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中谷礼仁『国学・明治・建築家』2007 WEB公開 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-12-08 『国学・明治・建築家』関連年表

[]『国学・明治建築家』関連年表

一七三〇享保十五 三重県松阪本町で本居宣長生まれる。本名小津富之助。

一七五六宝暦六  本居処女作『排蘆小船』成る。彼の「日本的なるもの」追及の端緒。

一七七一明和八  本居『直毘霊』成る。作為性の回避としての「道」概念の発明。

一七七六安政五  平田篤胤秋田久保田城下に、秋田藩士大和田家に生まれる。

一七九三寛政五  本居『玉勝間』執筆。「漢意」「自然」概念のまとまった規定。

一七九五寛政七  篤胤、郷里を出奔して江戸にでる。

一八〇一享和元  本居没。

一八〇三享和三  篤胤、本居の著書に接し、没頭する。処女作『阿妄書』成る。

一八〇四享和四  大工清水喜助、神田鍛冶町の絵草紙屋の裏店で開業。後の清水建設の創始。

一八一一文化八  篤胤、『古道大意』『玉だすき』などの稿本成る。翌年『霊能真柱』成る。天と黄泉の間の現実世界、さらに外国を統括する皇国(日本)という現実世界の構造の明確化。

一八一四文化一一 滝沢馬琴南総里見八犬伝』刊行開始。

一八一五文化一二 杉田玄白『蘭学事始』成る。

一八二〇文政三  篤胤一〇月に仙吉にであう。二年後に『仙境異聞』『古今妖怪考』成る。幽冥世界の追及。

一八二四文政七  シーボルト長崎郊外鳴滝に塾を開く。(伊東忠太の祖父は後年シーボルトの下で学んだ。)

一八三〇天保一  翌年にかけておかげ踊りが流行。阿波畿内、関東でおかげ参りが流行。

一八三八天保九  中山みき天理教を開く。

一八四〇天保一一 英国、清国間に阿片戦争勃発。

一八四三天保一四 篤胤没。

一八四四弘化元  オランダ軍艦、長崎に来航し、開国勧告の国書を渡す。

一八五三嘉永六  アメリカ東インド艦隊指令館長ペリー軍艦4隻をひきいて浦賀に入港。「黒船来航」

一八六二文久二  生麦事件。同年幕府派遣留学生オランダに向かう。翌年長州藩伊藤博文英国留学へ出発。

一八六四元治元  禁門の変。四国連合艦隊下関砲撃。第一次長州征伐。

一八六七慶応三  水戸藩主徳川昭武ら、パリ万国博覧会参加。慶喜大政奉還王政復古の号令を発する。幕府解体、翌年明治政府なる。伊東忠太、生まれる。二代目清水喜助、初の擬洋風ホテル建築築地ホテル」建設に協力、自ら経営する。

一八七〇明治三  開化派の伊藤博文を長として工部省発足。翌年工学寮設置。

一八七二明治五  「美術」という言葉、ウィーン万国博覧会のための出品差し出し勧請書に初登場。

一八七七明治一〇 第一回内国勧業博覧会上野で開催。工部大学校設立、イギリス人建築家コンドル来日、造家術を指導、二年後初の卒業生を送りだした、卒業生に辰野金吾ら四名。

