Hatena::ブログ(Diary)

風雲童話城ブログ

2014-11-19

[][][]我が青春の高倉健さん

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昔、健さんと同じ空間にいたことがあります。

十代の頃です。

たった数年でしたが、京都の東映、大映、京都映画などの撮影所で仕事をする小さなタレント事務所の大部屋女優でした。

総じて脇役ばかりで、多くはワンシーンのみの出演でしたが、有名どころでいえば、緒方拳さんとからむ役でセリフのやり取りをしたことがあり、その時の緒形拳さんの色っぽさに目を奪われたこととか、有名女優さんの吹き替え(代役)で、監督兼主役だった勝新太郎さんのご指導を受け、その時に「ほら、ここをこんなふうに歩いて…」と、手を取ってもらった時の大きな手の温かったことや、撮影後、中村敦夫さんからお気遣いの優しい一言を頂き、胸が震えたことなど……撮影所では最底辺の女優だったからこそ、人の優しさや温かさが胸に沁みた思い出がいっぱいあります。

正直、何にも知らないお嬢ちゃんだったので、有名俳優さんに誘われたりもありましたが、今となって心に残っているのはそれではなく、胸に沁みた思い出ばかりです。

ちょうどその頃は、いっときの高倉健さんブームが落ち着いてきていましたが、東映では、いまだに神さまのようなスターだったことは確かです。

撮影現場で見る高倉健さんは、ホントは見えないはずのオーラがくっきり視えるような気がする方でした。

その頃、私が感じていたことは、「撮影所というのは、まだ士農工商の封建制が残っているところだな」ということでした。スターさんや有名監督さんは将軍であり大名の殿様のようなもので、その方々を支える武士や農民や商人などのキャストやスタッフがいて、自分のような者は、秋になると撮影所の隅っこに、カラカラと吹き寄せられてくる枯れ葉のようなもので、人間以下の存在なんだなぁ…と。

そんな存在であったからこそ、思わぬ人の思わぬ優しさに敏感だったのかもしれません。

今となっては、その頃の思い出こそが、私にとっては書くことの立ち位置です。

話を戻します。健さんと同じ時、同じ空間にいたのに、枯れ葉でしかない私にとっては、同作品に出演依頼を貰わない限り、健さんのそばにも寄れないし、むろん、口をきくことなどあり得ません。健さんと同時期に有名だった女優さんの映画には狩り出されたことがありますが、健さんの映画には一度もご縁がありませんでした(健さんの映画は、相手役の女優さん以外は、出演者は大方男ばかりでした)。

そんな遠い存在であったにかかわらず、健さんがどんなに素晴らしいお人柄かという話は、仕事仲間から(特に共演したり、殺陣をやった男優さんの口から)何度もお聞きしたことがあります。

スターさんというのは、男優さんであれ、女優さんであれ、大抵、陰ではキャストやスタッフから悪口を言われていることも多いし、撮影所の最下級の枯れ葉女優にはそういう話がよく聞こえてくるのですが、健さんの悪口は一度も聞いたことがありません。聞いたのは、褒め言葉と助けられたというような話ばかりでした。それだけでも、健さんのお人柄が伝わってきます。

結局、私自身は個人的にお話することもなく共演することもなかったのですが、現場で見た、あの見えないオーラが視えるような横顔を忘れることはありませんでした。

あの健さんが亡くなったと知って、まるで、私自身の青春が失われてしまったようで、とても悲しいです。健さんに直接ご縁がなくとも、銀幕で健さんを観ていた人たちにとっても、同じお気持ちではないでしょうか。

2013-02-16

[]訃報です

桃太郎の運命はじめて学ぶ日本児童文学史 (シリーズ・日本の文学史)平凡社ライブラリー 子どもの替え歌傑作集

私にとっては、偉大な大先輩である児童文学者の鳥越信先生が亡くなられました。ショックです。

鳥越先生は、私がデビューした頃の恩人です。

ポッと出の新人のデビュー作『風のラヴソング』を読んで下さり、「タイトルはいただけないが、中身は素晴らしかった」とおっしゃって下さったのを、昨日のことのように思い出します。

