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りきおの雑記・ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


夏コミ(C90)の当サークルは落選しましたが、
他のサークルさんにいくつか寄稿しています。
寄稿先はこの記事を参照してください。

2016-08-26

『迷家』は、なぜ大爆死したのか?

 アニメ放送開始前に、クラウドファンディングを始めるなどしても話題となった『迷家』が、円盤の数字が出ないほどの低い売上になるなどして、いわゆる「大爆死」してしまいました。このブログでも、放送開始前に取り上げるなどして注目はしていましたし、全話観ましたが、水島努監督ファンを自認する自分でさえ「ダメだこりゃ」な内容でした。それが僕だけの印象なら良かったのですが、観測範囲内で良く言っている人を観たことがありませんでした。例え円盤の売上が低くても、それなりの数の人間が観ていたようなアニメだと、擁護派とか絶賛する人が出たりもするわけですが、この作品についてはそれも皆無という感じでした(絶賛記事があれば教えて下さい)。

 ヒットメーカーでありファンも多い、水島努監督とシリーズ構成岡田麿里が初タッグということでも話題になったわけですが、この2人が組んで大爆死アニメが生まれてしまうことは、正直放送開始前ではわからなかったです。

 では、どうしてこんな悲惨なことになってしまったのでしょうか? 今期の『レガリア』のようなスケジュール破綻などもなく(?)、またイベント等での問題発言など外野に足を引っ張られたわけでもなく、純然たる作品内容の問題でこうなってしまったのだろうと思っています。なので、何故ダメだったのか、ダメになってしまった原因は何処にあったのかを考えてみたいと思います。

  • 何一つとして魅力的な要素がなかった

 『迷家』については、つくづくこの部分が大問題だったと思っていますが、とにかく何処にも魅力を感じませんでした。

 恐らくは「ミステリー」として面白ければもう少しマシな感想にもなったと思うのですが、そのミステリー要素の部分がとにかく中途半端すぎて、なんじゃこりゃってなってしまいました。そして、やはり監督の、放送開始前のあのツイートを思い出してしまうわけです。

 水島努監督といえば、ジャンルごとに最適に見えるような作り方をするのが上手い監督、という印象が強くあります。なので、ギャグものだけではなく、『ガルパン』のようなスポーツもの(?)も、何を見せたいのかが明確なため、そこにリソースを全振りさせて、面白くしていけるのが強みと考えています。

 その意味で『迷家』は最悪だったと言わざるを得ません。ジャンルが明確で無い以上、何を強めにすれば面白くなるのか、方針そのものが立たなくなるのではないでしょうか。現にこの作品では、一番何を見せたかったのかがさっぱりわかりませんでした。企画の狙いとしては、そういう中心部分が明確で無い面白さ、を出したかったのかもしれませんが、結果として抑揚を感じられないような作品になったデメリットを覆すほどのメリットがあったとも思えませんでした。

 また、気になったのがビジュアル面です。この作品はキャラクター原案を立てずに、アニメーターさんが1からキャラクターデザインを手がけているわけですが、そのせいかさほど魅力あるデザインにはなっていなかったような気がしました。可愛さに振るわけでもなし、高いデザインセンスを感じるわけでもなし、リアリティ路線とも遠い……。例えば、同じ時期に放送していたオリジナルアニメで同じ岡田麿里シリーズ構成だった『キズナイーバー』などは、デザインセンス抜群で見た目にも印象的なものになっていましたし、こちらも同時期に放送していたオリジナルアニメ『はいふり(ハイスクール・フリート)』は、全体的に似たようなデザインではありましたが、世界観的には統一されていたような印象を持ちました。ですが、迷家にはそのどちらも感じることが出来ませんでした。キズナイーバーもはいふりも迷家と異なるのが、直接アニメーターさんがキャラデザを手がけているわけではなく、マンガなどを手がけている方がキャラクター原案として参加していました。もちろん、オリジナルアニメでアニメーターさんが直接キャラデザを手がけた作品でヒットしたものもあります。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』や『キルラキル』などはそうですよね。ですが、思いつく限りでは、キャラ原案を立てたアニメのほうが、キャラがより立つ印象が強いです。それに、あの花やキルラキルでキャラデザを手がけているアニメーターは、キャリアも実績も凄い、いわゆるスーパーアニメーターという人たちで、その人の絵柄もアニメファンにはよく認知されていると思います。なので、その人のキャラデザというだけで魅力が付加されるケースとは違い、まだオリジナルアニメ以外でもキャラデザをあまり務めていない迷家のケースは、良いものだと認められる可能性はあったとしても、そこが「売り」にはなりませんし、かなり未知数なものがあったかと思います。

 

  • 監督・シリーズ構成の「得意」を封印した愚策

 『迷家』で一番思ったのが、水島努監督も、シリーズ構成の岡田麿里さんも、どちらも自身の得意分野で勝負できていなかったことです。

 個人的に、この2人の作品には縁があるのか、ただ好きなだけなのかはわかりませんが、割と色んな作品に触れているので何となくわかるのですが、両者ともにかなりハッキリとした作品傾向と、それぞれの得意があると思っています。

 例えば水島努監督なら、ガルパンやSHIROBAKO、ウィッチクラフトワークスなど、たくさんのキャラクターが登場するアニメを得意としている傾向は、周知されているのではないかと思います。もちろんそれはそうなのですが、ただキャラクターが多い作品が得意なわけではなく、その中で視点を持つキャラクターを1,2人に絞り込むことによって、たくさんのキャラクターがいても印象が散らず、話がぶれずにさくさくと進行していける、ところまでが、水島努監督が得意としているところだろうと思います。