一八八二明治一五 フェノロサ『美術真説』成る、日本における「美術」概念の構造に大きな影響を与えた。

一八八六明治一九 日本造家学会設立、翌年より雑誌『建築雑誌』発行。

一八八七明治二〇 建築雑誌掲載論文の「家屋改良論」に「用vs美の二元論」の構造がすでに明確化。

一八八九明治二二 木子清敬、工部大学校で日本初の「日本建築」の授業を開講。

一八九一明治二四 濃尾地方に大地震「濃尾地震」。翌年、政府勅令によって震災予防調査会発足。

一八九三明治二六 帝大大学院生伊東忠太法隆寺建築論』を発表。六年後(明治三二)に最終版。

一九〇三明治三六 最後の内国勧業博覧会(第五回)が大阪で開催される。前年阿部今太郎「螺旋塔」プロジェクト発表。

一九〇六明治三九 構造学者佐野利器サンフランシスコ震災調査。鉄骨、コンクリートによる耐震構造を予見。

一九〇八明治四一 ウィーン建築家アドルフ・ロース、論「装飾と罪悪」を発表、過去装飾を排撃。

一九〇九明治四二 伊東忠太論文建築進化の原則より見たる我が邦建築の前途」を発表。議院建築における様式論議さかん。

一九一一明治四四 佐野利器論文建築家の覚悟」を発表。明治建築の終結宣言。

一九一六大正五  定例の日本建築学会の講演会に、佐野の提唱で合同スタイルが採用。この時期より建築家社会的責任が強く意識されるとともに、住宅問題、都市問題という広い課題領域が現れる。 佐野利器「家屋耐震構造論」を発表。「震度」概念によって耐震学を統一。

一九一九大正八  日本初の本格的な建築法制度「市街地建築物法」公布。佐野の耐震理論が法的根拠の一つとなった。佐野利器論文「規格統一」。建築家後藤慶二急逝。東京帝国大学建築学科の学生坂東義三論文「創造の根源」発表、国家と自己との分離かつ融合。北一輝日本改造法案大綱』。

一九二〇大正九  佐野の理念にもとづいて「生活改善同盟」発足、現都市住宅の原型。後藤の理解者山崎清太郎、論文「其の文言について」発表、改善運動に意義申し立て、学会から姿を消す。帝題の学生有志により分離派建築協会結成、同年第一回展覧会開催。以後一九二八年まで七回の展覧会活動を行う。辰野金吾没。

一九二一大正一〇 佐野を委員とする度量衡調査会にもとづき、政府メートル法専用度量法を公布。ひきつづき、工業規格統一調査会設置。

一九二三大正一二 関東大震災佐野利器帝都復興院の建築局長となる。建築運動団体の創宇社、銀座十字屋で第1回展覧会、同人に山口文象ら。このころよりマルクス主義芸術運動の一環としての建築運動流行りはじめる。

一九二五大正十四 治安維持法公布

一九二八昭和三  帝国大学建築学科の学生谷口吉郎、『建築新潮』誌上で分離派批判、デビュー。翌四年小林秀雄、懸賞論文「様々なる意匠」で二等入選、デビュー。建築家前川国男、パリのコルビジェのオフィスへ入所。建築家の国際的連絡機関CIAM結成、スイスで第一回会議開催。

一九三〇昭和五  新興建築家連盟結成および解散。日本の近代建築運動急速に衰退。

一九三一昭和六  満州事変勃発。

一九三三昭和八  ドイツ建築家ブルーノ・タウト来日。日本建築の伝統美を近代性とむすびつける、『日本文化私観』。

一九三五昭和一〇 保田与重郎亀井勝一郎らと「日本浪漫派」創刊。翌年、詩人萩原朔太郎同人参加。

一九三六昭和一一 二二六事件

一九三七昭和一二 立原道造東京帝国大学建築学科を卒業。卒業論文『方法論』。萩原「いのち―日本への回帰」発表。

一九三八昭和一三 国家総動員法公布。谷口吉郎外務省嘱託としてベルリンへ出張する、日本大使館建設工事のため。

一九三九昭和一四 立原道造没。立原の一年後輩の学生丹下健三コルビジェ論「ミケランジェロ頌」発表。哲学者三木清、「協同主義の哲学的基礎」発表。

一九四一昭和一六 「大東亜戦争」勃発。

一九四二昭和一七 雑誌『文学界』誌上で、座談会「文化総合会議シンポジウム―近代の超克」が掲載される。出席者は河上徹太郎小林秀雄三好達治林房雄中村光男、西谷啓治下村寅太郎など、計一三名。丹下健三、「大東亜記念造営計画」コンペで一等入選。小林秀雄当麻」。三木清「技術哲学」。

