総司忌から戻りました

今年の総司忌は、墓参、講演を合わせて、250人もの方がおいでになられたそうです。
きっと、総司さんも喜んでいらっしゃるのではないでしょうか。
少し残念だったのは、毎年、総司忌には、ご子孫が供えられた生き生きしたお花に埋もれたお墓に迎えられるのですが、今年はお花が暑さのせいもあってか、かなりしおれていたことです。毎年心配りをしてくださったご子孫の沖田整司さんがお亡くなりになったので、現在はそのご家族がご多忙をおして総司忌を続けて下さっているのです。おそらく、お花をお供えなさった時期と総司忌の間に日があいてしまったせいなのだと思います。
でも、総司忌の参拝者は、お花を供えることも禁止されていますから、その日のお花がしおれていたら胸が痛みます。せめて、水桶などをご用意して下さって、小さなお花を一人一輪でも許して頂ければいいのになあと思ったことでした。
せめて我が家の紫陽花を…
わたしは、『恋する新選組』(ひとよんで恋組)を墓前において、総司さんたちの誠の心を深く広く伝えられるよう、社会に役立つよう頑張りますと誓いました。そして、総司さんが今はお幸せでありますようにと、お祈りしました。
午後の会は、稲畑豊子さんの美しい歌声で始まりました。総司の最後の日を歌った「青い空」は胸にしみました。
ご講演は、作家であり歴史研究家でもいらっしゃる伊東成郎さん(先生とお呼びすべきなのですが、ここはかたくなってしまうので。以下、綺羅星のごとき先生方も、この場は同様でおゆるし下さい)のご講演でした。いつも、新発見の新選組情報などがあって素晴らしいのですが、その内容はご講演に駆け付けた人以外には漏洩できませんので、内容はここへは書けません。
会場には、いつもいつもお世話になっている新選組、歴史研究の先生方がいらっしゃっていました。先生方にまじって、私もマイクを回して頂き、『月下花伝』『花天新選組』が増刷になったお礼と、新しく『恋組』シリーズが始まったことをご挨拶をさせていただきました。
『恋組』は、会場プレゼント用に3冊持って行きましたが、新選組関係のチラシもあれこれ配られていましたので、『恋組』もチラシがあれば沢山の方に知って頂けたかもしれません。ちょっと残念。(この日、『恋組』の担当さんがお仕事で来れなくなったことも残念でした)
なにせ、全国から総司ファンが250人も集まっていらっしゃったのですから! これほど濃くて熱くてすごい場はほかにないと思います
さて、ご講演が終わってからは、例年通り二次会です。この二次会の幹事さんを知ったら、みなさま、驚愕なさるのでないでしょうか。
なんと、NHK大河ドラマ新選組!」の時代考証をなさった作家の山村竜也さんが幹事でいらっしゃるのです(山村さんは来年の大河「龍馬伝」も担当なさるようです)。ええッ、そんな著名な作家さんが二次会幹事なんて、な、なんて、すごい二次会なんですか〜!? と、初めて行った時は驚愕したものです。でも、山村さんは飄飄となさっていて、いつも愉しんでいらっしゃるように見えます。こんな豪華な二次会が好例なんて、総司忌、凄すぎます。
以下は、ご著書ではいつもお世話になっており、この日、あの場でお目にかかった先生方のご著書です。
山村竜也先生のご著書
伊東成郎先生のご著書
菊地明先生のご著書
釣洋一先生のご著書
とはいえ、二次会の作家さんはこれだけではありません。みなさんが研究家であり、作家さんでもあるといってもいいぐらいなんです。この日、以前からお願いしてあった御著を分けて頂いたのは、松下英治さんの『新選組流山顛末記』です。松下さんは、近藤と土方の永訣の地、流山のフィールドワークなども支えてらっしゃる研究家でいらっしゃいます。
みなさま、ほんとに、勉強になって愉しくて元気をもらえる一日をありがとうございました。
あ、ひとつ。釣洋一さんのお話で、心に残ったことがありました。
生前、司馬遼太郎さんが「『友』という概念は維新後に入ってきたもので、維新前の日本にはなかった。だが、実際には友情はあり、それは義兄弟であった」とおっしゃったことについて、釣さんは「そんなことはないと、僕はずっと思っていた。日本にも古くから友という概念はあった。竹馬の友というではないか」とおっしゃいました。その時、ひっかかっていたものがすーっとほどけたような気がしました。「友」と「義兄弟」は私の中でもひっかかるものがあったからです。義兄弟というのも友情だけれども、もっと自然発生的な友情があるのではないかと。
その疑問に、答えて頂いたようで、とてもすっきりしました。

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