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りきおの雑記・ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


『ゆるキャン△』と『宇宙よりも遠い場所』観ました。どちらもかなり面白かったので観ましょう。
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2013-01-24

新房シャフト的な演出や世界観描写を突き詰めればキルミーベイベーになるという話

 最近になってBD1巻の売上本数分のアイコンを配布し始めるなど少し話題になっているキルミーベイベーですが、見返してみるとなかなか面白いなあと思います。

 そして「ささみさん@がんばらない」でまた新たに新房シャフトが作品を世に送り出したわけですが、その世界観の描き方や演出方法がよくある新房シャフト的なもので、より新房監督以下がどう題材を扱おうとしているのかが凄くはっきりとしたものに見えてきたように感じています。

 しかしよくよく考えてみると、新房シャフトのやりたいことややろうとしていることって、キルミーベイベーでもやってるというか、ああいう演出を突き詰めて色んなものを削ぎ落した先にキルミーベイベーのような作品があるんじゃないかと思えて来ました。今回はそんな新房シャフト的な演出や世界観描写とキルミーベイベーとの関連性について書いてみたいと思います。

  • メインキャラが限定的かつモブキャラが本当にモブ

 ここが一番似ているところではないかと思いますが、新房シャフト作品ではよくメインキャラが凄く限定的でかつモブキャラが本当にモブキャラとして描かれる描写が出てきます。登場キャラの少なさでいえばまどマギとかもですし電波女や偽物語あたりも非常に少なかったように記憶してますが、キャラクターを少なくしてそれぞれのキャラを深く掘り下げるような作品が多いように感じます。今回のささみさんでも今のところ5人だけですし、そういう作品を選んで手がけている、あるいはそういう作品が新房シャフトに持ち込まれるということなのかもしれません。そしてメインキャラとモブキャラの差を大きくする手法もよく取られることだと思います。名前のあるキャラ以外は記号にしてしまっているひだまりスケッチシリーズなどがすぐに挙げられるかと思います。

 しかしこの辺ってキルミーベイベーでは全部やれてることなんですよね。メインキャラはやすなとソーニャ、そしてアニメではそれなりに出番がありましたが原作ではかなり登場頻度の少ないあぎりに、あとは原作本編では登場しない「没キャラ」の4人しか名のあるキャラが出てこないという徹底ぶりでした。新房シャフト作品も他の作品からすると非常にキャラが限定的だったとは思うのですが、ほぼ2人だけで話が回ってしまうキルミーの形が恐らくは理想形でしょう。キャラが少ないのはそのキャラを掘り下げるためと声優さんのコスト的な意味もありそうですがキルミーはその両方をこなしてしまうという、恐らくは新房シャフト作品が行き着く先にあるようなタイプの原作だったのではないでしょうか。またメインとモブキャラの差を描いているという意味でもキルミーは非常にわかりやすく、声優さんがチョーさんと新井里美さんのキャラがモブキャラというかモブキャラは全員どちらかがやってる、というものでした。これは、モブキャラには個性がないというか一人ひとりの個性付けが必要ないという観点からもあるのでしょうが、だったら同じ声(声優さん)で良いかという結論に繋がると考えると非常に納得ができます。モブは記号で良いというところまでは行かず一応人型をしているあたり(一部)も面白いところだと思いますし、作品世界の一部であるとも言えると思います。

  • 虚構の世界観描写と演出

 新房シャフト作品ではその多くでこの世界は虚構であるという演出や描かれ方をされています。今回のささみさんでも1話からチョコレートの何かと戦う描写がされていましたが、兄妹げんかでジャンクションが壊れた偽物語7話や、街を守る側なはずのほむらが半分街を壊してたまどマギ11話など、建物や街は無機質だったりある程度背景に近いものになっていたりという描写をよくしていると思いますし、現実では起こり得ないような演出を入れて現実と切り離すような描き方をしていると思ってます。

 この辺もキルミーベイベーでは十二分に為されていますよね。例えば、本当に背景というか絵で描かれたような背景とか空だとか、何処か聖地を舞台にしただの何だのという作品群とは一線を画した描き方をしていますし虚構そのものだと思います。また、白昼に友達に向けてナイフを投げる自称殺し屋の女子高生や変な忍法を使う女子高生がいたりとキャラクターから見てもバリバリ虚構です。しかも、新房シャフト作品のように派手なことをしたり見映えする演出を使わずとも虚構であることを描けているんですよね。美術的にも非常に単純化されていて省力化という意味でも優れたものになっているように感じました。

