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『建築と日常』編集者日記

09月23日(金)

永井均『倫理とは何か──猫のアインジヒトの挑戦』(ちくま学芸文庫、2011年)を読んだ。ただ、僕には今一入り込めなくて、飛ばし読みのようになってしまった。時代の変遷に即して様々な学説が比較検証されていくさまが、へんに理屈っぽく感じられてしまった。ひとつだけ孫引き。これは興味深い。

倫理(学)は英語では「ethics」ですが、その語源について、アリストテレスは次のように書いています。「倫理的な器量は習慣から生まれてくる。だからこそ、それは「習慣(エトス)」という語を少しだけ変化させた倫理的(エーティケー)という名称をもっているのである。」(1103a17)。(p.47)

ちょうど今度、「建築のエシックス」というタイトルで坂本先生と能作さんの対話が行なわれるという。エシックスという言葉が坂本先生の文章で使われているのを読んだ覚えはないから、おそらく能作さんか別の誰かが付けたタイトルなのだと思う。上のアリストテレスの言葉によれば、習慣化されていない言葉を無闇に使わないというのも倫理的な態度になるのだろう。

gallery IHA 連続レクチャー「1970年代の建築的冒険者と現代の遺伝子」

  • 第4回 坂本一成×能作文徳「建築のエシックス」
  • 2016年11月4日(金)18:00-20:00
  • 東京都文京区湯島1-9-7 ※要予約
  • https://www.facebook.com/galleryiha/

09月22日(木)

Facebookにおいて、ある状況下で送信する定型文。このメッセージが意味することは、Facebookを使っている人でないとなかなか実感できないかもしれない。

友達リクエスト恐れ入ります。おそらくお目にかかったことはないと思うのですが、どちら様でしょうか?

このメッセージを送信した相手から返信が届く割合は、これまでの経験上、だいたい1割ほどだろうか。常識と非常識の境界に線を引くようなメッセージだと思う。かといって僕はサディスティックに嬉々としてこのメッセージを送っているわけではなく、むしろかなり暗澹たる気分で、心を奮い立たせつつ擦り切らしながら送っている。しかしそれでも送らざるをえない。やはりFacebookに向いていないのだと思う。

09月21日(水)

すこし前、インターネットのGYAO!で無料公開されていた那須博之監督の「ビー・バップ・ハイスクール」シリーズを、ときおり他のウィンドウを開いて仕事などもしつつ、だらだらと観た(そもそもGYAO!の無料版は全画面表示もできないし、きちんと観ようと思うならDVDをレンタルしたほうがいい)。古谷利裕さんが偏愛する作品。

それを知っていたこともあって、全6作のうち第2作は見逃してしまったものの、以下の5作品を観た。『ビー・バップ・ハイスクール』(1985)、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎行進曲』(1987)、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎狂騒曲』(1987)、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎音頭』(1988)、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎完結篇』(1988)。

今、NHKのBSで放送されている「男はつらいよ」シリーズ(全作ではない)も観ているのだけど、どちらのシリーズも日常的な世界をベースにしつつ、「男はつらいよ」はその世界が全一的に統合されているのに対し、「ビー・バップ・ハイスクール」は「日常的な世界」と「不良たちの世界」が統合されずに複層化しているような印象を受ける。そのそれぞれの世界の形式が、各シリーズの魅力を支えているように思える。あまり真面目に観ていないので、ほんの思いつきだけど。

09月20日(火)

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工藤国雄『ルイス・カーン論──建築の実存と方法』(彰国社、1980年)。ずいぶん昔から絶版になっている、工藤さん42歳の著作。工藤さんにはコロンビア大学でたまたま会って夕飯を御馳走してもらってからもう13年経つけれど、ようやくタイミングがめぐってきたという感じ。『建築家・坂本一成の世界』を作ってみて、ある個人の創作を描写するときの方法の在り方が気にかかる。3000円ほどで古書で購入。

ちなみに昨日書いた絞りやシャッタースピードの話で言うと、上のような写真も本当はピンぼけがないほうがよいのだろうと思う。最低限、本単体くらいは。

要するに、私がピンぼけの背景の写真を撮らないのは、なにより視覚的に好みではないのと、やや下品だと思うからです。

  • ルイジ・ギッリ『写真講義』萱野有美訳、みすず書房、2014年、p.185

09月19日(月)

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去年の暮れに買って以来、初めてデジタル一眼レフのパノラマ写真機能を使ってみた(カメラを水平または垂直に振りながら撮影した映像を自動で1枚の写真に合成してくれるというもの)。動画その他、機能は盛り沢山なのだけど、ほとんどフルオートのファインダー撮影でしか使っていなかった(それで撮った写真を『建築家・坂本一成の世界』でもだいぶ使ってしまった)。パノラマ写真は、ある程度思いどおりに撮るにはそれなりの習練がいりそうだ。そして撮るだけでなく、撮った写真をどう見せるのかも検討すべきことなのだろう。つまりサイズを小さくして全体を一挙に見せるのか、それとも大きくして、左から右へスクロールしながら見せるのか。しかしそれは見る側の環境にも大きく依存するだろうし、なかなか表現が難しい形式だと思った。まあパノラマ写真を習得するよりも、まず絞りとシャッタースピードを自分で使いこなせるようになるべきだと思う。以下、パノラマ写真2点。

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09月18日(日)

