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ケーキに載ってる苺は最初に食べるほうが甘い RSSフィード Twitter

2014-04-18

01:23 |

日々、言葉をたくさん発してると、当然、そのうちのどれかが、だれかにとっての嫌な琴線に触れちゃうこともあるだろうなと思う。私自身がけして円満とはいえない性格であり、けして円満といえない人を好ましく思う傾向もあり、そういう状態ならば、毎日毎日虚空に向けて言葉を発しまくっていたら、好きな人ほど辛くて遠ざかっていってしまうことにもなるだろうと思った。

でもそれを止めることができないのであれば、むしろ、ほんとうに好きなひととは言葉よりも近い距離にいないといけなのかも知れない。

2014-04-15

22:50 |

教師が入学式が重なって自分の子どもを優先するか仕事を優先するか、みたいな話、結局のところ、どっち選んでも「仕事をないがしろにする教師」か「子どもをないがしろにする親」かどっちかの汚名着せられる感じでうんざりする。

身体は一つしかないんだからどっちかを選ばないといけないわけで、それなら、ここではどちらを選ぶかは問題とせずに「選ばなかったほうのフォローはちゃんとできてるのか」ってところを論点としない限り、完全に不毛な話だと思う。

22:22 |

最近新人が入って、仕事のことを話してると、無意識のうちにやってることも割とそれなりの意味を持ってやってることがあって、日々テキトーにやってるつもりでいたけど意外に細かく考えてたんだなあってあらためて気づいたりしてる。

で、「悪いことの芽が芽生える前に摘み取る」みたいなことについて考えてる。リスク評価して対策するみたいな大きいことではなく、ほんとうに何か一言付け加えるかどうかのレベルの話。どんな職種でもそういうのはあると思う。念のため他の人にも声をかけておくとか、予備の資料を作っておくとか、そういうことが日常的にできるかどうか。

「悪い事態に陥ってから収拾する」よりはるかに楽ではあるけど、意外にできるかできないかの個人差が大きい。で、それが日常的にできてるかできてないかによって、無事故でいける確率が違ってくる。

細かい事故を運不運の領域のものとか外的要因に左右されるものとして考えるのは楽だけども、一旦すべてを自分の責任として考えると、意外に事前にできることがあったりする。外向けには「頑張ったけど防げなかった、しかたありません」って顔しててもいいけど、自分の中では事前に手当してれば防げた可能性を忘れてはいけないと思う。というか生まれつき気が回る人でなければ、わりとそういうプロセスを経て後天的に身についていくものだったりもするので、失敗に対して思い悩むのも悪いことではない。

よく「気配り」とか言うけど、そういう道徳的な人柄レベルの話ではなくて、仕事の現場では完全に技術の問題だと考えたい。正直「気配りのできる人」ではないし、そうなりたくもないけど、仕事で事故起きるのは嫌なので、結果的に気を使ってる感じする。

2014-04-13

23:13 |

みんなと一緒にどこかに行ったりお酒飲んだりするの好きなんだけど、ちゃんと安心できる感じがないと、予期せずつらい状況になることがあって、それは自分の弱さとか性格の悪さとかいびつさ故なのかも知れないけども、どうもうまく回避できない。

目的があれば、安心感がなくてもやることやればいいだけなんだけど、安心感がない状態でやることもないのはつらい。会社で飲んでてある程度人がはけた状態になるとついテーブルの上をガンガン片付けてしまう癖もたぶんそのへんに起因してる。

本来は自分はものぐさなので、飲み会とかだったら飲み物も食べ物も選びたくなくて座ったら出てくるみたいのが良いし、安心できる人とそういうところでずっと話してたい。その場にいない可愛い女の子の話とかじゃなくてお互いのことを話したい。

08:27 |

ある程度ちゃんとした状態で成人まで付き合える子孫って孫までってのが現実的だと思う。(別に血縁とかなくてもいいけど、たぶん対等に普通に話できる年齢差って50歳差ぐらいかとも思う)