私にとっては、誰ひとり友達のいなかった児童文学界という荒野で出会った明るくて気さくな先生でした。当時の私は児童文学界をまったく知らなかったので、そんなにすごい先生とも思わず、先生を見かけると、「鳥越先生〜」と、懐いていました。偉ぶらない、そういう気さくな先生だったのです。

ですから、亡くなられたと知っても、私には鳥越先生の軽妙な笑顔しか思い出せません。

あのデビューの日から20年…歳を重ねたということは、こういう別れに度々出会うことなのですね。

かつて、新人時代にお世話になった中川正文先生、木暮正夫先生も逝ってしまわれました…そして、今度は、鳥越先生が……

大先輩を失う寂しさに胸がいっぱいです。

鳥越先生のお葬式は近親者のみとか…。せめて、日ごろの無沙汰をお詫びしたかったです……合掌

2012-02-16

[]いつのまにか、訪問カウントが、七十万超えに

いつも、見に来て下さる皆さま、ありがとうございます〜

デビューから、今年は19年目にあたります。ブログを始めてからは4年ほど。長かったような、あっという間だったような……

その間、2001年から2007年までの6年間、梅花女子大学短期大学部で創作や絵本製作を指導していました。と、思い出したのは、今年から思いもよらず、また某大学へ行くことになるかもしれないからでした。

どうも、私は、人とのよりよい関係があってこそ、ようやく、何事につけ物事を続けることができるという人間のようです。言い方をかえれば、組織にかかわれるのは、そこに、大好きな人があってこそなんです。ことに、大学のような場所はそうでした。

f:id:rieko-k:20120216140146j:image:left まあ、そんな人間なので今後もどうなるのか、私にもよくわかりません。でも、もう二度と教壇には立たないと決めていたのに、今回、そんな気持ちになったのも、大好きな人たちがそこにいらっしゃるからです。

梅花に6年間もいられたのは、やっぱり、大好きな先生がいらしたからです(退任したのは、覚悟を持って執筆に専念し、自分を追い込むためでした)。

そのH先生から送って頂いた写真が、なんとも、心を癒してくれるので、皆さまにもご紹介しますね。

上は、H先生のお宅のハーブ園。あの素敵な「garden」のプレートは、お父さまの手作りだそうです。

f:id:rieko-k:20120216140145j:image:left そして、以前、お母さまからは、ハーブの匂い袋を頂きました。

こちらは、美しい薔薇のポマンダ。

それに、色とりどりのポプリ。

ああ、なんだか、心が豊かになりませんか?

どんなに忙しくても、こんなふうに、美しいものを作る時間をもちたいなあと思います。

f:id:rieko-k:20120216140143j:image:left そういえば、やはり童話作家の加藤純子さんも美しいものを愛でる豊かな方ですよね。

左のリンク集に、純子さんのブログがリンクされています。

もっと美しいものを見たい方はどうぞ〜♪

いや、私も、いつか、そういう人に戻りたいです……というのは、昔は好きだったのです。

専業主婦だった時は手作りの果実酒をいろいろ作って、顔彩(日本画の絵の具)で描いた絵ラベルを貼って、棚に並べていたことも。

子供のために作った抱き人形や、ままごと用に作った紙粘土の野菜や果物やドレス人形や……いろいろ。

でも、本当に心の豊かな人は、どんなに忙しくても、そういう時間や楽しみを大切にしてらっしゃるのです。

私みたいに、忙しいからってやめてしまわない。

うん、そう、今日からは無理だけど、いつか近い将来に、美しい時間を取り戻したいです。

2012-02-15

[]さようなら、裏通り先生

訃報が届きました。

第一次新選組ブームを作り出された元プロデューサーの上月信二さんと、大好きな俳優さん、左右田一平さんが亡くなられました。

とても悲しいです。

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夏休みや冬休みの午前中に再放送や再々放送され続けていた「新選組血風録」や「燃えよ剣」が、私の最初の新選組体験でした。

