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『建築と日常』編集者日記

10月07日(日)

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このまえ日光で訪れた日光真光教会(設計=J・M・ガーディナー、1914年竣工)。

10月06日(土)

同日公開の『寝ても覚めても』(9月27日)と『きみの鳥はうたえる』(10月1日)は、僕のなかでずいぶん対照的な評価になってしまった。しかしどちらも小説の映画化だけど、『寝ても覚めても』は原作を読んでいるのに対し、『きみの鳥はうたえる』は読んでいない。このことは作品の評価に影響しているだろうか。もちろん影響していないわけはないだろうけど、仮にそれぞれの原作を読んでいなかったり読んでいたりしても、おそらく映画の印象はそれほど決定的には変わらなかったのではないかと自分では思っている。『寝ても覚めても』はもし直前に原作を読み返していなければ「映画そのもの」をもっと楽しめたという可能性はあるとしても、結果として小説版の色眼鏡をかけることで映画版を純粋に観ることができなくなってしまったというより、その眼鏡は透明かつ度入りで、映画版をより鮮明に見せる働きをしたというほうが近いような気がする。

『建築と日常』No.5()では柳宗悦を引きつつ、先入観を排して作品を直に観ること(直観)に重要な意味を見た。しかしこの辺がややこしいところだと思うのだけど、自分の経験や主観にこだわらないことで作品がより確かに捉えられるということがある一方で、ある固有の経験をその人が持っているからこそ、その作品の本質に近づける、あるいはその作品が真価を発揮してその人に響いてくる、ということも確かにあるはずだ。

僕にとっての『寝ても覚めても』の原作を読んだ経験、あるいはこれまで柴崎さんの作品を読んできた経験がそのような経験と言えるかどうかは分からないけれど、例えば『寝ても覚めても』を観るとき、若いころ熱烈な恋愛をしたことがある人はその経験に基づいて映画を観るだろうし、関西出身で関西弁で話す人も、大地震で被災した人も、家族がALSに罹った人も、それぞれの経験から離れて作品と向き合うことはできないだろう。

それらの経験は時に作品に対して偏った態度をとらせもする。極端に言うと、例えば震災のことが描かれていればどんな作品でも価値を認める、あるいは逆にどんな作品でも拒絶してしまう、そういう態度はたとえその人にとっては十分に必然性があることだったとしても、やはり少なくともそれぞれの作品を直に観ているとは言えない。しかしその一方で、震災の経験がその人にあるからこそ、その作品の表現の深さに触れられる、あるいは逆にその作品の欺瞞を見抜ける、そういう場合もあるに違いない。それぞれの人における固有の経験が、一般的・客観的な作品評価とは別次元のまなざしで、その作品の真実を垣間見せる。これは裏を返すと、芸術作品こそ個別の人間の経験に開かれ、様々な経験に多元的に対応するものだと言えるかもしれない(それは例えばこの作品を観て被災者はどう思うかとかALS患者はどう思うかとかをいちいち想定して作品を作らなければならないということではなく、作品の深みにおいて人間の多様な固有の経験を受け止めるというようなこと)。

以下リンク先、古谷利裕さんが『寝ても覚めても』を観た感想は、(古谷さんが以前から柴崎さんの読者であることも含めて)僕の感想と比較的近いと思う。

10月01日(月)

NOBODY 47

三宅唱『きみの鳥はうたえる』(2018)を新宿武蔵野館で観た。その後、渋谷に移動してすこし時間を潰してから、ユーロスペース下階のユーロライブにて、濱口竜介・三宅唱の両監督によるトークを聴いた。それぞれの監督最新作である『寝ても覚めても』(9月27日)と『きみの鳥はうたえる』を特集した『NOBODY』47号(特集:映画の絶対的な新しさのために)の発売記念トークイベントとして開催されたもので、同誌編集長の渡辺進也さんと編集部の結城秀勇さんも聞き手として登壇。お客さんもたくさん入っていたし、『NOBODY』がずっと追ってきた若い監督たちとともに確かな場を築いているのを感じ、部外者ながら頼もしい気持ちになった。結城さんは『映画空間400選』(INAX出版、2011年)()の共編者で、渡辺さんもその本で執筆してもらっている。

