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風雲童話城ブログ

2015-03-28

[][][][]『忍剣花百姫伝』の舞台1海賊の隠れ島「鬼ヶ城島」

『忍剣花百姫伝』の登場する鬼が城島のモデルとなった伊豆沖の青ヶ島が、TVで取り上げられていました。

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feedproxy.google.com(出典)

 

忍剣花百姫伝では、

「激しい波と強い海風に削られ続けたのか、その島は切り立った絶壁に囲まれている……絶壁と、無数の洞穴と、巨岩奇岩が天に向かってそびえているだけだ。いや、絶壁の向こうに、わずかに緑の森が見えた。『ここが海賊九鬼一幻斎の棲み処だというのか。だけど、どこにも砂浜とか、入江とかないじゃないか。どこに船をつけるんだ?』」

と、花百姫が訊くシーンがあります。

そう鬼が城島は、月に二度、朔の月(新月)と望の月(満月)の日の大潮の時しか開かない洞穴の航路があって、その洞穴を船でくぐって島に入るのです。それを、海賊たちは「鬼が城島の門が開く」といっています。

……なんてファンタジーが生まれたのは、青ヶ島のこの形からです。

島の内部がもっと海面より低ければ、島の中央がドーナツ状の海つづきになっていたりして、海賊たちは船のまま島の内部に出入りができるというファンタジーが思い浮かび、しかも、外海からは島の内部は見えない、まさに海賊の隠れ島になるじゃないか〜と想像が膨らみました。

そして、ここが、五鬼四天の忍者の隠れ城、鬼ヶ城となったのです。

また、以前ご紹介したけれど消えてしまった取材日記『忍剣花百姫伝六』に登場する「天の磐舟」のモデルになったのは、南砺市五箇山にある天柱石でした。これも一見に値するファンタジーなしろものですよ。

 

このほか、忍剣花百姫伝の舞台となった地、遺跡など「伝説の地」は以下にご紹介しております〜

熊野・龍いずる神々の山『忍剣花百姫伝』の舞台2

http://d.hatena.ne.jp/rieko-k/20100509/P1

紅燃ゆる谷、菅谷永代たたら・『忍剣花百姫伝』の舞台3↓

http://d.hatena.ne.jp/rieko-k/20100722/P2

星鏡の渓谷・宇宙を映した神の山『忍剣花百姫伝』の舞台4↓

http://d.hatena.ne.jp/rieko-k/20100328/P1

 

忍剣花百姫伝のページ↓

http://www.dowajo.sakura.ne.jp/kaohime3.htm

忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)忍剣花百姫伝(二)魔王降臨 (ポプラ文庫ピュアフル)忍剣花百姫伝(三)時を駆ける魔鏡 (ポプラ文庫ピュアフル)忍剣花百姫伝(四)決戦、逢魔の城 (ポプラ文庫ピュアフル)忍剣花百姫伝(五)紅の宿命 (ポプラ文庫ピュアフル)忍剣花百姫伝(六)星影の結界 (ポプラ文庫ピュアフル)忍剣花百姫伝(七)愛する者たち (ポプラ文庫ピュアフル)

