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『建築と日常』編集者日記

09月17日(日)

「ごびゅう」か「ごびょう」か、誤謬の読み方がいつも分からなくなってしまう。しかし「誤ったview」という語呂合わせで覚えられそうだ。

09月15日(金)

最近わりと柳宗悦づいていて、ふと柳宗悦(1889-1961)と今和次郎(1888-1973)はどういう関係にあったのだろうと思った。1歳違いで同時代を生き、ともに民衆の生活をめぐる物に目を向けたふたりだけど、直接的な交流はあまりなかったらしい(ウェブ調べ)。

今和次郎の師である柳田國男(1875-1962)と柳宗悦の関係については、前田英樹『民俗と民藝』(講談社、2013年)で読んだことがある(この両者も直接的な交流はなく、むしろすれ違いがあったが、しかし思想としての根本は共有しているという内容だった)。今和次郎については、不勉強ゆえ僕自身は確たる認識を持っていないのだけど、柳宗悦の方向から見ると、両者はある面で対比的に捉えることができるかもしれない。つまり、仮に考現学を今和次郎の核心的な仕事とすると、柳宗悦が民藝を介してどちらかといえば「過去」に目を向けたのに対し、今和次郎は考現学を介してどちらかといえば「現在」に目を向けたと言える。

しかしこの対比はそれほど決定的なものとは思われない。実際、柳宗悦は同時代の工芸作家との親交も厚く、その制作や普及に尽力したし、今和次郎はもちろん柳田國男経由の『日本の民家』(初版1922年)の仕事がある。したがってより決定的と思われるちがいは、柳宗悦が民衆の日常的な工芸においてもあくまで直観に基づいて美を求め、それらを選別したのに対し、今和次郎は美という観念を棚上げにし、より網羅的に民衆の生態を記録しようとしたという点にあるのではないだろうか。だから柳宗悦が収集した民藝品の1点1点が現在でも魅力を放っているのに対し、今和次郎が採集した事物の1点1点は必ずしもそうとは言えず、その時代を示しうるサンプルとしての意味合いが強い(ゆえにいまとなっては柳が収集した「過去の遺物」よりも古びて見える)。今和次郎の考現学の場合、どちらかというと採集した事物そのものよりも、それらを採集する今和次郎自身の振る舞いが、アーティスティックでパフォーマティヴな魅力を感じさせる*1

さて情報技術がめざましく発達した現代、価値観の多様化によって美という観念も相対化されたと(たぶん)言われている現代においては、自身の宗教美学に依拠して求道的に美を求める柳宗悦の態度よりも、よりフラットに大量のログをとるようにして対象を扱う今和次郎の態度のほうが、形式として受け入れられやすいと思われる。

*1:あえてうかつにものを言えば、この両者のちがいは、柳宗悦が晩年まで充実した仕事を残したのに対し、今和次郎はある時期以降目立った仕事がないように見えることと、もしかしたら関係があるかもしれない。あるいは今和次郎の系譜を自認する路上観察学会が、設立当初非常に熱心に活動しつつも数年後にはその熱が冷めてしまうような現象とも通じるだろうか。

09月14日(木)

引き続き東京国立近代美術館のミュージアムショップで売れ行きがよいらしく、ショップを運営するナディッフから『建築と日常』各号の追加注文があった。これで「日本の家」展の会期中3度目。

ちょうど自転車で広尾方面に行くつもりだったので、合計数十冊の雑誌をリュックでかついで、ナディッフの本店に直接持ち込んだ。その後、OFS Galleryで菊地敦己・服部一成・葛西薫「三人の装丁」展(〜9/24)、Takuro Someya Contemporary Artで岩井優「親密の遠近法」展(〜10/14)を観たのち、都立中央図書館にて『建築と日常』の次号に関する調べもの。

「三人の装丁」展では、服部さんのデザインによる『建築家・坂本一成の世界』()が展示および販売されている。たまたまなのかどうか隣り合っている中平卓馬さんと坂本先生は、おそらく本人同士の直接的な接触はなかったと思うけれど(多木さんを介してということもたぶんないだろう)、ともに自身の作品から世俗的な意味を消すことを執拗に追求したという、思想的・時代的共通性が見いだせる。

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「親密の遠近法」展はタイとカンボジアそれぞれで制作されたふたつの映像作品。一方は集団でバイクを洗い、もう一方はビルを洗う。どちらも複雑な社会的背景を抱えた状況を題材にしているようだけど、マルチスクリーンで映される映像自体は、リアルなドキュメンタリー風というより、人びとのごくごく世俗的な営みがあくまで抽象的かつ美的に構成されている。そうした対比を含む作品の性質は、汚れという具体的なものと清潔さという観念的なものとのあいだを行き来する洗浄という行為の性質と、どこか重なってくるような気がした。掃除はそれ自体なにも生産しないけれど、例えば試験の前になると部屋の掃除をしたくなるというように、物理的に物が片づくことと精神的に頭がすっきりすることとが密接に関わり合っているというのがなんとなく面白い(それが「浄化」という言葉になると、そうポジティヴに面白がってはいられない響きがあるけれど)。

