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『建築と日常』編集者日記

05月17日(火)

先週(5月10日)の見学会で学生たちが撮影した《SHIBAURA HOUSE》と《蟻鱒鳶ル》の写真を公開。これで3年分。

05月13日(金)

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品川6時7分発ののぞみ1号に乗って日帰りの呉出張。以下、写真もう1点、別角度。

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05月12日(木)

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横浜戸塚の善了寺で、大岩剛一さんが設計した本堂(2016)と聞思堂(2012)その他の建物を見学した。今日が初対面の大岩さんは早稲田の吉阪研ご出身とのこと。『建築と日常』No.3-4に寄稿していただいた島村菜津さんが紹介してくださった。上の写真の左が本堂で、右が同時に新築された庫裏。本堂は旧本堂の西洋建築風の外形を踏襲しつつ、外壁がヨシ葺き。よく晴れた初夏の昼前、強い日差しのせいもあってか、国籍や宗教の認識も超越するような、不思議な佇まいの建築だった。本堂手前の聞思堂は木造の軸組にストローベイル土塗りの壁。

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05月10日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」の一環で、学生たちと《SHIBAURA HOUSE》《蟻鱒鳶ル》を訪問。授業としては3年連続3回目。

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《SHIBAURA HOUSE》設計=妹島和世(2011年竣工)

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《蟻鱒鳶ル》設計施工=岡啓輔(2005年起工〜施工中)

04月30日(土)

多木浩二と建築

早いもので、『多木浩二と建築』が今日で刊行3周年。振り返ってみると、この別冊を制作したことが、今の僕の認識をより確かに方向づけることになった気がしないでもない。建築に対する認識、世の中に対する認識。

別冊『多木浩二と建築』

知の巨人の知られざる一断面。多木浩二(1928-2011)の建築分野での活動を振り返り、その仕事を歴史に開く。1000件を超える詳細な著作目録。盟友・坂本一成への20時間ロングインタヴュー。圧倒的な密度と情報量。

A5判/モノクロ/240頁/定価1800円+税/2013年4月30日刊行

04月26日(火)

桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第2回。今度見学させていただく予定の《SHIBAURA HOUSE》と《蟻鱒鳶ル》の簡単な説明をしつつ、「分ける」ことが「分かる」ことに繋がるということについて。建築や都市を見るとき、あるいは写真や文章で描写するときのヒントなど。

04月19日(火)

今年で3年目の桑沢デザイン研究所「建築・都市概論」第1回。今日はイントロダクションとして、自己紹介がてら『建築と日常』の話をしつつ、去年発売したばかりのNo.3-4(特集:現在する歴史)を介して、なぜ歴史を学ぶのかということについて。講義終了後、ふと思い立って神宮前のQUICOに行ってみたけれど、まだ開店前だった。ここ3年、火曜1限のこの講義があるときは、燃えるゴミを出し忘れることがない。

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04月12日(火)

2月に代官山蔦屋書店で開催されたトークイベントのテキストが、10+1 web siteで公開になった。

香山壽夫×長島明夫「建築と言葉の関係について──映画『もしも建物が話せたら』から考える」

[全体構成]映画のなかの建築/建物は本当に話すのか?/現実のものごとから乖離する言葉/「都市」と「景観」という言葉の使われ方/ルイス・カーンの「沈黙の声を聞く」/京都会館の改修計画をめぐって(約15000字)

もともと「建築と言葉」というテーマで香山先生とトークをすることになった時点で、「建築と歴史」をテーマにした『建築と日常』No.3-4()のインタヴューの続編的に、テキスト公開まで持っていきたいと考えていた。結果、先生による映画の感想に始まって様々な話題を含みながらも、全体に通底するものがあり、うまくまとまったのではないかと思う。テキスト化に際しての編集も多少している。たとえば「現実のものごとから乖離する言葉」として、イベントでは近代という時代と絡めながら「自由」と「平等」について話したのだけど、それはうまく説明できずに冗長になってしまったので、テキストでは「平和」を例に短く言い換えた。香山先生が最後の締め括りの数行を付け加えてくださったのも、非常によかったと思う。

