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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2008-05-29

エーテル海のヨット

ヨットはなぜ風上に遡ることができるのか、不思議だと思わないか?

海辺を見渡しても、あるいは陸上であっても、自然に風と反対方向に走って行く物体を見たことがない。

ヨット以外は。


子供のころ、「全方位風力船」なるものを考案したことがある。

船の上に風車を置く。その風車が回る力を利用して、船のスクリューを回して前進する、というしくみだ。

この船の良いところは、どの方向から風が吹いてきても、それに関係なく自分の進みたい方向に前進できることだ。

風見鶏のついた風車というものがあるだろう。

あるいは、後ろに羽のついた風速計のようなものであってもよい。

あんな感じに自由に回転する台の上に風車を取り付ければ、いつでも風の吹く方向に風車を向けることができる。

風車の回転を、歯車とシャフトを使ってスクリューにつなげれば、風の力を使って自由に航行できる船が作れるだろう。


これはすばらしいアイデアに思えたので、さっそく私の夏休みの工作の題材となった。

残念ながら、当時の私の工作技術では自由に向きを変える風車を作ることは難しかった。

そこで、風車は円筒形の羽が水平に回る形となった。

スクリューも手に入らなかったので、水車を取り付けて外輪船となった。

力を伝達するのは、田宮模型のギアセットだ。


こうしてできあがったおもちゃの船を、さっそく近所にあった池に浮かべてみた。

果たして船は思惑通り走っただろうか。

風が吹くと、確かに風車は回転した。

それに合わせて、外輪も少しは回った。

しかし全体として見れば、船は明らかに風下に押し流されてるばかりだった。

船全体が受ける風の力に対して、風車が生み出す力はあまりにも小さかったのである。


こうして夏休みの工作は失敗に終わった。

しかし、「風車+スクリュー船」は本当に失敗作だったのだろうか。

つたない子供の工作ではなく、細心の注意を払って巧妙に作ったしかけであれば、あるいは上手いことゆくのではないか。

ここで改めて考え直してみたい。

もし船が何の抵抗もなく、水面上を自由に滑ることができたなら、その上に乗った風車は全く回ることはないだろう。

風車が回るためには、軸がしっかりと固定されていなければならない。

船体が風と一緒に流されていたのでは、風車から見れば風が吹いていないのと同じことになる。

しかし実際には、船体にかかる抵抗が全くのゼロという状況もあり得ないだろう。

私の作った船でも、確かに風車は回っていたのだ。

風車が回るということは、それだけ土台がしっかりしていた、つまり船体に抵抗があったということだ。

うまく風車が回るかどうかは、船体が「どれだけ強く水にひっかかるか」に依存する。

それでは、船体をできるだけ強く水にひっかけるためには、どうすれば良いだろうか。

まっさきに思い当たるのは、水面下にあるスクリューの存在だ。

スクリューとは、水を強く後ろに掻くための板の集まりだ。

だから、できるだけ大きなスクリューを取り付ければ、船体は流されることなく水上にとどまるだろう。

考えてみれば風車とスクリューは、周囲の流体が異なるだけで、働きは全く同じだ。

なので船が前進できるかどうかは、風車とスクリューの性質がどれだけ違っているかにかかってくる。

概して、空気は軽く、水は重い。

この差をうまく引き出せるように、風車とスクリューを調整する必要がある。

まずスクリューの方は、できるだけ強く水にひっかかるように、羽の傾きを緩く(緩ピッチに)する。

反対に風車の方は、できるだけわずかの風力でも回るように、羽の傾きを強く(急ピッチに)する。

流体の重さの違いと、プロペラの角度の違い。

この2つの違いによって、船は風に向かっても前進できるはずだ。


効率を度外視すれば、もっと確実に風上に遡る方法がある。

それは、風車でもって発電し、電気が溜まったところでモーターを回して前進する、という方法だ。