 しかしながら迷家では、そうはなっていませんでした。モノローグで過去回想を掘り下げるキャラが4,5人はいたでしょうか。あれでは主人公が主人公として機能もしませんし、話の進行具合が過去回想に入る度に止まり、あるいは話の中心部分がわかりにくくなっていたと思います。これでは多くのキャラクターが出ていることがマイナスにしか働きません。

 岡田麿里さんの得意分野は、言わずもがな「恋愛」だと思います。多くのアニメに恋愛要素が登場し、基本的には痴情のもつれから話が展開していく……のが王道パターンという見方をしています。

 ただ、迷家では、監督からだったと思いますが、恋愛要素を薄めてくれとオーダーされたようです。水島努監督作品ではあまり恋愛を描かない傾向はあるものの、岡田麿里さんを起用しておいて恋愛を絡めない脚本を頼むというのは、どう考えても愚策でしょう。迷家の作中では様々な人間関係のもつれとか衝突がありましたが、ここに恋愛要素が絡んだほうが面白かったのではないか? とも思ってしまいます。

 他にも、水島努監督といえば、1話ごとに起承転結があり、メリハリのある展開でまた次の話につながっていく傾向があると思いますが、そうもなっていません。キャラクターを立たせることは両者とも得意なはずだったのですが、迷家のキャラでそんなに愛着の湧くようなキャラはいませんでした。何もかも上手く行ってませんし、何よりもこの2人を起用した意図が作品から見えてこないのです。

 推測ですが、この迷家という企画そのものが、2人の名前を旗印として利用した、だけなんじゃないかと思うわけです。2人のアイデアありきというわけではなく、最初からあった企画案を通すために、2人を担ぎ上げたような印象です。

 決してそれが、アニメの作り方として悪いわけではありません。水島努監督ならガルパンは、戦車と美少女ものという企画案に乗ってくれる監督として白羽の矢が立ったわけですし、その意味では迷家とそう大きな違いはありません。ただ、企画案を面白くする道筋を誰も立てられなかったか、あるいはこの企画案を面白く出来る人材として、2人は相応しいわけではなかった、のでしょう。ヒットメーカーの2人でこの内容なのですから、最初から面白くなるはずのない企画案だった、ということになるのかもしれませんが。

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 散々に書いてしまいましたが、まあ全て本心ですし、この2人で作るアニメが実現したことでの高揚感が無残な結果になってしまったわけなので、ガス抜きとしても書かせていただきました。

 ぶっちゃけ、この作品をじゃあどうやれば面白くなったのか、というのは全く見えてきませんでした。リアルタイム的に話が進行していく、過程はその都度サイコロを振って決める、的なやり方だったと思うのですが、本当に博打なやり方でもあったと思います。また、どうも最初と最後を決めて話を進めたようなのですが、そのために間の話が穴埋めみたいになり、過程の話がスカスカになっていたようにも思いました。

 こんなオリジナルアニメはこれで最後にしていただきたいと思うと同時に、水島努×岡田麿里アニメはこれで終わりにするのではなく、PAさんかJCさんあたりでもう1度お願いしたいと思っています。

<参考>

見る目の無かった『迷家』展望記事。

2016-08-24

マイベストエピソード10選〜りきお選

 ぎけんさん(@c_x「物理的領域の因果的閉包性」)が面白そうなことをやっていたので、僕の備忘録的なものと受け止めて、頑張って選出してみました。

 個人的な選出基準は、各話(全話)のアベレージの高いアニメは基本的には除外して、飛び抜けて良かったという話数を基本的には選んでいます。もちろん、アベレージが高い中でもインパクトの高かった話数という取り上げ方をしたエピソードもありますが。

 では、見ていってください。僕らしいラインナップになっているかと思います。

  • CLANNAD 第1回「桜舞い散る坂道で」

脚本:志茂文彦 絵コンテ・演出:石原立也 作画監督:池田和美

 いきなりCLANNADかよ!!! と言われそうですが、元は鍵っ子であり、今のアニオタな自分がいるのも京都アニメーションさんのおかげ(せい?)なので当然といえば当然ですが、中でもこのCLANNADの1話に関しては、ガツンと衝撃を受けました。というのも、Key作品はリトバスまでは原作ファンとしてアニメを観ているわけですが、中でもこのCLANNADに関しては、考察もいっぱいしましたし、二次創作で小説もたくさん書いていました。なので、原作ファン目線としてもめちゃくちゃハードルを高くして待っていました。

 ですが、アバンでやられてしまいました。登校するときに、主人公の岡崎朋也の映す桜並木やヒロインの渚はモノクロなんですが、それが朋也が声をかけることでカラーになっていくあの演出が、とにかく「すごい……」ってなって泣いていたと思います。そのくらい、原作ファン的にはよく意味がわかるし、それをちゃんと汲みとってやった演出だということも理解できて、ああもう京アニさんすごいっす……ってなった話数でした。

 1話自体はほぼほぼキャラ紹介だけで終わったとは思いますが、このCLANNADという作品は、この朋也と渚が出会って、お互いの存在を認識したことで始まる物語なんだ、ということを、非常に印象的に描いてくれた、会心の1話アバンだったと思っています。

