ケーキに載ってる苺は最初に食べるほうが甘い RSSフィード Twitter

 

2016-01-24

計画立て直すにあたって見た最近のダイエット本

23:26 |

ダイエットの本、本屋さんで買うの恥ずかしいけど、kindleでしかも安くなってると立ち読み感覚でダウンロードしてしまう。

最後のダイエット

最後のダイエット

すごい簡潔。自分が目標体重まで減らすのにどの程度カロリー収支を減らせすればいいか最初に計算して、日々の生活改善によって調整していくというもの。計画立てれるサイトもある。アプリ欲しい。

Di理論 新しいダイエット理論

これも簡単。週2回、500kcalまでに食べる量を減らすことで、週単位でのカロリー調整しつつ、空腹感を正しく身につけることになるらしい。空腹時間を長めに取るのは昔はダメって言われてたけどドカ食いにつながらなければ大丈夫なのかな。

痩せてる人ってなんか「そういえば今日お昼何も食べてなかった」みたいなことよく言ってると思うし、自然にそういうライフスタイルになってるのかもしれない

老けない人はやめている

老けない人はやめている

なんかありがちな炭水化物ダメ/スーパーフード食べろみたいな感じだったのでパス

運動嫌いな人が無理に運動しても痩せないって書いてあって、まあそうだなって思った。ただ1割の運動のほうも欠かすことはできないらしいので、それは歩くなり走るなり自転車乗るなりがんばってみようという気持ち。

シリコンバレー式のバターコーヒーが短命食ってばっさり切られてて面白かった。全体的に王道。有酸素運動筋トレ+食事制限。

美しい人はみな、自己管理ができている

美しい人はみな、自己管理ができている

なんか全体的に変な理論って感じだった。週末に果物だけで断食するとか。それこそミスコン前とか結婚式前とか短期間で痩せるならよさそうだけど、すごく果物大好きな人じゃないと続かなさそう。

理論はちゃんとしてるけど、自転車でやせるというよりサーキットトレーニングで体力つける、みたいな本だった。むしろ自転車早くなりたくなったらやろうと思った

MyAge 2015 Autumn/Winter (eclat mook)

MyAge 2015 Autumn/Winter (eclat mook)

試し読みしたら、意外に誌面構成が綺麗でよかった。ここで特集されてる「大人の筋活」痩せるとか綺麗になるよりも「寝たきりにならない」とかいう方向性なのでむしろ切実感がある。私も怖いのでスクワットは続けてる…。

日記(1/23)

22:06 |

もともとわりと太りやすい体質なので、こまめに体重管理してあまり太りすぎないようにしてる。でも、年に1度ぐらい、誰にも求められず誰からも褒められないのに自分のためだけに自分で自分を管理するのが虚しくなることがある。昨年8月末ぐらいにその気持が唐突にやってきて、そこからどうしても立ち直れなくなり、不摂生生活をしてたら5kg弱ぐらい太っていた。

さすがに、このまま無制限に太ると、好みの服が着れなくなるとか、ブーツが履けなくなって寒いとか、いろいろ不都合が生じるので、また管理生活を始めた。

ちょうどfitbitで歩数とか心拍とか測っていたので、通勤と家事だけだと1日に6000歩弱動いてて、消費カロリーが1500kcalぐらいということがわかった。

痩せようとするなら、さらに収支をマイナスにしないといけないから、ここから摂取を300kcalぐらい減らして、100kcal分ぐらい余分に動く必要がある。1200kcalで食べられるものってすごく少ない。ほかほか弁当とか1個でそれくらいのカロリーのがある。とはいえ、逆に言うと1日に1200kcal食べられるということは、他の食事を控えめにすればがっつり食べてOKってことにもなるから、管理しやすい気がする。

前に、焼肉食べ放題で食べたもの記録して、自分が欲望のままに食べた時にどれくらいのカロリー摂取できるか計測したんだけど、どんなに食べても3000kcalぐらいが限度なので、前後2日ぐらいかけて調整すれば1日欲望に身を任せても大丈夫ということになりそう。

ダイエットの方法、諸説あるけど、私は日頃そんなにたくさん食べるほうじゃなくて、お酒飲んだ時とか今日は食べるぞ!みたいな気持ちのスイッチ入った時に欲望が爆発するタイプなので、そういうのとどう付き合っていくかが鍵って感じはする。日頃を質素にしてバッファ持たしておくのが合ってると思う。

で、年明けに5kg弱ぐらいまで増えたところから2週間ぐらいで2kg落とした。今年はがんばって標準体重ぐらいまで減らしたい。ふくらはぎが入らないブーツがあるので、それが履けるようになりたいという目標がある。

2016-01-11

日記(1/9)

22:00 |

ガルパン見てきた!

