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『建築と日常』編集者日記

08月13日(土)

『建築家・坂本一成の世界』のページ見本。《代田の町家》と《宇土市立網津小学校》、どちらも上が服部さんのデザインによる完成形で、下がデザイン入れ時点の編集者による仮レイアウト。

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この作品集では全体で決まったフォーマットを設けず、写真、図面、テキスト(…硬腓砲茲觸颪下ろしの作品解説 ∈篷楡萓犬硫甬遒諒絃呂糧歓茵´B昭圓糧禀召箙融,らの抜粋)を、それぞれのページ/作品で有機的に関係づけてレイアウトがされている。というよりも、そのレイアウトをインデザインを使って調整しながら、写真をセレクトしたり(そこでは写真の掲載料などの現実的な問題も介在してくる)、既往の文章の抜粋を検討したり、作品解説を執筆したりしている。それは編集上どうしても必要な作業だったので、まずそうして僕のほうで仮のレイアウトを作成し、それをそのままインデザインのデータで服部さんに託すような制作のプロセスをとった。バラバラなものを単に見栄えよく整えるというのではなく、バラバラなものをバラバラであるからこそよいと思えるようなデザインを、服部さんにならばしてもらえると思った。

9月の青山ブックセンターでのイベントでは、このあたりの画像もスクリーンに映しながら、編集やデザインの意図、制作のプロセスなどについても話ができたらと思っています。

ちなみに《代田の町家》の多木浩二さんによる写真はおそらく今回の作品集が初公開です(9点掲載)。これまで多く使われてきた(別冊『多木浩二と建築』の裏表紙でも使用した)35ミリのカラーポジとは別に、『プロヴォーク』期を思わせるモノクロの紙焼きが数十枚ありました。なぜこの写真が使われずにいたのか不思議に思えるくらい、むしろこちらのほうが多木さんの真骨頂という気がします。

坂本先生の作品を紹介する既刊の書籍や展覧会カタログは、海外で出版されたものも含めて少なくないですが、『建築家・坂本一成の世界』では内容的に無理がない範囲で、なるべくこれまであまり使われていない写真を載せるよう努めました。それは写真家やそのご遺族の方々の協力もあって、ある程度達成できたと思います。

08月12日(金)

『建築家・坂本一成の世界』(LIXIL出版)の刊行を記念して、9月の刊行直後にトークイベントを行うことになりました。坂本先生のほか、ブックデザインの服部一成さん、撮り下ろし写真のqpさんが登壇します。単に作品集の制作メンバーの顔見せというだけでなく、二人の一成氏の仕事を重ねてみることで、それぞれの創作の深いところに触れられるのではないかと期待しています。

トークイベント 「建築のデザインと本のデザイン」

坂本一成×服部一成×qp×長島明夫(司会)

  • 2016年9月6日(火)19:00〜20:30
  • 青山ブックセンター本店(渋谷区神宮前)
  • 参加費1080円/事前支払い ※定員110名

http://www.aoyamabc.jp/event/worldofsakamoto/

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一成 meets 一成 (写真=qp、《House SA》撮影取材時)

08月10日(水)

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去年の中頃から作業していた坂本一成作品集を校了。大きな仕事だった。

『建築家・坂本一成の世界』 LIXIL出版

  • 著作=坂本一成・長島明夫、編集=長島明夫
  • ブックデザイン=服部一成・佐藤豊
  • A4変型判、304ページ、上製・函入り、カラー/モノクロ、主要部分日英併記
  • 2016年9月5日発行、5200円+税

以下目次。

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08月09日(火)

香山壽夫先生の連続レクチャー(全6回)がYouTubeにアップされていた。去年から今年にかけてJIAで行われたもの。全回出席した。文字にして公刊する話もあったようだけど、結果的に動画として公開されたのはよかったのではないかと思う。内容自体は学生のときに聴いた講義と重なるところも多いけれど、今回は会の趣旨もあって、よりカジュアルにその場の時間を共有するようなレクチャーだった。この香山先生が実際にレクチャーをする様子と重ね合わせることで、『建築意匠講義』(東京大学出版会、1996年)などの既刊の書籍の意味も更新されうるかもしれない。本の出版に値するくらい有意義な公開だと思う。

