、西隊長がバロン西のような「外の世界を知る」人物になるまでが描かれているということになります。


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これらの変化を生み出したものがアヒルさんというあたりが、実にユルくて面白いです。スタッフコメンタリーによれば、「互いのことを忘れないように」とそれぞれのチームにアヒルを持たせたとのことですが、暖かみの感じられるとても良い演出だと思います。




【「1941」と観覧車先輩】


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(スタッフコメンタリー)


「で、観覧車も、やっぱり、この、ね、「1941」ネタということで、ちょうどM3だし。みたいな。あの、「1941」って、あんまり評価されてない作品なんですけど、もう、わたしは好きで好きで、この映画が。堪らないです。」


「1941」はスピルバーグの失敗作とも言われる作品ですが、おそらく、真珠湾攻撃の6日後という時代設定であるにも拘らず、最初から最後まで戦争とはほぼ無縁のバカ騒ぎしか描かれていないことがその理由でしょう。そして、どうしても三船敏郎と一緒に仕事をしたかったスピルバーグの熱意が実を結んでしまい、三船が潜水艦の艦長としてキャスティングされています。これが「ミフネ作戦」というネーミングに繋がるわけですね。


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(スタッフコメンタリー)


「このカット、わたし、一番好きなカットです。」

「これはもうキービジュアルにしたいとおっしゃいましたね。」

「牧歌的でいい、と。」


「ガルパン劇場版」においては、「1941」はかなり重要なモチーフになっているようです。キービジュアルということですから、単に、M3中戦車つながりで「1941」にしたというわけではないでしょう。*3そして、脚本のボブ・ゲイルによれば、「1941」で描かれている出来事は現実に起きたものらしいです。


"1941": An Appreciation and Interview with Bob Gale | Balder and Dash | Roger Ebert


There were three incidents that were the impetus for it. First, there was a Japanese sub that actually shelled the coast of Santa Barbara. It didn't do any damage but the appearance of the sub precipitated two nights later the false alarm air raid over L.A. Finally, the next year saw the Zoot Suit riots in L.A. It was all of those things mixed together and the reason that it had to be a comedy was that the whole idea that for six straight hours that night in February, 1942, anti-aircraft crews were shooting up at the sky at nothing was funny--at least to our kind of warped sense of humor. We knew that if this was going to be the subject of a movie, it had to be this comedy of people misinterpreting everything in a comedy of errors with crazed people in pursuit of their goals that results in this night of total mayhem.


つまり、元ネタとなる出来事は実際にあったわけですね。こうやって戦争の時代に起きた出来事をベースにしながら、でも、人はまったく死なず、ひたすら陽気なバカ騒ぎが描かれる。おそらく、監督さんが「1941」を好きな理由もこういった姿勢にあるのではないでしょうか。このスタンスは「ガルパン」にも通じるものがあります。


磯辺「観覧車先輩、お疲れさまでした!」


なので、ここで磯辺が観覧車「先輩」と言ってるのは「1941」という作品に対するリスペクトの意味がこめられているのかもしれません。




【丸山さんの笑顔】


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さて、「ガルパン」でもっとも不思議なキャラクターと言えば、丸山さんです。そもそも、丸山さんはいつも何を見ているのでしょう?


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(第7話)


麻子「お化けは早起き以上に無理。」


この直後に、丸山さんのシーンが来ます。


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わざわざアップにするくらいですから、丸山さんは「見えないはずのものが見えているのかもしれない」という演出なのでしょう。とはいえ、これは「お化け」といったオカルトではなく、むしろ、「シックスセンス」のようなものではないでしょうか。こちらのイラストがとても上手にそれを表しています。


ガールズ&パンツァー】丸山さんはみてた / おひるねカード さんのイラスト - ニコニコ静画 (イラスト)


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つまり、亡くなった兵隊さんたちが「見えている」のではないかとわたしは考えています。そう考えるようになったのは、テレビシリーズ本編の第12話におけるこのシーンがきっかけでした。


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この場面は決勝戦の終了直後になりますが、これは空を見上げているのではなく、トラックの空の荷台を見つめてるのではないでしょうか。戦争が終わっても戦地から生きて帰ってこられなかった兵士たちを、あのトラックの荷台に「見ている」のではないかとわたしは感じました。つまり、丸山さんというキャラクターは戦争の悲惨さを間接的に描くためのキャラクターということです。


