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風雲童話城ブログ

2015-04-02

[][]命輝く季節

f:id:rieko-k:20150402105605j:image:left開花前に剪定された花枝が満開になりました。

伐られてもこんなに咲く花が愛しくてなりません。部屋に挿した小さな枝には、すでに若葉が開き始めていて、このままだと、玄関のこの花枝も葉桜になるはず……そうなるまで、ずっと活けておきたいと思います。

人の勝手で伐られる植物も、命を絶たれる動物も、その命の輝きは侵しがたいものを感じます。

それらの命を糧に生きる私たち自身が、己の人生を否定したら、命を捧げさせられた者たちに申し訳がたちません。

せめて、来たるべき死のその時まで、この世界の役に立つ仕事を精一杯やってから逝きたい……と、強く思います。

たとえ、誰にとって、わたしが必要のない者であっても……。

ここまで生きて、無垢な命に支えられてきたわたしという存在は、わたしだけのものじゃない。

一人であっても、孤独であっても、人は生まれたその時から、多くの命を生きているのです。ですから、わたしは、私の中の多くの命のためによく生きる義務を負っているのです。

そうなんだよ、さあ、元気を出して……と、春の花は教えてくれます〜

風馬風馬 2015/04/02 17:12 命の輝く瞬間は素敵ですね!
ぼくらは日々なにがしかの命に生かされています。
食べ物はもちろんですが、庭や道端に咲く一輪の花に命の輝きを見た時、心が元気になります。
剪られた枝から咲く花もまさにそうですね。利江子さまのお気持ちよーくわかります。
ぼくらを生かしてくれている様々な命に報いるようにしっかりと生きていきたいです!

rieko-krieko-k 2015/04/02 17:22 風馬あんちゃん
コメントありがとう〜
私という人間がいったい誰に必要とされているのか……と、孤独な人間ならだれでも、否定的に感じることがあると思うのです。

そういう時、何を支えに人は生きて行けばいいのかと思います。
伴侶や家族のある人は、伴侶のため、家族のためと思えることもあると思いますが、そういう存在がない人、あっても薄い人は、どう生きればいいのか……と、他人事ではなく考えるのです。
でも、私は、私の中にある者のために生きよう……と思いました。周囲に誰もいなくても、私の中にあるかつて輝いていた命のために、よく生きる義務があると……。

MADOKA SATOMADOKA SATO 2018/04/02 20:56 素晴らしい記事を読ませていただきありがとうございました。とても共感いたしました。

私は家庭が複雑で、切なく孤独な子ども時代でした。若い頃に祖国を離れ、家族や親友たちも遠く、孤独でした。
結婚してもやはり夫とは根本的な宗教や文化の相違があり、理解し合えないこともあり、一緒に住んでいても孤独です。
一人娘は海外へ送り、もう一緒に住むことはないでしょうから、孤独はまたしても……。
そして何十年イタリアに住んでも、やはり心は日本にあるので、孤独です。

ああ、もう孤独がいっぱい(笑)。

でも、さまざまな生き物や、いろんな人や、多くの命とつながっているという実感は、確かにあります。こうして、利江子様ともつながっていると(恐縮ですが)思っております。

「よく生きる義務」いい言葉ですね。心に焼き付けて、孤独をお供にがんばりマス。

rieko-krieko-k 2018/04/03 15:05 まどかちゃん、私もずっと孤独に生きている気がしています。
もともと貰いっこだったことから、私の性格が形作られたのかもしれません。でも、2018の夏に発行される『ガラスの梨 ちいやんの戦争』を書いたことで、実母とも、亡養父母とも、ようやく繋がって、魂の部分では孤独がほんの少し癒された気がしています。
孤独から目をそらさずいても、癒される日はやってきます。人を愛しさえすれば……一緒に頑張ろうね!

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