2013-05-18
■
抽象的な話だけど、何かを統合して一つにしていくような方法を取る人と、ばらばらにしていってそれを囲い込んで自分の王国を作ろうとする人がいて、後者のほうがどうしても相容れない。外から見たら人望があるように見えたりするけど。
どうも自分は「カヴァーする範囲が広い」みたいのが好きで、求心力の逆の力みたいなのが使いたいと思うことがある。大きな布の四隅を持って逆側に引っ張り合うみたいな動きとか、手分けして広い地域の地図を完成させるとか。つなげて広くしていきたいんだと思う。
■
定量的な裏付けを用意できない事柄であっても、定性的に論理だてて話すことはできるはずで、その努力を怠るのはどう考えたって不誠実だと思う。
世の中には、その努力を怠り「自分が命令する立場なのだから、その命令には従え、最後には自分が責任取る」みたいな言い方をする輩がいるけど、そういうタイプの人は、誰かの命令に従っていれば回るような場所で、誰かの命令に沿って働くべきであって、なんらかのクリエイティヴィティが求められる組織に、管理職であれスタッフであれ、いるべきではないと私は思う。
だいたい自分が責任を取れると思ってるならば、前提となる認識が間違っている。謝れば、やめれば、あるいは降級するとかで責任取ったことになる、みたいな考えなんだろうけど、例えば1年間間違った前提にもとづいて仕事をやってそれが全部無駄になったとして、その間の時間的な損失に関してはどうあっても責任なんて取れないものなのだから、「自分が責任とる」って軽く言える時点で、仕事のことを甘く見すぎている。それともタイムリープ能力でもお持ちなのでしょうか。
■
一緒に仕事したり遊んだりしている自分よりも20歳ぐらい若い人たちに対して「たぶん私はこの人たちより先に死ぬんだなあ」と思うことがたまにあって、現時点で自分のできることがいくらクソのようなものであっても、彼らはそれより絶対にステキなことができるとしたら、「先に死ねる」ということにすら希望を覚えたりします。
2013-05-11
■
昨日までの精一杯の結果が今日目の前にある現実だとしたら、それをより良くすることは、時にそれまでの精一杯を否定することだったりする。
否定したり否定されることに否定的になってしまうと、だましだまし積み重ねていくようなことしかできなくて、増築に増築を重ねた家みたいなことになってしまう。
リスクマネジメントと改善に関しては、徹底的なネガティブさが必要な領域だと思う。昨日までを疑って否定してネガティブに考え切らないと何もできない。
マンガのコマの引用とか
スキャンしたコマを挿絵として無断使用するのって、法的に白か黒か議論する以前に、普通のモラルとしては逸脱してると思う。
そして、特に誰かを困らせない範囲でモラルから逸脱すること=洒落とかロックとか歌舞伎とかそういうもの。そして、ああいう形で画像を使うのも一つの文化で、そこは否定しない。
でもそれは「ここだからできるよね」「仲間内だからいいよね」という片目つぶってる感じを踏まえてのことで、それをオフィシャルな立場の人がオフィシャルな場で堂々やってしまうと、なんか違う感じになるなあ。
何にしても、アマチュアは身軽に逸脱することができるけど、プロは(特別な言い訳がない限り)逸脱できない。商業誌ではできないことが同人誌ではできる。メジャーではできないことがインディーズではできる。企業の作るサービスにはできないことが個人ならできる。
実際には、当事者はその有利さに対して自覚的でないことも多い。だから、メジャーになったとたん面白くない、ってことになってしまう事例も多いんじゃないかしら、そういうことも考えた。
2013-05-06
中書島
中書島の長建寺は弁財天を祀っているお寺。特別拝観でご本尊が拝めるということなので天気もいいし出かけてみた。
ここのおみくじは、お寺のパンフレットによると「おみくじの元祖、天台宗の良源大僧正のおみくじを現代風にアレンジ!和歌になったナウーイおみくじ」らしい。ナウいのか・・・。お参りした後引いたら、しっかり凶だったけど。
あと、貝守を買って帰ってきた。このお守りはコイン型になっててお財布などにしまって種銭として持てばいいというものなんだけど、女性器をかたどってあって非常にかっこいい。「外人さんに人気なんですよ」ってお寺の人が言ってた。クールジャパン。
水辺を散歩してたら、船着き場があった。乗ってみようかなとは思ったけど、1時間ぐらいのコースでちょっと一人だと間が持たなさそうな気がしたのでやめにした。今後は娘でも連れて行くかな。
たぶん、あじさいの季節が良いとおもいます。