『きみの鳥はうたえる』は傑作と言っていいのではないかと思う。以前(2012年9月11日)同じ三宅監督の『Playback』(2012)を観たときには、(若いのに)すばらしい技術と完成度だと思いつつも、形式主義的な度合いの強さに引っかかったのだけど、今回の作品ではそのショットや構成の確かさとともに、生きた人間、生きた世界が見事に描かれていた。三角関係の若者たちの熱っぽさや儚さを即興的に生き生きと捉える一方、それ以外の登場人物も含む多層化した人間関係をすぐれたバランス感覚で動的に成り立たせている。それぞれの人物は記号的にキャラクターを固定されることはなく、なかば宙吊りの存在として扱われ、人間関係の網の目のなか異なるシチュエーションごとに様々な様相を見せる。その辺りのことが生きた人間や生きた世界を感じさせる土台になっているのだと思う。

また、『寝ても覚めても』の麦と近いといえば近いような、何を考えているのか掴めない無頼漢っぽいキャラクターがこの映画にもいて、彼が暴力を振るうシーンは(どちらかというと僕自身はそこで殴られてしまうほうのキャラクターに近いせいもあるのか)ああ嫌だなあという感じがなまなましくしたのだけど、その陰惨なシーン以降、むしろ彼は揺れうごく人間の奥行きを積極的に見せはじめ、殴られたほうも殴られたほうで最終的には映画としてその存在を救うような見え方の調整がなされる。こういった映画のあり方は、単に映画のなかで人間がリアルに生きているというだけでなく(あるいはもちろん物語の展開の都合で人間がコントロールされているというのでもなく)、人間というものに対する作り手の思想がうかがえる気がして好感を持った。

09月30日(日)

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今回の一泊二日の日光旅行では、かつて《メルパルク日光霧降》(設計=ヴェンチューリ、スコット・ブラウン・アンド・アソシエイツ+丸ノ内建築事務所、1996年竣工)として建てられた「大江戸温泉物語 日光霧降」に宿泊した。

宿泊の予約をしてからしばらく後にヴェンチューリの訃報(9月20日)があり、余計に印象深い滞在になった。行ってみると、VSBAによる装飾、内装および家具は、多少くたびれつつも大部分が残っている様子(ジャポニスム的なデザインと大江戸温泉物語のコンセプトが重なるためもあるだろうか)。建築を特徴づけている看板型の装飾は、積極的に良いとは言えないものの、特別悪いとも思えない。「ヴィレッジ・ストリート」と呼ばれる3層吹き抜けのアトリウムを成り立たせるためにはそれなりに有効にも見える。この建築の『新建築』発表翌月の月評で西沢立衛さんが下のように書かれているのは、全体の批判的な論調のなかでいくぶん社交辞令の意味合いもあったかもしれないけど、確かにそこで西沢さんに指摘されているような点において、この建築は救われている気もする。

他方、この建築についてすばらしいと思ったのは、いろんなパッチワークを、大量かつ広域に張り巡らしていくその異様なほどの意志に、偽悪的な感じをまったく受けなかった点である。むしろ、何かほのぼのとした楽しさというか、優しさのようなものさえ漂っているようにも見えた。

  • 西沢立衛「月評」『新建築』1997年9月号

ともかくせっかくの建築なので、なるべく長く使われ続けてほしい。日光駅から送迎バスで約15分。周辺の豊かな自然環境に加え、屋上の露天風呂やバイキング形式の料理もよかったし、宿泊費も手ごろなので、建築関係者でなくても日光での宿泊に薦められる。以下、写真5点。夏季限定のプール棟(スパ棟)のほうは外部からしか見られなかった。

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09月29日(土)

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昨日は午後1時過ぎに東武ワールドスクウェアを出て、電車とバスを乗り継ぎ日光東照宮を訪れた(そういえばさすがに東武ワールドスクウェアには同じ市内の東照宮ないし陽明門のミニチュアはなかった)。そして日光で一泊し、今日あらためて周辺の寺社を観て回った。東照宮(1636年造替)は小学校の修学旅行(1990年)以来だけど、そのときのことはかろうじて鳴龍や三猿の記憶があるかないかという程度で、ほとんど覚えていない。3年前の『建築と日常』No.3-4()で大きく取り上げた大江宏(1913-1989)が東照宮を高く評価していて、そのうちまた行ってみたいと思っていた。以下、大江の発言。

