けいおん!!新OPとEDと14話から見る、秋山澪ぼっち化が示唆している軽音部メンバーたちのポジションの違いとは?

 けいおん!!の新オープニングとエンディングがいいですね。OPは太陽のような唯がメイン、EDは卒業を感じさせる大人で切ない澪と軽音部メンバーたち、という好対照な映像がいいですね。特にEDは何度も見たり歌詞を聴きとりながら見ていると、なぜか叫びたくなるような衝動にかられてしまいますw
 さて今回は、ここのところやけに活躍していないというか、はぶられ傾向のある秋山澪についてを考察してみます。
 けいおん二期は、一期に比べてより主人公である平沢唯が活躍していて、そしてその唯がベッタリくっついている中野梓がより目立つ構図になっているように感じます。一期では澪派だった梓が、徐々に唯の攻勢にも押される形で接近している関係もあって、澪が相対的に目立たなくなる展開になっているように思います。「ゆいあず」をアニメで名言してしまってましたからね(アニメオリジナル)。
 そして14話の「律紬」の展開もありました。田井中律は澪の親友・幼なじみということで澪派だったわけですが、ここでまさかの浮気(?)ということで、何故か澪がカップリング的に孤立する展開になってしまってます。2年生の時には同じクラスで仲良くなった真鍋和と澪が接近したこともありましたが、3年になり皆が同じクラスになったことで、このCPもあまり成立しなくなってきました。
 更にこの14話では、律紬のデートの他に、唯は和と、梓は憂と一緒にいるのに澪はひとりだとか、唯は梓に電話していたりとか、夏期講習にひとり制服で来ていたりするなど、澪だけがずっとひとりというか浮いている感じになってしまってます。
 そして新OPです。澪の紹介のところでは律と紬が紹介していたりとか、皆で足を上げるシーンで最後に足が揃わないのが澪だったり、対照的に唯は皆に抱きつきに行くなど、表と裏というかそういう描かれ方をしているように思います。

 これって、京アニのスタッフが「唯>澪」なのか? とか、紬や梓が好きなのかとか、「唯と梓の結婚式が最終回」だとかそういうことを妄想してしまいがちですが、もちろんそうじゃないですよね? でも、澪が意図的にひとり浮いてるような描き方をしていることは間違いないと思います。では、なぜでしょうか? 個人的には、軽音部メンバーそれぞれの役割と位置づけ、そして京アニけいおんのテーマと方向性からその意図が見えてくるように思います。

 まず、軽音部メンバーの位置づけからです。
 唯って軽音部の太陽ですよね。太陽というか中心というか、軽音部がああ楽しい空間になっているのは、唯がいるからだと思います。そしてまとめているわけではないですが、唯がその楽しさの中心になっていると思います。つまるところ、唯が現在進行形の楽しさの象徴であり、刹那的な快楽の象徴でもあるのだと思います。唯に近寄るキャラたちは皆「楽しさ」を求めているのだと考えています。
 そして、梓はというと、個人的には「学校・軽音部への心残り」を示しているんじゃないかと考えています。梓はまだ2年生で、3年となり卒業やその先を見なくてはならなくなった唯たちと違い、まだ学校に残る存在です。軽音部も次期部長として率います(たぶん)。単純に「可愛い後輩」という意味もあるでしょうが、梓に近づくキャラというのは、学校への、あるいは軽音部への心残りを強く持ったキャラでは無いかと思います。
 唯と梓が共に近寄っているのを見ていると、唯は梓に高校生活や軽音部への心残りを求めているように見えますし、梓は唯がいる軽音部の楽しさを求めているように感じるんですよね。
 では、澪はどうでしょう? 最初は心の拠り所として梓の近くにいましたが、今はどうも離れています。それどころか、他メンバーとも若干の距離を感じてしまいます。というのは、唯や梓が持っているものには興味がないというか、そこから距離を置いている、ということではないのかな? と思います。それはつまり、学校や軽音部への心残りよりも、進路、その先を見据えているからでは無いかと考えられるからです。
 澪って、和と近かったり、自主的に勉強したりとリアリストな部分はあるんじゃないかと思うんですよ。「目指せ武道館!」という唯や律には呆れてましたし、いち早く進路を決めていたりするなど、軽音部の空気に居心地の良さは感じつつも、将来をしっかりと見ている印象があります。唯や梓との距離を置いているように見えるのは、軽音部を見切ったとかそういうことではなく、敢えて現状に甘えない状況を自らが作っている、そんな風にも見えてしまいます。
 そんな澪に寄っていくメンバーがいないのは、まだ軽音部の他のメンバーが、唯を始めとした現状の楽しさや、梓の持つ軽音部や高校への心残りをずっと抱えているからじゃないかと思います。作品中ではまだ夏休みで、高校生活は半年以上あるわけですが、この時点ではまだまだ高校生活を楽しみたい!と皆が考えているのでは無いでしょうか? そう考えると、澪がぼっちになっているように見えることも説明がつくような気がします。なのでこの先、他のメンバーたちも現実を見るようになってくれば、徐々に澪のぼっち化が薄れてくるような描写が増えるんじゃないかと考えています。

 それでは、紬や律はどうなんでしょうか? 特に紬は、二期に入ってからの他メンバーへのアプローチが凄いですよね。唯の変な企みには全て賛同して悪乗りしてますし、梓とも積極的に関わっています。ただ紬自体は、それほど将来を考えていないということは無いはずです。ではなぜでしょうか?
 紬は、お嬢様ということで既に高校生活は通過点で、そのまま進む先も決められた感があります。レールに載ってる感じですよね。でも軽音部に入って、予想外の楽しさを得られているわけで、そしてその楽しさの源は唯だったりもするわけです。なので紬は、残りの高校生活を全力で楽しみに掛かっているのではないでしょうか? 受験勉強も、恐らくはほぼ自動的に進めるので必要はないはずですし。夏期講習の類も、皆と同じ時間を共有することで高校生活そのものを楽しみに掛かっているように思います。唯に近づいているのも、残り少ない高校生活の楽しさを貪るように味わっているとも見えるのです。
 逆に律は、ドライというか、中立的な立場ですよね。自分の将来とかよりも、軽音部の現状の居心地の良さだったり、メンバーに楽しんでもらえるような空間を作っているような、そんな印象も受けてしまいます。さわちゃんとの仲も良かったり、軽音部と外との繋がりをも構築しているように思います。いい意味で、メンバーに合わせているような感じですよね。

 そしてEDを見てみると……やはりOPの唯が中心にいるのとは対照的ですよね。澪が中心にいるようなイメージはあるんですが、集まっているというよりは、ひとりでも生きていく、というイメージが強いような映像になっていると思います。
 なので、澪がはぶられているように描かれているのは、澪と他メンバーの心境や立場の微妙な違いを描いているのかな? と思っています。
 京アニけいおんのテーマって、唯の成長だと思うんですよね。それを、澪の心境や立場との対比で描いているのかな? と考えているのですがどうでしょうか?

 まあ、深読み乙ですけどねw ご意見などあればよろしくお願いします!w


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