09月13日(水)

あまり軽口をたたくと怒られそうだけど、自分の身の回りの日常の時空間を写真と言葉によって思考するという『建築と日常の写真』のスタイルには、かつて読んだ「大辻清司実験室」(『アサヒカメラ』1975年1〜12月号)からの遠い反響があるかもしれない。写真系のテキストはあまり読んだことがないので、読んだものひとつひとつの影響の割合が大きい気がする。

09月12日(火)

2010年5月刊行の『建築と日常』No.1()から、小特集「大辻清司×篠原一男:ある写真家とその住居の物語」のページをPDFで公開しました。1976年竣工の《上原通りの住宅》をめぐる記録/物語です。

  • 大辻清司×篠原一男:ある写真家とその住居の物語(一部割愛、A4用紙10枚分/7.1MB) otsujishinohara.pdf 直

今回の公開分は大辻誠子さん(故大辻清司夫人)へのインタヴューを中心とし、塩崎太伸さんによる《上原通りの住宅》の解説や、写真と建築をめぐる僕の小文を含んでいます。誠子さんへのインタヴューは現在開催中の東京国立近代美術館「日本の家」展(→展覧会評PDF)でも行われ、その動画が好評を博しているようで、そのことが今回の公開を考えるきっかけになりました。『建築と日常』No.1自体はすでにだいぶ前に完売していますが、あらためてより多くの人の目に触れる意義があると判断した次第です。大辻清司や篠原一男、また「生きられた家」(多木浩二)に関心をもつ方には、とくに興味深い内容ではないかと思います。本誌でご覧になっていない方は、ぜひアクセスしてみてください。

ちょうど明日からは、大辻清司さんとその桑沢デザイン研究所時代の教え子である高梨豊さんの展覧会が、八王子の東京造形大学附属美術館で開催される予定です。

◎公開中の『建築と日常』誌面PDF

09月10日(日)

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昨日、日本橋眦膕阿ら汐留ミュージアムまで歩いて行く途中に立ち寄ったJPタワー(三菱地所設計、2012年竣工)の屋上庭園から撮影(地上38階のうちの6階部分)。タクシーが通るタイミングを狙ってシャッターを切った。初めて入ったJPタワーは、逓信省で吉田鉄郎を中心として設計された旧東京中央郵便局(1931年竣工、2009年取り壊し)の跡地に建てられている。最近すこし吉田鉄郎について調べている。

 草葉の陰にいる吉田鉄郎は、こういううごきをどううけとめるのだろう。たとえ、局舎の保存がかなったとしても、あまりうれしくないのではないか。

 市民は、のこすことをもとめていない。自分がつとめていた旧逓信省、今の日本郵政ももてあましている。ただ、自分の名をふりかざす日本建築学会と一部政治家によって、保存の途がさぐられる。そんななりゆきを見れば、たぶん心がいたむと思う。

 もういい、ほうっておいてくれ。あの建物は、一定の役割りをはたしおえた。しずかに、とりこわしてくれればいい。私のことも、あまりたいそうにあおりたててくれるな。はずかしくて、たまらない。

 かってな想像だが、おそらくそうしりごみをしてしまうのではなかろうか。もし、その人となりが、日本建築学会のいうように「高潔」であるのなら。

  • 井上章一「吉田鉄郎──保存をめぐる政治学」『現代の建築家』エーディーエー・エディタ・トーキョー、2014年

09月09日(土)

民藝の日本

日本橋眦膕亜崙本民藝館創設80周年記念 民藝の日本──柳宗悦と『手仕事の日本』を旅する」展を観た(〜9/11)。デパート1階、吹き抜けのホールでは、日本民藝館館長である深澤直人さんのトークショー。その後、汐留ミュージアムで「AMBIENT 深澤直人がデザインする生活の周囲展」も観た(〜10/1)。

「民藝の日本」展は約170点が出展され、とても充実している。用途や形態が異なるさまざまな物を含むので、展示するのは難しかったと思うけど(展示台の高さなど)、それでも民藝という概念の成り立ちを考えると、眦膕阿箸いΕ妊僉璽箸燃催されるのは他の美術館などで開催されるのとはちがう意義があるのだろうと思う。実際、民藝と眦膕阿箸隆愀犬100年近くにも及ぶらしい。会場の外には、入場料がかかる展覧会とは別に、展示即売会としての「用の美とこころ──民藝展」が開かれていて、むしろこちらのほうが大勢の人で混雑していた。しかし無理な願いとはいえ、170点と言わず5点くらいでいいから、静かな座敷にでも座って、それぞれの物を自分で手に取りながらじっくり鑑賞してみたいという気もする。

