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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2008-08-11

気持ち悪い概念の習得

※昨日のエントリー「痛み概念の習得id:rikunora:20080810」の続きです。


虫が好きか嫌いかは、子供によってかなりの差がある。

中には、ミミズや毛虫、うにょうにょした虫といったものを、全く気味悪がらずに平気でつかむ子がいる。

よく言われるように、必ずしも男の子が虫好きで、女の子が虫嫌いというわけでもないらしい。

男の子で虫嫌いもいれば、虫は全く平気という女の子もいる。


それでは、私の小さい頃はどうだったかといえば、全くの平気であった。

小さい頃には、虫が気持ち悪い、という概念が無かったのである。

大きな石や、落ち葉の中を掘り返すと、わらわらした虫たちがたくさん出てくる。

それが好きで、よく庭先や近所の地面を掘り返していた覚えがある。

私ばかりでなく、小さい頃には虫を全く気味悪がらなかった、という人はたくさんいるはずだ。

それが大人になった現在ではどうかというと、子供の頃のように無邪気に虫をいじる気にはなれない。

実は、あのうにょうにょした生き物を気味悪く思う感情も、後から学習によって形成されたものなのだ。

こちらの方が「痛み概念の習得」よりも賛同を得やすいと思う。

というのも「うにょうにょが気持ち悪い」という感情は、痛みを覚えるよりもずっと後になって習得するからだ。


私は、最初にうにょうにょが気持ち悪いと思ったときのことを覚えている。

それは小学校の低学年でのことだった。

夏休みの宿題の一環で、クラスの誰かが学校にサザエとアワビの貝殻を持ってきた。

私の小学校は海辺近くの町ではなかったので、みんなで珍しげに貝殻を見た。

ところが、その貝殻の片隅に、取り残された貝柱が残っていたのである。

そこに、いつの間にか蠅がたかってきてウジが湧いた。

初めのうちは、やはりもの珍しく「これ、なんだろう」と思ってウジを見ていた。

そのときはまだ、別段汚いとも、気持ち悪いとも思わなかった。

ところが、あるとき先生がこれを見つけて、こっそりとウジをつぶしていた。

私は、偶然にも先生がウジをつぶしている所を目撃してしまったのである。

先生にしてみれば、小さな子供達に見せるものでもないし、衛生的にもよろしくない。

なので、ウジを退治するのは当然の行いだったはずだ。

それでも、私にとってはちょっとしたショックだった。

そのとき、ふと「この生き物たちは、いったい何なのだろう」という思いがよぎったのである。

何の目的も無く、肉片の中をうごめいて潰されてゆく虫たちが、とても虚しいものに思えてきた。

すると、その瞬間から、ウジというものがとても気持ち悪い、不気味なものに感じられてきたのだ。

それ以来、私の中でウジというものが一番嫌いな生き物となったのである。


それからしばらくは、「短くてうにょうにょしたもの」だけが嫌いで、「長くてうにょうにょしたもの」は平気、という中途半端な状態が続いた。

ウジはだめだが、ミミズはOKということだ。

なんというか、ウジは方向性が定まらず無目的な感じで、それに比べるとミミズは方向が定まっていて前向きな感じがした。

ところが時が経つにつれ、だんだんとウジの持つ気味悪さがミミズの方にも移ってきた。

そして今では一人前の大人並みに、うにょうにょする虫を気味悪がるようになってしまった。

ということで、「うにょうにょ=気持ち悪い」という感情も、後から学習によって形成されるものだったのだ。


どの程度覚えているかは別として、およそ人の持つ感情の大半は後天的に習得するものだと私は思っている。

私の場合、「痛み」と「気持ち悪い」の2つについては形成過程を思い出すことができる。

他のたくさんの気持ち、感情も、きっとこうして形作られているのだと思う。


それでは、こんな古い記憶を持ち合わせていると、何か良いことがあるのだろうか。

とんでもない。

こういった記憶を持ち続けていると、むしろ社会に不適合な場面の方が多くなる。

例えばこんな場面だ。

小さい子供は、体が汗でベトベトしていても、全く意に介さない。

(だいたい子供って、いつも汗でシメッとしているものだ。)

これも子供によるのかもしれないが、私はかなり後まで「汗でベトベト=気持ち悪い」という概念が無かった。

よく巷で「赤ちゃんはおしめが気持ち悪くなって泣き出す」といった説明が為されているが、私にはどうも腑に落ちない。

ひょっとすると皮膚が丈夫だったのかもしれないが、とにかくかなり高学年になるまで、この気持ちが理解できなかった。

そして、この気持ちを充分学習し損ねたまま、現在にまで至ってしまった。

なので私は今でも、こと「ベトベト」に関しては子供レベルに近い。

ときどき冗談半分に「不快概念の取得」とか言ってみたりするのだが、どうも周囲にはわかってもらえない。

もちろん健全な社会生活としては、わかってもらえない方が良いのだが、それでもやはりギャップは残る。


なので、普通に生活をおくる分には、あまり古い記憶はしまっておいた方が良い。

だからこそ忘れるのだろう。

もし機会があれば、どういう感情が最初からあって、何を後から習得するのか、思い起こしてみるのも良いかもしれない。

きっと以外なほどに、後から習得したものは多いのだから。


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