  • 2人だけの異空間演出

 新房シャフト作品だとまどマギの概念まどかとほむらの異空間が思い出されますが、キルミーベイベーでもしばしば2人だけの異空間が登場します。

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いわゆるイメージBGという何の意味もない模様のような背景なアレですが、あの背景が登場する際にはやすなとソーニャの2人だけの空間になっているようなそんな演出にもなっているように感じます。まあ2人きりという場合ばかりではない(モブやあぎりがいることもあるでしょうけど)とは思いますが。

 ことキルミーベイベーにおける異空間演出は非常に簡略化されたものじゃないかと思います。背景が動くわけでもないですし(動いてるところもある?)処理としてもかなり楽な演出ではないかと思います。このようにキルミーにおいては異空間を演出するのに最低限の手間で実現できていることは触れておいてもいい点でしょう。

【参考】「キルミーベイベーの魅力に迫る〜イメージBG〜」(まっつねのアニメとか作画とか

  • 作品世界内に存在する架空の世界

 新房シャフト作品ではまどマギのほむらが辿ってきた並行世界だとかささみさん2話で出てきたバーチャルな世界がありますが、特にささみさんで出てきたネトゲ内の世界の描写が新しいので取り上げてみましょう。どちらかと言えば部屋の中にいた現実世界のほうがぼやけた描写で、ネトゲの世界に入ってからのほうが色鮮やかな世界になるという感じで架空の世界に来た感じを演出していました。が、1話で三姉妹がチョコレートのお化けと戦っていたあの世界も作品内における現実世界なんですよね? 2話の演出だけで観ると世界の違いを演出出来ていましたが、1話と並べると1話はぼやけた感じにはなっていなかったことを考えると2話内だけで通じる演出になっているような気がします。ささみさんの家の中だけああいう描写になっているのかもしれませんが、ちょっと現実世界もアレな世界観なのであまりネトゲの世界に入った感じが伝わって来ませんでした。

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 キルミーベイベーにおける架空の世界ですが、11話で出てきたやすなの初夢?の世界がそうでしょう。キル太郎やゾンビーベイベー、ミルキーベイベーなどがありました。しかしながら、それぞれ本編世界とは見た目からして全く異なる完全な架空の世界を描けていたと思います。桃太郎の格好をしたソーニャや様々なモブの役をしてたやすながいたり、色使いからして本編と全く異なっていたり、やすなが魔法少女になっていたりリングでボコボコに殴られていたり……などです。それぞれが短い時間かつ1話内で入っていたわけですが、どれもキルミー本編の世界とはまた違う世界であることは簡単に明示されていました。ぶっちゃけ良く出来ていましたよね。

  • 新房監督が目指す(?)輪るピングドラムとの関連性

 輪るピングドラムが放送された当時によくシャフトっぽいとか言われていたのですが実は新房監督がピングドラムの幾原邦彦監督のフォロワー的な感じだという話がありました(追記:どうも幾原邦彦監督と新房昭之監督は同じ制作会社で切磋琢磨した間柄で、共に出崎統監督のフォロワーだったそうです)。確かにピングドラムで取り入れられていたいくつかの手法は新房シャフトでもよく観る演出であったり世界観でもありました。が、ピングドラムで幾原監督が行なっていたのは、例えばモブキャラの徹底的な記号化や無機質な街や建物の描写でしたがそこに作品世界の本質であったり物語の中心を同時に置いていたような描き方でした。一つ一つのものに意味があってそれは作品の本質とともにある、というものです。

 新房シャフト作品は最近のものしか観てませんが、モブを記号として描いたり建物や街が無機質だったりということはあってもそれが作品の本質的な部分に関与しているとか、物語の中心部分だったりすることは殆どないように思えます。例えばひだまりスケッチではモブキャラは記号のように描かれてますが、もちろんゆのっちたちメインキャラとモブとでは違うことを描きたい意図は感じますが、ゆのっち視点だとしてもゆのっちがコミュ障で知人以外は全員記号に見えるとかそういうことではなく、単に特にゆのたちに影響を及ぼさないキャラは描かないというだけのことで、そう描きたいだけのファッション的な演出とも言えると思います。

 キルミーベイベーはどっちかというと輪るピングドラム的な描かれ方をしていると思います。モブキャラがモブでしか無いのは主人公である(単行本では最初に紹介がある)ソーニャの興味の問題なんですよね。ソーニャは元々仕事仲間のあぎりくらいしか認知しておらず、ほとんどの人間はただのモブ扱いだった感じです。しかしながらやたらと付きまとってくるやすなだけは、そのしつこさからなのか興味が湧いたからか認知したようです。なのでソーニャの興味があるキャラと無いキャラでバッサリと描き方を変えていることをモブキャラの表現で示しているといえると思います。もう少し言えば、ソーニャとやすなの2人の関係に割り込める第三者はいないことも示しているのだろうと思います(やすなのアホさからかソーニャが怖いからかはわかりませんが)。建物や風景が単純なのも、ソーニャにとってそれは無機物でしかないから、でしょう。前述のイメージBGの多投も、ソーニャの世界には他の人間が見えていないということの表れでもあるでしょうしその間は風景や今居てる場所すらも無意味になっているということでもあるのでしょうから。