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神奈川県立近代美術館。鎌倉から葉山に移設されたイサム・ノグチの《コケシ》(1951年)が新しい居場所にぴったりはまっていた。この彫刻は鎌倉館の建築の鍵になっているように思っていたので(1月27日)、そもそもあの場所に置くために制作されたのかとも考えていたけど、実際はどうもそうではなかったらしい。場所と物との関係の在り方が興味深い。

09月17日(土)

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正月以来で帰省したら、小中学生のころの通学路に新しく小さな本屋が建っていた。3月に藤沢から移転してきたらしい。

09月16日(金)

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神保町の南洋堂書店。『建築家・坂本一成の世界』は9/5発売ながら週間ランキングで2位に入り、売れ行きは好調らしい。サイン本もすでに完売とのこと。

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それにしてもこの本はインターネットなどで見る表紙(函)画像が実物のありさまをまったく伝えていないというか、むしろ平板で味気ないものに見せているのがなんとも惜しい(上記リンク先参照)。当然ながら服部さんのデザインは、実物の大判(220×297mm)のスケール感を前提として、それと函および表紙の紙の薄さの対比、グレー/ピンクのべた塗りと表面の光沢のテクスチャーなどがトータルに関係づけられている。このメディアでの伝わりづらさも、坂本先生の本らしいと言えばらしいのかもしれないけど。

09月15日(木)

これまで目にしたツイッターでの反応を集めてみました。随時追加していきます。

09月12日(月)

SAFETY‐ZONE 1961‐1991

写真家の新倉孝雄さんから写真集『SAFETY‐ZONE 1961‐1991』(美術出版社、1991年)が届いた。新倉さんは1963年に桑沢デザイン研究所を卒業。そこで師事した大辻清司(『建築と日常』No.1で篠原一男とともに特集)の文章が写真集の巻頭に寄せられている。

新倉さんには『建築家・坂本一成の世界』で、《狛江の別棟》(1968年)を2点と《散田の家》(1969年)を2点、写真を貸していただいた。坂本先生が大学院生時代に設計した《狛江の別棟》は、今回が初公開の知られざる作品だけども(『建築と日常』No.3-4のインタヴューでも言及はしている)、新倉さんにとっても、撮影してから50年近くを経て初めて世に出る写真になる。《散田の家》の写真も2点のうち1点は初公開のもの。

そういえば少し前には、新しくまとめられた『大辻清司──武蔵野美術大学 美術館・図書館 所蔵作品目録』が届いたのだった。こちらは別冊『多木浩二と建築』の刊行イベント(2013年7月26日)で山田脩二さんとトークをしていただいた大日方欣一さんが監修している。一般販売はないものの[追記:販売されていました]、ずしりと重い入念な仕事で、A4判450頁超。カタログ部分では建築写真のパートも10頁ほどある。新倉さんは建築の撮り方も大辻さんに習ったのだろうか。

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山田脩二さんといえば、山田さんも1960年に桑沢デザイン研究所を卒業、『建築家・坂本一成の世界』では《水無瀬の町家》(1970年)の写真を1点と《雲野流山の家》(1973年)の写真を2点貸していただいた。《雲野流山の家》のほうは竣工してから数年後、(後に服部さんがデザインをすることになる)『流行通信』での山田さんの連載「家、そして住むこと」のために撮られたもので(1981年9月号)、この写真もあまり知られていないと思う。坂本先生も「こんな写真知らなかった」と仰っていたくらいだけど、そもそも僕が『流行通信』の記事の存在を知ったのは『INAX REPORT』No.186()坂本一成特集の作品年譜(坂本先生の監修)に記載されていたからだし、後日、坂本先生の事務所のデスクの後ろの棚に『流行通信』のまさにその号が並んでいるのを発見することになる。ただ、今回作品集で載せたのは、当時雑誌で使われたのとは異なるカットなので(当時使われたカットは山田さんの手元に見当たらなかったとのこと)、これも今回が初公開の写真と言える。

そんな意味では、鈴木悠さんによる《水無瀬の町家》の写真も貴重なものだ。これは竣工まもなく、『都市住宅』1971年9月臨時増刊号のために撮られたもの。《水無瀬の町家》は基本的にこれまでずっと新建築社の写真が使われてきたけれど、この鈴木さんの写真は今回どうしても使いたかった(その理由は本を見てもらえれば分かるのではないかと思う。特に1カット目)。ところが鈴木さんは一昨年に亡くなっており、目当ての写真は所在不明だという。それを奥さんにお願いして、膨大に残されているらしい未整理の写真の中からなんとか探し出していただいた。奥さんは「見つかったのは奇跡」と仰っていた。先日完成した本を送ったところ、電話口でとても喜んでくださっている様子だったのは、こちらにとっても喜ばしいことだ。

今回初めてお目にかかった藤塚光政さんは、「編集者はいつも手軽に借りやすい写真で済ませてしまう」と言っておられた。藤塚さんには《祖師谷の家》(1981年)1点と《Hut T》(2001年)2点を貸していただいた。《祖師谷の家》のほうはずいぶん昔に廃刊になった雑誌『インテリア』に掲載された写真で(1981年9月号)、これもそのとき以来で再び世に出ることになった。

こうした写真の重要性を意識していることもあって、『建築家・坂本一成の世界』の資料編の「文章・記事・作品掲載」リストでは、坂本先生ご本人の文章や談話、他者による批評や解説に加えて、作品掲載のときの写真の撮影者名も、その写真が初出の場合は基本的に記載することにした。それはこの手の建築家のリストではあまりないことだと思う。