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『建築と日常』編集者日記

04月24日(金)

最近の古谷さんの偽日記で、『20世紀末・日本の美術──それぞれの作家の視点から』(中村ケンゴ編、アートダイバー)という本をめぐって書かれた文も興味深い。

そこで言及されている「二つのコンテンポラリー」──(1)歴史の先端としての現在において様々な過去を歴史として配置する、(2)過去のある時代の(その時代にとっての)現在を、今、ここに別のウインドウを開くように生に出現させようとする──は、まさに『建築と日常』の「現在する歴史」特集の問題でもあった(だから古谷さんはなんとなく「現在する歴史」特集のことも意識しながらこの日記を書いているのではないかと勘ぐってしまう)。

古谷さんは「歴史を記述することに対する抵抗と嫌悪のようなものがぼくにはある」と書き、そのときの「歴史」のあり方を(1)に見ている。それは例えば以下、坂本先生へのインタヴューでの僕の発言と、たぶんほとんどそのまま重なるのではないかと思う。

アーレントの言葉にもあったように、現実の世界は様々な視点があるわけで、そのなかで「モダニズムの乗り越え」や「3・11以降」を積極的に言おうとすると、世の中の問題はそれしかないという言い方になりがちになる。[…]それはパラーディオがすごいとかいう歴史の見方ではなくて、歴史が唯一の原理によって支配されているという単線的な思考であると思うんです。そして人を説得するというか、黙らせる論理に結びつきやすい。今の時代はこういう時代である、この時代に乗り遅れるなよと。例えば歴史を単線的に見れば、バロックやロココは派手で豪華絢爛で、ルネサンスの理性が堕落したとも捉えられますが、実際に行ってみたら素晴らしいじゃないかということも起こりうる。現実の体験は一つの筋では語りきれない。(「建築をめぐるいくつかの時間」p.182)

同じところでは「まことに歴史主義は、政治主義が蔓延する絶好の温床だったのである」という小林秀雄の文章(「政治と文学」1951年)を引用したりもしたのだけど、「現在する歴史」特集全般にわたって、超越的・客観的な視点で「全体の地図」を描こうとするような歴史の記述のあり方(1)を批判的に捉え、エリオットや吉田健一や大江宏といった過去を今ここに召喚する=現在させるような歴史のあり方(2)を重要視していた。以下は香山先生へのインタヴューでの僕の発言。

一八世紀の人が古代ギリシアの建築を見た時のリアリティの強さは、二〇〇〇年以上の客観的な時間の隔たりを一挙に飛び越えるものだったわけですよね。例えばヴェンチューリの『建築の多様性と対立性』でも、客観的な年表のような配置で過去の建築が出てくることはありません。古いものだから遠くて新しいものだから近いという感じはない。古いものでもすごく親密に近くに感じている。(「歴史としての建築」p.10)

建築界に限らず、今あらためて(1)としての歴史が書かれなければならないという風潮が色んなレベルで強くなっている気がするけれど、古谷さんと同様、そのことの必要性がよく実感できない。結局今回の「現在する歴史」特集でも、歴史的感覚を持つことの重要性は言ったけれど、歴史を書くことの必要性は言っていなかった。もちろん誰かが書いた歴史がなければ歴史的感覚を持つこともままならないとは思うのだけど、どういうわけかそちらにはあまり意識が向かわない。

考えてみれば、多木浩二の仕事を振り返った別冊『多木浩二と建築』()でも、まさに年表を作成した号外『日本の建築批評がどう語られてきたか』()でも、超越的・客観的な視点から「全体の地図」を描こうとしたというよりは、あくまで過去に書かれたものや起きた出来事それぞれの存在自体を、現在ないし未来に繋ぎとめておきたいという気持ちが強かった(それは号外の年表の風変わりな記述の仕方にも表れていると思うし、『多木浩二と建築』では多木さんの仕事を「歴史に開く」という言い方をしていた)。なるべく過去の存在そのものを見せるという意味では、このまえ引用した(4月2日)モンテーニュが言うところの「単純な歴史家」に通じるかもしれない。あるいは実際には歴史家などとは呼べないあくまでアマチュアの仕事であるわけで、古谷さんが言う「穴の空いた資料であり、不十分な案内であり、議論への刺激であり、ツッコミを待機しているボケでもある」かもしれない。ともかく過去のものごとを現在させる(保守する)ような気持ちであって、積極的に歴史を組み立てるとか塗り替えるとか更新するとかいう感じではない。別に歴史を組み立てるとか塗り替えるとか更新するとか自体が悪いことだとは思わないのだけど、それはあくまで結果としてそう見えてくるということであって、意図的に組み立てたり塗り替えたり更新したりされるのは歴史ではない別の何かと言ってみたほうがいいような気もする。

特集で年表的なあり方の歴史を散々批判しつつ、その表紙には大江宏による西洋中世の年表を図版として用いている。だからもちろん年表というもの自体を否定しているわけではない。エリオットが歴史的感覚のことを「時間的なものと時間を越えたものを一緒に認識する感覚」と書くように(「伝統と個人的な才能」1919年)、歴史を年表のように時間的なものとして捉える(1)とともに、それぞれの固有の過去を時間を越えて現在するものとして捉える(2)、その両方の重なりや響き合いとして歴史を感じることが肝要なのだと思う。そして大江宏が誰に見せるわけでもなく20年近くにわたって書き換え続けた自筆の年表には、その重なりや響き合いとしての生き生きとした歴史が垣間見える。

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表紙の図版:大江宏による歴史年表(部分)

西洋近代に確立した単線的な進歩史観に疑問を抱き、建築家・大江宏(1913-89)が独自に作成した年表。ヨーロッパに限らずユーラシア全体や北アフリカまで含めて、歴史的な多様性・多元性を捉えようとするもの。設計のスケッチにも使っていた方眼紙を用い、1960年代以降、20年近くにわたって書き換えられ続けた。(参照=『大江宏・考』法政大学デザイン工学部建築学科、2013)