<当時の記事>

「CLANNADアニメ第1話感想」

  • Angel Beats! EPISODE.01「Departure」

脚本:麻枝准 絵コンテ・演出:岸誠二 作画監督:平田雄三

 また鍵かよ!と言われそうですが、すいません、ということで。

 鍵っ子以前に麻枝信者な自分でも、AB!というアニメは全面的に好きにはなれませんでしたが(好きなアニメではありますが)、それでもすごい熱を持って、毎週楽しみに観ていたと記憶してます。ブログも結構更新してましたよね当時。その中でも、何話がすごかったかと言われると……3話とかではなく1話だったのかなと思ってます。いきなり天使ちゃんに殺されるのを始め、何度も殺されては復活してしまうところを、ギャグっぽくやりながらも世界観の説明も同時進行し、銃撃戦やらライブまでやってしまう、何でもあり感と詰め込みまくり感で突っ走ってました。

 賛否両論もちろんありましたが、この1話で強烈に興味を惹きつけたことが、僕自身の作品への熱量の高さにも繋がったと思ってますし、作品そのものの大ヒットにも繋がったのではないかと思うのです。その後のリトバスやCharlotteがそうならなかったのは、1話の構成とかインパクトの問題だったのではないかと。その意味でも、CLANNADやAB!の1話の良さは語られるべきだと思ってます。

<当時の記事>

「Angel Beats! 考察〜第一話から見える、紛れも無い麻枝准の世界」

  • 魔法少女まどか☆マギカ 第10話「もう誰にも頼らない」

脚本:虚淵玄 絵コンテ:笹木信作 演出:八瀬祐樹 作画監督:伊藤良明、潮月一也

 またメジャータイトルを続けてしまいました。

 まどマギは僕にとっても大きな作品であり、恐らくはアニメ視聴歴でも一番熱量を持って観た作品でもありました。放送年にやった「話数単位」で挙げたのは9話だったんですが、改めて考えてみると、何度繰り返して観たかもわからないくらいに観た10話になりました。

 開幕メガネほむら(メガほむ)なわけですよ。「???」ってなりましたよ。そこからの展開は言わずもがな。まどマギ序盤でもあまり描かれなかった、いわゆるうめてんてーキャラの魔法少女モノが描かれていたり、仲違いしたり絶望したりと、まどマギのエッセンスが凝縮された話数になっていたと思います。とにかく、これがEDカットだけで通常の尺に収まるコンテと編集にもビックリですが、本当に無駄のない、面白さに溢れた話数でした。

 個人的には、メガほむがシャフト産業(だったかな?)に武器を調達していくシーンが、BGMとともに大好きですね。ほむらが何か大切なものを捨てる覚悟をキメた感じがしていて。ラストにコネクトが流れる構成も大好きです。CLANNADやAB!と同じく、始まりを感じさせる話数が好きなのかもしれません。

<当時の記事>

「まどかマギカ10話の分析と、そこから導かれる結末を考えてみた〜魔法少女まどか☆マギカ10話 考察」

  • アイドルマスター 第15話 「みんな揃って、生放送ですよ生放送!」

脚本:高橋龍也 絵コンテ・演出:伊藤祐毅 作画監督:山口智、中路景子

 ここでちょっと変化球。とはいえメジャータイトルですが。

 個人的にアイマスのアニメはさほど好きになれないというか、そもそもアイドルもの自体があまり好きではないのですが、錦織アイマスのほうは好きな回が多いですし、ある程度納得しています。

 中でも一番面白かったのがこの、「765アイドル全員が出演する生放送バラエティー番組『生っすか!?サンデー』」で1話まるまる構成してしまったところだったでしょうか。ストーリーなどありません(無いですよね?)。ただ1番組をまるまるやりきった話数という特殊さと、それが非常に面白かったことが決め手でした。

 個人的に、本筋のストーリーと関係のない小ネタ回みたいなのが好きなこともあるのですが、その中でもこの話数は、アイドルたちが仕事をしている表側のみを基本的には描いているんですよね。なので、アイドルたちの裏側を全く観ることなく、視聴者も1ファンとして集中できる良さがあったように思いました。

 各キャラクターの魅力も存分に掘り下げられていましたし(双子のコーナーと、貴音のラーメンが良かったですね)、こういうのが見たかったんや!! とはなりました。もしかすると、アイドルアニメには、アイドルとして歌うことよりも、タレントとしての魅力を描いて欲しかったのかもしれない、と今思いました。

<当時の記事>

「話数単位で選ぶ、僕の2011年のアニメ十選」

  • キルミーベイベー キルその11「ふろたこもちてはつゆめし」

シナリオ:白根秀樹 絵コンテ:山川吉樹 演出:羽多野浩平 作画監督:古澤貴文・ 福世孝明

 小ネタ回繋がりで。

 大好きなキルミーベイベーですが、全話好きだったわけではなく、話数によってはそこまで好きではないかな? と思えるような回もそれなりにあったように記憶しています。その中だからこそ、この11話は好きすぎて何回観たかわからないくらいです。

 キル太郎や竹キル物語、ゾンビーベイベーにミルキーベイベーなど、普通ではあり得ないシチュエーションでのやすなとソーニャの掛け合いが観られる面白さが一番だったのかもしれません。1つ1つのネタが短いので、非常にテンポが良いのもこの回の良さですよね。

<当時の記事>

「話数単位で選ぶ、2012年テレビアニメ十選」

  • じょしらく 第十席 唐茄子屋楽団 新宿荒事 虫歯浜

脚本:水島努 絵コンテ:二瓶勇一 絵コンテ:池端隆史 総作画監督:直谷たかし、熊谷勝弘 作画監督:直谷たかし、安留雅弥、藤部生馬、中村真悟、熊谷勝弘、佐藤真史、坂本龍典

