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ケーキに載ってる苺は最初に食べるほうが甘い RSSフィード Twitter

2015-04-25

15:52 |

あと、フェリシモで360度ストレッチ素材の黒ジャケット売ってて、それがすごく具合良かった。伸び縮みしない服着るとそれだけで疲れるけど、ストレッチ効いてたら着たまま夜行バスで寝れるぐらい違和感ない。なんかカッティングがあってたみたいで体型も綺麗に見えるっぽい(痩せた?ってすごい聞かれる)おすすめ。

http://www.felissimo.co.jp/fashion/v1/cfm/products_detail001.cfm?GCD=408494&gwk=881&iid=p_fc_RCM_sprd&wk=36615

同じ素材のスカート欲しいけどパンツしかない。パンツスーツ似合う人、10人女性がいたとして1人いるかいないかだと思ってて、ほとんど残念なことになるし、自分は確実に残念側なので何があっても絶対着ないと思う。

ウエストのところがぎゅってくびれてる感じの女性っぽいスーツが好きなので、お金持ちになったらシトラスノーツ着たい。(amazonでむっちゃ安売りされててびっくりした)

15:43 |

スーツの男性とカジュアルな服装の男性が並んでいると「職種の違い」として認識されるんだけど、どうもスーツの男性とカジュアルな服装の若くない女性が並んでいると、なぜか対等な感じがしない。(若くて美人で尖った服装だったりしたら「クリエイティブ系の人」として職種の違いになりそうだけど)

そういうこともあって、スーツの男性が多い場所にはジャケット着ていくようには心がけている。自分がアシスタントみたいな仕事するならべつにカジュアルでもいいんだろうけど、対等な感じでメンバーに入るには擬態したほうが手っ取り早い。

そうやって擬態するようになったのと、あと、役職名ついたことによって、外部に対して話が通じやすくなった気がする。決裁権があることがわかりやすくなったからだと思う。

見た目で判断されるのアホくさいとは思うけど、見た目を整えることでちゃんと判断してもらえるんであればコスパいいかもしれない。自分自身も気後れせずにすむし、たかが服装ぐらいのことで気後れするのすごい無駄だとも思う。

2015-04-18

16:06 |

20代も半ば過ぎるまで感情の取り扱い方は苦手なほうだった、という話をして、どうして今は取り扱えるようになったのかって聞かれたので、うーんと考えこんで「人との出会いかなー」って答えたんだけど、家に帰ってもっと突き詰めて考えてみたら、テキストベースで感情を入出力できるようになるまでは、そもそも人が何を考えて何を感じているかすらよくわからず人間関係を築く事自体が不得意だったので、結局はインターネットのおかげなのだということに気がついた。

2015-04-14

23:23 |

水面下で何かするほうに対して適性があるのはわかっているんだけど、光の当たる場所にいたいという渇望がどうしてもあって、たまにすごいこじれた気持ちになることがある。正直、どうしていいのかわからない。

怖くて隠れてるだけなら、自分で光のほうに出て行けばいいじゃん、といってしまえば簡単なことなのだけれども、立場上、水面下にいるべきなのではないか、そうでないとできないこともあるのではないか、という気持ちが強い。難しい。

たとえば、普通に仕事してても、ちゃんとクリエイティブなことをやる人とチームとしての一体感をもって何かできてたら、そこはわりと健全に昇華できるんだけど、切り離されるとどうしてもつらい、とかそういう感じ。

2015-04-13

01:40 |

こうやって、もやっと考えたことを言語化しておくと、後で読み返すと自分の中でも矛盾がある場所が出てきたりして、自分の拘泥って大したことないなーって思えるので結構良い。

00:14 |

写真も、その人自身をコンテンツにするようなやつじゃなかったらべつにいいんだけどなあ。何かのイベントがメインで映り込んでるとか「すごい幸せな時間とか空間があってそこにその子がいた」」みたいな感じが伝わってくるのであればいいんだけど「可愛いXXちゃんの写真」みたいな感じで取り扱われると(取り扱われるほうとしては)たぶんつらい。

00:08 |

子どもの写真を祖父母と共有するサービス」みたいなのを「良いもの」「世の中を良くするもの」として受け入れられてない感じがする。どうも「必要悪」ぐらいの気持ちで納得してる。

