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『建築と日常』編集者日記

06月07日(火)

圏外編集者

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第7回。授業の後、図書室で借りていた都築響一『圏外編集者』(朝日出版社、2015)を返却。講師は何冊でも無期限で借りられるという特権があって、ついつい長いこと借りてしまっている本もある。ただ、この本はまだ新刊だし、読みたい学生もいるかもしれないので早めに返しておいたほうがいいなと思った。語り下ろしの自伝的な編集論。都築さんとは個人的な好みみたいなものはそれほど重ならないと思うのだけど、この本は大いに共感し、また多少元気づけられた。線を引きたくなるところ、引用してみたくなるところも多々ある。しかし図書室の本なので線を引くことはできないし、引用も、もし迂闊にそれをしたら、その瞬間、共感していたはずの言葉が「お前に俺を引用する資格があるのか?」と逆に切りつけてきそうな厳しさがこの本にはある。

05月31日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第6回。毎学期一度のゲスト講義の回。今年はatelier nishikataの小野弘人さんに来ていただいた。完全にお任せだったテーマは「建築・建設可能性の場(原型を示すこと)について」。ある空間単位の反復とずれによってもたらされる体験的効果といったようなこと。ミース・ファン・デル・ローエ《ファーンズワース邸》(1950)、ル・コルビュジエ《ウィークエンドハウス》(1935)、ルイス・カーン《キンベル美術館》(1972)、リチャード・セラ《ワクシング・アークス》(1980)を対象にして語られた。

やはり小野さんらしく自分の実感に根ざしているだろうお話でとても面白かった。おそらく同じ思考の枠組みは、atelier nishikataの実作である《4 episodes》(2014年2月11日2015年4月23日)にも通底しているのだと思う。小野さん(と西尾さん)が自分たちでそういう建築をつくるから過去の建築もそういうふうに見えるのか、過去の建築がそういうふうに現れてくるから自分たちにもそういう作品が生まれるのか、そういった因果関係がもはや不分明な過去との交流がある。まさに「現在する歴史」()。それなりに高度な内容だったけれども、自分の言葉で語られているので学生たちにも分かりやすかったのではないかと思う。

05月28日(土)

ここ最近テレビやネットで放映していたのを観た映画。ハワード・ホークス『ヨーク軍曹』(1941)、ラオール・ウォルシュ『白熱』(1949)、同『限りなき追跡』(1953)、スタンリー・キューブリック『恐怖と欲望』(1953)、深作欣二『仁義なき戦い』(1973)、ジャック・クレイトン『華麗なるギャツビー』(1974)、ピーター・ウィアー『いまを生きる』(1989)、スティーヴン・スピルバーグ『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989)、園子温『愛のむきだし』(2008)、クリント・イーストウッド『インビクタス/負けざる者たち』(2009)。

『恐怖と欲望』はキューブリックのデビュー作。監督自身が満足できず封印されていたらしい。ネットで公開されていたのを観たのだけど、面白いのはその感想を書くコメント欄に賛否両論あって、否定的な意見の人はたいてい「キューブリック自身が封印しただけあって〜」というような前置きをしていたこと。いかにもキューブリックを語りたがる人らしいと感じた。僕自身は「あのキューブリックのデビュー作」という意味合いも含めて十分面白く観た。でもキューブリックのように作品の完璧さを志向するタイプの作家だと、デビュー作で自分が満足いくあり方に達するというのはなかなか難しいのかもしれない。

『いまを生きる』の教師役のロビン・ウィリアムズには、僕自身学校で教えることもあって、やはり多少なりとも憧れてしまうところがある。しかし一方で、伝統や秩序に対して自由や独創に価値を置きすぎていて、むしろ強迫的で窮屈なようにも見える。それを助長するように、校長や生徒の親がいかにもな紋切り型で描かれていて、二元論の対立的な世界を構成している。

『インビクタス/負けざる者たち』はイーストウッドのたいていの映画と同じく、「よくできた映画」と感じさせると同時に「よくできた世界」と感じさせる。その「よくできた世界」にいつもかすかな違和感が生まれる。そしてなぜかNHK BSではイーストウッドの出演作・監督作の放送が多い。