2013-04-17

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO17】ベネツィア5

これまでの旅行記を見るには、↑の[伝説の地]をクリックして下さい

さて、今回はベネツィアの牢獄です。

あのため息橋の奥にある牢獄を見るのが、もっとも、作家としては興味のあるところでした。

というのは、そこがどこよりも人間の濃い気が残っているような場所だからです。

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牢獄の地下への通路。

写っている後姿は私です。



















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ここは、囚人が入っていた牢獄そのものです。

広々としているのは複数の囚人が囚われていたのかも。

冷たい石に囲まれた空間。

















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牢獄の頑丈な扉。

この扉が、ガッシャーンと閉まった一瞬、囚人たちはどんな気持ちだったでしょうか。

世の中のすべての美しいもの、明るい光を、冷たく重い鉄の扉が遮断します。
















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さっきより狭いけれど、ここも牢獄。





















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牢獄の窓。

頑丈な黒い格子の向こうにわずかに外の景色が見えます。
















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牢獄の格子の造りは、とんでもなく頑丈です。

これでは、破ることなどできないでしょう。






















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牢獄のらくがき。

いつ、誰によって書かれたのか…














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牢獄の通路。



















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ここの牢獄は開放されていて、中に入れました。

シンと冷たい石の温度が、そこに立つだけで、全身に感じられるような場所でした。



















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牢獄の中の教会。

窓の光がまぶしいです。




















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牢獄の窓。

牢獄の通路から見た景色。

そうです、ここは、ため息橋の窓なのです。











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囚人たちが通った通路でもあった「ため息橋」。

囚人たちの目からは、こんなふうに見えていたのです。










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ため息橋の外観。

あの美しい飾り窓が、囚人たちからどんなふうに見えていたのかを確かめたあとは、あの窓の飾りも悲しく見えます。









2013-04-04

[][][]f:id:rieko-k:20100405180413j:image:leftこの見事な桜がすべて伐採されてしまいました

京都府宇治市の最大の観光地、平等院前の宇治川、塔の島などの桜が、島を削るとかで、すべて開花前に伐採されました。

目撃した時は伐採された直後で、あまりの衝撃に、見ないようにして帰宅しました。

以下の写真の島側の桜も松もほとんどすべてです。

残ったのは、水路側(本流側とは反対。白い橋側)の桜の一部と、中央枝垂桜だけです。






今はどうなったのか、見たくないので行ってません。

なぜ、地元の観光業界の人は反対してくれなかったのか……悲しみで一杯です。

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2013-03-15

[]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO16】ベネツィア4

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f:id:rieko-k:20121012180850j:image:left黄昏のベネッツィア。

空に、鳥が三羽。

これからが、ディナーの楽しみ。

気のせいか、写っている人々の表情も楽しそう…

f:id:rieko-k:20121014184005j:image:left絵はがきのように美しい夕景です。

家々の灯りが…ここに住まう人々の温もりを感じさせます。

f:id:rieko-k:20121014184121j:image:leftゴンドラが行く運河の夕景。

f:id:rieko-k:20121012195448j:image:left夜の「ため息橋」

牢獄へ続く橋と思えば、その暗さも胸に沁みてきます。

ベネッツィア共和国千年の歴史の中で、どれほどの罪人がここでため息をついたのでしょうか…

f:id:rieko-k:20121013190717j:image:left街の路地。

どこを歩いても、石畳の道。

建物も、道も、コンクリートでないことのやすらぎを感じます。

f:id:rieko-k:20121013185212j:image:left「TRATTORIA RIVETTA」

ゴンドラの案内をして下さった日本女性のおすすめのレストラン。

夕食を頂きました。

ここで、イタリア人ご夫妻と同じテーブルになり、とってもおいしいという魚(名前を忘れた…)の揚げ物をメインにワインなど楽しみました。

そのご夫婦は日本の京都に二度もおいでになったとか!

「京都は、素晴らしい〜」と。

日本人はもっと、京都を大切にすべきだと思いました。

f:id:rieko-k:20121013180929j:image:left店内。

ここは、サービスもよくて、お値段も手ごろ。

奥にもこのカウンターの横にも、テーブル席があります。

地元の方がおいでになるレストラン。

給仕のおじさま方が、明るくて楽しくて、親切。

さらに美味しいので、ベネッツィアにいる間、二度、行きました。








2013-02-02

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO15】ベネツィア3

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ベネツィアは陸地ではなく、ラグーナと呼ばれる泥の潟に無数の杭を打ち込み、その杭の間にまた杭を打ち込み、地盤を支えて、あれほどの豪華な建物が建てられたのです。その分、軽量で柔軟性のある建て方が工夫されたので、千年もの間、地震などの被害にも合わず、今も海の宝石のような姿を、現代の私たちにも見せてくれているのです。ただ、温暖化による海面の上昇に、この美しい町の危機は迫っています。

いまも、高潮になれば、海岸通りや路地、建物の一階部分が海水に洗われるのも度々で、私たちがベネツィアを去る日がそうでした。

ここで紹介しているゴンドラから撮った写真の建物の多くの一階部分がいたんでいるのも、この海水のせいなのでしょう。だからこそ、奇跡のような街なのかもしれません。

さて、ゴンドラに乗りました〜

f:id:rieko-k:20121012173907j:image:left橋をくぐります〜

f:id:rieko-k:20121012173920j:image:left行く手に見えるのは溜息橋。

牢獄に送られる罪人が、ここで溜息をついたといわれます。

その牢獄も後で見学して、牢獄の窓から見える水路を写真に撮りました。

観光客の私が見ても、悲しい景色でした。

f:id:rieko-k:20121012173923j:image:left溜息橋。全景。

実は、後ろの船では、素敵な歌声が…。

サンタルチアとか、オーソレミオーとか、憧れのイタリア男がずっと歌ってくれるコースなんです。

f:id:rieko-k:20121012175215j:image:left路地。

高潮の時は、ここは波に洗われます。

f:id:rieko-k:20121012175221j:image:left歌声を聴きながらだと、まるで、映画のシーンのように見えるベネツィア

f:id:rieko-k:20121012175511j:image:left小路。ベネツィアはこういう小路が迷路のようにはりめぐらされていて、こういう橋のない小路も多いです。