 私は、物心がついたころには日光にいて、おやじ[大江新太郎]の仕事といえば、ほとんど社寺だとか典型的な木造の住宅という、そんな雰囲気の中でずっと育ってきたから、建築として特に教わった憶えはないけれども、知らず知らずのうちにそういうものが自分の血肉になっていることはあるでしょうね。

[…]

 日光はまさに二荒山域全体から、松並木までも含めてプロセッションですよ。構成も決して一時的な構成ではない。しかも全体を流れる、気配が、気配というのは人間と建築を結び合わせる直接のジョイントで、その気配が、人間がどんどん時間的にも、空間的にも移動していくのに従って、からんでくる。

 日本の伝統というのは、いまの日光も含めて、非常に異質のものが複数寄り集まりながら、一時的な単純な構成でなくて、重なり合っている。もし日本の伝統というならば、そういう点にあるんじゃないだろうか。それは特殊性とはもはやいえない。世界に共通しているかどうかはしらないけれども、かなり普遍的なるものとして確信を持って認識してよさそうだということが、だんだん強まってきている。ただ日本のものは度はずれて、その点で洗練されて、突っ込まれている。

  • 大江宏インタヴュー「併存混合としての日本建築と現代建築」聞き手=武者英二、『建築雑誌』1981年2月号(所収:大江宏『建築と気配』思潮社、1989年)

日光東照宮は「個々の建築/境内の領域全体」というレベルと「個々の装飾(彫刻)/一つの建築の全体」というレベルの二つの「部分と全体」が重なり合った構造をもち、その二つのレベルの両方で一般的な社寺建築よりも「部分」が個性的で強いという特徴をもっている。建築界では特に1930年代にブルーノ・タウトがその華美な建築を「キッチュ」と酷評して以降、桂離宮や伊勢神宮との対比で低く評価される傾向があったのに対し*1、大江宏は上記のとおり、個々の建築のオブジェクトとしての自律性よりも、それらを要素とする領域全体がつくる環境性を重視し、東照宮の価値を説いた*2

今回、「二荒山域全体」で「気配がからんでくる」というところまで大江の感覚を共有できたかどうかは心許ないけれど、少なくとも東照宮と大猷院のそれぞれにおいては、個々の建築がその自然と人工が拮抗する配置計画全体のなかで響き合うような、領域としての空間性を感じることができた。ただ、そうした響き合いにはおそらく個々の建築の装飾的・様式的な強さや多様さも作用しているのだろうけど、今の時代や僕自身の認識の制約もあるのか、装飾や様式それ自体を存分に楽しむまでには至らなかった。やはりそこまで確かに体感できないと、東照宮の真価は捉えられないような気がする。以下、東照宮の写真7点。

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*1:内田祥士『東照宮の近代──都市としての陽明門』(ぺりかん社、2009年)によれば、岸田日出刀は東照宮について「こんな建築は二度と経験したくない」と述べた。

*2:ただし、次のような発言を見ると、大江は東照宮の装飾過剰な個々の建築そのものも好んでいたように思われる。「建築の中でいちばん建築らしい建築はブルボン王家の建築、なんていうことを言い出すと、そこで頭に浮かんでくるのが過剰装飾ね。過剰装飾がいちばんそれを端的に言い表している。あえてぼくはそれをバロックとかロココとか呼ばない。それこそ王様も職人も、あるいは建築家と呼ばれる人もいたかも知れないが、そういう人も、夢中になってこれに取り組んでいた。起承転結がどうあろうと、そんなことはお構いない。夢中になればいい。みんなが夢中になっていた。その夢中さには邪心の入る余地がない。みんなが過剰などということには思いもよらなかった。」(大江宏インタヴュー「建築に中心はあるか」聞き手=小谷部育子、『建築雑誌』1987年12月号)

09月28日(金)

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以前から気になっていた東武ワールドスクウェアへ初めて行った。「栃木県日光市の東武ワールドスクウェアは、世界の建造物や世界遺産を25分の1のスケールで再現した世界建築博物館です。」「47の世界遺産を含む、世界の有名建築物102点。一日でめぐる世界一周の旅。」というもの。