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そして、劇場版の「ちょうちょ」。もちろん、ここは笑うためのシーンですし、主題歌を歌ってるのが ChouCho さんということもあるのでしょう。ですから、無理に重く考える必要はありません。それでも、やはり、戦争と蝶と言えば「西部戦線異状なし」を思い出さずにはいられません。


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気まぐれから蝶に手を伸ばした若い兵士が、敵に狙撃されて命を落とします。そして、兵士たちが次々とふり返る映像とその背後に映し出される無数の墓標。これは映画史に残るラストシーンと言ってよいでしょう。「ガルパン」は往年の戦争映画のオマージュやパロディをよく行っていますので*4、この名作を知らないとは考えにくいです。


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(スタッフコメンタリー)


「あ、ここね、セイブセンセンって描いてるんですけど、ちょっとわかりにくかったですかね。」


実際、「ちょうちょ」のシーンの少し前にこういった「前フリ」が入っています。この「前フリ」のパターンは他にもいくつか出てきます。*5


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アンチョビ「よーし、T型定規作戦だ。」


これはアンツィオ戦での「分度器作戦」と同じで、イタリア軍のコンパス作戦のパロディなのですが、T型定規は英語だと'T Square Ruler'と言います。


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ナカジマ「行け、超音速の貴公子!」


これはF1のアイルトン・セナを指す「音速の貴公子」というフレーズが元ネタらしいですが、そのF1のテーマ曲として有名なのが T-SQUAREの'TRUTH'。つまり、直前の「T型定規作戦」はT-SQUAREの「前フリ」となります。


ということで、スーパーの「セイブセンセン」が「前フリ」だとすれば、丸山さんの「ちょうちょ」は「西部戦線異状なし」への間接的な言及と考えるのが妥当でしょう。そして、丸山さんのシーンで最も大事なのがこちらです。


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決戦前夜、「1941」を観るウサギさんチーム。作戦に役立てるために勉強として観ているメンバーもいますが、優季などはつまらなそうにしていますし、桂利奈に至っては「なに、この映画・・・」といった表情を見せています。


でも、右端にいる丸山さんだけは笑っています。それも、シリーズ全編を通じてもっとも良い笑顔です。どうして、あまり喜怒哀楽を表に出さない丸山さんがここまで楽しそうにしているのでしょう?


やはり、これは「1941」が誰も死んだりすることのない映画だからでしょう。繰り返しになりますが、「1941」は戦争の時代に起きた出来事をベースにしながら、でも、人はまったく死にません。だからこそ、「見える」タイプの丸山さんはこれだけ楽しそうにしているのではないかと思います。


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戦争は現実に起きてしまった過去であり、それは疑いようのない事実ではあるけども、そういった事柄をベースにしながらも陽気なバカ騒ぎが描けるのだとしたら、それはとりもなおさず平和ということです。その象徴がこの観覧車であり、丸山さんが口にした2つのセリフは・・・


「ちょうちょ」西部戦線異状なし戦争
「かんらんしゃ」1941平和

このように対を成していることになります。キービジュアルである観覧車の意味を考えるためには、丸山さんの存在がとても重要になるのではないでしょうか。




【鏡の国のアリス】


劇場版のライバルは島田愛里寿。その名前からもわかるように、これは「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」のアリスがモデルですね。そして、「アリス」のモチーフは作品のあちらこちらに出てきます。


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愛里寿「始まってる。よかった、録画しておいて。」


懐中時計を取り出して言う愛里寿のセリフは、「不思議の国のアリス」の冒頭に出てくるウサギのパロディ。


(Alice's Adventures in Wonderland)


Oh dear! Oh dear! I shall be too late!


「どうしよう! どうしよう! ちこくしちゃうぞ!」


そして、聖グロの二人がT28を目の当たりにして名前を挙げたのは「鏡の国のアリス」に登場する怪物。


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オレンジペコ「まるでジャバウォッキーです。」

ダージリン「というよりも、バンダースナッチね。」


ジャバウォッキーは首の長いドラゴンのように描かれることが多いようですので、砲身の長いT28をそれに擬えているのかもしれません。また、英語の jabberwock には「わけのわからない言葉」「ちんぷんかんぷん」といった意味がありますから、「もう、わけがわかりませんね。」といった含みもありそうです。


(The Hunting of the Snark, Lewis Carroll)


But the Bandersnatch merely extended its neck

And grabbed at the Banker again.