f:id:rieko-k:20121012175506j:image:left歴史の重みを感じる建物には、今も人々が暮らしていて、窓辺の花や緑が美しいです。

f:id:rieko-k:20121012175334j:image:left少し暗くなってきました。

f:id:rieko-k:20121012181415j:image:left通過する窓辺の明かりが…

f:id:rieko-k:20121012181409j:image:left美しいです。

f:id:rieko-k:20121012180707j:image:leftスタート地点に帰ってきました。

パステル色の夕焼けが始まってました。

f:id:rieko-k:20121012180724j:image:left[ゴンドラから降りるとき、手をとってくれた老紳士。

力強くて、素敵な方でした〜

ストライプのシャツは、ゴンドリエーレ(ゴンドラの漕ぎ手)制服です。

これから、ゴンドラを手配してくれた日本女性のおすすめのレストランへ行きます。(つづく)

2013-02-01

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO14】ベネツィア2

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ベネツィアの海の玄関口。ベネツィアは、六世紀末に異民族の侵略を恐れた本土の人々が、トルチェッロ島あたりに移り住んだのが始まりだったそうです。

九世紀には、フランク王国(5〜9世紀にかけて西ヨーロッパを支配したゲルマン系の大王国)の支配を逃れるため。ベネツィア本島へ移住。

その後も、度々の大陸国家からの侵略を水軍によってかわしながら、海運国家、商業都市として繁栄した稀有な共和国です。

f:id:rieko-k:20121012164731j:image:leftリド島から水上バスに乗ってベネツィア本島へ。

降りたところがここ、サン・ザッカリーアの船着場です。

沢山の杭は、ゴンドラを係留する杭です。

f:id:rieko-k:20121012164724j:image:left対岸に見える塔は、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。

f:id:rieko-k:20121012164712j:image:leftスキアヴォーニ海岸通りにあった銅像。

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世という人の銅像らしい。

f:id:rieko-k:20121012164757j:image:leftその下にも、こんな銅像が。

有翼のライオンは、ベネツィアのシンボル。

この像にも意味があるんだと思うけど、なにせ、イタリア語は読めないのでわかりません。

しかし、見るだけでも、精巧な造りで、造った人のエネルギーが伝わってきそうでした。

f:id:rieko-k:20121012165109j:image:left海辺のレストランは、みな、こうやって、外にテーブル椅子があり、とても開放的でした。


f:id:rieko-k:20121012165101j:image:leftサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の遠景

f:id:rieko-k:20121012165052j:image:left橋の向こうは水路です。ゴンドラや水上タクシーが、のんびり行き交ってます。

f:id:rieko-k:20121012164939j:image:left売店や出店がいっぱい。

ラムネ屋さん、絵はがき屋さん、絵描きさん、お土産屋さん……とてもにぎやかです。

f:id:rieko-k:20121012164737j:image:left

f:id:rieko-k:20121012175246j:image:leftさて、これは、ゴンドラの飾り。

これから、ゴンドラに乗ります。(つづく)

















2013-01-21

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO13】ベネツィア1

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f:id:rieko-k:20121011195731j:image:leftパリからベネツィアまでは夜行列車で向かいました。

個室です。夜の窓と二段ベッド用のはしご。

f:id:rieko-k:20121012065722j:image:left二段ベッドから。

f:id:rieko-k:20121011193957j:image:left壁面の鏡は大きいです。

f:id:rieko-k:20121012065732j:image:left洗面所。

f:id:rieko-k:20121012081625j:image:left列車内の朝の食堂。

窓が大きくてとても明るくて気持ちのい食堂でした。

f:id:rieko-k:20121012101121j:image:left着きました!

