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『建築と日常』編集者日記

11月26日(月)

例によってトークイベントで話したこと/話されたことは、終わったあと不思議なほど覚えていないのだけど、昨日のトークに関してはなにかしら手応えのようなものは残った。これから特別編集版の動画をまとめるに当たって、自分でも内容を反芻してみたい。

イベントの映像をネットで配信することにはこれまであまり積極的になれなかった。今回それをやってみようと思ったのは、おそらく当日の体験とネット配信での体験がまったく別物になるという見通しがあったからだろう。たとえネットで無料で配信したとしても、当日お金を払って見に来てくれたお客さんが理不尽に感じることはない気がするし、むしろ当日の体験の一回性を確認あるいは定着させるものとして、望まれさえするかもしれない。要するにそれだけ場の力が強かった。

昔から「盛り上がる」という言葉をうまく使えないでいる。「今日のイベントを盛り上げよう」とか「盛り上がった」とか、そういう言い方を素直に受け入れにくい。盛り上がることを否定して、盛り上がらないほうがよいというわけではなくて、どういう状態を「盛り上がる」と呼ぶかをめぐっての違和感とでも言えるだろうか。つまりひとつには、集団的に「盛り上がった」とされる場においては「盛り上がらない」個人の存在は否定されるという同調の圧力、暴力性があるということ。またもうひとつは、そこで「盛り上がる」ことが重視され、目的化することで、より本質的ななにかが見失われてしまうのではないかということ。そうした「盛り上がること」への懐疑やアンチクライマックスの思考があるなかで、それでも盛り上がれたのなら、それはすばらしいことだと思う(一方で、こういった考え方をしていること自体、僕が司会がうまくない一因になっているような気もする)。翻って昨日のイベントはどうだったのか。この手応えの感覚はなんなのか。自分の発言を聴く憂鬱に耐えることになりそうだけど、僕自身それを確かめてみたい気持ちがある。

S:いいライヴはそんな感じですよ。お客さんがいないように感じる。ホントにいいライヴというのは、ただ出て行ってパッとはじめて、ストーンて自分に落ちていくような感じがあるからね。そういうのはね、ホントに難しいと思うんだ、やってて。

●いわゆる客とのコール&レスポンスというのは……。

S:そういうのは飽きちゃう。

●ライヴをコミュニケーションとしては考えてないということですよね?

S:どうだろうな、わかんないな。ただなんか、そういう気持ちって伝わるんじゃないかなって思うけど。ただライヴはあくまで一対一だとは思ってるからさ。いくら野音に3000人いたとしたって。3000人に向かって何かを語るよりはさ、ひとりに語った方がお互いに伝わるとは思ってるから。でも最後はそうなるんじゃないかな。みんなで楽しくやってるという感覚もあるとは思うけど。このバンドにしかできないことという意味では。あと、ライヴの時に涙が止まらなかったとか、オレ、そういうことのほうが全然重要だと思うんだけどなあ。聴く人との関わりの中では。自分で作った曲で何が言いたいかというと、うまく言えないけど、それは涙が出るとかそういうことなんですよ。そういう原始的な感覚を信じてるというかね。(佐藤伸治)

───『フィッシュマンズ全書』小野島大編、小学館、2006、pp.276-277(初出:『ele-king』vol.20、インタヴュー・文=三田格、1998)