かたや、バンダースナッチのほうは首が伸びるらしいので、これまた、砲身が長いことを言ってる可能性もあります。ただし、いずれもナンセンス詩に出てくる怪物なので、このふたりのやりとりにも深い意味はないのかもしれません。


さて、ここまでならば、愛里寿=アリス、聖グロ=イギリスというパロディで終わりなのですが、「ガルパン劇場版」ではアリスのモチーフがストーリーの根幹にまで組み込まれています。


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(※画像にある番号は「鏡の国のアリス」におけるページ数)


「鏡の国のアリス」はチェスの棋譜とストーリーがきちんとリンクしたものになっているのですが、「ガルパン劇場版」もまた、この棋譜を巧みに引用しながらそのストーリーが進行していきます。以下、順を追って見てみましょう。


1. Alice meets R.Q. (Red Queen)


まず、このチェスの棋譜は全部で21手あるのですが、最初の1手はとくに駒の動きを意味するわけではなく、アリスが赤の女王と出会う場面を表すだけです。


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これが「ガルパン劇場版」ではボコミュージアムのところに当たります。


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愛里寿「接触は早くて20分後。」


ということで、残りは20手となるわけですが、ここで愛里寿が「20分」と言ってるのはそのことです。このセリフの前後をよく見返してみましたが、とくに「20分」という時間が戦闘の重要なポイントになっているとは思えませんでした。したがって、ある種のメタメッセージとして考えるべきものでしょう。


ただし、ここで愛里寿=アリス、赤の女王=みほと考えるのは早計です。なぜなら、「鏡の国のアリス」におけるチェスの目的は・・・


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このように白のポーン(Pawn)となったアリスが最終ラインまで到達してクイーン(Queen)に成り、そのうえで敵に勝利することだからです。


(Through the Looking-Glass)


Oh, what fun it is! How I wish I was one of them! I wouldn’t mind being a Pawn, if only I might join? though of course I should like to be a

Queen, best.


「わあ、なんて面白いんでしょう。あたしも仲間入りできたらいいのに! ただのポーンだって構わないわ。もちろん、ほんとうは是が非でもクイーンになりたいけどね。」


言うまでもなく「クイーンになる」とは「女王として頂点に立つ」ということ。これを「ガルパン劇場版」の設定に置き換えて考えると・・・


(愛里寿にとって)西住流を倒すこと

(みほにとって)島田流を倒すこと


こうなります。つまり、愛里寿とみほは二人とも「女王として頂点に立つ」(=ライバルの流派を倒す)という「鏡の国のアリス」のアリスと同じ目的を持っているわけで、「ガルパン劇場版」における「アリス」は二人いるということになります。


さて、この「鏡の国のアリス」の棋譜には不自然なところがあります。それは白のクイーンが何度も敵を「詰み」にする機会があるにも拘らず、あえてその手を打たず、とにかく、白のポーンであるアリスを最終ラインまで到達させるのを優先していることです。これには理由があります。


(毛利可信「英語の背景知識を読む」、P.46)


この勝ち方ではアリスの活躍の場はない。アリスがあこがれの女王となり、それによって勝つためには、この W.Q.(※白のクイーン)の軽率な動きは、はなはだ貴重なものであった。


ただ勝つのではなく、アリスが華々しい活躍を見せたうえで勝つことが大事ということですね。


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千代「徹底的に叩きのめしなさい。西住流の名が地に落ちるように。」


この目標設定は、千代のセリフと重なるものがあります。つまり、ただ単に勝つのではなく、その実力を存分に見せつけて勝利しろということです。また、ルイス・キャロルはチェスの棋譜を物語とリンクさせることで、以下のような意味を持たせていたようです。


SparkNotes: Through the Looking-Glass: Themes, Motifs & Symbols


By using the chess game as the guiding principle of the narrative, Carroll suggest that a larger force guides individuals through life and that all events are preordained. In this deterministic concept of life, free will is an illusion and individual choices are bound by rigidly determined rules and guided by an overarching, unseen force.