そしたら、考えとか記憶を誰かに引き継いでいったとしても、せいぜい150年先までにしか残せない。人類の歴史全体から見たら思ったより短いし、なんだか人生のあれやこれやも「旅の恥はかき捨て」って感じする。

私のひいおじいちゃんの書いた本が近デジにあるんだけど、あったことも話聞いたこともないし、そもそも医学書だからおそらく今読んでも役に立たない。著書があるぐらいの人でも100年経ったらだいたいそれくらいの影響力しかない。 

08:14 |

意識高いのにもいい加減飽きたので、そろそろ意識を深めて行こうと思う

意識が高い意識が深い
TEDブルーシート
スタバで勉強家で考え事
ジョグ散歩
世界一周入ったことのない路地を覗く
グローバルローカル
アテンションを集める人を選ぶ
隠れ家的なお店ともだちの家
クラブイベントヘッドフォン

だいたいこういうことを考えてる。

一人の人間としての自分のサイズが最初にあって、触れることができるのは半径50cm、与えられた時間はせいぜい100年。それを忘れて概念の規模だけ大きくなっても仕方ないんじゃないかと思う。

08:01 |

何かの仕組み(これは自分の生活習慣とか世の中の制度とかあるいは企業の提供するサービスとか)はすべて寿命があって、それと付き合うときに、どの程度の期間通用するものなのか、みたいな感覚を持ってないと死体とダンスするみたいなことになる。

自分個人で完結する事柄なら、自分が死ぬまで保てばいいだけなので、自分の場合50年ぐらいの寿命のものであれば、それは永続的なものと考えて良い。それより短いものに関してはいずれ変わるものと思って付き合う。そう考えるのがいいんだと思う。

でも、人と生まれたからには自分個人で完結しないものさしも持ちたい。そういう時に子どもいると便利、と思ったけど子どもと自分の年齢差って人の一生と比べるとそれほど離れてなかった。2070年、両方ともおばあちゃんとして生きてる可能性がある。500年生きたいってたまに言うけど、わりとそういう意味で言ってる。人の体感できるものさしを越えてみたい感じがある。

まあ、話を戻すと、法律とかしょっちゅう変わるし、歴史上の常識みたいのも新しく発見して塗り替わっていくので、変わるものとして付き合ったほうが良さそう。日本最古の貨幣は和同開珎じゃないし、鎌倉幕府はいい国作ろうじゃないし。

2014-04-09

メモ

11:11 |

「それを生きるようになると、あまり言わなくなる」っていう言葉、はっとした。血肉になってしまうと他人に対する言葉という形にはならなくなるのかもしれない。そう考えるとたいていの上から目線の言葉は流せるかも。この人、それがこなれきってないんだな、って。

あと、好きな人のことを好きな気持ち、相手に十分に受け入れられてなくてどっか自分だけの妄想のうちは言葉として出てくるけど、相手にきちんと伝えられててお互い好きな気持ちが交わるようになったら、それは他人に対して漏れ出てくることはなくなるようにも思う。

「わたしたちこんなにしあわせなんです☆」みたいのを公然と言いまくってるうちは、本当のしあわせを生きていないのかもよ?

2014-04-08

21:33 |

思えば、右耳のピアスは、3年前にとても悲しいことがあったので気持ちを紛らわせるために開けたもので、ホールはもうとっくに安定してるし、悲しいことも「今にしてみればまあ仕方ない」という感じなのだけども、別にステンレスのファーストピアスでもカッコ悪く感じないので開けたままそのままにしてあった。

このあいだふと、なんとなくそれがよくない感じがしてきたので、ちゃんとしたのに付け替えようと思った。悲しい気持ちをずっとぶら下げてるのがよくない気がした。

これに限らず、なんか悪い時期の習慣をそのまま続けてるみたいなことがいろいろあると思う。無意識に当たり前になってることを変えていきたい。