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風雲童話城ブログ

2018-04-29

[][][]『あぐり☆サイエンスクラブ 秋と冬、その先に』著/堀米薫 #新日本出版社 シリーズ の魅力 

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春、夏に続いての「秋と冬、その先に」編のご紹介が遅れましたが、このシリーズの魅力が満載の一冊でした。実りの秋、農業からはなれてしまった都会っ子の知らない農業の喜び、自然の奥深くを知る喜びにあふれた物語です。児童文学というジャンルに、ぜひ欲しかった一冊!堀米薫さんが農業や、ヤギや牛の畜産業にかかわっていらっしゃる作家さんでよかった❣

命を育み続ける田んぼの大きさ、その力に、大人も子どもも心打たれることでしょう。ぜひ、このシリーズは図書館において下さい。そして、勉強部屋の本棚にも!買って、読んで、得るものの大きな一冊ですよ〜

2017-09-02

[][][]『あぐり☆サイエンスクラブ』シリーズ 著/堀米薫

私立中学受験をあきらめ、ちゅうぶらりんな日々を送っていた五年生の学。ある日、ぐうぜん「あぐり☆サイエンスクラブ員募集」のチラシをひろう。「野外活動。合宿あり」――おもしろいことが待っていそうな予感。学は早速入会を申し込むが、なんとクラブは一年かけて米作りを経験する「田んぼクラブ」だった――! (BOOKデータより)

農業は科学だと、学んでいく子どもたち。現代の教育体制のみに取り込まれて、不幸せそうな優等生の兄、博の姿こそが現代の都会の子どもたちかもしれないと思いました。

それに引きかえ、肉体労働のしんどさはあるのものも、ふとした日常の瞬間に、あぐり☆サイエンスクラブの子どもたちが見る美しい命の輝きこそが、本当は、都会暮らしの私達こそが出会わなければならない景色ではないのか……と思いました。

儚く厳しい命の輝きを目にする喜びを、この本と共に、都会の子どもたちに(できれば親子に)出会ってほしいと思いました。

「カエルの鳴き声は、命の叫び」という言葉に、感動するのは子どもばかりではありません。

学と雄成、奈々は「あぐり☆サイエンスクラブ」の仲間だ。学たちは種まきからずっと稲の成長を見守ってきた。青々とした田んぼの上をふきわたる青田風。「草取り」「中干し」「花掛水」――お米を取るためにこんなに手間がかかっているなんて! 田んぼに関わるようになってから、三人が少しずつわかってきたことだった。(BOOKデータより)

あぐり☆サイエンスクラブの夏編です。

農業は、自然との闘いであり、自然との共存でもあると感じさせてもらって、幸せな気持ちになりました。かつて、猫が人間の作物を襲う鼠を退治してくれるので、世界に歓迎されたと同じに、毒のない蛇のアオダイショウもまた、農家にとっては味方だったのですね!

人間だけが高尚だと思っている科学主義の人間は反省してもらいたいと思いました。地球の命の豊かさこそが人を活かし、人を護ってくれているのだと……。

田んぼのただよう、ご飯を炊く匂い、嗅いでみたくなりました。あんな甘い美味しそうな匂いがしたら、カメムシだって、お米の汁を吸いたくなりますよね。人間にとって害虫なのか、益虫なのかはともかく、子どもがカメムシの気持ちがわかるような気がする文学なんて、めったにありません。

読後、青々とさやぐ田圃を吹き過ぎる「青田風」が、心の中を吹き渡ったような気がしました。

2016-12-13

[][][]『翼もつ者』著/みおちづる

「大戦争」後、人類は三百年の時を耐え地下シェルターから開放の時を迎える。大陸の東にはオルテシア共和国、西には中小シェルターの共同体であるカザール自治連邦が。地下資源「ソリド・マグマ」の発見により、所有権をめぐって両国は……。オルテシアの少年・ノニの願いは一つ。自らの翼で大空を飛び回ることだった――。

日本児童文学者協会70周年記念出版の「文学のピースウォーク」の一冊。ハイファンタジーの旗手、みおちづるさんの新刊なので早く読みたかったのに、仕事に追われ、ぎりぎり年内のご紹介になりました。

この物語はハイファンタジーですが、今の日本や世界の有様を彷彿としてしまいます。

たった一人、飛べるとはいえ、微力な少年に何ができるのか……世の権力、悪徳にどう立ち向かえばいいのかを、ハイファンタジーという物語の力を借りて、少年少女たちに伝えられる言葉は、哲学的であり、一方で、とても真摯で、現実的です。

この物語で、翼人らが敵地を攻撃しようとするソリド・マグマの爆弾は、核爆弾を連想してしまいます。文明を作ったと権力者が言うそのパワーは、むしろ、原子力なのかもしれません。

そして、命をかけて、爆撃を阻止しようとする少年、ノニの姿は、かつて私が書いた『忍剣花百姫伝』の美女郎の姿にも重なるような気がしました……そうなのです。どう書けば、少年少女の無垢な心に届くのか、書き手は様々な物語を構築し続けているのです。(↓にそれらをご紹介致します)。それこそが、文学の仕事だと、この物語は教えてくれます。大人にも子供にも、文学は、物語は、大きな力になってくれるはずです。