それに用心棒シリーズ。

あれらのシリーズで、ずっと共演されていた栗塚旭さんや島田順司さんはどれほど悲しまれておられるでしょう。

左は、左右田さんが演じられた斉藤一のお写真です。

斉藤一もとても良かったけど、やっぱり、左右田さんといえば、裏通り先生でした。

貧乏長屋の赤ひげ先生とでもいいましょうか、飄々とした温かみが持ち味の貧乏医者。柔術というか、腕にも覚えあり。

でも、お一人だけだと、あんまり悲しいので、あの頃の栗塚さんと島田さんのお写真も。

さようなら、左右田さん……

f:id:rieko-k:20120215224912j:image:leftf:id:rieko-k:20120215224911j:image:left

でも、裏通り先生は、私の中に永遠に生きています。

少女の頃の憧れ、あの時の土方さんと沖田さんといっしょに。





2011-05-19

[][]絆 kizuna

俳優、渡辺謙さんの呼びかけで、ハリウッドスター、俳優、映画関係者さんたちから、日本へのメッセージ。

個人的に大好きな人の姿が……嬉しい。

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2011-04-06

[][]悲しみを癒して……

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裏庭の吉野桜が咲きました。

花弁は白に近い薄紅、陽射しの下では真っ白に輝きます。



日本中がこんなにも悲しみと危機にさらされているのに、桜は、毎年、同じように咲いてくれます。




青い空、気持ちのいい風…でも、この風には、わずかであっても放射性の毒が含まれているのです。

そんなことを思って風に吹かれるなんて、ほんとに悲しい。

山紫水明、美しい自然が、日本という島国の資源でした、ついこの間までは……

そのことに、ようやく気づいた人が多いのかもしれません。

資源のない国だから、原発が必要。空気を汚さないためには原発が最高…と、どなたがいったのか。

資源がないなんて、真っ赤な嘘でした。日本の国は、清浄な国土と豊かな四季が唯一の資源だったのです。その証拠に、今、日本の製品は食品に限らず、世界から輸入制限をされ始めています。汚染された品物は買えないと。食品はもちろんのこと、糸や繊維、鉄鋼などに至るまで、汚染されていないと証明されなければならないのです。

これ以上ひどいことになれば、日本の貿易は成り立たなくなって、多くの会社や工場は倒産してしまうでしょう。電気を使う会社や工場がなくなってしまえば、原発の電気が溢れるほどあったって無駄でしかありません。

世界は、日本の国土が清浄だからこそ、日本人の技術も高くかってくれていたのですから。

火力発電で排出される二酸化炭素は、多すぎては問題だけれど、二酸化炭素自体は、地球にとって命にとって、なくてはならない必要なものでもあります。

美しい森は、二酸化炭素がなくては生きていけません。

でも、人間がつくりだした新しい放射性の毒は、すべての命をむしばむだけです。

そういうものを、クリーンだという人は、嘘をいっていると思います。

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私は、桜を眺めて、うっとりしたい。

風に吹かれて、おもいっきり深呼吸をしたいです。

日本人の技術や努力が、正当に評価され、世界に喜んでもらえるようになってほしいです。



玄関脇の雪柳は満開です。

でも、その向こうの、紅しだれ桜は、まだつぼみ。



さくら さくら 

やよいの空は 見わたすかぎり

かすみか雲か 匂いぞ出ずる

いざや いざや  見にゆかん 

2011-03-29

[][]今日、被災した子どもたちへ絵本児童書を送りました

荷造りしてみると、なんと段ボール箱、八個になってしまいました。

このことを決して忘れることはないけど、記録に写真を撮りました。

最初はNGOさんの支援ルートをご紹介したのですが、その後、「みんな、おなじ空の下で」の皆さまの独自ルートでも、東北大震災で被災し心が傷ついた子どもたちへ、心を癒し、楽しくなる絵本や児童書を届けて下さることになったのです。

それで、私の本と買い揃えた本、これまで作家の皆さまから頂いたご本の数々も、役立てて頂こうと決心しました。(ただ、時期が時期だけに、拙著も作家さんのご本も、妖怪不思議本は入れましたが、怖い怪談は避けました)