 じょしらくはアベレージ型だとは思いますが、その中でも1話中ずっと笑っていてしんどくなったのがこの回でした。

 Bパートの新宿探訪のところで「ションベン横丁」って臆することなく言ってしまうマリーさんに対して、みんなの想像のマリーさんが、なぜかサウナに全裸で寝転がっているとかなんか面白かったです。ミッキーの声真似だとか歯医者おじさんの踊りとか、ものすごいテンポ感で繰り出されるネタの数々を楽しめる異常にカロリーの高い回だとも思いました。観終わった後に、これ脚本誰なんだろう……と思ったら「水島努」ってあって凄く納得もしました。さり気に新宿にオスプレイを飛ばしていたり、原発ネタで〆るなど、完全なる黒水島努が自由にやらかした感の強い話数だったと思います。『監獄学園』なんか白いからな!(誰に向かって言ってるんだ)

 この話数見返していて思うのですが、『シン・ゴジラ』に通じるところがそれなりに出てきますね。原発ネタもそうですが、日本人から見るアメリカ像とか。

<当時の記事>

「話数単位で選ぶ、2012年テレビアニメ十選」

  • ご注文はうさぎですか?? 第6羽 木組みの街攻略完了(みっしょんこんぷりーと)

脚本:ふでやすかずゆき 絵コンテ・演出:博史池畠 作画監督:油谷陽介、杉本幸子、仁井学、川妻智美、錦見楽、今田茜、松尾亜希子、りお、永吉隆志

 日常系アニメの雄、ごちうさからは2期のモカ姉回をピックアップしました。

 ごちうさシリーズ自体は、あまりにも「かわいい」押しでちょっと胸焼けすることもあるくらいなのですが、それに慣れたのか2期は1期に比べると楽しめましたし、中でもこの回は抜けて最高でしたね。

 話数としてはこの前の回からの登場になるわけですが、実質はこの回から……というか、この回だけのゲストキャラ的な新キャラとしてモカ姉が登場しました。CV茅野愛衣という破壊力もありましたが、CV佐倉綾音の姉キャラがかやのんということで、2人の実質のデビュー作である『夢喰いメリー』を思い出す人は多かったのではないかと思います(注:夢喰いメリーでは2人のキャラが姉妹だったわけではない)。

 特筆すべきなのが、「日常系アニメにおける新キャラ投入」という回だったのです。日常系アニメって個人的に、既存のメインキャラたち閉鎖的なコミュニティの中での掛け合いこそが本分であると思っています。なので、ゲストキャラを出して、しかも既存のメインキャラたちの関係性の中に突っ込んでいく……ましてや、姉キャラを食ってキャラ崩壊させるのは、あまり喜ばれないのではないか、と思っていました。が、ごちうさのこの回は、むしろご褒美のように感じました。

 これは、モカ姉というキャラクターがCV含めてすごく良かったことと、既存のメインキャラの掘り下げにつかえていたことが大きいと思います。

 作画監督多数で総力戦な話数だったのでしょうが、実力あるアニメーターさんの名前も見え、演出と合わせて「かわいい」が目白押しでした。

<当時の記事>

「話数単位で選ぶ、2015年TVアニメ10選〜りきおの雑記・ブログ選」

  • あの夏で待ってる 第10話 「先輩と僕らの。」

脚本:黒田洋介 絵コンテ:二瓶勇一 演出:高島大輔 作画監督:木本茂樹、伊藤依織子、大館康二、新垣一成、るたろー

 以前にこのブログで、この話数単体で取り上げたこともある回ですね。

 改めて考えると、これだけおっぱいにこだわり、またおっぱいに語らせたり悟らせたりというアニメは、他に出てきていないのではないでしょうか。監督の長井龍雪さんやキャラデザの田中将賀さんはどんどん一般向けのアニメのほうに引っ張られていってますし、もうおっぱいを使った演出は見られないのでしょうか……。

<当時の記事>

「「あの夏で待ってる」10話のおっぱい押し付け演出が見せた意味と意図とは」

  • ヨルムンガンド #15 Dance with Undershaft phase.2

脚本:黒田洋介 絵コンテ・演出:元永慶太郎 作画監督:池上太郎

 大好きなヨルムンガンドですが、中でも熱かったのがこのヘックス編の完結回ですね。

 観たことのないようなココの怯えた表情とか、追い詰めるヘックスの最凶の敵感だとか、米軍機での爆撃でとどめを刺すやり過ぎ感からの、両腕を1話にして失ったブックマンのぼやきというかやるせなさまで、相当に詰め込んだ感はありましたが、この作品の醍醐味が詰まった本当に良い回でしたね。こういうのは映画館で繰り返し観たいようなそんな気分にもさせてくれます。

 しかし、ヘックス役が久川綾さんなんですものねえ……。セーラームーンやTo Heartなどで、清楚なヒロインキャラとして馴染み深い声優さんだけに、オッサンほどこのヘックスというキャラは味わい深いものになったのではないかとも思うのですがどうでしょうか。