チェスのゲームを物語の基本原則として用いることで、作者のキャロルが暗に言おうとしているのは、個々の人間はその人生を通じてひとりでは抗うことのできない大きな力に導かれており、すべての出来事はあらかじめ定められたものであるということだ。この決定論の概念においては、自由意志は幻ということになり、また、個々の選択は既定の規則によってきわめて強い制約を受け、包括的で目に見えない力によって誘導される。


西住流や島田流という流派の家督を継ぐというのも、これと同じですね。個人の意志によって決められることではないため、そういう運命だと思って受け入れるしかありません。なので、こういった決定論のイメージに従うならば、島田流を継ぐであろう愛里寿こそが「アリス」となってもおかしくないところなのですが、しかし、実際はそういった運命の輪から外れたみほのほうが「アリス」として最終ラインに到達します。


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8. Alice to Q.’s 8th (coronation)

9. Alice become Queen


このように白のポーンが最終ラインに到達し、これによってアリスは戴冠(coronation)してクイーンになることができます。


9. Queen’s castle

10. Alice castles (feast)


ここの Queen’s castle, Alice castles は、実際のチェスにおけるキャスリング(castling)というルールとは無関係で、ストーリーにおいて戴冠したアリスと赤の女王が会食する場面を指します。


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この会食(feast)を再現しているのが、ラストバトルの中央広場にある飲食店でしょう。もちろん、ここは「マンシュタインバーガー」といった小ネタの宝庫としても活用されています。


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11 Alice takes R.Q. and wins


そして、なによりも大事なのは、この最終局面における駒の並びです。おそらく、ラストバトルの空砲はこの棋譜を元にしたシークエンスでしょう。これが空砲を撃つ場面の三者の並びと同じなのです。チェスの駒と「ガルパン」のキャラクターを照らし合わせながら左から順番に言うと・・・


(白のクイーン)まほ

(白のポーンから成り上がったクイーン)みほ

(赤のクイーン)愛里寿


こうなります。この直後、「鏡の国のアリス」のチェスも白の勝ちでゲームが終わります。つまり、白のクイーンとなったみほは、もうひとりの白のクイーンである姉のまほの助けを得ながら、敵のクイーンである愛里寿を倒したわけですね。


そもそも、「ガルパン」における戦車戦というのはチェスに似たところがあります。チェスでは「敵のキングを獲れば勝ち」なので、これはフラッグ戦と同じです。そして、大学選抜戦における殲滅戦は、「鏡の国のアリス」ですべての駒を排除したうえで勝つのと同じです。実際、棋譜においても、赤のサイドはキング以外の駒はひとつも残っていません。


「鏡の国のアリス」をモチーフとして使っている作品はたくさんあるでしょうが、このようにチェスの棋譜のところまで巧みに取り入れている作品はそう多くないと思われます。大変に手の込んだストーリー構成です。




【ヴォイテクとボコ】


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ヴォイテクは第二次世界大戦中にポーランド軍に従軍したという逸話で知られるシリアヒグマで、終戦後はポーランドの兵士たちと別れ、スコットランドの動物園で余生を過ごしたそうです。


(Soldier Bear, P.141)


He served in the Polish army for over five years and spent the rest of his life in a zoo. Peter Prendys had a difficult decision to make. He knew Voytek couldn't go back to Poland with him.

Voytek missed his fellow soldiers very much at first, but he soon became good friends with his keeper. And whenever he heard someone speaking Polish, he pricked up his ears, ran over to the fence, and begged for a cigarette.


ヴォイテクは5年以上にわたってポーランド陸軍でその任務を果たし、その余生を動物園で過ごしました。その決断は Peter Prendys にとって大変難しいものでした。ヴォイテクをポーランドへ連れて行くことは不可能だとわかっていました。


最初のころ、ヴォイテクは仲間であったポーランド兵士たちがいないためとても寂しがりましたが、すぐに飼育係とも仲良くなりました。そして、ヴォイテクは誰かがポーランド語を話しているのを耳にすると、いつでも耳をそばだて、囲いの塀に駆け寄っては好物のタバコをせがんだそうです。


泣けます 。・゚・(ノД`)・゚・。


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そして、このヴォイテクが劇場版のラストバトルの最も緊迫した場面で登場します。このくだりは、ダージリンの言う「勝負は時の運」を再確認するものでもありますが、偶然が勝負を左右するというのは「ガルパン」のひとつの特徴ですね。しかし、それ以上に、このシーンがスゴいと思ったのは、史実のヴォイテクが戦時中の兵士たちに与えたであろう束の間の平穏を、あの激しいラストバトルにおいて再現していることです。たとえ戦争をしていても、やはり、人間はどこかで心を休めないといけないし、ずっと戦い続けることは不可能なのだというメッセージのように感じられました。


