ベンヤミン「破壊的性格」(高原宏平訳、『ベンヤミン著作集1』晶文社、1969)を読んだ。日本語版で3ページ半に満たない短いエッセイで、初出は『フランクフルト新聞』1931年11月20日。すこし前に多木さんをめぐってツイッター上で岡﨑乾二郎さんに質問を投げかけ、そのお返事のなかで紹介してくださったテキスト。
岡﨑さんのツイートは下でリンクさせていただいたけれど(じつはこの一連のやり取りの裏で、非公開のダイレクトメッセージを50通以上いただいている)、岡﨑さんの見解としては、多木さんがある時期から(1980年前後)〈崇高〉という概念に接近しはじめたことに戸惑った、それは未来派ファシズムに通じる傾向であり、ベンヤミンが書いた〈破壊的性格〉と重なる、ということだと思う(下の原文で確認してください)。
これに対して僕は、多木さんが〈崇高〉に接近したということまでは分かるのだけど、そのことが多木さんの活動の全体においてどう位置づけられるのか、また『多木浩二と建築』で扱った坂本一成論や日常性の議論とどういう関係があるのかが分からなかった。
それで「破壊的性格」を読んでみたのだけど、やはりよく分からない。岡﨑さんが(ダイレクトメッセージで)仰るように、〈破壊的性格〉はそのまま悪ではない。例えば「破壊的性格は、額ぶち型人間の敵対者である。額ぶち型人間は、安全第一主義のなかにおさまっており、その実体は外枠である。そして枠の内側には、自分がこの世にしるした足跡がビロードでふちどられている」という対置がされているとおり、〈破壊的性格〉は一種の生の原動力であり、それがまったくない状態が称揚されているわけではない。だからこのテキストで断片的・断定的に繰り返し定義されている〈破壊的性格〉が、だれか身近な人の性格と多少重なったとしても不思議ではない。けれどもベンヤミン自身はこのテキストで、そうした部分的な重なりのレベルではなく、〈破壊的性格〉がもっと極端に支配的になった状態を問題視しているのだと思う。「だれの眼にも〈破壊的性格〉とうつるひとびとがいる」や「破壊的性格がかかげるのは、〈場所をあけろ!〉というスローガンだけ」といった表現にはその意図がうかがえる。そして果たして多木さんは「だれの眼にも〈破壊的性格〉とうつるひと」なのだろうか。それはたぶん違うだろう。疑問は振り出しに戻り、多木さんにおいて〈破壊的性格〉(〈崇高〉への接近)とはどういうことだったのかと思う。僕の予想では、1980〜90年代に見られた多木さんのそのような傾向は、90年代末から2000年代にかけて、日常性の重要視というかたちで揺り戻しがあったのではないかと思えるけれど、そうして多木さんの全体像を捉えられるほど多木さんのテキストを読んではいない。
ところで、こういったことを考えるときに、『多木浩二と建築』のインタヴューで坂本先生が繰り返し言われている下記のようなスタンスは重要ではないかという気がしてきた。

───それは幾何学に限らず、ある種の原理主義に対する疑問ではないでしょうか。それが幾何学ではなくて、日本の伝統的形態だったとしても違和感がある。要するになにかに偏っていることが。
坂本 それはそうかもしれません。極端なイデオロギーに向かうことに対して、僕は駄目なんでしょうね。(p.108)

坂本 ある方向に行きすぎた強いイデオロギーが色んなことを硬直させる、そんな思いが僕のなかにある気がするんです。だから今も常にやりすぎないようにする。(p.145)

坂本 [略]結局、僕は理想的な建築や環境や社会を求めているわけで、その理想はなにかと言うと、少なくとも全体主義ではない。国粋主義でもないし、極端に世界を裏返そうというわけでもない。ブルジョワジーの世界でもない、格差社会でもない。つまり、よい意味での市民社会で成立するような環境を望んでいる。それは僕だけでなくてみんなそうかもしれないけど、いわゆる強いイデオロギーから乖離した世界を理想とするところがあった。(p.183)

ひどく大雑把に言ってしまえば、人間が考えることはなんであれ、それが極端な状態にまでいってしまうと、なにかよからぬことが起きるということではないだろうか。その極端化は、その人自身のなかで進行することもあれば、その人から出て社会や歴史のなかで進行することもある。例えばそれは『建築と日常』No.2()の立岩真也さんへのインタヴューのなかで、ジョン・ロック(1632-1704)という人について感じたことでもあった。立岩さんは、ロックが論理化した所有概念(自分で働いた分だけ自分で所有できる)が現代のネオリベラリズム的な潮流の源泉になっているとして、それを批判するわけだけど、

───でもロックは、絶対王政に対して個人の所有を正当化したわけですよね。だからロックさん自身はむしろ平等化を目指してそういうことを言った。
立岩 もちろんそうだと思います。だからそれは圧倒的に魅力的だったわけですよ。だって王様がほとんどの富を持っていて、下々がそれに従属しているという時に、そうではないという仕掛けを言ったわけですよ。それはかなり多くの人にとって大歓迎ですよね。
 僕が前から言っているのは、たとえば王様が九〇%の土地を持っていて、下々がちょっとずつ持っている、その割合が先祖代々決まっている、その仕組みは悪い。それに比べてロックが言ったことはまだましだというか、納得できる。だけどそうやって王様だからこれだけ所有しているとか──社会学で属性原理と言いますが──、それがまずいということが、イコール近代社会が代わりに持った原理が正しいということにはならない。あっちが×だとしてもこっちが○になるとは限らないし、△かもしれないし、ある意味こちらも×かもしれない。そういう話です。
───ロックはその時にそういうことを言って、世の中的にはというか、歴史的にはよかったんでしょうか。言わないほうがよかったんですか?
立岩 言わないよりはよかったんじゃないですか。(p.61)

ロックの文章を読んでみて、現代のネオリベラリズムの論理のような嫌な感じはしない。ロック以外では、デカルトマルクスなども、その思想が社会のなかで極端化した代表的な人たちなのだろうと思う。
そんなところで『中庸』(『大学・中庸』金谷治訳注、岩波文庫)に目を通してみた。〈中庸〉は〈倫理〉とも関係が深いらしい。

子曰わく、「中庸は其れ至れるかな。民能くする鮮(すくな)きこと久し」と。(p.146)

以下、ツイッターより。

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