<当時の記事>

「話数単位で選ぶ、2012年テレビアニメ十選」

  • ハートキャッチプリキュア 23「キュアサンシャイン誕生ですっ!!」

脚本:成田良美 演出:畑野森生 作画監督:馬越嘉彦

 最後に、プリキュア最高峰との呼び声も高いハトプリから、キュアサンシャインが登場した回を挙げてみます。

 ハトプリはとにかく面白かったのですが、男装キャラがプリキュアに変身することで女の子を解放する、あの瞬間が、当時すごい衝撃を受けた記憶があります。そして、変身シーンに感動したのもこのキュアサンシャインが初めてだったようにも思います。変身バンクにこだわるプリキュアファンの気持ちもようやく理解できたような回でしたね。

<当時の記事>

メインの記事はありませんでした。

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 終わりました。何て意外性のカケラもないんだ……と愕然としてしまいましたが、文章を書きながら、「これ別にベストエピソードではないな……」となって外したものもあって、結局のところ、あまり好きではない作品でこの話数だけ大好き!っていうことにはならないのかな、と思ってしまいました。無いことはないのでしょうけど、思い出せないということはそこまでのものだったのかな、と思いました。なので結局、作品としても好きなものばかりになっているような気がしました。納得してないのはアイマスくらいかもしれません。

 5年後にはまた違ったラインナップになっているかもしれませんし、またやってみるのも良いかもしれませんね。

  • おまけ:(次点というかワースト)宇宙船サジタリウスの最終回

 ここだけおっさんアピールです。

 あまりよく覚えてないのですが、これの最終回を観た幼少期(?)の自分はめちゃくちゃ怖くなってしまい、ここからしばらく眠れない夜が続いたことはハッキリと覚えています。何というか、未来が怖くなる終わり方で、本当にトラウマになりました。再び観る勇気もありませんので、気になる方はよろしければご覧ください……。

<企画ページ>

「マイベストエピソード企画はじめました」

2016-08-09

コミケ(C90)告知〜りきおの寄稿分

 C90こと2016年夏コミには落選してしまいましたが、またいくつか寄稿してありますのでお知らせします。

  • PRANK! Vol.3 Side-B 水島努評論集

 羽海野渉さん主催のサークル「LandScape Plus」より発行される、水島努評論集に、「侵略!イカ娘」記事で参加しています。

 内容ですが、

水島努監督の萌え(アニメ)とは何か?を教えてくれた『侵略!イカ娘』」

 という内容です。まあ、いつものブログ記事っぽい内容ですが、ガルパンやSHIROBAKOなどでキャラ萌えアニメとしてもヒットさせた水島努監督の、キャラ萌えの原点はイカ娘だった、というポイントから色々と書いております。

 僕以外の書き手さんも充実していますので、僕以外で興味がある場合でもお求めください。

タイトル:PRANK! Vol.3 Side-B 水島努評論集

体裁:B5判 全202ページ

発行日:2016年8月14日

発行者:羽海野渉(@WataruUmino)

表紙イラスト:むっく(@moochrim)

発行所:LandScape plus

イベント特別価格:税込各800円

先行頒布:1日目(12日)西J18a M.O.M.発行準備組合

本頒布:3日目(14日)東ポ13b LandScape Plus

http://wataruumino.hatenablog.jp/entry/2016/07/23/043151

 です。なお、Side-Aは水島精二監督の評論集ですので、興味のある方はこちらもどうぞ(うちのブログに来るような方ではあまり需要が無いかもしれませんが。。)。

  • Fani通2015下半期

 「超弩級アニメクロスレビュー同人誌Fani通2015下半期」に今回も参加しています。

 と言ってもレビューのほうだけですが、今回は24作品をレビューして、24作品全てコメントも書きました。

超弩級アニメクロスレビュー同人誌Fani通2015下半期は、168作品を対象に

B5版292頁のボリュームで 夏コミC90 12日 西j18a M.O.M.発行準備組合他で頒布予定!

試し読み:http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=58324977

F会:http://d.hatena.ne.jp/f-kai/

 だそうです。面白い内容になっていますので、こちらもどうぞよろしくお願いします。

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 以上です。2つだけかよ! って言われそうですが、こんなものですね。。

 ちなみに夏コミですが、1日目から上京しているはずですが、ビッグサイトに行くのは3日目のみ、しかも何処にいるかはわかりません。特にどこかで売り子をやっていることも無さそうです。

 では、よろしくお願いします。コミケでの皆様のご武運もお祈りします。

2016-07-27

『ガールズ&パンツァー劇場版』は何故ロングラン上映になり、かつ大ヒットしたのか?

 興行収入やディスクの記録的な数字となった『ガールズ&パンツァー劇場版』ですが、当初はここまでのヒットになるとも思いませんでしたし、ここまでずっと映画館で上映されることになるとも思っていませんでした。それは1ファンである僕だけではなく、制作関係者もそうだったのではないでしょうか。

 ロングラン上映になった理由の1つとして挙げられるのが「映画館でこそ映える音響の作り込み」や「3DXや各種特殊上映スタイルと合致した内容」などがあるのでしょうが、それが再現できないBD/DVDの売上については説明できません。深夜アニメの劇場版としては『魔法少女まどか☆マギカ』や『けいおん!』などを超え、この上にはもう『ラブライブ!』くらいしか見当たらないの大ヒットとなったわけですが、テレビシリーズの円盤の売上については、原作付きの『けいおん!』はともかくとして、『まどマギ』あたりには遠く及ばない数字でしかありませんでした。