これは戦車道の名家に生まれたみほと愛里寿にも言えることであり、この二人もまたボコというクマに安らぎを求めていたのでしょう。つまり、ボコとヴォイテクというのは、単にクマ繋がりというだけではなく、それぞれが安らぎや平穏を表しているということになります。また、これは「人は自分が愛着を持つ存在に対しては攻撃を躊躇する」ということを表している気もします。



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それは、ラストバトルにおいてまほが妹のみほに空砲を撃つシーンで見せた苦悶の表情についても言えることですね。これによって、テレビシリーズ本編の決勝戦においても、まほは「妹と戦ったりしたくない」と心の中で苦しんでいたのだとわかります。


ともあれ、このラストバトルは「鏡の国のアリス」のモチーフを用いながら、さらに、嘘のような本当の話であるヴォイテクを重要な要素として配置しており、これまた、巧みな構成です。


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そして、史実ではポーランドの兵士たちとヴォイテクは別れざるを得なかったのですが、「ガルパン」においては、愛里寿とヴォイテクはいつでも会うことができます。これこそがファンタジーの持つ素晴らしさと言えるでしょう。




【義経とマイスタージンガー】


「ガルパン」では義経のモチーフがよく用いられます。以下にテレビシリーズ本編と劇場版に出てくるそれらしき箇所を列挙してみましょう。


八艘飛び第11話のみほ
弁慶の仁王立ち第12話のポルシェティーガー
鵯越劇場版の知波単ズのセリフ、ラストバトルで西住姉妹が駆け下りるところ
勧進帳みほの実家における手続きのくだり

なにより、長子が家督を継ぎ、もう一方は家を出てしまうという西住姉妹の関係そのものが頼朝・義経と同じです。


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ただし、まほはそんな妹を心配していて、新天地である大洗で自分の道を見つけた妹の姿を見て喜んでいます。ここが頼朝・義経とは大きく違うところです。これらの事柄を踏まえたうえで、劇場版における回想シーンを見るとなかなか意味深だったりします。


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まほの手にある「あたり」の棒は家督相続の暗示。かたや、「はずれ」を引いてしまったみほは凹んでいます。しかし、まほはここでも優しくて、妹が望むままにあっさりと「あたり」を譲っています。まほは妹のためならば、必ずしも家督にはこだわらないということでしょう。


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そして、泥まみれになって「あたり」「はずれ」がわからなくなったアイスの棒を見て、楽しそうに笑い合う二人。これこそが西住流や家督相続などから解放された西住姉妹のありのままの姿なのでしょう。


さて、西住姉妹の関係を考えるうえで、とても重要なくだりがもうひとつあります。それはこちらです。


ダージリン「で、ここからが肝心なんだけど、作戦名はどうする?」


ここは各校の隊長が各自の好きな食べ物を挙げるギャグパートですが、このダージリンの前置きは嘘ではありません。*6ここにはとても大事な意味が込められていると思うのです。



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まほ「ニュルンベルクのマイスタージンガー作戦はどうだ?」


それはまほのこのセリフです。まほだけは食べ物の名前ではなく、オペラの名を挙げています。しかも、ワーグナーです。ナチスに少なからず影響を与えたワーグナーのオペラを、ドイツをモデルにした黒森峰のまほが口にするのです。描きようによっては批判される危険性すらあります。にも拘らず、ここでわざわざ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の名前を出したわけですから、ここには何かメッセージが込められていると考えるのが自然でしょう。では、オペラのあらすじを見ながら、そのことについて考えてみましょう。