発電するときには船体の周囲にたくさんの板を出して、できるだけ風に流されないように船を固定する。

モーターを回すときには板を引っ込めて抵抗を小さくする。

これなら効率は悪いが、風の向きに全く関係なく移動することができるだろう。

ここで1つわかるのは、風力を利用するためには、水面に対して「抵抗の小さな状態」と「抵抗の大きな状態」の両方が必要になるということだ。

両方を同時に実現することが難しいのであれば、いっそ時間をずらして1つづつ行おうというのが、風力発電+モーターの方法だ。


以上で風上に遡る方法があることはわかったのだが、いずれもあまり効率が良いとは思えない。

もっと効率のよい方法はないものだろうか。

改めて「風車+スクリュー船」を見直してみると、

「流れの力を回転に変えて、歯車で伝達し、回転の力を再び流れの力に戻す」

といった無駄なことをしている。

この回転の段階を省いて、流れの力から一気に流れの力を引き出したい。

そこで、風車の羽を1枚だけとってきて巨大化したものを、船の上にドンと据えてみる。

スクリューの方も、羽を1枚だけとってきて大きくしたものを、船底に据え付ける。

こうしてできあがったものが、他ならぬ「ヨット」なのである。


ヨットの船底に、さめの背びれのような板が突き出ているのをご存じだろうか。

あの板はセンターボードと言って、重要な役目を担っているのだ。

センターボードがあるおかげで、ヨットは縦方向には抵抗なく進むのだが、横方向には強くひっかかる。

だから風車と同じように、横からの風力をしっかりと受け止めることができる。

一方、ヨットは縦方向には小さな抵抗で自由に動く。

それゆえ、横から受けた力を縦方向に変換して前進することができるのだ。

風力を利用するには「抵抗の小さな状態」と「抵抗の大きな状態」の両方が必要になる。

ヨットの場合、縦方向と横方向の違いによって、2つの状態を同時に実現している。

ヨットの帆は、いわば風車の1枚の羽に相当する。

風車は軸を中心に固定されているので回転するが、ヨットは水面上に解き放たれている。

ちょうど回転運動をほどいてまっすぐに延ばしたように、風力はそのまま直線運動に変換されるのだ。


それでは、ヨットと同じような発想で、空中で風に逆らって移動する飛行機械は作れないだろうか。

たとえば飛行船に風車とプロペラを取り付けて、「風車が回る力を利用してプロペラを回して前進する機械」というのはどうだろう。

船の場合だって、風車とスクリューを上手に調整すれば、風に逆らって前進することができた。

であれば飛行船も、水が空気に変わったというだけで、原理的には同じ事ではないか。

ヨットと同じ考え方で、飛行機械の回転部分を省略してみよう。

風車は、飛行船に三角形の帆を張るのと同じだ。

プロペラの方は、飛行船からセンターボードのような板を出すのと同じだろう。

つまり、風車もプロペラも、どちらも飛行船から空中に板が出ているだけの状態だ。

これでは風の力で前進することなど、とてもできないだろう。


なぜヨットでできたことが、飛行船ではできないのか。

水上の場合、静止した水に対して空気が動いていた。

ところが飛行船の場合、空気に対して静止しているものが無い。

仮に地上に対して秒速10メーターの風が吹いていたとしても、空中で風と共に流されている飛行船にとっては、周囲の空気は静止しているに等しい。

空気も自分も、全てが同じ秒速10メーターなので、10マイナス10は0となるからだ。


たとえ空中であっても、空気の流れが「完全に一様」でなければ、その力を利用できる可能性が残されている。

極端な話、もし飛行船の上に置いた風車が回転すれば、そこで風力発電を行うことができるだろう。

そして、一度電気に変えた力は意のままに用いることができるはずだ。

飛行船の上で風車が回るのは、一体どんな状況だろうか。

それは、空気の流れが完全に一様ではなく、局所的に流れの速い場所や、遅い場所ができているときだ。

少しでも流れに変化があれば、遅い場所の空気を「足がかり」にして、速い場所の空気の流れを利用することができる。

たとえば飛行船の周囲にたくさんの小さな風車を並べて、その1つ1つに発電機を取り付ければ、風の流れの乱れから相当のエネルギーを取り出すことができるだろう。