『愛のむきだし』は前に同じ監督の『ヒミズ』(2011)を観たときと似た印象で、よくもわるくも軽いという感じ。このテーマで本当に重くつくると、おそらくあざとさが出て、観るに堪えないあり方になるような気がする。しかし扱っているテーマに対して映画として軽いので、237分でも特に苦にならずに見通せる一方、観た後に残るものはあまりない。軽いというのは、単にエンターテインメントに徹してポップだからということではなくて、例えば親世代の男女が宿命的に惹かれ合っているように描かれているにもかかわらず、そこに人生のリアリティが感じられないといったようなこと。

最近はテレビで録画したものを夜寝る前に少量のアルコールを飲みながら観るということが多くて、たいてい途中で寝てしまう。だから1本の映画を何日かかけて観ることになるのだけど、そうすると構成が複雑な新しい作品よりも、例えば1950年代くらいまでのハリウッド映画みたいなもののほうが観やすい。それはもちろんハワード・ホークスとか、それなりの名画と言われる作品だからでもあるだろうけど、そういった単純さのなかに人生を感じられるようになってきたとも言えるかもしれない。感じられないなら感じられないままでも、人生としてはよかった気はするけれど。

05月24日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第5回。先日提出してもらった《SHIBAURA HOUSE》と《蟻鱒鳶ル》の写真とテキストについての講評。去年の日本工業大学での課題(2015年11月18日)の形式を踏襲し、僕が添削したものを基にして、学生との対話。ふたつの建築についての文章の良し悪しというよりも、それを素材にしつつ、より普遍的に有用なレベルで、文章を書くことや論理を組み立てることの基本をめぐって。

学校から帰る途中、近くのアップリンクに寄って、『もしも建物が話せたら』の上映期間中に販売していただいていた『建築と日常』No.3-4()の残部を回収。映画のプログラムが発行されなかったせいもあるのかもしれないけど、思ったより売れていてよかった。いろいろ関わったこの映画についても一段落。

05月17日(火)

先週(5月10日)の見学会で学生たちが撮影した《SHIBAURA HOUSE》と《蟻鱒鳶ル》の写真を公開。これで3年分。

05月13日(金)

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品川6時7分発ののぞみ1号に乗って日帰りの呉出張。以下、写真もう1点、別角度。

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05月12日(木)

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横浜戸塚の善了寺で、大岩剛一さんが設計した本堂(2016)と聞思堂(2012)その他の建物を見学した。今日が初対面の大岩さんは早稲田の吉阪研ご出身とのこと。『建築と日常』No.3-4に寄稿していただいた島村菜津さんが紹介してくださった。上の写真の左が本堂で、右が同時に新築された庫裏。本堂は旧本堂の西洋建築風の外形を踏襲しつつ、外壁がヨシ葺き。よく晴れた初夏の昼前、強い日差しのせいもあってか、国籍や宗教の認識も超越するような、不思議な佇まいの建築だった。本堂手前の聞思堂は木造の軸組にストローベイル土塗りの壁。

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05月10日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」の一環で、学生たちと《SHIBAURA HOUSE》《蟻鱒鳶ル》を訪問。授業としては3年連続3回目。

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《SHIBAURA HOUSE》設計=妹島和世(2011年竣工)

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《蟻鱒鳶ル》設計施工=岡啓輔(2005年起工〜施工中)

04月30日(土)

多木浩二と建築

早いもので、『多木浩二と建築』が今日で刊行3周年。振り返ってみると、この別冊を制作したことが、今の僕の認識をより確かに方向づけることになった気がしないでもない。建築に対する認識、世の中に対する認識。

別冊『多木浩二と建築』

知の巨人の知られざる一断面。多木浩二(1928-2011)の建築分野での活動を振り返り、その仕事を歴史に開く。1000件を超える詳細な著作目録。盟友・坂本一成への20時間ロングインタヴュー。圧倒的な密度と情報量。

A5判/モノクロ/240頁/定価1800円+税/2013年4月30日刊行

04月26日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第2回。今度見学させていただく予定の《SHIBAURA HOUSE》と《蟻鱒鳶ル》の簡単な説明をしつつ、「分ける」ことが「分かる」ことに繋がるということについて。建築や都市を見るとき、あるいは写真や文章で描写するときのヒントなど。