ニュルンベルクのマイスタージンガー あらすじ −わかる!オペラ情報館


【第1幕】

時は16世紀中頃、舞台はドイツのニュルンベルク。この街にやって来た騎士ヴァルターは、聖カタリナ教会でエーファと出会い、二人は互いに惹かれ合いました。しかし、エーファの父で金細工の親方ポーグナーは、明日、聖ヨハネ祭で行う歌合戦の優勝者に全財産とエーファを与えることとしていました。そこでヴァルターは靴屋の徒弟ダーヴィットから急いで「歌の規則」を学びますが、あまりに厄介な規則に閉口します。それでもヴァルターは歌合戦に出場するための資格試験を受け、堂々と自分の歌を歌い始めました。このとき試験の記録係をしていた市の書記官ベックメッサーは、自身もエーファとの結婚を狙っていました。彼はヴァルターというライバルの出現を快く思わず、厳格に採点して失格にさせます。そのとき靴屋の親方ザックスは、ヴァルターの歌に新しい可能性を感じていました。


・歌合戦の優勝者に全財産とエーファを与える


→ 西住流の家督相続


・あまりに厄介な規則に閉口


→ 西住流の格式ばった世界に苦しんでいたみほ


・ヴァルターの歌の新しい可能性を見つけるザックス


→ みほの戦車道に新しい息吹を感じるまほ


これらの設定は、西住家の置かれた状況と大変よく似ています。こういった要素を「西住家のマイスタージンガー」として簡単にまとめなおしてみます。


エーファと全財産西住流の家督
ポーグナーまほ+しほ
ザックスまほ+しほ
ヴァルターみほ
ベックメッサー文科省役人

ベックメッサーが文科省役人になるのは敵役という意味においてですが、それ以外の要素はだいたい西住家の状況と一致します。ボーグナーとザックスについては、まほとしほの両方が場面に応じて役割を担うものと考えましょう。そのうえで、「マイスタージンガー」の筋書きを順番に並べてみます。


(1)年長者であるザックス(まほ)はヴァルター(みほ)の天賦の才を見抜いている。

(2)かたや、ヴァルター(みほ)は歌曲の規則(西住流の格式)が性に合わない。

(3)ザックス(まほ)はエーファを慕っている(西住流を大切に思っている)。

(4)ベックメッサー(文科省役人)があれこれと妨害しようとする。(廃校)

(5)ベックメッサーの歌(廃校案)をザックス(※しほ)がボロクソにこき下ろす。

(6)最終的に、ベックメッサー(文科省役人)は敗れ、ヴァルター(みほ)が歌合戦で勝利する。(大学選抜戦の勝利)

(7)マイスターの地位を譲ろうとするポーグナー(※まほ or しほ)の申し出をヴァルター(みほ)は拒む。

(8)ザックス(まほ)に諭されてヴァルター(みほ)は最終的に地位を継承する。


つまり、まほは心の中で「みほが西住流を継いだほうが良い」と考えていたということになります。したがって、例のエンディングにおける会話は・・・


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「黒森峰に戻ってこないか?(西住流はみほが継いだほうがよいのではないか?)」


といった提案をしているとわたしは推測します。ただし、やりとりしているふたりの表情から察するに、みほはこの提案を受け入れなかったのでしょう。おそらく、みほは「わたしは大洗でがんばる」と返答するはずです。そのかわり、なにか別の機会で、例えば、国際大会の代表チームなどで一緒にがんばろうといった希望を口にしたのではないでしょうか。


ちなみに、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は徳の高いザックスを褒め称えるところで終わります。劇場版におけるまほも、そんなザックスと同じようにとても強い印象を残していると言えるでしょう。




【卒業を描く】


桃「そうです! 廃校にしても、もともと3月末のはずじゃ!」

会長「検討した結果、3月末では遅いという結論に至ったそうだ。」

桃「なんで、繰り上がるんですか!?」


さて、テレビシリーズと違って、劇場版においては廃校の時期が繰り上がっているのですが、なぜ、このような設定にしたのでしょうか?


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磯辺「ちっちゃい体でがんばったよな。」

河西「短いあいだだったけど、本当にありがとう。」


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エルヴィン「おまえのサンダース戦での一撃はすごかった。」

おりょう「プラウダ戦もよかったぞ。」


おそらく、卒業と別れを描くためでしょう。テレビシリーズでは学園艦に戻るところで終わりましたので、この劇場版において、きちんと卒業を描いておきたかったのではないでしょうか。もしかすると、劇場版が「お別れ」になるかもしれないのですから。


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みほ「麻子さん、ここで寝るつもりなの?」

麻子「ああ。もう、お別れかもしれないからな。」


麻子は両親とケンカしたまま死に別れたことを後悔しており、だからこそ、「お別れ」はきちんとしたいのでしょう。そして、このさりげないひと言が作り手たちとの想いと重なっているようにも見えます。