 では、どうして『ガルパン劇場版』は記録的な大ヒットとなったのでしょうか? 『けいおん!』や『まどマギ』などとも比較しながら考えてみたいと思います。

  • 劇場版上映開始前の知名度の低さ

 『ガルパン』で一番思うのは、テレビシリーズやアンツィオ戦OVAの特別上映の頃は、さほどファンが多くなかったことです。テレビシリーズの円盤が3万以上売れていてそれはないだろう、と言われそうですが、売上ほどみんな観ているわけではない、というのが個人的な感触でした。観た人は、一度は大洗にも足を運んでみたりと熱心なファンになりやすく、恐らくはテレビシリーズを観てる人のうち、円盤まで買ったという割合は相当高いものになったような感じだと観ています。要は、好きだけど円盤まで買うようなライトなファンが少なく、コアな人気のアニメだったんじゃないかと思うわけです。何せ、知り合いで劇場版観に行った人が多いどころの話ではなく、ある程度アニメを観てる人の中で、観に行ってない人のほうが圧倒的に少ないくらいの感じでしたから。

 それが、劇場版上映開始当初に流行った「ガルパンはいいぞ」ブームからのリピーター続出……までは、深夜アニメの劇場版あるあるだったと思いますし、興行収入もそれなりのものでしかありませんでした。ただ、何処かで潮目が変わったのか、あるいは客入りが何時まで経っても衰えないからか、徐々にテレビシリーズは観ていない層が興味をもつようになってきたように見えました。そして「テレビシリーズは観てないけど劇場版観に行った」的な報告が増えて、そこからテレビシリーズやOVAを観たりするようになり、気がつけばかなりの数の二次創作が生み出されるようになってました。

 二次創作は人気のバロメーターになると思っていて、例えば『けいおん!』や『まどマギ』だと、テレビシリーズの頃からかなりの数の同人誌が出ていたわけです。特に『まどマギ』は最終回後が特に増えましたが、放送中からすごかったように記憶しています。ところが『ガルパン』は、テレビシリーズの放送中や最終回の放送後に出た同人誌は本当に少なくて、あっても戦車の解説本とか用語集みたいなお堅い内容のものがメインで、キャラクターに焦点を当てていたり、ましてやカップリング本なんて本当に少なかったと思います。どんなに男性向けな作品だとしても、同人誌を描く人のかなりの割合は女性なわけですが、テレビシリーズ当時のファンといえばほとんどが男だったことを考えると、同人誌を描くような女性が、劇場版以降にかなり入ってきたのではないか、と推察することが出来ます。女性だけではなく男性もですが、二次創作に需要ありということで、そこから更にファンが増えたのではないかとも思います。

 話を戻しまして、結果的に円盤がこれだけ売れたのですから、ライトなファンばかりを増やしたことにはならないんじゃないの? と言われそうですが、あくまでそれは劇場版の円盤の話です。劇場版公開後に、アンツィオ戦OVAやテレビシリーズの円盤もじわじわと売上を伸ばしてはいるものの、劇場版の数字には遠く及びません。テレビシリーズ+OVAが入ったBD-BOXを出したらめちゃくちゃ売れそうではありますが、それでも高価なBOXが10万セットも売れるとは考えにくいと思います。

 深夜アニメで、テレビシリーズの円盤と比較して、総集編じゃない劇場版の円盤が数倍以上売れること自体は普通です。これは、何も劇場版効果でファンが増えているわけではなく、テレビシリーズの円盤を揃えるほとお金は無いけど、劇場版の円盤だけなら買える(買う)ような人が多い、のだろうと観ています。

 ただ『ガルパン』の場合、テレビシリーズやOVAの売上と劇場版の売上の差があまりにも大きいので、テレビシリーズから好きだったけど円盤までは買ってないファン+劇場版から入ったファンの合算でより大きい数字になったのではないでしょうか。

(注:統計など何も取っておらず、あくまでも僕の観察範囲での推測です。あしからず)

  • 劇場版がテレビシリーズと同じ構成だった〜作品に入りやすかった?

 以前にも記事にしましたが、劇場版がテレビシリーズと同じということで、「ストーリー的には見どころが無かった」だとか、「また廃校ネタかよ」という話は複数出ていたと思います。見どころが無かったとまでは思いませんが、僕も初見では、構成的には同じなんだなあ、とは思いました。

 劇場版観た直後に、この構成の意味するところを考えた時は「テレビシリーズからのファン向けムービー」として作りたかったからだと思いましたし、テレビシリーズのスペシャル版を目指したんだろうなあと思っていました。キャラクターも、テレビシリーズやOVAで出てきた主要なキャラを勢揃いさせたオールスターズ的なものにした上に、劇場版から登場した新キャラも加わるなどしたためキャラの数が膨大になり、代わりにストーリーのほうを出来るだけシンプルにしたかった意図もあったのだろうとも思いました。なのですごく納得していたわけですが、先ほどの項でも書いたとおり、劇場版からの新規ファンが大量に参入した、あるいはテレビシリーズの頃にはそこまでハマっていなかったような人が劇場版のリピーターになった理由にはならない気がします。なので、実はそのストーリーが同じようなものだったことが、より新規ファンを集められた理由の1つになっているのではないかと考えてみました

 簡単に結論を書くと、「劇場版を観ればテレビシリーズの流れとか面白さをある程度味わうことが出来る」ということだったのかな、と考えています。先ほど、テレビシリーズと同じ構成だったと書きましたが、ある程度駆け足かつ、テレビシリーズよりも段階を踏んではいませんが、