この物語は、考える力をこそ、与えてくれる物語なのです。押し付けるのではなく、あなた自身の心と頭で考えてみて……と。

私が思ったのは、「新しい戦争」とも呼ばれる原発の事故もまた、戦争と同じだということでした。世界に恐怖を与えた大人災に遭った日本という国が、今は、経済だの、便利だのといって危険な原発再稼働を押し進めていますが、この問題も又、この物語のテーマ、「命を尊ぶ」とは、どういうことかを考えれば答えは出ます。つまらぬ推進論議が、いかに人の暮らしから隔離した暴論なのかがわかるはずです。皆さんも、この物語を読んで、自分の心と頭で考えてみて下さい。戦争とは何か?人の暮らしの幸せとは何か?……と。

2015-11-22

[][]『ビジュアルブック語り伝える空襲 逃げまどう市民たち』監修/安斎育郎

今こそ語りたい戦争児童文学を書くため、多くの資料を集めている。

その中の、この一冊↓が素晴らしい。全5巻の内の4巻。

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見返しには、かの太平洋戦争においてアメリカが行った日本全土への無差別大空襲の年表があり、その地域死者などを網羅した表や地図もある。

4巻は大阪大空襲と四国の空襲編。

私が書こうとする二人の母がいた地、大阪、京都、高知の空襲についての記事もあり、当時の写真も満載されていて、まさに無差別空襲の恐怖が伝わってくる。

比較的空襲が少なかった京都は、アメリカが文化財を守る為に、空爆や原爆投下を控えたというのは真っ赤な嘘だと、この本を見てもわかる。

京都に空襲が少なかったのは、まさに原爆投下の第一候補地だったからにすぎない。

原爆投下後の最大限の成果(被害)を見るために、わざと大空襲を控えただけであり、文化財保護や温情などではなかった。

ただ、日本人の魂の故郷ともいえる京都を壊滅させては、日本人の心がアメリカから離反してしまい、アメリカによる戦後支配がうまくいかないかもしれないという理由のみで、原爆投下が回避されただけであった。

近代、現代の戦争とは、誠に血も涙もない。鬼畜の所業だ。

今、ロシア航空、フランス、パリのテロの報復とばかり、シリア空爆が叫ばれているが、私はこの本を見て、テロ組織ではないシリア市民の恐怖を追体験したような気持ちになった。

テロは許せない。だが、正義の戦争もない。

正義の空爆はないと思う。

私たち日本人は、もう一度、あの太平洋戦争の悲惨を思い起こさなければならないのかもしれない。空爆の下にある無辜の人々の命と暮らしを思い浮かべる想像力をなくしては、日本人もまた、鬼畜と同類になってしまうのではないか……

2015-07-10

[][]『あきらめないことにしたの』堀米薫

あきらめないことにしたの

あきらめないことにしたの

福島県飯舘村で、農業をしながらスローライフを実践していた渡邊とみ子さん。2010年新しいじゃがいもの種芋生産が認可され、翌年には品種デビューの段階になっていた。そんな時に起こった原発事故。 作物は植える時期を逃せば育たない――大きな困難に出合い、くじけそうになりながらもあきらめなかったとみ子さんの思いとは。人と人をつなぐ「きずな」とは―人を育てる「地域」とは―。そして、困難をのりこえるための「力」とは―。原発事故で愛する故郷を追われ、くじけそうになりながらも、あきらめなかった福島の「かーちゃんたち」!(BOOKデータより)

あの震災の日、原発事故で何が起こったのか。

有機物をたっぷり含んだ水田や畑、山や川の豊かな恵み、それらすべてが、原発事故のために汚染され、取り返しのつかないことになりました。飯館だけではなく、福島県の約十万人もの人が故郷を追われ、避難生活をせねばならない事態になったのです。

その汚染を除くためとして、現在も行われている「除染」というのは、実際には、汚染された植物や表土をはぎ取って、フレコンバッグという袋に詰めて、どこかに移動させるだけのことなのです。

そして、その土は、大地に生きる人々が何百年もかけて耕し、せっせと有機の肥料を入れ、ふかふかのお布団みたいにした豊かな土なのです。それをはぎ取って「放射性廃棄物」と名をつけますが、その廃棄物は捨てる場所がなく、原発を動かせば、事故がなくても、「放射性廃棄物」はどんどん増えて、結局、狭い日本に際限なくたまっていくだけなのです。

そんな恐ろしい巨大な化け物のような人災とどう戦えばいいのでしょうか?

誰だって、その場に追い込まれたら、絶望し、生きる意欲を失ってしまうでしょう。けれど、福島のかーちゃんたちは「あきらめないことにした」のです。

その決意のかげにある、果てしない悲しみの深さと、恐ろしい地獄のような体験こそ、私たち日本人すべてが担うべき事なのだと、私は感じました。

他人事では決してないことを、皆が胸に刻まなければなりません。その上で、原発をまだこれからも続けるのかどうかも、自分の事として考えなければなりません。

原発事故後、国が決めた放射性物質暫定基準値は、一キロあたり500ベクレルでした(事故のなかったそれまでより、はるかにゆるくなった基準値で、国の基準値は、世界の常識からしても、全く信用ならないと、大きな問題になりました)。

けれども、福島で再び農業を始めたかーちゃんたちは、1キロあたり20ベクレルという独自の厳しい基準値を決め、安全な農産物を目指したのです。

家も土地も職場も、故郷も失って、身も心も傷つきながら、それでも、明日の希望のために、あきらめないことを選択したその人、渡邊とみ子さんの姿が、福島のかーちゃんたちの姿が、作者の丁寧な取材によって一冊の本になりました。

日本中の大人も、子どもも、この本を読んで知るべきです。

あの時、何が起こって、今もまだ続いているのは、いったい何なのかを……一人一人の目と心で、確かめて下さい。