去年『建築と日常の写真』()を刊行してから写真を撮る意欲が妙に湧いてきて、それがここに足を運ぶ大きな動機にもなっていると思う。このところ日光も雨が続いていたようだけど、今日は晴れて良かった。全体で「現代日本ゾーン」「アメリカゾーン」「エジプトゾーン」「ヨーロッパゾーン」「アジアゾーン」「日本ゾーン」とあるうち、やはり「ヨーロッパゾーン」がもっとも面白い。たくさんの写真を撮影した。いわゆる西洋建築は他と比べて地域的・時代的な範囲が広く、かたちもそれだけヴァラエティに富んでいるわけだけど、あるいは建築そのものの性質として、オブジェクトとしての自律性が高く、縮減模型にしたときにも写真映えするという傾向があるのかもしれない。

ただ、いま振り返ってみると、3時間くらいの滞在で写真を撮ることばかりに気が行って、それぞれの模型を通して元の建築のことを考えるのがおろそかになってしまったと思う。容易には訪れることができない世界の名建築が集まっているなかで(僕が行ったこともないのに講義で話しているような建築も含まれる)、もったいないことをした気がする。通常の建築展ならば、展示されている模型からその建築の空間性や全体構成の意味を読み取ろうとするのに、ここではそういう意識がほとんどなかった。しかし自分の怠惰を棚に上げていうと、これはもしかしたら東武ワールドスクウェアの模型の有り様にも関係しているかもしれない。一般的な建築展の模型では素材感や装飾などの要素が捨象され、建築が抽象的に表現されるのに対し、ここの模型は可能な限り精密で具体的な再現が目指されている。建築模型における抽象性はその模型を通して元の建築への想像を促すけれど、ここの模型の具体性はそれ自体が完結した物として鑑賞者を充足させるのではないか、そんなことを考えた。まあいずれまた忘れたころに訪れてみたい。以下、写真6点。

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09月27日(木)

濱口竜介『寝ても覚めても』(2018)をヒューマントラストシネマ有楽町で観た。映画を観るまえに原作である柴崎友香さんの小説『寝ても覚めても』(河出書房新社、2010年)を読み返さなければいけないという思い込みがなぜかあり、昨夜と今日の午前中で読み通してから行った。しかしそれで小説版の印象が強かったためなのか、僕はこの映画版にはどうも乗れなかった。

原因はいろいろあると思うのだけど、影響が大きいのは最初と最後だろうか。まず序盤、物語にとって決定的に重要であるはずの「朝子が麦(ばく)と出会ってどうしようもなく恋に落ちること」のリアリティが欠けているように思われた。おそらく小説と映画には表現媒体としての質的・量的水準の違いがあり、小説と比べて映画(特に今回のような商業映画)では、物語を切り詰め、要素をより単純化しなければならない。その必然性は分かるのだけど、しかし若い男女が常識はずれの状況でキスをすれば(2回)、それがそのまま二人が恋に落ちていることの証明になるというわけでもないだろう。実際、映画自身が「そんな出会いあるかい!」とセルフつっこみをしなければならないほど、そこには飛躍があったと思う。原作の小説でも朝子の心理描写にある種の飛躍は見られるのだけど、小説ではその有無を言わさない言い切りこそが、恋に落ちることのどうしようもなさをそれ特有の多幸感をたたえながら表現しているのに対し、映画版ではその飛躍が観客の感覚を超える方向に働いてしまっている気がする(別に映画と原作小説の違いをマニアックに言挙げしたいわけではなく、むしろ映画版と小説版とが互いのあり方を明らかにする批評的な関係にあると言っていいと思う)。

朝子が恋に落ちたことを表現するために、小説ならば一人称の主人公としてその内面(心の声)をダイレクトに記述することができるけれど、映画の場合、あくまで人物の外側からそれを示さなければならない。こうした表現媒体ごとの違いは、僕が6月のトークイベント(中山英之×柴崎友香×長島明夫)で小説版『寝ても覚めても』の冒頭部分について指摘した、小説的な「展開の鮮やかさ」()ということとも通じていると思う。例えば麦が朝子の前から姿を消すときの「唐突さ」を考えても、ふつうに作れば映画は小説よりどうしても鈍くなってしまう気がする。小説だと「麦が消えた」と書けばその一言で、読者は多少のショックとともにその事態を受け止めずにはいられない一方、映画では単にその人物が画面に出てこなくなっただけでは「消えた」という事実は実感しづらい。たとえそのことをナレーションで説明されたとしても、そこでの声は小説における文字ほど力をもちえない(しかし反対に麦と瓜二つの顔の亮平が朝子の前にはじめて現れるときの「唐突さ」は、今回の映画の一人二役という手法によって、映画のほうが小説よりも視覚を通してダイレクトに表現できると言える)。