香山教授の建築炉辺談話(2015-16年、日本建築家協会・金曜の会主催)

08月06日(土)

先月買った『LONG SEASON '96〜7 96.12.26 赤坂BLITZ』を聴いている。これは僕の能力の問題だと思うけど、フィッシュマンズのような馴染みのあるものでも、音楽は聴いてすぐそれがどの程度のものか分かるということはなく、何度も聴くうちに自分のなかでの位置が定まっていく。これが本や映画の場合は、たとえ最初の数ページや数シーンでも、それなりに「すぐ分かる」という感じがある(もちろん時間による変化もあるけれど)。考えてみれば、本や映画と比べて音楽こそ本来は一回性の芸術なのだから、これは妙なことに思える。

07月30日(土)

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『RAKU』vol.12の発行。『RAKU』は神奈川大学工学部建築学科建築デザインコースの1年間の活動をまとめる年刊誌(非売品)。今号でのリニューアルに際して、教授の中井邦夫さん(別冊『多木浩二と建築』寄稿)が声をかけてくださり、特集部分の編集を担当した。そして全体のデザインはなぜかqpさん(別冊『窓の観察』寄稿)。qpさんは若いデザイナーに知り合いが多そうなので、『RAKU』をリニューアルするのに誰か適当な人がいないか尋ねてみたら、「俺がやる」ということになった。限られた時間で不安もあったけど、ともかく無事にかたちになって安心している。上の写真はqpさんのブログから。

特集は今年の3月に神奈川大学の教授を退職された重村力さんをめぐって。特に建築教育について、ご自身の早稲田大学吉阪隆正研究室の経験や、現在の大学教育に対する認識、教育の先にある建築のプロフェッションといったことについて、中井さんとお話を伺った。

特集「重村力の足跡」22ページ(全体90ページ/21×21cm)

  • 重村力インタヴュー「建築を学ぶ、建築を創る」聞き手=中井邦夫・長島明夫(10ページ)
  • 三笠友洋「ことばとまなざし」(2ページ)
  • 重村力「重村力自筆年譜1946-2016」(9ページ)

『RAKU』は少部数の非売品だけど、以下のホームページにvol.7からvol.9までPDFで公開されているので、vol.12もそのうち公開されることがあるかもしれない。

※大学や会社関連の出版物の制作も承っていますので、お気軽にご相談ください。

07月05日(火)

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午前中、桑沢の授業のあと、たぶん十数年ぶりに渋谷のタワーレコードでCDを購入。なんとなくここで買ってみるかなと思った。先週発売されたフィッシュマンズのライブ盤『LONG SEASON '96〜7 96.12.26 赤坂BLITZ』。

06月07日(火)

圏外編集者

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第7回。授業の後、図書室で借りていた都築響一『圏外編集者』(朝日出版社、2015)を返却。講師は何冊でも無期限で借りられるという特権があって、ついつい長いこと借りてしまっている本もある。ただ、この本はまだ新刊だし、読みたい学生もいるかもしれないので早めに返しておいたほうがいいなと思った。語り下ろしの自伝的な編集論。都築さんとは個人的な好みみたいなものはそれほど重ならないと思うのだけど、この本は大いに共感し、また多少元気づけられた。線を引きたくなるところ、引用してみたくなるところも多々ある。しかし図書室の本なので線を引くことはできないし、引用も、もし迂闊にそれをしたら、その瞬間、共感していたはずの言葉が「お前に俺を引用する資格があるのか?」と逆に切りつけてきそうな厳しさがこの本にはある。

05月31日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第6回。毎学期一度のゲスト講義の回。今年はatelier nishikataの小野弘人さんに来ていただいた。完全にお任せだったテーマは「建築・建設可能性の場(原型を示すこと)について」。ある空間単位の反復とずれによってもたらされる体験的効果といったようなこと。ミース・ファン・デル・ローエ《ファーンズワース邸》(1950)、ル・コルビュジエ《ウィークエンドハウス》(1935)、ルイス・カーン《キンベル美術館》(1972)、リチャード・セラ《ワクシング・アークス》(1980)を対象にして語られた。