ベネツィアの駅前です。

もはや、物語の中へ…

f:id:rieko-k:20121012121243j:image:left水上タクシーに乗って、まずは宿泊予定のリド島へ。

f:id:rieko-k:20121012121531j:image:leftベネツィアの大運河の景色はどこを見ても一幅の絵。

f:id:rieko-k:20121012121505j:image:left水上タクシーにゆられているうちに、いつしか、物語の住人に…

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f:id:rieko-k:20121012122211j:image:leftやがて、大運河を出て、リド島へ。

f:id:rieko-k:20121012122613j:image:leftベネツィア本島が遠くなります。

f:id:rieko-k:20121012131023j:image:leftリド島に到着。ベッドルームです。

このホテルは最高でした〜♪

ベッドルームのほかに、居間がついていてソファや本棚、テーブル椅子も。

広々としてます。

f:id:rieko-k:20121012131030j:image:leftベッドルームから専用の屋上へ出られます。

f:id:rieko-k:20121012152416j:image:left屋上からの景色。

遠くに見えるのが、ベネツィア本島です。

f:id:rieko-k:20121012152437j:image:left屋上で、部屋を振り返ると。

向かって左側がベッドルーム。右の三角窓は居間です。

さて、この夜はゆっくりここで体を休めて、本格的なベネツィア観光は明日です。(つづく)




2012-12-28

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO12】ヴェルサイユ宮殿7

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f:id:rieko-k:20121010173338j:image:left可愛い〜

ヴェルサイユ宮殿の庭園には、装飾的な彫刻の水盤がいっぱいあるのですが、これは子供たち。

アヒルをかかえてる? 

いえ、魚です。






f:id:rieko-k:20121010173503j:image:left


あれ、足が……









f:id:rieko-k:20121010173804j:image:leftいやいやいや…それはこわい。

このこわいアンヨの子たちが、トリトン(ギリシャ神話の、半人半魚姿の海神。ポセイドンの子)みたいです。




f:id:rieko-k:20121010173918j:image:leftピラミッドの泉水。

造るのに三年かかったという泉水。

四段になった水盤を一番下を海神が支え、二段目をトリトン、三段目をイルカ、四段目をザリガニが支えています。うう、ここまで来ると、もはや日本人には理解しづらいです。

f:id:rieko-k:20121010173816j:image:leftニンフの泉水。

ピラミッドの泉水と対になっているディアナのニンフの水浴と呼ばれている滝です。


f:id:rieko-k:20121010171851j:image:left散歩道にあったひなびた感じの小館。


f:id:rieko-k:20121010173937j:image:left宮殿のそばまで戻ってきました。


f:id:rieko-k:20121010174411j:image:leftこの日は、これで、宮殿を出ました。

時間がなかったので、マリー・アントワネットさまの離宮へは行けませんでした。

もし、もう一度機会があれば、今度はそっちだけ行ってみたいです〜

f:id:rieko-k:20121010194521j:image:leftパリのレストラン。

ここのお兄さんがとっても親切で、気さくでした。

娘が英語で注文すると、「ビールいっこね、○○○いっこね」食事を終えたときも、「おいしかった〜?」って。日本語、お上手でした。

パリのフランス人は英語でしゃべると無視するとか、意地悪だと聞いていたけど、ここのお兄さんは英語OKで、日本語まで! 食事もビールも美味しかったです。

f:id:rieko-k:20121010194550j:image:leftパリのホテルです。

お部屋はせまいけど、造りはロマンチックでした。

ただ、ウェルカム・ドリンクがあったのだけれど、栓抜きがない! カウンターの男性にいったけど、「え、どんな?」って。結局、瓶を持って行って開けてもらった。

自分のホテルのウェルカム・ドリンクぐらい知っといてよ〜って思ったけど、いつもの親切な女性ではなかったのでバイトさんだったのかも。

このホテルの人も、皆さん、親切でした。

次回は、いよいよベネツィアに向かいます。

2012-12-05

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO11】ヴェルサイユ宮殿6

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いよいよ、ヴェルサイユ宮殿の庭園です。

ともかく広い!