ところで柴崎さんの小説、あるいは特に『寝ても覚めても』という作品は、人物間の心理的および物理的距離、場所や空間の距離、時間や年代の距離など、様々な距離を立体的に細かく調整していくことが表現の核心にあるのではないかと思う。ただ、映画ではそうした表現手法を丁寧になぞる容量的な余裕はないのかもしれないし、そもそも表現媒体として基本的にそういった緻密な調整に向いていないような気もする(小説は動かないが映画は動くので、鑑賞者のほうで作品のかたちを厳密に捉えるのが難しい。小説は意識を集中させてこちらから向かっていく必要があるが、映画はくつろいだ状態でも向こうからやってきてくれる。それで映画はより分かりやすくスペクタクル化しやすい。ベンヤミンが「複製技術時代の芸術作品」(1936)で指摘しているようなこと)。だから仮に『寝ても覚めても』の原作小説において「距離の調整」が表現の鍵になっていたとしても、映画版がそれと同様の作り方をしなければならないわけはない。

小説版と映画版で設定が異なるところは多々あるけれど、その大きな一つとして、亮平を真面目で優秀なサラリーマンにすることで、エキセントリックで捉えどころがない麦のキャラクターとの対比を強めたという点が挙げられる(映画では麦と亮平が同じ役者によって演じられるため、両者を混同させないように対比を際立たせる必要もあっただろう)。それは言ってみれば、二人の人物が作品世界のなかで取りもつ微妙な距離感を一旦リセットして、それぞれのキャラをなかば記号的に分かりやすく位置づけ直すということでもある。これ自体は必ずしも悪いことではない。元の作品の曖昧さを明快に整理したとも言える。けれども原作を読んでいる僕には、その読書体験のせいかどうかは断言できないものの、ぬぐえない違和感があった。塚本晋也『双生児 -GEMINI-』(1999)さえ連想させるような麦と亮平の強い対比は、その帰結として終盤の麦の行為をとりわけ不気味な悪魔のささやきのように感じさせ、それに応えた朝子の行為は正気を失ったなかでの過ちというふうにことさら印象づけられる(結果、映画版の真面目な亮平は朝子に激怒しなければならなくなる。原作では亮平は朝子の知り合いとの浮気をほのめかされるような人物でもあったにもかかわらず)。もちろんそのようなニュアンスは小説版でも感じられるのだけど、しかし小説版ではあくまで麦は麦として、朝子は朝子として、より俯瞰的に各々の存在が認められるような描き方がされていたはずだ。善悪ないし正負の分かりやすい二元論的な世界に回収されるような関係ではなかった。このことは柴崎さんの作品の本質だと思う。だからここを崩して作品世界をあらためて別の秩序で再生させるのはかなり大変なことに違いない。

あともう一つだけ、十数年来の柴崎友香の読者として、映画終盤の岡崎の再登場のさせ方には文句を付けずにはいられない。柴崎さんの多くの小説は基本的に群像劇としての性質をもち、それぞれの人物がそれぞれの人生を生きているという相対的な世界観が通底している。だからたとえある登場人物が途中から文章で書かれなくなっても、それは単に小説に出てこなくなっただけで、本人はどこかでそれなりに生きているのだろう(あるいは死んでいるかもしれないがそれもまた人生)と無意識のうちに読者に思わせている。しかし映画版『寝ても覚めても』の岡崎という人物の再登場のさせ方は、物語の些細な都合のために、一人の人間の生を文字どおり暴力的に作品に従属させている。これはどう考えても駄目だろう。その再登場の唐突さこそが「現実」だと解釈するのも無理がある。