「エキシビジョンでの大洗市街戦」

     ↓

「日常パート(戦車戦してない時のパート」

     ↓

「決戦(決勝戦)」

という流れは、テレビシリーズを観なくとも劇場版だけ観てもわかるものです。そしてシンプルこの上ありません。そして、『ガルパン』の最大の見せ場はストーリーではなく、もちろん戦車戦です。その戦車戦を楽しませるために、ストーリーが邪魔になってもいけないわけです。そして、戦車戦を最大の見せ場とするための構成が、テレビシリーズのそれだったとすると、そこをいじることで『ガルパン』という作品の面白さを損なうおそれもあるわけです。それを避けるために、敢えていじらない決断をしたのだろうと考えています。

 結果的には、二次創作ほかでキャラクターの人気に火がついて、その中でも新キャラの人気が高くなったことから、劇場版の成功がより証明されたのだろうと思うと同時に、新規で入ってきた人たちの影響も大きいのだろうなとも思っています。

 では逆に、テレビシリーズの構成をいじった場合はどうなっていたのでしょうか? こちらはたらればになるのでわかりませんが、もし例えば、大洗女子側が負けてバッドエンド的なものだったら……と考えると、これほどまでにリピーターがついたとはとても思えません。

 他の作品の例を挙げると、例えば前述の『まどマギ』や『けいおん』です。『まどマギ』では、テレビシリーズではまどかが神様みたいになりハッピーエンド(?)的なものでしたが、劇場版ではそのまどかをほむらが取り込んで、また別の世界が出来た、みたいな終わり方でした。構成的には、前半のぬるい魔法少女ものからの、テレビシリーズ以上にハードに魔法少女同士がやり合ったりして、ハッピーエンドで終わりそう……という流れでしたから、テレビシリーズとそこまで大きくは違わなかったのかなとも思います。『けいおん』では、まずテレビシリーズの最終回の後に続く後日談でもありませんでした。そしてテレビシリーズでも旅行には行っていたとはいえ、日本を離れてイギリスに行ってしまうという展開に。後半は学校に戻ってきてあれこれ……でしたが、個人的にはテレビシリーズとは違うものを見せられている感がありました。

 どちらも、リピーターがつかなかったわけではありませんが、テレビシリーズからのファンの多さや、劇場版公開しての初動からの興行収入の伸びや円盤の売上に関しては、『ガルパン』に及ばないという数字でした。順番が逆なのでどうかはわかりませんが、これら2作品に関して言えば、テレビシリーズと異なることをやった結果、思ったほど伸びなかったのかな、と観ています。結果として『ガルパン』がテレビシリーズと同じ構成を取ったのは、『映画けいおん!』の脚本も書いた吉田玲子さんあたりの意見もあったのかもしれませんね(そんなことが表に出てくることも無さそうですが)。

 ちなみに、『けいおん』は1度しか観に行ってませんが、『まどマギ』は3,4回観に行ったくらいには好きなんですけどね。

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 とまあ、スタッフインタビューとかもほとんど観れてませんので、ほぼ推測で書いてしまいましたがどうでしょうか。

 個人的に、水島努監督は割と商業的なことを気にしていて、他のヒットした作品の動向なども観ながらジャッジしてると思っていますので、そんなに大きくハズれているとは思いません。ただ、公式の見解では無いので、あくまでも1ファンが言ってることに留めておいてほしいと思います。

 この『ガルパン劇場版』の大ヒットを受けて、続く作品があるのかが今はとても気になってます。さすがに、色んな幸運が重なったり、映画というコンテンツでこそ映える要素をいくつも持っているようなアニメが、テレビシリーズからヒットすることも難しいことだとも思いますが。

2016-07-05

ガルパンのお嬢様キャラから観る、ガルパン世界の極端な世界観と、その常識・非常識の線引き

 ガルパン劇場版の円盤がすごく売れているようですね。興行収入の伸びは、色んな上映形態やリピート客の頻度の高さだけではないことを示してくれたように思います。

 さて、ガルパンキャラで個人的に好きで気になっているのが、お嬢様キャラたちです。大洗女子には五十鈴華が、聖グロリアーナ女学院にはダージリンが(聖グロ自体がお嬢様学校という設定でもある)、劇場版で登場した大学選抜チームには島田愛里寿が、それぞれ該当するかと思いますが、日常アニメなら1人くらいしかいないお嬢様キャラがこれだけ居るというのは、キャラクターの多さを差し引いてもかなりのものだと思います。普通は「お嬢様キャラ」という設定だけで個性にもなってしまうので、複数居るというのは各キャラの個性や印象が薄まってしまうのではないか……と懸念してしまいたくなるはずが、ガルパンでのお嬢様キャラの個性や印象は薄まるどころか、劇場版を経て更に際立ったようにも感じます。

 個性的なのはもちろんなのですが、個人的にはそれ以上に、このガルパンという作品の様々なものを示していたり、あるいは映し出す重要なパーツにもなっていると思っています。そんなお嬢様キャラたちがどういう描かれ方をしているのか、自分なりに考えてみたいと思います。

常識/非常識の境界線〜世界観を伝える役目としてのお嬢様キャラ、という視点

 ガルパンの世界観は結構無茶苦茶だと思っていますが(合ってますよね?)、そんな無茶苦茶な世界観の中で、どこまでが普通(常識的)なのかの指標として、それぞれのお嬢様キャラたちを使っているように感じます。

