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風雲童話城ブログ

2016-11-27

[][][][]12/6更新 愛とは、存在を愛し抜くこと……

f:id:rieko-k:20161206124533p:image:left←ポスター製作/東洋平さん

物語に秘めた愛を感じて頂けなかった感想を目にして、悲しかった…。なので、『ヴァンパイアの恋人 運命のキスを君に』あとがきをアップします。愛は、受け取る人のハートの深さ、大きさ、そして、柔らかさによって、視えなかったりしますよね…

    愛は、とっても大きなもの(抜粋)

 怖くて、ドキドキするけれど、だからこそ、とってもロマンティックで、危険なラブロマンスが生まれる物語といえば、やはり、美しきヴァンパイアでしょう?

 でも、それは、私にとって、これまでの映画やドラマのヴァンパイア物語とは、一線を画したものでなくてはならなかったのです。

 なぜなら、これまでの映画やドラマのヴァンパイア物語は、狩る者と獲物、あるいは、宿命を呪うヴァンパイアと、恐怖にかられる人々を中心に描いてきました。

 まれに、獲物であるはずの人間と愛し合うヴァンパイアもありましたが、そこにも、常に、越えられない暗い深い闇がよこたわっていました。まあ、それが、ヴァンパイアの醍醐味ですから、そういう怖さも、血の香りも、闇の深さも、宿命の恋をいろどる大切なアイテムでもあるのです。

 でも、私は、それだけでなく、これまで描かれなかった物語をこそ、書きたかったのです。それは、ヴァンパイアと共存する人たちの「愛の物語」です。

 人と人が、思想、信条、民族の違いをのりこえ、戦争や殺し合いの恐怖や痛みさえものりこえて、愛し合うことがあるのなら、人間にとっての究極の異邦人であるヴァンパイアを愛する人たちがいても、人間を愛するヴァンパイアたちがあっても、すこしも不思議ではありません。

 心のある者同士が、たがいの障壁をのりこえ、自分より、相手が大切だと思えるようになったら、それはもう愛なのですから。

 でも、恋するのはかんたんでも、愛するのは難しいかもしれません。

 人を愛すれば、身を削ってでも、その人を護らねばなりませんから。

 では、護るってなんでしょう? 

 それは、その人の周囲までもを、愛することです。たとえば、花や動物を家族だと思っている人を愛したら、その人を護るというのは、花や動物もいっしょに護ることです。

 故郷の景色や、きれいな空気、森や川、山や海を深く愛している人を愛すれば、その人を護るためには、故郷も、空気も、森、山、川、海まで護らなければならないのです。

 それが、人を愛する(その人の心を、存在を愛する)ということです。

 かつて、人に愛されたことがないとしても、誰かを、あるいは何かを愛していれば、その人の人生は、とてもゆたかで、かけがえのない美しいものとなります。

 でも、どれほど多くの人に愛されても、愛したことのない人間には、真実の心は芽生えないし、ゆたかな人生を過ごすことはできません。

 なぜなら、誰かが傷つこうと、どんなに大切なものが破壊されようと、愛のない人の心は、さほど、痛まないからです。

 そういう人は、たとえ、多くの子どもたちが病気になって死んでゆこうと、多くの人々が家や故郷を奪われて苦しんでいようと、そんなことはどうでもいいのです。

 自分と自分の周囲だけ快適であればいい。山や川や海や、花や鳥や動物なんか、どうでもいいのです。

 本当の闇というのは、そういう人の心の中にあります。

 私たちは、そういう人たちと、真剣に、たたかわねばなりません。

 なぜなら、愛しているからです。お父さんやお母さんや、おじいちゃんやおばあちゃん、子どもたちや、友達や、鳥や花や、動物たちを、心から。

 愛する者たちや、その存在を護るということは、同時に、美しい山河、きれいな空気、青い海や空も、護らねばならないのです。

 愛とは、とてつもなく大きなものなんですね。

 ですから、私が書きたいのは、いつも「愛の物語」です。

 それが、ヴァンパイアであったとしても、狼男だったとしても、愛を胸に抱く者なら、かならず、美しい物語が生まれます。

 ここまで読んでくださった皆さまには、私のいうことを理解してくださるのではないかと思います…

ヴァンパイアの恋人 運命のキスを君に (ポプラカラフル文庫)

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