やはり小野さんらしく自分の実感に根ざしているだろうお話でとても面白かった。おそらく同じ思考の枠組みは、atelier nishikataの実作である《4 episodes》(2014年2月11日2015年4月23日)にも通底しているのだと思う。小野さん(と西尾さん)が自分たちでそういう建築をつくるから過去の建築もそういうふうに見えるのか、過去の建築がそういうふうに現れてくるから自分たちにもそういう作品が生まれるのか、そういった因果関係がもはや不分明な過去との交流がある。まさに「現在する歴史」()。それなりに高度な内容だったけれども、自分の言葉で語られているので学生たちにも分かりやすかったのではないかと思う。

05月28日(土)

ここ最近テレビやネットで放映していたのを観た映画。ハワード・ホークス『ヨーク軍曹』(1941)、ラオール・ウォルシュ『白熱』(1949)、同『限りなき追跡』(1953)、スタンリー・キューブリック『恐怖と欲望』(1953)、深作欣二『仁義なき戦い』(1973)、ジャック・クレイトン『華麗なるギャツビー』(1974)、ピーター・ウィアー『いまを生きる』(1989)、スティーヴン・スピルバーグ『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989)、園子温『愛のむきだし』(2008)、クリント・イーストウッド『インビクタス/負けざる者たち』(2009)。

『恐怖と欲望』はキューブリックのデビュー作。監督自身が満足できず封印されていたらしい。ネットで公開されていたのを観たのだけど、面白いのはその感想を書くコメント欄に賛否両論あって、否定的な意見の人はたいてい「キューブリック自身が封印しただけあって〜」というような前置きをしていたこと。いかにもキューブリックを語りたがる人らしいと感じた。僕自身は「あのキューブリックのデビュー作」という意味合いも含めて十分面白く観た。でもキューブリックのように作品の完璧さを志向するタイプの作家だと、デビュー作で自分が満足いくあり方に達するというのはなかなか難しいのかもしれない。

『いまを生きる』の教師役のロビン・ウィリアムズには、僕自身学校で教えることもあって、やはり多少なりとも憧れてしまうところがある。しかし一方で、伝統や秩序に対して自由や独創に価値を置きすぎていて、むしろ強迫的で窮屈なようにも見える。それを助長するように、校長や生徒の親がいかにもな紋切り型で描かれていて、二元論の対立的な世界を構成している。

『インビクタス/負けざる者たち』はイーストウッドのたいていの映画と同じく、「よくできた映画」と感じさせると同時に「よくできた世界」と感じさせる。その「よくできた世界」にいつもかすかな違和感が生まれる。そしてなぜかNHK BSではイーストウッドの出演作・監督作の放送が多い。

『愛のむきだし』は前に同じ監督の『ヒミズ』(2011)を観たときと似た印象で、よくもわるくも軽いという感じ。このテーマで本当に重くつくると、おそらくあざとさが出て、観るに堪えないあり方になるような気がする。しかし扱っているテーマに対して映画として軽いので、237分でも特に苦にならずに見通せる一方、観た後に残るものはあまりない。軽いというのは、単にエンターテインメントに徹してポップだからということではなくて、例えば親世代の男女が宿命的に惹かれ合っているように描かれているにもかかわらず、そこに人生のリアリティが感じられないといったようなこと。

最近はテレビで録画したものを夜寝る前に少量のアルコールを飲みながら観るということが多くて、たいてい途中で寝てしまう。だから1本の映画を何日かかけて観ることになるのだけど、そうすると構成が複雑な新しい作品よりも、例えば1950年代くらいまでのハリウッド映画みたいなもののほうが観やすい。それはもちろんハワード・ホークスとか、それなりの名画と言われる作品だからでもあるだろうけど、そういった単純さのなかに人生を感じられるようになってきたとも言えるかもしれない。感じられないなら感じられないままでも、人生としてはよかった気はするけれど。