アニメ「それでも町は廻っている」のBDは何故売れなかったのか

 「それでも町は廻っている」のアニメはBS-TBSで追っているのでまだ観終わってませんが、それに先駆け原作コミックスを8巻まで読み終えました。……めちゃくちゃ面白いですね、これは。
 そして、原作を読んでからアニメをチラチラと見返しているんですが、目に付く部分はそれなりにあったように思います。何せ、原作がこれだけ面白く中毒性がある内容であれば、熱心な原作ファンによりもっとアニメのBDの売り上げにも繋がるはずですから。なのにBD1巻は2000本に届かない理由を考えてみました。

  • 嵐山歩鳥の描写が偏りすぎ?

 この「それ町」の中心は完全に主人公である嵐山歩鳥であり、彼女の存在なくしてはこの作品自体が無いと言って良いと断言できます。そんな彼女ですが、アニメでは変顔したり奇声出したり鼻水出てたりと、奇抜でダメな部分が強調されていたように思います。が、そういう面だけではなく、日常に起こる小さな事件や謎を次々と解いていく推理脳というか、頭の回転の良さという部分も同じくらい彼女にはあって、原作ではそのバランスが凄くいいんですよね。そこがアニメでは薄かったかな、と。
 それ町の世界の住人って、歩鳥に関われば関わるほどにその魅力にハマったり、そのキャラの影響力を受けて性格も変わってしまったりするわけですが(タッツンこと辰野トシ子なんかはまさにそうですよね)、それはアホでコミカルな面があるから、だけではないんですよね。むしろその裏にある天才性やカリスマ性に惹かれている部分も大きいようです。なので、アニメでの歩鳥のバランスの悪い描き方では、何故彼女の周りには人が集まってくるのかが、説得力として弱いように思いました。
 漫画原作の後半の巻では実はほとんど変顔してないんですよねw なので余計に思ってしまいました。

  • 歩鳥を中心とした描き方が出来ていなかった?

 「それ町」という作品は、原作の表紙を全て彼女単体に統一されているのを観てもわかるとおり、嵐山歩鳥というキャラを中心に廻っています。彼女が中心でないエピソードもあるにはあるんですが、弟のたけるが主人公の場合でも、彼は姉である歩鳥の影響をかなり受けていますし、彼女の手のひらの中のお話というイメージです。そして、たまに起こす行動や思いつきが似ていることもあります。なので、原作は本当に「嵐山歩鳥」中心に描かれていて、そこにブレは無いんじゃないかと思います。
 アニメでは、「歩鳥関係なくね?」というエピソードがチラホラとありました。中でも、アンティークショックの店主が不思議体験をする話は、少なくとも歩鳥の影響を感じることは無理があったように思います(静さんは歩鳥の探偵脳を作った主犯で歩鳥のルーツみたいな人ではあるんですが……)。
 原作よりアニメは、歩鳥寄りではなく、箱庭としての「町」を中心に描いていたような気がします。そこに違和感を感じたような……。あくまでも、「町」という世界が面白いのではなく、歩鳥がこの「町」にいるからこそ世界全体が面白い、と思ってますので、そこでブレたような気がしています。

  • 紺双葉と歩鳥の関係の深さが十分に描けなかった?

