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2017-02-13

アーシュラ・K・ル=グウィンの語る「オルタナティブ・ファクト」と「フィクション」の違い


Ursula Le Guin on fiction vs. 'alternative facts': Letter to the editor | OregonLive.com


A recent letter in The Oregonian compares a politician's claim to tell "alternative facts" to the inventions of science fiction. The comparison won't work. We fiction writers make up stuff. Some of it clearly impossible, some of it realistic, but none of it real - all invented, imagined -- and we call it fiction because it isn't fact. We may call some of it "alternative history" or "an alternate universe," but make absolutely no pretense that our fictions are "alternative facts."


Facts aren't all that easy to come by. Honest scientists and journalists, among others, spend a lot of time trying to make sure of them. The test of a fact is that it simply is so - it has no "alternative." The sun rises in the east. To pretend the sun can rise in the west is a fiction, to claim that it does so as fact (or "alternative fact") is a lie.


A lie is a non-fact deliberately told as fact. Lies are told in order to reassure oneself, or to fool, or scare, or manipulate others. Santa Claus is a fiction. He's harmless. Lies are seldom completely harmless, and often very dangerous. In most times, most places, by most people, liars are considered contemptible.

Ursula K. Le Guin, Northwest Portland


(試訳)


The Oregonian に最近載っていた投書で、とある政治家の言うところの「代替的事実」をSFにおける創作になぞらえている人がいた。だが、この喩えは成立しない。わたしたち、SFの書き手は架空の話をこしらえるのである。明らかに現実には不可能なものもあれば、真に迫ったものもあるが、ここには一片たりとも本物は含まれてない。これらはすべて作り出されたもの、頭のなかで考えられたものであり、したがって、普通はフィクションと呼ばれる。なぜなら、これは現実ではないからだ。こういったSFに「代替的歴史」もしくは「代替的宇宙」と呼べるものがあるかもしれないが、しかし、わたしたちSF作家はそういったフィクションを「代替的事実」であると偽ったりしない。


事実とはそんなに簡単に手に入るものではない。とりわけ、誠実な科学者やジャーナリストたちは多くの時間を費やして事実であることを確かめようとする。事実というのは、実際にその通りであり、なおかつ、それ以外に結論がないと確かめられたときに事実となる。太陽は東から昇る。もし、太陽が西から昇ると言ったとすれば、それはフィクションであり、そのフィクションをあたかも事実であるかのように言ったとすれば、それは嘘なのである。


事実ではないにも拘らず、意図的に事実だと言うとそれは嘘になる。そういった嘘をつく目的は、自分を安心させるため、誰かを騙し、怖がらせ、手玉に取ることである。サンタクロースというのはフィクションだが、彼には何の罪もない。だが、嘘が完全なシロであることはまずもってなく、たいてい、とても危険なものである。どんなときであっても、どんな場所であっても、どんな人であっても、ほとんどの場合、嘘というのは卑しむべきものなのだ。


アーシュラ・K・ル=グウィン、ノースウェスト・ポートランド在住

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