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 新房シャフト作品が輪るピングドラム的な要素を一部しか使っていないのは、ガッツリ使ってしまえば扱う原作の物語や世界観と合わなくなってきたり、使える部分だけを抽出して当てはめてるような感じで方法論的にやってるようにも見えますが、やややりたいだけの演出になっているような気がします。多作ゆえの問題とも思えますが、だからと言っていつも似たようなものを持ってきてしまうやり方もどうかと思いますし、作品本位のやり方ではなくただ「新房シャフト的な」何かになってしまっているようにも感じることが多々あります。自己主張したいから、あるいはそういうのものを求められるがままに見た目としてやってしまってる、という感じで観てしまいます。最も「それでも町は廻っている」のようにあまり特徴的な演出を入れずに描くやり方も実践していますので、全て画一的にやってるわけではないと思いますが……。新房監督がピングドラム的なものを突き詰めた作品は、既にもう極めてしまったのかもしれませんし、突き詰めた先にはキルミーベイベーのような作品があると言うのが見えていて敢えて極めないようにしているのかもしれません。わからないのですが、だとするとずっと中途半端にああいう演出をするのかなと思うとちょっとこの先期待するものはあるのかな、と考えてしまいます。

 ちなみにキルミーベイベーアニメのやってることの多くに意味を持たせる描き方や制作方針ってかなり凄くて、例えば折部やすな役が赤粼千夏さんだったのは、やすながソーニャにとって元々はただのモブキャラだったのが付きまとわれているうちにモブから昇格したキャラでモブキャラの名残を持たせる意味で「モブの女王」と異名をとる彼女を起用したのではないか、とさえ考えています。そんな彼女がモブから初めてメイン級というか主役に抜擢したキルミーベイベーからいくつか主役級キャラへの起用につながったのだとすると彼女自身もやすなと同じってことになりますよね。そこは関係ないですが、一見特に深い意味の無さそうな部分にも行き届いた制作方針だったんだなと思うとちょっと見方が変わってしまいます。モブキャラを「エトセトラボーイ/ガール」とクレジットしているあたりも面白いですよね。そうです、ソーニャにとっては「その他のキャラ」で一括りなのですから。

 背景や風景などが凄く簡略化されたものとして描かれていて一見すれば手を抜いているようにも見えますが、アニメーターさんとかプロの人たちが手を抜くと、簡単な絵になるわけじゃなくて崩れるんですよね。なのでああいう簡単な絵で最初から行くという風な制作方針だったと言えるでしょう。今時の深夜アニメでああいう背景やイメージBGで行くのは非常にチャレンジだと思いますし、原作を生かす意味もあるのでしょうけど、それに伴って色んなことを実現させているのが後から振り返ってみるとなかなか凄かったのではないかと思います。山川吉樹監督は原作者のカヅホさんに裏設定を聴いたのかあるいは作品を読み込んで導き出した世界観なのか、そしてどう描くかについてもこういう構造で描きたいからやったのか辿り着いた最適な描写がこれだったのか、どうなのかはわかりませんがなかなか思い切ったことをやれる人でもありますし、クレバーさも感じます。原作の縛りがキツく構造的にも綺麗ではないリトバスよりも合うアニメ原作はありそうですし他の作品もまた観てみたいですね。

 もしキルミーベイベーを序盤で切ったとか観てないとかって人がいましたら、9話くらいから後半の話数だけでも、あるいは神回の11話だけでも観ていただければこの記事で書いていることも少しは理解してくれるのではないかと思ってます。百合的な意味でも相当凄い作品ですしね。たまこまーけっとや俺修羅など、今期アニメでも一部キルミーベイベーから繋がった要素が含まれているあたり、我々アニオタ以上に業界関係者にとっては衝撃的だった可能性も否定出来ませんしね。

※キルミーベイベーと輪るピングドラムの関連性は、共にキャラクターデザインが長谷川眞也さんだった少女革命ウテナからの繋がりというところもありますね。ウテナは幾原邦彦監督作品ですし、長谷川眞也さんもキャラデザ以上に深く関わっていることを考えると結構な関連度合いではないかと。

※なおこの記事はキルミーベイベーの面白さについて万人に保証するものではありません。