歩いてすべてを見るのは無理というわけで、庭園内には見学バスが走ってます。

でも、私たちは歩きました。歩いてみるという体験こそが、物書きには大切なので。

f:id:rieko-k:20121010164347j:image:left宮殿から庭園に出て、最初の景色。

これは前方一方向、実は左右にも広がっており、果てしない拡がりです。

f:id:rieko-k:20121010164245j:image:left水庭から見た宮殿。

フランスバロック建築で、本館中心に左右の比翼のようにひろがり、全長680mあるそうです。

普通のカメラでは、空にでも昇らない限り全体は映し出せません。

写真はほんの一部。

f:id:rieko-k:20121205130132j:image:leftというわけで、ヴゥルサイユ宮殿で買った絵はがき。

1668年の絵です。

庭園の広大さがわかります。

上の写真の建物は、この絵からすると、庭園に面した建物の向かって右の裏側になります。

f:id:rieko-k:20121010164623j:image:leftラトナの泉水。

この泉水の彫刻は、昔は岩の上に作られていたそうです。今は大理石の土台の上に。

古代ローマの詩人オヴィディウスの神話文学「変身物語」に着想した彫刻。

アポロンの母とディアナの伝説より。ジュピターによって、蛙とトカゲに変えられた人々が下方を取り巻いています。

f:id:rieko-k:20121010173223j:image:leftドラゴンの泉水。

この泉水は、アポロンの伝説から。

ドラゴンがアポロンの矢で退治されるシーン。

周りを取り囲んでいるのはイルカたちと、白鳥に乗って弓矢をかまえた妖精たち。

f:id:rieko-k:20121010171526j:image:leftどの道もまっすぐ、はるかに…

木立は直線的な壁となり、迷路のように連なっています。

見学の人がどれほどいようと、このように誰もいない道はあちこちにあります。

それほど広く、どの道も人工的に刈り込まれた木々が並んでいるので、まるで迷路のようです。

f:id:rieko-k:20121010170137j:image:leftアポロンの泉水。

これも、太陽神(王の象徴である)アポロンの伝説から。

この彫像が他の泉水の彫像のように白くなく赤茶色に見えるのは、年を経た金メッキの色です。


f:id:rieko-k:20121010165041j:image:left庭園に無数にある彫像の一つ。

手に仮面を持っている珍しい彫像。

f:id:rieko-k:20121010170206j:image:left途中で、振り返ると…

(つづく)











2012-11-24

[][]【パリ、ベネツィア、ローマの旅 NO10】ヴェルサイユ宮殿 その5

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王の寝室を出て、鏡の回廊へ出ました。そして、回廊の最後は平和の間です。

f:id:rieko-k:20121010152916j:image:left鏡の回廊の燭台。

ちなみに、大小の燭台は3000個もあるそう。

f:id:rieko-k:20121010152935j:image:left鏡の回廊からの出口であり、平和の間への入り口。

鏡の回廊への入り口には戦争の間がありました。

最後の部屋は平和の間で、対になっています。

f:id:rieko-k:20121010153205j:image:leftここでは、ルイ15世の王妃(マリー・レクザンスカ)が、音楽会を催したりしたそうです。

その後、ルイ16世の王妃マリー・アントワネットに引き継がれています。

f:id:rieko-k:20121010153158j:image:left平和の間の天井画です。

戦争の間とは違って、平和なイメージの絵ばかり。

f:id:rieko-k:20121010153044j:image:left王家の紋章のレリーフがある暖炉。

金のライオンが神々しかったです。

f:id:rieko-k:20121010153144j:image:left暖炉の上。

円額の絵は、「ヨーロッパに平和をもたらすルイ15世」だとか。

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そして、王妃の寝室です。

小花模様の可愛いベッドルームです。

むろん、かのマリー・アントワネット王妃の寝室ですが、これらはすべて再現されたものです。

寝台と壁の織物は、保存されていた下絵をもとにリヨンで再現されたもの。

寝台と金の手すりも、過去の資料をもとに再現されたものです。

椅子や小物も散逸しましたが、新たに再現されたり、買い戻されたりしたそうです。

f:id:rieko-k:20121010153523j:image:leftベッドの天蓋も小花模様。

四隅には、孔雀の羽。

f:id:rieko-k:20121010153308j:image:left天井のきらびやかなこと!

f:id:rieko-k:20121010153431j:image:left寝室の左奥に、小さなドア(出入口)が!

1789年10月6日、ヴェルサイユ宮殿の衛兵のいる控えの間まで、パンを求める群衆が侵入してきました。

その時、衛兵らがマリー・アントワネットを、このドアから、王の寝室まで逃したそうです。

f:id:rieko-k:20121010153401j:image:leftこのドアは閉めると、やはり小花模様の壁に同化する隠されたドアなのです。

この時、かなりの調度が持ち去られ、散逸しました。

これは、マリー・アントワネットの胸像です。


(続く)