ガルパン、出てくる女の子がみんないい人でいいと思う。女の子のキャラがいっぱいでてくるアニメ見るときに「みんないい人かどうか」って私の中では重要。いい人ばかりだとリアリティないって言われるけど、たとえばアイカツ!の場合、織姫学園長が学園生に対してむちゃくちゃきめこまかくフォロー入れてて思春期アイドルたちの心をまっすぐ育ててるとか、そういうのがわかるよう描写されてるし、ガルパンの場合、そもそも「戦車道」が婦女子の精神を鍛錬する武道である、という設定の強度から「ここまで勝ち上がってくるぐらい強い学校の強い生徒はみんな人間できてるんだろう」というところに不自然さを感じないのが良いです。いい人(イエスマンという意味じゃなくて、もっと性根がまっすぐというかそういう)ばかりの組織を作るの、難しいけど綺麗事じゃないと私は思っている。少なくとも戦闘フェイズでは。

で、劇場版本編は、映画らしくできてて、たとえばラブライブの劇場版のMGMミュージカルへのオマージュ要素みたいに、古きよき日本アニメへのオマージュ要素がすごく盛り込まれてました。SHIROBAKO見てたので、水島努監督の愛みたいな部分がわかりやすく伝わったのよかった。みぽりんがずっと大事にしてる「ボコ」への掘り下げ方とかね。

はー、いいものみました。

追記:継続高校のミカ役能登麻美子さんとアキ役下地紫野さんがスナフキンムーミンみたいな掛け合いするの面白かった。って書いて、ふたりともアイカツ!の人だと思ったのでした。

はーかっこええんじゃー。 https://youtu.be/gZx1zl_sVTI

2016-01-03

13:46 |

でも、非英語圏に特化したグローバル化ならば意外に面白いかもしれないなという気持ちにはなった。

具体的には、mediumのURLに対してすごい腹立てているというのが背景にある。

13:15 |

初めてインターネットを使い始めた時(私の場合、ニフティのフォーラムとかメーリングリストとかネットニュースとかから)人間が思考をアウトプットして、それをフックとして人が繋がること、その繋がる相手の住んでいる場所や社会的な立ち位置とは関係なく、純粋に思考する人間として繋がること、にものすごい開放感を覚えたので、それを広げたいって思いが強かった。

別にそこまで難しいことじゃなくてもよくて、たとえばもっと生活に関すること、料理のレシピとか、このコスメ良かったとか、そういうクチコミに近い情報だって、テキストエリアを前にすれば書けることが、普通の友達を前にして言葉では言いづらい、言うと面倒臭い人ぽくなったり、反論しづらい、というのはあると思ってたので、むしろ自分のやりたいのはそっちかなと思った。

で、すでにそこから10年以上経って、インターネットで情報を交換するのは普通になったけど、普通になった分、むしろ、あまり自由には思考をアウトプットしづらくなってきたというのはみんな感じてると思う。今だってフェイスブックで誰かの意見に反論したくなってもコメント欄では反論しづらくて、黙ってフォロー外したりするだけになってる。それは快適だけど世界は広がらないなーって思う。なんかそういうのがあって自分自身は元気なくなってる気がする。議論ストレス溜まる、でも、議論しないとコミュニティは死んでいく。

あと、個人的な志向として正直に言うと、サービスを世界に広めたいとかあんまり思わなくて、、むしろ、ワンブロック内に住む人間でもお互い知らないことがいっぱいあるし、知らない人がいっぱいいるし、そういう人たちと出会うことができないだろうか?と思う。移動と輸送のコストはとても高いから、それをゼロに近づけるため近くに住む、近くにあるものでまかなうというアプローチはないだろうか?

だから、日本語という言語とそれにまつわる文化をもっと自由にしたい、自分はそう思ってるんじゃないかなって最近感じる。不自由さとか気まずさみたいなの、すごいローカルな感覚であまり普遍的ではなさそう。グローバルなサービスは、そういうの、どんどん踏み荒らしていく。シリコンバレーに行った人が「こちらはいつもいい天気でみんなポジティブ」って言うけど、高温多湿で冬は寒くて皮肉の効いた応酬が飛び交って殺伐としてるのも文化だし、毎日晴れてたら咲かない花だってある。そういう花を枯らしてポジティブに笑ってるのどうなのよって気がする。あれ、そしたら自由にしたいというわけじゃなくて、不自由で気まずい中でも自由に振る舞えるように生態系を整備したいという話なのかもしれない。

なんか、こういう感じでグローバル化に関してわりと批判的な感覚持ってるの、最終的には企業から落ちこぼれそうな気がしてならない。そういう意味で将来が不安。

年初の話

12:58 |

目標とか書こうと思ったけど、なんかうまくまとまらない。

正月に実家で家を買う話してて、自分もまあ買おうとすれば買えなくない情勢ではあると思う、というか買いたい。でも、近い将来娘は自立するだろうし、私自身、一生一人で暮らしたいとは思ってないし、今の会社の今の拠点でずっといるとも限らない。今後十年ぐらいのスパンで考えても、どこで何人で暮らすのか確定してない以上、不動産買うの大変だなって思う。なんかそういうとこで中途半端さはある。今の部屋、立地とかサイズは気に入ってるけど、設備全般が古くて防音もあまりよくない(近所のライブハウスみたいな民家の音が丸聞こえ)ので、微妙にストレスある。

