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風雲童話城ブログ

2017-01-26

[][][][]1/19.20.21.24『戦国の姫城主 井伊直虎』amazon売れ筋ランキング【2位】

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ちなみに、22日23日は【3位】でした〜いつまで続くか分からなかったので、ご報告遅れましてすみません。ただ今も、ベスト10圏内におります。読んで下さった皆さま、有難うございます!




2016-09-27

[][][][]こんなページがあるんだ〜

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すでに、『井伊直虎 戦国の姫城主』が紹介されてます!

※タイトルは編集部案の仮題のままですが…

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http://tsutaya.tsite.jp/artist/PPS00009EM7Q?sc_cid=tsutaya_a99_p_taff_0_tw__2BF49B6F8548EF72-60000105000C3654_

2016-09-17

[][][][]この秋、来年の大河ドラマの主人公、井伊直虎を書きました。

11/15に発行されましたので伏せ字設定を外しました。

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井伊直虎 戦国の姫城主』は、11月に、角川つばさ文庫から発行予定です。

その後書きは、こんな感じ。

皆さん、読んで下さいますか

  「あとがき」

戦国時代の資料は、ことに、それが女性の場合は、その名前も記録されていないことが多い。男性は、幼名、元服後の名、さらに改名と幾つも記録されているのに、女性は、「だれだれの女(娘と言う意味)」や、だれだれの妻、母といった記録が残るだけだ。

ゆえに、この物語の主人公、井伊直虎もまた、男子として還俗して、井の国の総領となった井伊直虎という名は記録されていても、直盛の娘として生まれ育った時の名は記録されていない。  唯一、出家後の尼僧名、「祐圓尼」という名のみ残っている。  

直虎の母もまた同じで、尼僧名「祐椿尼」のみが残っているのだ。この二つの尼僧名をさずけたのは南渓和尚である。  

そして、この「祐」という字は、神仏にかばわれ助けられるという意味があるらしい。だとすれば、祐の字は、南渓が二人にさずけたのであろう。  

そう考えれば、残る「圓」と「椿」という字が、その人自身にゆかりのある字であるはずだ。二人をよく知る南渓が名付けたのだから、この二つの文字は、明らかに、直虎とその母を象徴する字であったに違いない。 そこで、私はこう名付けた。

直虎の女名は「圓(えん・まどか)」で、母は「椿の方」と。  

名がわからぬからと、その時代の適当な名をつけることはしたくはなかった。歴史に刻まれたその人自身の人生に少しでも触れることができ、その人に近づけるような名で、主人公や登場人物に呼びかけたかったから……。

歴史を愛し、過ぎ去りし時代の人々に出会う魔法は、人としてのこまやかな感性と想像力を決して失わないことと、その時代を調べられるだけ調べ尽くすことにあると思う。  

そして、調べ尽くした後は、その資料のみにしばられるのではなく、積み上げた記録や資料の上に、かつて生きて呼吸し、人を愛し、憎み、喜び悲しんだ人間の心を想像してみることだ。  

その上で、自由に歌い、舞い踊ればいい。

 読者は、きっと、それを楽しんでくれるはずだと思う。

 人間の心を想像するなら、その痛みや傷を決して無視しない。生きた人に接するように心をこめて、物語に立ち向かうことで、ようやく、真実が秘められた歴史小説になるのだと思う。

井伊直虎の場合、姫として生まれたのびやかな女の子が、辛苦の果て、絶えかけた家系と領国を守るため、井伊家総領の男子が代々受け継ぐ「虎」の字を引き継いで、井伊次郎直虎として立ち上がり、巨大な支配者にさえ立ち向かうのだ。

 姫が、男子として生きる……戦国時代とはいえ、そこまで追い詰められた女性が他にいただろうか? これまで、幾つも、歴史小説を書いてきたが、直虎のような人生は、どこにもなかった。……とはいえ、書き始めた時は、正直、雲をつかむようであった。

直虎という人を知る手掛かりがあまりに少ないのだ。だが、丁寧に時代背景をたどり、直虎の周囲の人々の人生をたどっていくうちに、直虎自身の喜びや悲しみも見えてきた。

大国にかこまれ、戦国の動乱の渦に巻き込まれた小国の領主(地頭ともいう)が、国をつぶさず、子孫を絶やさず、未来をにらんで踏ん張り続けるのは、命も人生も賭けないと無理だ。いや、命なんぞ、すぐ吹き飛んでしまう時代でもあった。

そう考えれば、なんと、愛おしい踏ん張りだったことか……。

そんな直虎を、作家の都合で、コマのように動かしたり、あやつったりするのはしたくなかった。物語には、主人公そのものが自らの足で立ち、行動を始める瞬間こそが大切で、特に歴史小説はそうだ。だから、私はいつもその瞬間を待つ。

物語、小説を書くというのは、そういう瞬間を待つ辛抱にかかっていると思うからだ。 人を知るには辛抱がいる。書くのも、辛抱が大切なのだ。

1)辛抱強く、主人公が作家の中に降りてくるのを待つこと。

2)辛抱強く、歴史を調べ尽くし想像をふくらませて、人形ではない、魂を持った人間の主人公を描き出すこと。

3)そして、いったん、書き始めたら、作家の心は、その主人公が生きた時代へ飛ばし続け、書き上げるまで戻って来ないこと。

これが、私の歴史小説を書く三ヶ条である。

 書くとは楽しく、苦しい。だからこそ、やめられない。

 かつて、歴史上の人物、新選組を書いたことがあるが、その時に飛ばした心は、まだ幕末に残っているような気がする。そういう意味では、これまで戦国物語や王朝物語を書いた時の心の一部も、まだ帰っていないような気がする。

もしや、作家って、タイムトラベラーなのかもしれない。 

                   二〇一六年、秋九月  越水 利江子