今、一番、楽しさから遠ざかっている子どもたちの手に直接届くのです。どうぞ、ご容赦下さいまし。

そんなわけで、その箱詰めをしたけれど、大きな箱は大丈夫だろうか、クロネコさん。腰痛めないかな。心配。でも、小さな箱はもうなくて。

f:id:rieko-k:20110327173241j:image:leftこれは、文庫の箱。

私が買い揃えた本や作家さんから献本頂いた人気シリーズがずらり。

黒魔女さん、若おかみ、ナビ・ルナ、四年一組、パスワード、怪盗クイーン、などなど。

青い鳥文庫、ポプラポケット文庫、フォア文庫、つばさ文庫、人気文庫をどっさり、ぎっしり90冊、詰め込みました。

f:id:rieko-k:20110328134042j:image:leftこれは、絵本幼年の箱。

これは、少々以前の作品でも、きれいな本は入れました。

大好きな本も……

残しておきたい本も多かったけれど、私が死蔵するより、やっぱり子どもたちに読んでもらいたくて。

あ、でも、ここで気づいたのが、箱の穴! ほら、ペットボトルの箱だから。

雨のことが気になって、ここで、すべての箱から、本をいったん出して入れ直し。全部の箱を、大型ごみ袋やプチプチでカバーしました。

f:id:rieko-k:20110328131754j:image:leftこれは、拙著の箱。

40冊のサイン入り絵本、絵童話、児童文学。

それと、さすがに全部にサインは無理なので、サインはないけど、心だけこめて拙著を50冊。

しめて90冊。

さらに、その後、拙著は計200冊を箱詰め。(※以前講演販売用に買った本があったので、これを放出)

f:id:rieko-k:20110328204514j:image:leftこうして、全部の箱詰めが完成した時には、もう日が暮れました。

各作家文庫90冊。各作家ハードカバー90冊。各作家絵本&幼低学年28冊。

越水著作サイン入り40冊。越水著作サインなし160冊。

しめて、408冊が、玄関を占拠しました。


↑「どうかした?」って、やってきたうちの子。

「やり遂げたよ」っていうと、「ふーん」って、去っていきました。

本の寄付は、作家だけでなく、一般の方々のご協力もお待ちしております。

くわしくは「kodomiru 子どもと見る風景」をクリック!

私の送った本を中継して下さるイシマルさんのブログ「絵本とわたしとこどもたち」

 

2011-03-20

[]人の心は、何を見つめるのか

ツイッターで、ネットで、膨大な情報が流れています。

真実もあれば、デマもあり、安全の押し売りもあり、まだ起こっていない危険を警鐘するものもあり、少しは原発について勉強してきたことがある私でも、もうどれを信じていいのか混乱してしまいます。

だから、私は予測しておかなければならない危険を教えてくれる情報には感謝するけれど、たとえ、それが真実でも、人々の立ち上がる力を失わせるような絶望的な情報は、とりあえず心のあっち側に封じこめておくようにしています(そういうものには、今は耐えられません)。

かといって、実際起きてしまっている危険をきちんと語らず、まったく人体に影響がないかのようにいう人たちを信じることはできません。

放射性物質の危険は、テレビで繰り返されるレントゲンのような線量だけではなく、放射性を帯びてしまった埃などを吸いこんでしまった時の内部被爆こそが怖いのです。どうか、近距離の皆さまは必ずマスクを。

今、日本人は、もう一度立ち上がり、元気に働きたいのです。だから、そんな力になる情報を下さい。

そして、未曾有の危機に、被災地で働いて下さっている皆さま、原発の電気修理、放水をして下さっている皆さまに、深く敬意と感謝をおくりたいです。心深くから感謝するからこそ、今後は、必ず誰かが犠牲にならなければ運転できないような原発を推進なんかできません。少しずつでも減らしてもらいたいです。