なんか、仕事にしてもプライベートにしても、愛情や熱意みたいなものの行き場がなくて空回りして不安定になってるのがダメなのだと思う。100%の熱意ぶつけると必ず周囲のニーズにはあわなくなるから、70%ぐらいの出力のほうが波風立たないんだけど、それだと自分の心は死んでいく感じある。ここ1-2年のスパンで、きちんと形にして構築できるもの、熱意を100%注いでも許されるものを見つけたい。

すごい抽象的だけど、なんか長年押し殺して来たものを一度リセットしないといけない感じがする。黙っていたら円滑に進むことにあえて角立てるみたいなことは怖いけども、今それをやって傷ついたとしても後々そのほうがよさそう。新しい気持ちで生きていきたい。

日記(年末年始)

12:06 |

31日

うちは大晦日と元日は教会に行く家で、それが苦手なので、昔から何のかのと理由つけて実家帰るの避けてる。具体的には、教会で多人数でお祈りするのが、なんか自分と神様に嘘をついてるみたいで苦手。神様にお祈りするのってかなりパーソナルなことだと思うんだけど、それを共有して、知らない人に「アーメン*1」とか言われると、なんかすごいしんどい気持ちになるので行かなくなった。聖書でイエスキリスト自身も、衆人環境で大きい声でお祈りするのを戒めてるのに、なんでああいう感じになるんだろうって思う。

で、近所の友達の家で食べ物とか飲み物を持ち寄って年越しした。紅白からゆく年くる年の流れはある程度の人数であればすごく楽しいということがわかったので、だいたい例年そういう感じにしている。見たことない歌手とか見たことないお笑いを1年に1度ぐらい見る。あと来年からの大河と連続テレビ小説情報もそこで知ることになる。

おもしろ荘」に出てたZAZYが良くて、過去の動画も見たけど初期から見てるとどんどんこなれてうまくなっていくのが見えてよかった。持ち味として魅力的な部分だけを残して、アカンところは切っていくみたいなプロセスがあって、それは、的確なアドバイスしてくれる人が周りにいたのか、自分に勘があったのかはよくわからないけど、今後楽しみな感じする。リズム感と間の取り方、他の若手の人はあんまり良く出来てないように見えた。

1日

夕方から実家に帰っておせちとか食べた。

母は相変わらずだけど、母の叔母が同居しだしてから落ち着いてる感じがする。あれはとにかく誰かの面倒みないとダメな人なんだと思う。なんか調子よく飲んでたら酔っぱらった。

近所の駅前にできるタワーマンションを買おうという話になってたらしいけど、抽選外れたって残念がってた。都心回帰が進んでる中であの立地のタワーマンションどう見ても地雷物件な気がする。正直、外れて良かった。なんかタワーマンション信用できない。バベルの塔って感じする。

2日

年末に日本酒の福袋?を買いすぎたという人の家でその日本酒をおよばれすることになった。伊集院光のTVの録画を見る。ドッキリ仕掛ける時に心拍数モニタリングしてて、心拍数いろいろ使いみちあると思った。

しかし純粋に心理的な要素だけで平常時80ぐらいの人が130以上まで上がるもんなんだな。

*1:お祈りの締めだけじゃなくて、「その通りになりますように」って本来の意味で使われる言葉で、要はお祈りのいいところでコールが入る

2015-12-31

日記(12/30)

15:19 |

友達の家の餅つきを手伝った。たぶん六升分ぐらい?

餅、作業プロセス全体が面白い。バーベキューの炭水化物バージョンというか。みんなでやれば早いし楽しい。農家、ぜったい大変だと思うけど楽しい要素はなんかわかる。

農家+インターネット経由でよくわからん人が集まる、みたいな感じになると田舎の閉鎖性が緩和されて楽しいかもしれない。すごく安直にものをいってるとは思う。

あと、あんまり自分にその自覚なかったんだけど、赤ちゃんの扱いと猫の扱い、雑だけど相手からはなんか好かれるようです。(犬もたぶん大丈夫)

2015-12-26

日記(12/25)

22:01 |

何か依頼する→できるできないを判断し伝える、みたいなコミュニケーションにあたって、お互いにその背景とか理由とかあるわけで、それを、確認したり理解しようとする姿勢とか、逆に確認された時に伝える姿勢とかの良し悪しって本当に大事だと思う。

すごい単純に言うと、お互いに好意があると言外のことまで読んで考えようってなるし、好意ないとそれがうまく動かなくて困る感じ。前者だと150%のクオリティの結果になり、後者だと50%以下ぐらいになる。その差が大きすぎる。

本来、依頼自体のスジの良し悪しとか、逆に受ける側の能力とか、そういう問題が占める割合より、実はそういうコミュニケーションの問題のほうがはるかに大きいんじゃないかと思う。

一緒に仕事してる以上、大きい視野に立てば利害は絶対的に一致するはずなのだし、さっき「好意」って表現したけど、それは個人的な好き嫌いじゃなくて、なんというか相手を味方だと思うことなのかも?

このへん、なんかいろいろ難しくて、ずっと悩んでる感じする。