  • 五十鈴華の場合

 まず五十鈴華の場合だと、主にテレビシリーズでの常識的なボーダーラインとして描かれていました。大食らいなところ……は、途中からはスタッフが遊びで盛りまくったという話も聴いているのでどうかわかりませんが、ガルパンの、少なくとも大洗女子では、あの華さん盛りに対して誰もツッコミを入れていなかったところを観ると、あれくらい食べる女の子がいるのは変ではない、という世界観だと描いているのかもしれません。大食いのお嬢様キャラといえば、アイマスの四条貴音がいますが、何か関係はあるのでしょうか……。

 大食い設定はともかく、名前の通り華道を嗜んでいる、という設定は大きいような気がします。何せ「◯◯道」で戦車道にも繋がるようなことを嗜んでいるキャラなわけですから。そしてそんな華さんは、最初は操縦手を担当してみますが、その後砲撃手に転身すると、見事にサンダース高校のフラッグ車を撃破してみせました。その後も数々の軍功を上げる活躍を見せましたが、どうして華さんが砲撃手として優れているのかという説明は無かったように思います。推測になるのですが、やはり華さんが華道を嗜んでいて、そこで培われてきたものが戦車道の砲撃手のスキル(適性)にも生かされている、ということなのかなあとぼんやりと考えています。集中力なのか、創造力なのか、あるいは……。華道がどうして戦車道に繋がるのか、ほとんど無理やりだしこじつけですが、その道を極める人間は他の道に置いても強い、ということを示しているのかなあと考えたりしています。

 身近にいる、違和感を持たれない程度のチートっぽい存在、それが五十鈴華というキャラクターなのかなあと思っています。

  • ダージリンの場合

 ダージリンの場合はもっと極端ですよね。実のところ、どんな家の出なのかとかは一切触れられていないどころか、本名すらわからないというのがそもそもすごいと思います。戦車に乗りながら紅茶を飲むことは自然で当たり前のこと……となっていますが、4DXを観に行かれたからならわかると思いますが、あの振動(本当はもっと凄いのでしょう)の中で紅茶を一滴もこぼさずに飲む、とかおかしいにも程があります。そして自身は紅茶を飲みながら指示を出すだけで、操縦などは何もしていません。が、ここについては、車長というものはそういうものらしく、大洗女子の会長である角谷杏が干しいも食ってるのと近いのかもしれません。

 個人的に、ダージリンというか聖グロリアーナで一番気になっているのが、ダージリンが「様」付けで呼ばれていることです。特に、同学年と思われるアッサムが「ダージリン様」と呼んでいることを考えると、チームの隊長に対しての呼び方なのかもしれない……と思うしか無いのでしょうか。ダージリンの気品とか漂わせているオーラとかを考えると、聖グロリアーナ戦車道チームの隊長……というだけではなく、生徒会長を兼任しているとか、あるいは身分そのものが高いのか、と想像してしまいます。積極的に外交をしている姿とかも観ていると、どうにも王家のお姫様っぽい感じもするんですよね。なので「様」付けされているのかなと。同じ高校生が「様」付けされて呼ばれている光景にも、驚くキャラは特にはいないことを考えると、これもまたこの世界においては、あり得ること、ということになるのでしょう。直接関係ないですが、聖グロリアーナ女学院という学校はお嬢様学校らしい、ということは、アッサムやオレンジペコはともかく、ローズヒップもお嬢様、ということになるのですよね……。その中でも、よりダージリンがお嬢様かつトップに立つキャラクターとして描かれているので、お嬢様の中でも色々ある、という世界観としても描いているのでしょうか。

 ちなみに、ダージリンがオレンジペコを連れて大洗女子の試合を観戦しにきたり、みほに助太刀しにきたりしているのは、ダージリンがみほのファンだからなのかなあと考えていますがどうでしょうか。

  • 島田愛里寿の場合

 島田愛里寿の場合は、ダージリンとかと違って本名のようですが、13歳でも飛び級で大学に入れる、というあたりは、この世界でも凄いことではあるけれど、あり得ることとして描かれているように感じます。また、13歳の天才少女隊長に、大学生のお姉さんたちが付き従っている姿も面白いですよね。こういうシチュエーションだと、やっかみが入ったり、どこか信用されない部分があったりとかしそうなものですが、全幅の信頼を持って戦っていたと思います。このことから分かるのが、ガルパンの世界はあくまでも実力主義なんだということでしょう。これは他のどのチームでも言えることなのですが、隊長になっているキャラクターは、いずれもその才覚をメンバーに認められて隊長になっている、ということでもあると思います。その一番の極端な例が、大学選抜チームの島田愛里寿なのではないかと考えています。何せ、いきなりボコの歌を歌い出しても、許容するどころか、本気モード全開の合図だと喜んでいるくらいですからね……。お姉さんたちも、その才覚に惚れている証拠なんでしょう。

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 何かもっと色んなことを指摘したかったのですけど、長くなったのでこのくらいで。ただ、お嬢様キャラというキャラ設定を、ガルパンの世界観を構築する上で、あるいは作品そのものの面白さにも関与するという意味では、非常に考えられた使い方をしているように感じています。

 今回挙げなかったキャラクターでも、例えばプラウダ高校のカチューシャとノンナは、他のプラウダ高校のメンバーと違って訛りが無かったりするなど、田舎高校では特別な存在なのかなと思ってしまいますし、知波単学園の西隊長も育ちの良さを感じる部分があります。

 身分差とかがあるわけでもないと思ったりもするわけですが、そういうところにも差異をつけたキャラ設定なのかな、と思うと、よりガルパンが面白く感じられるかもしれないので、注目していきたい部分だと思っています。