電力会社の技術者さんも、自衛隊の隊員さんも、消防庁の消防士さんたちも、誰も犠牲にしなくていい世の中を目指してほしいです。

彼らに代われない私たちができることは、それだけだと思っています。

今、この国の人たちの心が見つめているのは、互いを思い合う人と人の心のきずなだと思います。

情報によれば、多くはないけれど窃盗なども起きているそうですが、この国全体を包んでいる愛と真心の大きさからすれば、まるで桁が違うと思います。

今、みんなが見つめたいのは、人間の真心と、苦難を乗り越えようとする時の、人の強さ、美しさです。

誰かを助けようとする人が逆に勇気をもらって、もらった勇気で再び頑張れることもあるはずです。

どっちが強いかといえば、きっと被災した方々なんだと思います。

わたしたちは一つの文化を共有する日本人です。

いっしょに頑張りましょう。いえ、頑張るのは私たち、被災された方々はできることなら心を身体をゆったり休めてほしい。早くそうしてもらえるように、私たちが働いて頑張ります。

2011-03-18

[][]さようなら

昨日、物置にしている家裏へ行って、外からの目隠しに使っている葦簾(よしず)を開けてみたら、そのかげ、コンクリの上で猫が横たわっていました。

飼い猫なのか、ノラちゃんなのかわからなかったけれど、時々、うちの庭を横切っていく猫でした。

寝ているのか、病気なのかと、様子を見たら、もう冷たくかたくなっていました。

病気で死んだのかもしれません。

かわいそうに、こんな寒い夜に……病気だったなら、さぞかし寒かったろうと。

夕方なので、保険所に電話をしたら、翌日の午後になるといいます。

もう死んでしまっているので、寒さも感じないだろうけれど、一晩、コンクリの上においておくのが可哀そうで、うちの愛犬のバスタオルで包んで、段ボールに乗せ、古新聞の束をベッドにしてやりました。

お線香をあげ、合掌して、カラスにつつかれたりしていけないので、また、そっと葦簾を閉めておきました。

もうすぐ、保険所の人が来ます。

その前に、もう一度お線香をあげてきます。でも、顔は見られないな、可哀そうで。

被災した人々が沢山寒い思いをしている夜、ノラちゃんはひとりで凍えて逝きました。

さようなら、ノラちゃん。天国は春みたいにあったかいといいね。

2011-03-17

[]世界がエールをおくっている! その6 『ゲド戦記』のル=グウィンさんから

児童文学に関わる人なら、だれもが知っているアーシュラ・K・ル=グウィンさんからのメッセージです。

        

☆日本の読者の皆さんへ

 わたしたちとあなたがたの間には海があります。でも、その海で、わたしたちとあなたがたはつながっています。

 日本を襲った大津波は海を旅しながら、だんだん弱くなり、アメリカの西海岸に達しました。それはここではほとんど害をなしませんでした。

けれども、あなたがたの悲しみと苦しみが大きな波となって、その小さな波とともに、わたしたちに届きました。

 こちらではたくさんの、とてもたくさんの人が今、あなたがたのことを考え、あなたがたのために泣き、最悪の時が早く過ぎ去るように祈っています。そのことをどうか知っていてください。

 このように大きな喪失の悲しみ、苦しみ、不安のさなかで、日本のごくふつうの人々が示す静かな勇気に、わたしは言葉にできないほどの賞讃をおぼえます。

あなたがたのしっかりとした、忍耐強い顔を見ると、その美しさに打たれます。ひとりひとりの顔に目を向けると泣けてきます。あなたがたに力がみなぎり、よりよい明日への希望を胸に抱けるよう願っています。

                      愛をこめて

                      アーシュラ

                      2011年3月14日

f:id:rieko-k:20110314144349g:image:leftnew3/17ル=グウィンさんの原文、訳文をされた方のブログ

[][]大震災を生き延びた生命力

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だれか、この子たちを救ってくれたでしょうか。飼い主さんに会えたのでしょうか……

犬を飼ってる私から見ると、あの一声吠えたのは、警戒してるというより、「ついてきて!」っていってるように見えるのです。

助けてほしいって、いってると思う……