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『建築と日常』編集者日記

11月23日(月)

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JIA建築セミナー2015()で、坂本先生設計の《House SA》(1999)と《Hut AO》(2015)を見学。前回の見学(4月19日)から7ヶ月ぶり。そのまま移動し、夜には外苑前のJIA館で坂本先生のレクチャー「設計作品の連続と変化」の聞き手を務めた。

《House SA》を訪れたのは3度目だけど、これまでとすこし違った印象を受けた。特徴的な天井をあまり見なくなり、チューブのような螺旋状のひとつながりの空間よりも、そこに含まれるそれぞれの場所や、窓の外の家並みとの連続性に意識が向かうようになった気がする。これまでは比較的大勢がいるなかでの見学だったのが、今日はわりと静かに佇んでいられる時間があったことも関係しているかもしれない。写真もたくさん撮った。

《Hut AO》のほうは生活が始まり、家具や物が置かれることで、それぞれの場所性とそれらの具体的な関係性を感じやすくなった。こちらのほうが素人が写真を撮るのは難しい。

しばらく前には同じセミナーの一環で《代田の町家》(1976)を見学する機会もあったのだけど、今回は《代田》《SA》《AO》という、坂本先生の作品歴においてそれぞれの時期を代表するような作品を見学できたこともあり、今夜のレクチャーでは坂本先生の作品における「変わるものと変わらないもの」という視点で話を進めさせていただいた。この視点はセミナー全体のテーマである「原点と先端──現代の建築を考える手がかり」、および『建築と日常』No.3-4(会場で販売した)の坂本先生へのインタヴュー「建築をめぐるいくつかの時間」で話題にした「個人の作品歴における時間」とも関連している。

僕からの導入としては、《代田の町家》と同じ1976年竣工の《住吉の長屋》と《中野本町の家》を例に挙げ、その3作を比較しつつ、安藤さんのその後の作品歴に「変わらないものと変わること(スタイルの不動)」、伊東さんの作品歴に「変わるものと変わらないこと(スタイルの革新)」をそれぞれ指摘し、では坂本先生はどうなのかという問いを設定した。『建築と日常』のインタヴューでも触れたとおり、坂本先生の作品にはコンセプトの変遷として進化論的に語られる側面がある一方、一貫して変わらないものがあると述べながら(以下引用)、

小林 […]ドストエフスキーをよく見ますと、初めに方向が決まって、死ぬまでほかのことはしていませんな。おもしろいことですね。いろいろ作家を見ていますと、大体二十代で方向が決まって、それからあとほかのことは考えていませんね。考えられないに違いない。そういう人は正直だから自分の身丈にあったことしか考えようとしないのですな。

  • 小林秀雄・岡潔『人間の建設』新潮文庫、2010年(初出1965年)、p.85

3作の見学を踏まえて受講者(およびJIAの委員)の方たちに提出していただいたアンケート回答(《代田》《SA》《AO》の建築的な共通点と相異点)を参照して、先生にお話を伺っていった。以下、アンケート用紙の画像。

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