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りきおの雑記・ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


『この世界の片隅に』観ました。すごい映画だったので観ましょう。
食べログはじめました。よろしければどうぞ。

2010-08-06 「Love Song」ラジオ予告

 実は先週から、Ustreamでラジオを始めました。定期的にやるようになるかどうかはわかりませんが、ちゃんとしたお題でやるときには告知しますのでよろしくお願いします。Twitterでは随時お知らせしてますが。

りきおらじお『第1回 Love Songと麻枝准』

8月8日(日)22:3022:00くらいから1時間程度

麻枝作品の中で、Love Songがどういう位置づけなんだろうとかそんなことをグダグダ語ります。

http://www.ustream.tv/channel/%E7%AC%AC1%E5%9B%9E-love-song%E3%81%A8%E9%BA%BB%E6%9E%9D%E5%87%86

ハッシュタグ:#rikio0505

※URL変更してます!

■管理人は 「恋歌月姫」さん主催のLove Song合同本

『Re:Love Song』

 に参加しています。

http://aya0730.com/lovesong/

百合アニメ・漫画人気は、男性オタの処女性の追求を顕しているのか?

※この記事は僕の主観に基づいた記事であり、大多数の人が当てはまるものではない可能性があることをご了承ください。と、逃げとも取れる前置きをしておきます(汗。

 そもそも百合アニメや百合シチュが好きな僕ですが、「けいおん!!」におけるゆいあず押しに始まり、敵幹部以外の男性キャラがほぼ皆無なハートキャッチプリキュアなど(プリキュアは元々とは言え)、百合展開が多い作品がメジャーどころでも目につくようになってきました。漫画だと「百合姫」「つぼみ」などの百合漫画雑誌やアンソロジー本が複数出ていて、「ゆるゆり」など単行本化のペースが早い人気作品も生まれつつあります。

 百合アニメは今に始まったことでもなく、また「けいおん!」につながる作品として、ひだまりスケッチやらき☆すた、遡るとあずまんが大王(あずまんがは百合な感じは全くありませんが女の子だけでキャラが構成されているという意味で)があるわけですが、一つのジャンルとして確立したのは、恐らくは「けいおん!」や「ひだまりスケッチ」らの存在が大きかったように思います。

 けいおんについては、アニメ界において一時代を築いたと言っても過言ではないくらいに人気を得ている作品ですし、女性からの支持も集めているようです(Twitterの自分のフォロワーさん調べ)。「ひだまりスケッチ」に関しては男性の支持が圧倒的なようですが、けいおんにしてもどちらも大多数は男性に支えられている作品です。

 しかし、このような百合作品がこれだけ支持されているのはどうしてなのでしょう? そもそも、少し前まではいわゆるギャルゲー的な、男主人公に多数のヒロインたち、という作品が多かったわけで、例えばそれは「アマガミSS」なんかだと色濃く残っているわけですが……。こうした作品には男主人公というものがまず存在しません。エロ同人誌なんかだと、オリキャラとして男が登場して……というのも散見されますが、特にけいおんにおいては、男性キャラの存在が極力排除されている徹底ぶりです(唯たちと接触するのは、楽器屋などのお店の従業員くらい?)し、それを二次創作でも守っている作品も多く、制作者側の意図を視聴者も汲みとって見ているような気がします。

 一つの仮説を挙げるとすれば、男性視聴者たちの草食化があるのかなと考えられます。ギャルゲーであれば、ヒロインたちはプレイヤー自身のものなわけですよね。アニメでも「○○は俺の嫁」という言葉が前からあるように、そういう見方をしている人は今でもたくさんいることかと思います。もちろん、けいおんやひだまりスケッチでもそういう見方の人はいます。が、逆にただ、介入せずに「見守りたい」と思いながら見ている人もかなりの数いるのではないでしょうか? 主人公という存在が無いのだから、ならば主人公というものがいない世界の彼女らを見ていたい、みたいな感覚が共通してあるような気がします。敢えてそこに自分という存在をハメ込まないみたいな。草食化とは違うかもしれませんが、何がなんでも……。

 更に言えば、女の子同士のカップリングを見ているのが楽しい、という感覚ではないでしょうか? けいおんで言えば、二大CPである唯×梓と律×澪はもちろん、唯×憂とか、唯×梓←憂という三角関係までフォローされているように、シチュに困ることはありません。そこに男が介在する必要性を感じない、あるいは男を入れてほしくない、という感情に繋がってくるように思うのです。