 原作では、後半にはなってしまうんですが、紺双葉こと紺先輩と歩鳥がやたらと仲がいい描写が増えてきます。それ町原作では時系列がバラバラな作りをしているので色んな時間的な場所が出てくるわけですが、紺先輩が部活を卒業して進路を決めないといけなくなるような場面で、彼女が相談する相手は歩鳥なわけです。それ以外にも、二人で屋上で話してる場面はかなりの数あったりします。歩鳥が調理実習で作った弁当をあげる相手は紺先輩だし、歩鳥に誘われて紺先輩と秋祭りに行く場面も二人きりですしね。
 歩鳥が勝手に紺先輩の家に上がりこんで寝てる話があるんですが、これはアニメのラスト2話でやってくれましたね! 確か原作ではその後海に行った場面までは描いてなかったはずなので、そこは嬉しかったです。
 百合なのかどうかはともかくとして(すいません百合好きです)、卓球部以外にはあまり親しい人間がおらず、歩鳥と出会うまでは恐らくは1人で行動をしていた紺先輩が、歩鳥と知り合ってからは割と歩鳥ばっかりになっていくんですよね。軽く依存しているような。もちろん歩鳥も紺先輩にハマっているような描写が多いです。タッツンと2人でいる場面はあまりないですし、何かあれば紺先輩を呼んでいるような印象が強いんですよね。歩鳥は歩鳥で、今まで近くにいなかったようなタイプの人間である紺双葉という存在に興味津々なのだと思います。そしてお互いに「好き」とかは言わず口の悪いことを言い合うんですが、2人とも本音で話せる相手、なんですよね。
 それ町の魅力の1つに、歩鳥に関わった人は否応なしに影響を受け、あるいは好きになっていく、というのがあるんですが(?)、その中心人物が紺先輩なんですよね。ですから、この2人のエピソードが終わりかけにしか入らなかったこと(紺先輩が出てくる時は他のキャラもよく出てたような)は、個人的には惜しかったなあと思うのです。ラストでも、入院中の歩鳥に紺先輩は1人で会いに行くところを描いていますし、もっと早くやっていれば、楽しみ方も違ったんじゃないかなあと思いました。

  • シャフト的な演出がハマらなかった?

 僕はこの作品を観るまでは、シャフト作品にまともに触れたことがなかったのですが(荒川1話とかひだまりスケッチ特別編上下くらい?)、それ町でも回によって特徴的な演出が入っていたように思います。
 そうした演出がハマったなあと思うのが、真田と歩鳥が学校をサボる話ですね。あれは良かった。空の広さや、いつもとは違う町まで来てしまった感が、背景と歩鳥たちとの対比のさせ方や空間の使い方で表現されていて、特別なことをしている感が凄く出ていて良かったと思います。
 が、映像的な演出が光った場面ってそう多くなかったような気もしています。むしろ、原作の雰囲気を変えてしまった場面もチラホラとあったような……。
 この「それ町」って作品は、漫画原作の完成度が尋常じゃないくらいに高くて、例え京アニで制作されたとしても満足はいかなかったんじゃないかと思っています。それだけに、変化球なシャフト制作ということで期待はされていたんでしょうけど、アレンジしきれなかったような、原作の面白さの核心部分にまで手が届かなかったような、そんな印象を受けています。

 歩鳥のペットであるジョゼフィーヌ(たぬきみたいなの)が幕間に頻繁に出てきますが、歩鳥のペットであること以外には特に説明は無かったですよね? 原作も後半になると、彼が他の犬としゃべっていたり、何処からもらってきたかとか、名前の秘密、あとは夢に出てきたりとキャラが立ってくるんですが、アニメではほとんど本編では登場しないままに多用されていたのが、個人的にはずっと違和感として残っています。どれか彼が理解できるエピソードが入っていれば、と。

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 個人的には、「シャフトだから失敗した」「アニメスタッフに恵まれなかった」からではないと思っています。原作が絶妙なバランスの上に立った面白さなだけに、そのバランスを1クールのアニメでは表現しきれなかったのではないかと。味付けとして、やや「日常系作品」でかつ「超常現象も起きる世界」という部分を強調した結果がこうなったのかな、と考えてはいますが。
 2期やって欲しいんですけどね。使われてないエピソードの中には、そのまま30分でやれそうな長いページ数の話もありますし、アニメでもやはり人気だった紺先輩の、前述の歩鳥とのエピソードは超可愛いですしね。最終回はたぶん、昨期アニメの中の1話としては最高に良かったし、シャフト的な演出もバッチリはまっていた素晴らしい回だったのもあります。まあBDの売り上げ的には厳しいのですが……。

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