深澤さんのトークは聞き手の問いかけに応えるという形式で、民藝への共感などが語られた。あくまで一般向けの内容であり、「就任の挨拶」(2012年)として日本民藝館のホームページに掲げられているテキスト(→PDF)と重なるところも多いようだった。「AMBIENT」展で観た深澤さんの作品と柳宗悦が集めた民藝品との最も目立つちがいは、やはり模様などの装飾性の有無だろうか。民藝に共感するような現代のデザイナーが、自らのデザインにおいて個人の作為性が前面に出るのを抑えようとしたとき、伝統の手仕事に基づく民藝では当たり前にあった装飾も、現代の工業製品では必然性が見出しにくいのかもしれない。

「AMBIENT」展では、深澤さんの作品をそれぞれ単体のモノとして見せるのではなく、その作品が空間にもたらす雰囲気まで含めて見せるという意図がある。そのため会場は住宅の一室を思わせる小ぶりなスケールの空間に分けられ、それぞれの部屋のインテリアをスタイリングするようにして作品が展示されている。ただ、そういった展示のコンセプトは理解できるものの、各室は基本的に深澤さんの作品以外の物は置かれないホワイトキューブなので、作品と環境との在り方が非常に限定されたなかで見えてしまうという面もある。本当に雑多な物が混在する生活空間に置かれたときの在り方や、様々な世代のリアルな文化的身体と接触するときの在り方、作品自体が時間を経て古びたときの在り方、言ってみればそういった在り方は「民藝の日本」展で展示されていた民藝品が豊かに内包していたものだけれど、「AMBIENT」展の仮想的な生活空間は、むしろそういう現実との回路が断たれた世界としてパッケージされてしまいかねないようにも思われた。

09月08日(金)

すこしまえ(4月4日)に偶然目にして購入した雑誌『善き門外漢』()のレヴューをNOBODYのサイトに投稿しました(約2500字)。あまり具体的なことを書かず(あるいは断片的なことのみに触れ)、自分のレヴューで完結させることなしに雑誌に関心を向かせる、みたいな書き方をしてしまっていますが、実際そこに記しているとおり、なかなか「全体」を紹介するというのは難しかったです。

2009年9月8日に『建築と日常』No.0を発行してから今日でちょうど8年ですが、『善き門外漢』を読むことは、これまでの『建築と日常』の在り方を省みることにもなりました。いま久しぶりの新刊(No.5)の制作を始めています。

◎過去のNOBODYへの投稿

◎『建築と日常』創刊以前に『nobody』30号(2009年)に寄稿した文章

09月05日(火)

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ライターの南陀楼綾繁さんが「建築系リトルプレスがおもしろい」という記事で、『名古屋渋ビル手帖』『建築趣味』とともに『建築と日常』を紹介してくださいました。「建築をめぐる文芸雑誌とでも言えばいいだろうか」との言。

そういえば以前、山本貴光さんは『建築と日常』を思想誌として取り上げてくださいました(2015年6月12日)。既存のジャンルで括りにくいのもリトルプレスの醍醐味のひとつかもしれません。

08月28日(月)

川下さんは何度もやってくる

昨日書いた『川下さんは何度もやってくる』について古谷利裕さんが激賞している()のをあらためて読み、なんとなく気になったので、もう一度DVDで観てみることにした。そして映画のホームページを見ると、死んだはずなのに繰り返し甦ってくる「川下さん」という登場人物は、どうも川島さんという実在の人物がモデルになっているらしいことを知った。こういう外的な情報によって作品の見方が変わるのは必ずしも悪いことではないと思う(下の文をホームページに載せるというのはそれをあからさまに狙っているとも言える)。

川島さんと坂本と三人、集まれば酒ばかり飲んでいた。

泥酔した川島さんをおんぶして、歌舞伎町の風俗に行った。

川島さんは、延長したらしくなかなか出てこない。

ようやく出てきた川島さんは、相手をしてくれた風俗嬢と結婚すると言って聞かなかった。

数年たって、川島さんは自殺した。40歳だった。

海の見える道に車を止めて、中で練炭を焚いて死んでしまった。

川島さんは、結局、素人とは一回もセックスしないまま死んだ。

──いまおかしんじ

しかし僕にとっては、劇中の川下さんという躁的なキャラクターにやはり馴染めない。エキセントリックすぎて、彼が他のふたりと友人(先輩後輩)関係にあったり常に女性を求めていたりすることの人間的なリアリティを感じにくい。非日常の映画的スペクタクルがないまま平板な世界に死者がたびたび甦ってくるという物語の構造は確かに面白いし、なんらかの人間の真理に触れるような気がする。だから登場人物もあまり具体性を帯びさせずに抽象化したほうが物語として神話的な普遍性をもちうる、とも考えられるだろうか。しかし一方で、演技が下手なら下手で、その芸の浅さを登場人物の凡庸さに重ねることで映画にリアリティをもたらすような演出の仕方もあったのではないかと思う。上記のいまおか監督の文章には、どちらかというとそういった人間臭さをめぐる悲哀が感じられる。