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終わるのは私たちの世界ではない RSSフィード Twitter

 

2017-10-17

よく人を好きになる条件とか言うけど、私にとって、人を好きになるのは、その人の放つ光とか色とかそういうのに心を惹かれる瞬間があって、そこからその人に少しずつ入り込んでいくような体験なので、あんまり具体的な条件がない。薄暗い道を歩いてて、ぼんやり灯籠が見えて、路地の奥にある店を見つけるような感じ。

実際に飲み歩いてても、そういう感じで「気になる店だけど入れない」みたいなのはある(メニューとか出してないと特に)。でもある日、友達に紹介されて入れたり、そのお店が「日本酒フェア」とか張り紙だしてたらその日に行ってみたり、最近だとSNS経由で行くとっかかりを見つけたりする。そうやってお店に通えるようになる。好きな人にアプローチするのと似てる。

話を戻すと「その人が光のようなものを放っていて」といったとき「それは魂だね」って言われたようなことがある。そうなんだろうか。でも人間はそういうエネルギーを放っているし、それは特別な能力などなくとも感じられるものだと思う。条件とか理由とか何もない。放つ光に惹かれるかどうかだから意味はない。でもそんなに難しい条件でもないようには思う。何しろ惚れっぽいので。

2017-10-12

ブログに人のことを書くとき、誰という対象をあえて書かずに書くというスタイルができつつある。記事の中でどういう表現で書こうと考えて思いつかなかったので、なんとなくそうなったんだけど、たとえば「私が誰かに何かをした」という文章を書く時、この「誰かに」はそっくり省けることに気がついた。日本語表現は面白いと思う。

古典の日記は対象をそのまま書いたりしなくて、文脈から浮き彫りにするような書き方をする。あれをお手本にしている。

2017-09-21

ひとと接する時って、だいたいいつでも大事にされてる庭にお邪魔するような気持ちになるけど、その人の庭はなんというか子どものころから遊んでいたお寺の境内みたいな感じ。だから、普通にサンダル履きで踏み込んで落ちてる枝を振り回したりしてたけど、踏み込む領域が増えるにしたがって「あれ、この苔は踏んではいけないやつでは」なんて今になって思うようになった。

ずっと、土足で踏み込めないような静謐な気持ちになるような庭が好きだと思ってたけど、こうやって庭で遊ぶのも悪くないのかもしれない。いつか冬になったら白い雪に足跡をつけたい。雪合戦しようぜ。

2017-09-12

終わるとしても、過程は確かに残るものだから忘れなければそれでいいとも思った。