ただ実際の飛行船では、風車から得られるエネルギーよりも、飛行船自体の抵抗が増してしまうため、あまり役に立たないだろうが。


局所的な変化から力が生じるのは、何も空気や水のような流体だけではない。

電流や磁気も、その変化から力を生み出すことができる。

電磁気の物理法則を記述したものとして「マクスウェルの方程式」がある。

wikipedia:マクスウェルの方程式


 div D = ρ    ・・・電場の源は電荷である。

 div B = 0    ・・・磁場には源がない。

 rot H - ∂D/∂t = j  ・・・電場の時間変化(変位電流という)と電流とで磁場が生じている。

 rot E + ∂B/∂t = 0  ・・・磁場の時間変化があるところには電場が生じる(電磁誘導)。


この4つの式の3番目と4番目には、"rot" という記号が入っている。

これはローテーションの略で、日本語にすれば「回転」ということだ。

場合によっては "∇x" とか、"Curl" などと表記されていることもある。(Wikipedia は ∇x だった)

こんなところに、なぜ「回転」が入ってくるのだろうか。

実はこれ、「飛行船につけた風車」の話に関係しているのだ。


4番目の式(電磁誘導)は、磁場の変化が電場を生む、と読める。

問題は rot E 、つまり電場の回転とは何か、というところにある。

一様な電場の中に置かれた電線は、ちょうど一様な空気の流れの中に置かれた飛行船の状況に似ている。

電場の中に、局所的に「流れの速い場所や、遅い場所」があれば、そこに置かれた風車を回すことができる。

磁場を変化させれば、電場の風車を回すことができる、というのが4番目の式の意味だ。


似たような関係が3番目の式の中にも見出せる。

式中にある rot H 、つまり磁場の回転とは、磁場の中にどれだけ「流れの速い場所や、遅い場所」の差が生じているかを意味する。

磁場の中に小さな風車のような「磁気車」を置いたとすれば、磁気車は電流と、電場の時間変化によって回すことができるのだ。


たいへんおもしろいことに、電磁場の方程式を編み出したマックスウェル自身が、空間の中に小さな歯車がびっしりと敷き詰められているようなイメージを抱いていたらしい。

wikipedia:ジェームズ・クラーク・マクスウェル より引用:

『この論文ではエーテルの中で力線に沿って整列したボルテックスが敷き詰められ、その間に小さな歯車のような存在があって噛み合っているという力学モデルを提案した。これは現実的ではないが、ここから正確なアンペールの法則が初めて導き出された。』

もちろん現代の物理では「小さな歯車がびっしり詰まった」空間は認められていない。

それでも、マックスェルが最初に思い描いていたのは、案外素朴なイメージだったのではないか。


なお、電磁気についてやさしく解説した『「場」とはなんだろう』という本に、歯車空間の図が載っていた。

「場」とはなんだろう―なにもないのに波が伝わる不思議 (ブルーバックス)

「場」とはなんだろう―なにもないのに波が伝わる不思議 (ブルーバックス)

磁場から出発し、量子場、ファインマンダイアグラム、くりこみ理論、重力場と、場をひとわたり概観するお得なかんじの本。


「ローテーション = 風車」のイメージは、なにも私の専売特許ではない。

私が最初にこの説明を目にしたのは、『物理数学の直感的方法』という本だった。

物理数学の直観的方法

物理数学の直観的方法

「難解な数学的諸概念はどう簡略化できるか」という副題にもある通り、専門書では伝わりにくい概念に、直感的なイメージをもたらす名著だと思う。

はしがきによると、この本を書くきっかけとなったのはローテーションだったらしい。


白状すれば、私も難解な記号を処理するのはどうも苦手である。

つかみ所のない抽象記号より、スクリューや歯車をいじっていた方が、よほどおもしろいと感じる。

マックスウェルの最初の着想がそうであったように、たまには機械的なイメージを楽しんでみるのも悪いことではない。


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