今回のテキストでまとめられた言葉は、先生も僕も、それなりの信念に基づいたものだと思う。ただ、ロームシアター京都(旧京都会館)の改修問題については、やはり多くの人が共通の理解を得るのは難しいのかもしれない。僕自身、イベントの半月後に訪れてはみたけれど(3月2日)、問題の全体について絶対的な認識を持っているとは言いがたい。

数年前、あれだけ過去の建築を敬愛される香山先生が、京都会館の改修計画に加担したことを訝しく感じた人も少なくなかったのではないかと思う。僕もそれがどういうことなのか、うまく把握できずにいた。ただ、2年ほど前からまた何度か先生と(京都会館のことに限らず)話をさせていただくなかで感じられたのは、今回の香山先生の一連の態度が、まさにテキストの最後に付け加えられた言葉のとおり、「生き方そのものの問題」と関わっているということだった。京都会館の問題の前提にある先生の建築観や建築保存観は、たとえば次の言葉に示されているような歴史観や人間観と通底しているように僕には思える。

例えば終戦のたびに戦争を語り継ごうということを言い出す人たちがいますが、こんな空々しい言葉はない。語り継ぐことは不可能です。不可能というだけでなく、あれはみんなそのたびに忘れてきたからこそ、人類は今でも朗らかに生きている。

  • 香山壽夫インタヴュー「歴史としての建築」『建築と日常』No.3-4、2015年、p.17

この言葉をインタヴューで最初に香山先生の口から聞いたとき、さすがに僕も「ん?」と思ったのだけど、その後の編集作業の過程で反芻し、誌面ではこの言葉と関連させて、吉田健一の「戰爭に反對する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」()を引用したのだった。つまり観念的な立場に立って過去を物質的に絶対化・永遠化しようとするよりも、現在そのものをよりよく生きようとすること(そのためには必然的に過去と親しむことも求められる)が、結果として(歴史のなかで)よりよく生きることに繋がるという思想。香山先生の態度にはその生き方の実践としてのリアリティがある。

04月10日(日)

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朝から《House SA》の撮影取材。撮影担当はこの前の《宇土市立網津小学校》(1月22日)と同じ非凡なアマチュアカメラマン。編集意図としては、《網津》は建築+人で、《SA》は建築+物と、対比的・相補的に考えていた。

《SA》は去年訪問したとき僕も撮影させていただいて、それなりにうまくいったという手応えがあったのだけど(11月23日)、今日自分でもすこし撮ってみたのは今一だった。午前中の光というのは建築写真のわりと基本だと思うけど、この住宅ではなかなかそれを定着させにくい気がする。考えてみると、明るさや開放性を標榜している坂本先生の建築でも、室内に強い光が射し込むイメージはあまりない。「光がないとやる気が1/10くらいになる」と言っていた写真家はどうだったろうか。

04月05日(火)

ここ最近テレビで放映していたのを観た映画。ジョージ・キューカー『ガス燈』(1944)、ジョン・フォード『荒野の決闘』(1946)、フランシス・フォード・コッポラ『地獄の黙示録』(1979)、森田芳光『家族ゲーム』(1983)、ウォン・カーウァイ『花様年華』(2000)。『ガス燈』の悪役が本当に嫌な感じだった。

『花様年華』を観ていて、この映画の劇場公開時かレンタルが出始めた頃、僕が部屋でナット・キング・コールのCDをかけたら、遊びにきていた大学の同級生が「最近観た映画でこの曲が使われていた」と言っていたのを思いだした。あとそこから芋づる式に、これも学生の頃、すごい下痢をした翌日の朝に洗面所の鏡でやつれた自分の顔を見たとき、「トニー・レオン*1に似ている」と思ったことも思いだした。しかし当時のトニー・レオンを今見ると、『建築と日常』の表紙のデザインをしてもらっている大橋修さんと似ている気がする。大橋さんにももう1年以上会っていない。

『ガス燈』『家族ゲーム』『花様年華』は『映画空間400選』(INAX出版、2011)で400選に選出した作品。それぞれ紹介文の執筆は、結城秀勇さん、冨永昌敬さん、柴崎友香さん。

*1:『花様年華』の主演男優