一九四三昭和一八 坂口安吾日本文化私観』発表。

一九四五昭和二〇 「大東亜戦争」終結、日本は無条件降伏。三木清獄死

一九四六昭和二一 住文化協会、日本建築文化連盟、関西建築文化連盟、日本民主建築会結成。翌年新日本建築家集団NAU結成。このころマルクス主義建築運動活発化。

一九五三昭和二八 西山夘三「住宅における民族的伝統と国民的課題」、伝統論争はじまる。

一九五四昭和二九 丹下健三設計、広島平和記念会館竣工伊東忠太没。

一九五五昭和三〇 雑誌『新建築』、特集「新しい前進のために」戦後一〇年の回顧。

一九五六昭和三一 雑誌『建築文化』、特集「建築設計家として民衆をどう把握するか」池辺陽西山夘三丹下健三など、民衆論争。

一九五七昭和三二 丹下健三設計、東京都庁竣工。翌年香川県庁舎竣工、コアシステム。

一九六〇昭和三五 六〇年安保大規模な反対運動おこる、六月二三日批准。川添登建築の滅亡』、吉本隆明「擬性の終焉」、大島渚「日本の夜と霧」。ソニー、世界初のトランジスタ・テレビ発表。川添登菊竹清訓ら、未来デザイン集団メタボリズム結成、プロジェクト「海上都市」など。

一九六一昭和三六 丹下健三研究室「東京計画1960」発表。建築家磯崎新、丹下研究室を修了。

2007-10-24 『国学・明治・建築家』関連人物リスト

[]『国学・明治建築家』関連人物リスト

ダイアリーを書き続けて30日経過すると、はてな市民になれて、はてなキーワードを作成できることになります。

ようやくその日がきましたので、以下の人物で、既にキーワード解説がなされている方以外の作成を行います。

本居宣長;もとおりのりなが、1730-1801

平田篤胤;ひらたあつたね、1776-1843

オットー・ワーグナー;Otto Wargner,1841-1918

木子清敬;きこきよよし、1844-1907

●アーネスト・F・フェノロサ;Earnest.F.Fenollossa,1853-1908、

ジョサイア・コンドル;Josiah Conder,1852-1920

辰野金吾;たつのきんご、1854-1919

岡倉天心(覚三);おかくらてんしん(かくぞう)、1862-1913

横河民輔;よこがわたみすけ、1864-1945

伊東忠太;いとうちゅうた、1867-1954

関野貞;せきのただし、1867-1935

長野宇平治;ながのうへいじ、1867-1937

佐野利器;さのとしかた、1880-1956

岡田信一郎;おかだしんいちろう、1883-1932

後藤慶二;ごとうけいじ、1883-1919

山崎静太郎;やまざきせいたろう、1885-1944

内藤多仲;ないとうたちゅう、1886-1970

アドルフ・ロース;Adolf Loos,1870-1933

ワルター・グロピウス;Walter Gropius, 1883-1969

ル・コルビジェ;Le Corbusier,1887-1965

野田俊彦;のだとしひこ、1891-1932

石本喜久治;いしもときくじ、1894-1963

堀口捨己;ほりぐちすてみ、1895-

三木清;みききよし、1897-1945

高坂正顕、こうさかまさあき、1900-1969

小林秀雄;こばやしひでお、1902-1983

谷口吉郎;たにぐちよしろう、1904-1979

前川国男;まえかわくにお、1905-1986

坂口安吾;さかぐちあんご、1906-1955

保田与重郎;やすだよじゅうろう、1910-1981

竹内好;たけうちよしみ、1910-1977

西山夘三;にしやまうぞう、1911-1994

丹下健三;たんげけんぞう、1913-2005

立原道造;たちはらみちぞう、1914-1939

丸山真男;まるやままさお、1914-1996

池辺陽;いけべきよし、1920-1979

吉本隆明;よしもとたかあき、1924-

村松貞次郎;むらまつていじろう、1924-1997

稲垣栄三;いながきえいぞう、1926-2001

川添登;かわぞえのぼる、1926-

磯崎新;いそざきあらた、1931-

廣松渉;ひろまつわたる、1933-1994

小能林宏城;おのばやしひろき、1935-1979

原広司;はらひろし、1936-

長谷川堯;はせがわたかし、1937-

石山修武;いしやまおさむ、1944-

鈴木博之;すずきひろゆき、1945-

松山巌;まつやまいわお、1945-

布野修司;ふのしゅうじ、1949-

内国勧業博覧会;ないこくかんぎょうはくらんかい

分離派建築協会;ぶんりはけんちくきょうかい、1920-1928

メタボリズム;METABOLISM、1960-?

スーパースタジオ;SUPERSTUDIO、1966-

TAU;Trans Architecture & Urban、1972-1973