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ケーキに載ってる苺は最初に食べるほうが甘い RSSフィード Twitter

2015-03-26

21:53 |

この間からジェンダー系の話題が盛り上がってたりしていろいろ考えてたんだけど、私は ザ・シス!ザ・ヘテロ!みたいな女性だし、そもそも自分が性的な意味で女性として見られることに関してあんまり嫌悪感はなくて、もし、そういう部分を褒められたとしても「はい、ありがとうございます」って感じなんだけど、一方で、世間にはそう見られることをとても嫌悪する人がいるというのも、またわかる。

たぶん、その前に、一人の人間として尊重されてるかどうかの違いなのかなと思う。もし、自分という個人を尊重された上で性的な魅力があるって言われたらすごい褒め言葉だと思うから。でも、もしも、そこをすっ飛ばして肉だけ褒められても嫌だし気持ち悪いと思う。

で、私の場合、すっ飛ばされた経験がないから嫌だという感じがシミュレーションできなくて、おそらく、そこをすっ飛ばしてくるような男性からすると、最初から評価低くて相手にされてなかったんだとも思うし、それは世間では「モテない」と言われる状況に相当する。

(そういえば、昔、肉食系の偉い人たちを交えた飲み会で「女っ気がないからナンパしてくるわ」とかいって隣のテーブルの女子大生おっさんたちが流れていったことがあって、あれは本当に失礼だと思った。あの女子大生の立場だったらそりゃそういうの嫌だろう)

男性との関係だとしても、本来は一人の個人としての関係があって、その延長線上に性的な関係もあったりなかったりする。で、だいたい、そういう人たちと友達だったり恋人だったり一緒に仕事したりしている。なんかそれが当たり前だと思ってた。

もしかして、そういうタイプじゃない男性からは私は見えてないんじゃないかと思うことすらある。だから、そもそも関わることすらなく(なにしろ一緒にお酒飲んでても別のテーブルに行ってしまうのだし)嫌悪感とか敵意を抱いてる暇もなかったし、わざわざ嫌悪する以前に向こうが相手にしてくれないわけで。

それを「無意識にブロックしてる」と人に言われたことあるけど、ある意味、恵まれてたのかも知れない。

2015-03-25

19:49 |

宗教に関して嫌悪感とか恐怖感みたいの持つ人も多いし、実際、邪悪なのも多いんだけど、頭から拒絶している人については、それはそれでよくない感じがする。よくないというか、なんか幼さを感じる。

世の中には、人間が自分の人生のサイズで考えていてはわからない大きすぎる問題がある。生と死の意味とか、善悪とは、それによって生じる因果とは、偶然はどうして偏るのか。そういう論理的証明できないややこしい問題をを自分で1から考えて1から悩むの、心に対する負荷がばかにならない。悩んだことがある人ならわかると思うけど。とことん悩み切るほど強靭な人はたいていいない。

でも、思考停止してしまうと、目先の利害と本能に基づいた動物的な生き方にならざるを得ない。人が社会で生きるからには「死んだら終わり」というわけにはあんまりいかない部分があるので、それだと困る。

宗教って、たいてい、突き詰めて悩んだ開祖、そしてその弟子が連綿と考え抜いた結果として、そういうややこしい問題に対する仮説を提示している。で、その仮説を集合体で共有することによって、人間は人間一人以上のサイズで物事を考えることができるようになる。いわば思考フレームワークみたいなもの。儀式だの戒律だのご利益だのお布施だのは本質的なものではない。あくまで二次的なもので、どっちかというと共同体を結びつけ維持するために行われていると考えている。だから、そんなものにはさほど興味ない。

怪しい新宗教の多くは、仮説にほころびがあったり伝統的なのからパクったりして適当に作った上で、共同体を維持する仕組みだけを強固に作ってる感じがする。でも、伝統宗教というのは、それなりの時の流れに耐える強度を持った仮説だし、運用を間違えなければ非常に有用なものだと思っている。

そのへん、そもそも考えることを放棄した人には宗教を馬鹿にする資格ないし、馬鹿にするの、非常に不用意なのではとも思う。

さらに、もっとヤバいのは、そういう人は、明確な生きる指針を持たないが故に、むしろ他の手段で共同体を維持するための何かに飲み込まれる危険性がある。人間は共同体から離れては生きていけないから。たとえばお金であったり、目先の快楽であったり。生きる目的として、自分が理屈で演算できる範囲の、小さいサイズのものを提示されたとき、アホみたいについていってしまったりしないか不穏な感じがする。マルチとか、秒速とか、札束風呂でモテまくりとかああいうやつ。そっちのほうがよっぽどアホ臭いと思う。だまされないぞと頑張る時点でだまされている、みたいな話になってる。

たぶん、そのへんで普通にカジュアルな感じで無宗教って言ってる人、正確には「仏教神道と自然崇拝がなんとなく混ざった日本特有の精神風土に生きています」という感じがするから、なんかそれを認めたほうが健全なんじゃないのって気持ち。まんまんちゃん、あん。的なやつ。

2015-03-24

01:33 |

自然にはまっていくものを横で面白がってたら、私もそこそこ楽しめるようになった

幼児の育児してる親が、ほとんどもれなく「おかあさんといっしょ」に詳しくなる、みたいなのに近いと思った

2015-03-23

13:05 |

今でこそ娘と普通にオタトークしてる感じだけど、実は1985年ぐらいから2010年ちょっと前ぐらいまではアニメ方面にまったく触れてなくて、むしろ嫌悪感を持ってた。エヴァは未見、ガンダムは「小学生時代に男子が初代を見ていた」ぐらいの知識しかない。

よく、娘をオタク英才教育したように言われるんだけど、それは違ってて、むしろ娘が成長するにつれ、自分で自然にはまっていくものを横で面白がってたら、私ももそこそこ楽しめるようになったというのが正しい。娘がジャニーズにはまってたらたぶんジャニーズに詳しくなってたし、EXILEにはまってても、それなりに誰がかっこいいとか話してたんじゃないかと思う。

思い起こせば、自分がアニメをわりとちゃんと見るようになったの、ゆるゆりぐらいからだった。2010年ぐらいからアニメがするっと入ってくるようになった。自分が変わったのかコンテンツの質が変わったのかは厳密には理由づけできないけど、1990年ごろのアニメの絵柄とかストーリーとか今みても微妙に嫌悪感があるし(セーラームーンアニメを今見たら不快感しかない)たぶん質がかわってきたんだと思う。今放映されてるアニメは、だいたいキャラデザとか動きとかがちゃんと可愛いって認識できるようになってる。体感では、ハルヒけいおんの間ぐらいにターニングポイントがあったように思う。けいおんは、ちゃんと見てないけど曲は良いしキャラもかわいいなって思ってた。

あずまんが大王はまんがのほうは読んでた。でも、アニメは微妙に古さがあって、アニメから見てたら好きにはなっていなさそうな気がする。

2015-03-18

00:34 |

春なのでなんか可愛いものが欲しい。

服とか化粧品とか靴とか香水とかそういうやつ。

そういうので少し心が盛り上がったりするの便利だと思う。