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ケーキに載ってる苺は最初に食べるほうが甘い RSSフィード Twitter

2015-07-29

00:55 |

「好きを仕事に」みたいなの良く聞くけど、そんなにみんなアフィリエイトとか好きなん?って思うね。

どうも、世間で「好きなこと」って言われるような感じのことが、なんか画一的なのが不思議な今日このごろです。たとえば、学校で言えば「遠足」とか「運動会」とか「文化祭」とか「給食」とか「休み時間」みたいな感じのことが、世間では「楽しいこと、好きなこと」ってなってて、授業=退屈、テスト=憂鬱ってことになってる気がする。

でも、実際に小学生のときのことを思い起こすと、そこまで全員そんな感じじゃなかっったはず。私とかはテストが一番好きだったと思う。変なアクティヴィティはいらんから、とにかく黙々と勉強して良い点取ってドヤ顔がしたかったし、それはそこまで特殊でもないと思う。私の同級生だって、運動会の時とかみんなだるいだるい言ってた。

でも、それなのにおとなになったら「運動会!晴れ舞台!楽しみ!」みたいな感じで思考停止してて、そうじゃない子どもがいることなんて全く疑いを持たない感じになってる。なんか、どこかで変な上書きが起こってると思う。

そういう状況を鑑みても、自分が「好きなこと」って思ってることが本当に「自分の好きなこと」であるかは先入観をとっぱらってゼロベースで考えたほうがよさそう。動画を撮影し公開するより、毎日ルーティンの業務をこなし毎月ちゃんとお賃金がもらえるほうが「好きなこと」って人、世の中に普通に多いんちゃうかな。

2015-07-26

東條希の話

10:46 |

ラブライブ!は、あくまで穂乃果が主人公のお話であり、群像劇じゃないけど、推しメンバーがいると群像劇的なドラマが見えてくる。私は、希推し、というか希のこと考えて見てることが多い。

もともと、希はコミュニティに溶け込めない子で、1歩外に出たところに居場所を見だしてて、ちょうど同じように外にいる友達(えりち)ができて、もう自分はそれでいいって思ってたとこがあるのに、μ'sに入ってから、そのいわば安住の地が崩れていくプロセスがずーっと描かれていて、そういうキャラクターって珍しいと思う。

2期の途中ぐらいから占いが当たらなくなりだしてるのが深い。占いって1歩外から見るツールだから、中に入ってしまうと当たらないよな、とか思ってた。

劇場版でも、一つ重要なシーンで不自然に希がいないの丁寧な感じする。雑なようで丁寧。

2015-07-24

劇場版ラブライブ!の話

14:57 |

舞台がNYということで、踊る大紐育というかMGMミュージカルっぽいシーンが多くてよかった。最初に摩天楼を見上げるシーン、地下鉄でのすれ違い、雨の中で踊る凛ちゃん、グラサンで逃げまくる三年生3人組とか。

これまでなにげに「スクールアイドルとはなんなのか」って説明があんまりない世界観だったけど、劇場版では、どうやら基本的には生徒が頑張る競技であるって位置づけなのも説明されてたように思う。(UTX学院とかはお金あるから学校にいる秋元康的な大人が仕切ったら嫌だなって思ってた)ちゃんとツバサ様が曲書いてたりしてたし。というかA-RISEが活躍してて最高。(たぶん私ああいう噛ませ犬っぽいライバルユニット好きだと思う。アイマス2におけるジュピターとか、うたプリにおけるHEAVENSとか)

全体的には話に整合性が取れてなくて、ずいぶん乱暴に押し切ったなあと思うところも多いんだけど、お祭り映画だからそういうものかなとも思う。見に行って良かった。

2015-07-21

死ぬ夢の話、続き。

14:12 |

riko.hateblo.jp/entry/2015/07/21/091722 さらに深く考えている。

夢の中で、死ぬと決まった後で「残さないと」と思うことや思いを残すべき人が思いのほか少なくて、でも、そこに違和感がなかった。

いざ死ぬとなると、近くにいてもらった人は母と兄のほかは古い友達1人だけ(といってもなぜ彼/彼女を呼ぼうとしたのかはわからない。そこまで付き合いはないはず)。考えてみたら、仕事関係者も友達も娘のこともあまり考えてはいなかった。すごくドライだ。

思うに、死ぬとなったら、未来を生きるために必要だったはずのものごとが全部執着になるっていうのが自分でもわかっていたような気がする。生きてるから本当に必要で大切なんだけど、死ぬときには違う。

だから、生きてるうちは死ぬと思って生きてたらよくない。生きてるうちに必要なものは生きてるうちに求めるべきだし、死ぬときは死ぬときでなんとかなるからそこから考えてもいいと思った。

断捨離、みたいな考えのあやうさ、そこにあると思う。

★★★

よく「人は1人で生まれて1人で死ぬ」っていうけど、生まれるときには確実に親がいる。もし、父親が死んだり逃げても、最低限、産み落とす母親なしに生まれることはできない。そこから分離して1人になって初めて人間なんだけど、そのぎりぎりのところまで一緒にいてくれる存在があることは軽んじてはいけないように思う。

そう考えると、死ぬときに母と兄を呼んで後のことを託そうとした自分の気持ちはすごくシンプルだった。まるで生まれるときのように死んでいこうとしていた。

2015-07-20

23:14 |

「感じ良くありたい」っての、シンプルで悪くないし、自分の行動規範にしてもいいように思えてきた。

どうも、昔から、融通きかなくて潔癖な部分があるのは自覚してる。でもストレートに不快感を表明しても、感じ悪いだけで状況はよくならない。むしろ、その場は感じよく対応しつつ、後日いろいろ手を回すほうが効果的にその状況を改善できる感じはある。時間はかかるけど、大局的には感じいいほうが勝つ気がする。

すくなくとも「今の感じ悪いな」って思ったらやめるだけなんだから、すごい単純に問題解決できそう。