それは、自分が子どものころから、自分の肖像がコンテンツとして流通するのが限りなく嫌だと思っていたからだと思う。10歳ぐらいの時にはもうそれがとても嫌だった。

まだ、乳児のうちの写真であれば撮られてる側の本人の自我もほぼないから、単なる記号みたいなものとして割り切れるけど、ある程度、物心ついてからの自分の肖像権って本来は自分に帰属するものなのに、親が好き勝手に取り扱うのが本当に嫌で、その時の自分の気持ちとは違うストーリーを勝手に添えて良く知らない人に見せびらかされるのが本当に許せなくて、なにより、それを嫌だという気持ちが理解してもらえないのも辛かった。大人になってからは、一応周囲の人はこの写真を公開していいか聞いてくれるから、子どもの時ほど写真を撮られたりそれを公開されることが嫌じゃなくなったし、むしろ嬉しいんだけれども。(撮られたいです!)

ただ、世間一般の情勢を見ても、たぶん親の立場からすると、子どもがそんなに嫌がるのはどうしても理解できないと思う。というか、そこまで嫌がる子どもも本当はそんなにいないんだろうし、自分が特殊なのだとは思う。でも、やっぱり、子どもの自我、自意識、そういうものが蔑ろにされてるような気がしてならない。考え過ぎかも知れないけど。

いきなり話が飛躍するんだけど、子どもを養育するのとか、老人を介護するのとか、あるいはホームレスを支援するような、弱者を守る現場では、完全に善意で良心的になされていたとしても、突き詰めると相手の権利を制限することがしばしばある。で、どこで線を引くかが本当に難しい。

援助者が、弱っている相手の権利を自分のものにして、好き勝手にコントロールすれば、非常に効率よく善意をふるうことができるし、それを正しいとする人もいる。そうしないとどうしようもない現場もある。でも、キレイ事かもしれないけど、やっぱり相手の尊厳を認めて、自由意志を尊重することがとても大事だということを忘れてはいけないように思う。

おそらく、子ども肖像権の問題も同じ根っこだと自分の中では感じていて、だからどうしても気になってしまうのかも。

2015-04-06

靴買った

22:28 |

愚痴とか悪口とかそういうネガティブな感情を露わにするのって甘えなんだと思ってて、べつに甘えて大丈夫な人に対してそれを出すのは悪いことじゃないと思ってるし、逆に、自分だって好きな人には甘えて欲しいって思うから、そういう感情を出してもらえると安心するところがある。そういう場所も人には必要だと思う。全部封じ込めると病気になる。

ただ、一方で、そういう甘えを受け入れてくれてるように見える人が全部喜んで受け入れてるわけではないし、にこやかに聞き流しながら甘えを心の中で嫌悪してることも多いから、そこは人とか場所とか選ぶ必要ある。

甘えてはいけないとこで甘えるの本当に良くない。たいていの大人は「そういうのいい加減にしたら」って親切には言わなくてとりあえずは受け入れてる顔してることが多い。気付かずに甘えをまき散らしてるうちに、周囲から信頼されなくなったり軽蔑されて最終的に損するのは自分だし。

自分もつい甘えてしまいがちなほうなので、気をつけないといけないと思った。

なんかバックアップから関係ないタイトルが入ったのでついでに書くけど、エナメルボルドー色のパンプス買いました。ヒールは高くないけど細くてエレガントな感じ。背が低いからローヒールのほうがなんか合う感じする。冬場はずっとかかとの低いブーツとか履いてて、そしたらハイヒール履けなくなった。夏に向けてちゃんと鍛える必要ある。

22:24 |

ポリティカルコレクトネスみたいな話するとき、フェミの人がミサンドリーっぽい感じで男全体を敵に回すような物言いするの、単純に戦略としてよろしくないなーって思ってる。

実際には、セクハラ娯楽を嫌がる男性も多いし、ポルノを公衆の門前で消費するのが好きじゃない男性も多いんだけど、男性全部がポルノ天国を望んでるみたいな物言いしてるのを見ると、本来は味方になってくれるはずのそういう男性まで敵に回してる感じする。

ずっと言ってるけど、どんな社会も片方の性だけじゃ回らないのだし、うまいこと協力しないとどうにもならないよね。