蓮實重彦氏は映画『寝ても覚めても』に次のようなコメントを寄せている(抜粋)。「向かいあうこともなく二人の男女が並び立つラスト・ショットの途方もない美しさ。しかも、ここには、二十一世紀の世界映画史でもっとも美しいロングショットさえ含まれている」(→映画HP)。確かに二人がカメラに向かって正対する最後のショットには、このまえ(9月14日)触れた小津安二郎のバストショットのことなども踏まえつつ考えてみたい気にさせられる。そしてそのショットと同じように、この映画には技術的・表現手法的に傑出した数々の「部分」が間違いなくあるだろう。ただ、僕がこの映画を観てなにか言おうとすると、まず出てくるのは上のような言葉になってしまう。こういうのはどうやら映画をたくさん観ている人たちが気にかけるポイントとはズレているらしい、ということを最近あらためて感じている。この映画にしても、僕が信頼しているような人たちでもてらいなく褒めている人は案外多いようだし、どちらが正しいか間違っているかというより、あるいは映画作品に向き合うときの根本的な価値基準が異なっているのではないかと思わせられる。

09月24日(月)

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中山英之×柴崎友香×長島明夫「交差する思考──建築・小説・映画・写真」()の4ページ目に掲載されているこのホームドアの写真は(取るに足らないものだからクレジットの表記はしなかったけれど)、記事の原稿をまとめているとき、僕が最寄りの駅でそそくさと撮影したものだ。もちろんなるべく良い写真を撮りたいとは思っていたものの、駅のホームのように周囲に不特定多数の人がいる、しかも一般に写真に撮るべきものがあるとは思われていない場所で一眼レフのカメラを構えていると、なんとなく誰かに咎められそうな気がして及び腰になってしまう(都心のありふれた地下鉄の駅なので「撮り鉄」を装うわけにもいかない)。

これがもし自分一人ではなく誰かと一緒だったら、ずいぶん気が楽になっていただろう。それは撮影を注意してくるような人に対して単純に数的優位に立てるというすこし嫌らしい心理に基づいてもいるけれど、反対にホームにいる人たちにとっても悪いことではないように思われる。中年の男が一人で一眼レフを構えて目的不明のままなんらかの写真を撮っているという状況より、その横に誰かが一緒にいたほうが(それが明らかにやばそうな人でない限り)不審に感じる度合いは小さいはずだ。なにかを撮影しているらしい男の得体の知れない印象が、その男と同行者との人間的な関係を垣間見ることで和らぐのではないかと思う。

09月23日(日)

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この日記によると2015年(9月19日)以来3年ぶりに、代官山のヒルサイドテラスでSDレビューを観た。といっても最終日の閉会直前でかなり混雑していて、なかなかじっくりとは観られなかった。以前「建築を評価することの困難」と題してSDレビューの展評を書いたことがあったけれど(『SD2014』鹿島出版会、2014年)、やはりSDレビューのような展覧会でそれぞれの建築の評価をするのは難しい。

09月20日(木)

ロバート・ヴェンチューリ(1925-2018)の訃報があった。ちょうど昨日、ひさしぶりに香山先生にお目にかかり、カーンやミースなどについて数人でお酒を飲みながら色々と雑談をするなかで、「そういえばヴェンチューリはお元気でしょうか?」と伺ってみようかと思い浮かびつつ結局タイミングを逸して聞かずじまいになったのだった(香山先生は1960年代半ばにペンシルベニア大学でヴェンチューリに師事し、後に『Complexity and Contradiction in Architecture』として本にまとめられる講義を受講している。僕も15年ほど前に一度ヴェンチューリの事務所を訪ねたことがある)。

ヴェンチューリは香山先生だけでなく坂本先生関連も含めて、『建築と日常』でもっとも多く名前が挙がっている外国の建築家だと思う。このまえのNo.5()では、福田晴虔さんのテキスト「平凡な建築について」でアルド・ロッシと対比的に言及されているし、坂本先生へのインタヴュー「河井邸の尽きせぬ魅力」でも僕が名前を出していた。下の抜粋は2009年のNo.0での香山先生との対話から。これはおそらく東工大系のヴェンチューリ理解とはニュアンスがいくらか異なっていると思うけど、この辺の基本的なところの認識がないと、ヴェンチューリの理論は無味乾燥な形式論として受容されてしまいかねない気がする。追悼。

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