 そこまで考えてふと気づいたのが、「百合作品・百合シチュ=そのキャラたちの処女性の追求」なのでは無いか? ということなのです。

 ギャルゲー的な考えをすれば、ヒロインたちは主人公以外には身体を開かない、というか、主人公が独占するというのが普通です。Key作品のSSを書いていたり読んでいても、主人公×ヒロインシチュに限る、という嗜好を持った人はかなり多いです(僕も昔はそうでした)。なので、CLANNADの藤林椋(妹の方)がサブキャラとあっさりくっついたシナリオが不評だったりしたわけですが……。

 しかしながら、百合作品であればそういう主人公すらいないわけです。誰ともくっつきません。くっつくとしても同性です。これは何を示しているのでしょうか? もちろん、純粋に同性愛としての百合シチュを楽しんでいるって人もいるかと思いますが、それはもしかすると、男性よりも女性ユーザーに多いのかもしれません。男性で同性愛としての百合を楽しんでいるのは少数派では無いかと考えています。

 考えられることとしては、女性キャラたちの処女性の維持に繋がっているのではないかと。しかも作中では不変ですので。主要な男キャラがいないということは、まず彼氏を作るシチュが生まれないわけですし、その心配はありません。それに女の子同士ならノーカウント、という考えもあるように感じます。思うのは、例え主人公であったとしても、それは視聴者とは別人格であり、また主人公が視聴者より優っている場合、それが劣等感として視聴者の側に返ってくることで、主人公と一体化出来ないケースが増えてきているのかなあ、とか思ってます。そうなると、主人公=自分ではなくなるので、ヒロインたちは主人公という別人格のもの、という風に変化してしまいます。つまりは、主人公ですらヒロインたちを食うリア充、みたいな感じに見えている人も出てきているのかな、と。

 これが女の子同士であれば、そうしたことは考えなくてよくなるわけです。何せ男がいないんですから。主人公に取られる心配すらありませんから。求められているのはここなのかなと。

 ある意味では、究極に潔癖というか清潔感を求めた結果が、百合シチュへの傾倒なのかな……? と感じています。そう言えば、「かんなぎ」のヒロインの非処女騒動から作者非難へと飛び火したり、逆にオタク連中の二次元キャラの処女崇拝みたいなものがクローズアップされたりしたことがありましたが、それも男の存在がそのキャラの過去から現在に至るまで無いのだとしたら問題すら発生しないので、心配する必要もなくなる、ということにもなりますよね。けいおんの律の彼氏疑惑とかも話題に挙がったことがありましたが……。そういう二次元キャラに対する処女性追求の行き着いた場所に、百合アニメや百合漫画があったのではないかと思うわけです。

 なので、男性ウケする百合漫画と、真性の人が見て面白いと思う百合漫画では、微妙に趣が異なると思います。男性ウケを狙うのであれば、男キャラを影まで徹底的に排除すればいいということになります。が、真性の百合漫画であれば、男女<女性同士なことを描いたほうがより際立つので、処女性がどうこうという問題は起こらないし重要ではない気がします。もし、けいおんとかハトプリ好きだけど百合漫画雑誌はちょっと……という人がいるとしたら、恐らくはこの辺に引っ掛かりを覚えているのかな、と思います。

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 ずいぶんとキモい妄言を書きましたが、どうでしょうか? アイドルや若手声優さんに対しての妄信的なファンたちが抱いている「誰とも付き合っているはずがない」みたいなものが二次元ではより強くなっていて、その行き着く先に百合志向があるように考えています。平野綾のグータンヌーボの恋愛談義で2chが荒れたというのが記憶に新しいのですが、まあ現実の女子高生も恋愛に触れずに卒業していく、というのはあまり現実的な話ではないですよね。二次元だからそこはいいでしょ、と言われるかとは思いますが、それでも男性キャラを極力排除した内容に惹かれるというのは、ファンタジーとしても究極まで求めた行き着く先なのだと思ってます。

 そこまで考えてないよ! 単純に可愛い子たちだけで戯れているのを見てるのがいいだけだよ! と言われる方は多いと思うんですけどね。でもそこにも、どこか処女性を求めていたりはしてないでしょうか?

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