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翌朝の学園艦が出港するシーン。柚子は年長者らしく、じっと悲しみに堪えていますが・・・


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ウサギさんチーム「さよおならー。」


それとは対照的に、まだまだ幼さの残るウサギさんチームは素直にその想いをためらうことなく表に出します。このように、夜の学校のシーンで戦車との「お別れ」を、朝の港では学園艦との「お別れ」を描いているわけですね。


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みほ「だんだんバスが分かれていくね。」


現実の卒業もそうであるように、みな、卒業後はそれぞれ違う道へと進んでいきます。このバスのシーンはそれを暗示しているのでしょう。


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そして、ラストシーンの学園艦。これは過ぎ去った青春をふりかえるときに見える風景でしょう。


(スタッフコメンタリー)


「で、ラストも、しっかりした学園艦じゃなくて、遠くに見える、まだ近づかないくらいに、これ、好みですけど、終わりにしたかったです。」


細かいところまでは見えないけども、でも、その方向に顔を向ければ、遠くに浮かぶ姿だけは思い出すことができる。遠くに見える学園艦は過ぎ去った青春の象徴として描かれているのだとわたしは感じました。




【まとめにかえて】


これだけ長いエントリーを読んでくださったかたにお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございます。ということで、最後だけは例の言葉で簡潔に締めることにしましょう。




ガルパンはいいぞ。




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(おわり)




<参考図書(ガルパンを知ってから手に取った本)>


A History of the Second World War

A History of the Second World War

A History of Modern Russia: From Nicholas II to Putin

A History of Modern Russia: From Nicholas II to Putin

The Penguin Historical Atlas of Russia (Hist Atlas)

The Penguin Historical Atlas of Russia (Hist Atlas)

ロシアとソ連邦 (講談社学術文庫)

ロシアとソ連邦 (講談社学術文庫)

The Winter War: The Russo-Finnish War of 1939-40

The Winter War: The Russo-Finnish War of 1939-40

The Coming of the Third Reich

The Coming of the Third Reich

The Third Reich in Power

The Third Reich in Power

The Third Reich at War: How the Nazis Led Germany from Conquest to Disaster

The Third Reich at War: How the Nazis Led Germany from Conquest to Disaster

The Battle of Kursk (Modern War Studies)

The Battle of Kursk (Modern War Studies)

D-day: June 6, 1944: The Battle For The Normandy Beaches

D-day: June 6, 1944: The Battle For The Normandy Beaches

The Rommel Papers (Da Capo Paperback)

The Rommel Papers (Da Capo Paperback)

Death Traps: The Survival of an American Armored Division in World War II

Death Traps: The Survival of an American Armored Division in World War II

Operation Sea Lion

Operation Sea Lion

The Great War: 1914-1918

The Great War: 1914-1918

新版 概説イギリス史―伝統的理解をこえて (有斐閣選書)

新版 概説イギリス史―伝統的理解をこえて (有斐閣選書)

英語の背景を読む―文化コンテクストの話

英語の背景を読む―文化コンテクストの話

Soldier Bear

Soldier Bear

*1:月齢などから日付を計算することも可能かもしれませんが、あいにく、そのテの知識を持っていないので、ここではやめておきました。

*2:おそらく、ノンナやクラーラといったロシア語を話す長身のキャラはソ連のエリート層、青森ことばを話すニーナたちは地方民を表しているのでしょう。

*3:「1941」に出てくるM3はM4シャーマンを改造したレプリカらしいです。

*4:冒頭の砲塔から聖グロの二人が見えてくるシークエンスは「007」シリーズ。戦車の階段を戦車で降りていくのは「戦艦ポチョムキン」のオデッサ階段。その後、海から出て来るKV-2が戦艦ポチョムキンが海から砲撃する場面からの引用。「ケイン号の叛乱」については以下を参照。 http://d.hatena.ne.jp/rhb/20160109/p1

*5:カチューシャの「203高地よ!」もある意味では「前フリ」ですね。203高地は苦労して取ったものの、実はたいして意味のない高地だったわけですが、劇場版におけるあの高地もカールによる砲撃のために罠だったので、それと同じです。

*6:ここのダージリンのセリフも、ある意味では「前フリ」と言えるでしょう。

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