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『建築と日常』編集者日記

04月26日(木)

04月24日(火)

04月17日(火)

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平凡と作家性 能作文徳×連勇太朗×長島明夫

in 西大井のあな (東京都品川区)

『建築と日常』No.5の刊行を記念し、上記の見学会&トークイベントを開催します。会場である《西大井のあな》は、バブル期の鉄骨造4階建てが能作文徳さんと常山未央さんの設計で住宅兼仕事場に改修された建物です。ネット上にはあまりまとまった情報がないようですが、『SD2017』(鹿島出版会)に比較的詳しく載っています。ふだんは中まで見られない建物でもありますし、トークも特集と深く連動するものにできそうです。是非ふるってご参加ください。

なお、イベントの告知に際して、『建築と日常』オンラインショップでの予約販売も開始しました。来週、完成した雑誌が手元に届き次第、順次発送します。

04月15日(日)

新刊の『建築と日常』No.5、本日校了し、来週印刷所から納品される見通しとなりました。それを受け、目次ほか概要を下記ホームページに掲載しました。特集巻頭言(約2000字)もPDFで公開しています。

また、最新号の刊行を機に、5年前に開設した『建築と日常』オンラインショップを下のアドレスに移転しました。以前のサイトは無料登録だと商品が5点までしか出品できなかったことが移転の理由です。まもなくNo.5も予約販売を開始します。

03月29日(木)

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大橋さんから『建築と日常』No.5の表紙デザインが届いた。これはいつになく売れそうな表紙だ。今回も創刊以来の四方に余白があるデザインだけど、最初に送られてきた第1案では絵が全面に敷かれていた。僕はてっきり、『建築と日常』がしばらく停滞していたので、気分を一新させるつもりでそうしてくれたのかと思ったのだけど、電話して聞いてみると、久しぶりすぎて四方に余白を設けるデザインだというのを忘れていたという話だった。装画は小泉癸巳男の連作版画「昭和大東京百図絵」から、第61景「淀橋区新宿街景」(1935年)。

03月24日(土)

プリンタが手元にない環境で原稿の執筆。ふだん文章を書くときは、まず手書きで大まかに(しかし決定的に)書いてから、それを整理しつつパソコンに入力し、さらにプリントアウトしてまた紙に朱字を書き込んでいく。そのふたつの手書きのプロセスは僕にとってかなり重要で、きちんと文章を書くには欠かせないような気がしている。手元に(レーザー)プリンタがあると、プリントしてそれをチェックするという工程をわりと頻繁に繰り返すのだけど、今日はなかったので、テキストデータをUSBメモリに入れ、徒歩5分くらいのコンビニまで行ってプリントするということを2回繰り返した。これはこれでいつもより丁寧に文章に向き合えるようでいいかもしれない。

03月19日(月)

前の日記で水平垂直の写真がよいと書いたけれど、そういえば僕はすこし上から見下ろした俯瞰の写真も好きなのだった。『建築と日常の写真』()に掲載した写真だと、葉山の海()やお墓()を撮ったようなもの。俯瞰の構図もやはり物がそこに在るということや、そのことによる空間の有り様をよく伝えると思う。例えばこれからの桜のシーズン、咲いた花を木の下で見上げたり、その空間を直接的に体験したりするよりも、高架を走る電車にでも乗って、町のあちこちで咲いている桜がそれぞれの場所の質を局所的・一時的に変えているのを上から眺めたりするほうが、季節のよろこびみたいなものを感じやすい。

03月16日(金)

建築と日常の写真

去年の5月に『建築と日常の写真』()を刊行した後、初対面の建築家に「この写真のどこが日常なのか」と問いただされたことがあった。その人は『建築と日常』のことも知らなかったらしく、僕としては素人の余技である写真によって〈日常〉というテーマを追求しているわけでもないので、答えに窮してしまった。

その人は《世田谷区民会館・区役所》(設計=前川國男、1959/60年竣工)の写真()を手でトリミングする仕草をして、「例えばこの親子をもっと大きく切り取ったほうが日常になるでしょ」と、真理を諭すように言った。しかしその写真に関してもともと僕は、もしシャッターを切るのが遅れて、手前に歩いてくる親子がもっと大きく写っていたらこの写真は使えなかったなと思っていたので(別に顔がはっきり写って肖像権が問題になるとかいう意味ではなく)、たぶんその人とは写真を見る目が根本的に異なるのだと思う。むしろその親子にクロースアップすることは、どちらかと言うと僕がなんとなく想定している〈日常〉というものから離れてしまう。

またその人は《コモンシティ星田》(設計=坂本一成、1991/92年竣工)の写真()を指して、「これだと普通の建築写真の撮り方と変わらないじゃないか」と言った。これについても僕自身はそう思っていなかったのだけど(写真の良し悪しはさておき)、ただ一般的に見れば、定型的な建築写真の撮り方と同じに見えるかもしれない。いわゆる建築写真が几帳面に水平垂直を揃えることに対し、世間で批判や揶揄がされることがたまにあるけれど、僕も水平垂直は大事だと思っている。自分で撮った写真が微妙に傾いているときは、多少フレーミングのバランスが崩れるとしても、傾きを補正してそのぶん周囲をトリミングすることは多い(例えば3月14日の写真もそうしている)。

僕が水平垂直を大事だと思うのは、たぶんその形式が、「物がそこに在る」ということを表現するのに有効と思えるからだと思う。そこに建物が在る、木が在る、植木が在る、カーブミラーが在る、そういうそれぞれの存在の自律性を、水平垂直の秩序は表しやすい気がする(この感覚は例えば僕がウォーカー・エヴァンスの写真に魅力を感じることとも繋がっているかもしれない)。裏を返せば、水平垂直の建築写真でも、その形式自体が目的化して形式主義になり、物の実在がなおざりにされているような場合、その水平垂直は特に良いものだとは思えない。

03月14日(水)

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『建築と日常』次号の表紙の打ち合わせで、thumb Mの大橋修さんを訪ねる。前号からじつに3年ぶり(去年の号外『建築と日常の写真』は表紙も自分でデザインした)。最近移転されたそうで、新しい入居先は坂倉建築研究所設計のビラ・フレスカ(1972)だった。

03月13日(火)

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世田谷税務署で確定申告を済ませる。ついでに近くの区民会館のレストランで御飯を食べていこうとしたのだけど、ちょうどお昼時の行列で断念。建物が取り壊される前に一度は行きたい。