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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-07-13

エネルギーとは何か

私の高校時代に、クラス中が一目置く、すごい秀才がいました。名前を仮にI君としましょう。

あるとき何かのきっかけで、I君がこんな問題を出しました。

位置エネルギーっていうのは、わかったようで、よくわからないよね。」

そう言ってI君は、こんな図を書きました。

f:id:rikunora:20090713181746p:image

「質量mの物体を、高さhまで持ち上げたときの位置エネルギーって、こんな風にして計算するだろう。

 下向きに働く力mgと、ちょうど釣り合うだけの力Fで、hだけ引っぱる。

 だから位置エネルギーはmghなのだと教わる。」

「その通りだと思うけど。」

「でも、“ちょうど釣り合うだけの力”だったら、物体に働いている力は、打ち消し合ってゼロのはずだよね。

 そのゼロを、どんなに引っぱったってゼロじゃないか。

 なのに、ゼロを足し合わせたものが位置エネルギーmghになるなんて、おかしいよね。」

「いや、そんなはずはない・・・」

私を始め、クラスのみんなが「そんなはずはない」と反論したのですが、

結局誰もI君を論破することはできませんでした。

「引っぱる力の方が、ほんのちょっとだけ重力より大きいんじゃないか」

というのが、大方の反論だったのですが、それに対してI君は、

「そのほんのちょっとだけの差というのは、いくらでもゼロに近づけることができる」

という返答を用意していました。

考えてみると、位置エネルギーって、やっぱりよくわからない存在です。

運動エネルギーであれば、すごいスピードで運動する物体がエネルギーを有していることでしょう。

バネを引っぱって延ばしたのであれば、バネにエネルギーが溜まっていることが見てとれる。

しかし位置エネルギーというのは、文字通り位置が変わっているだけで、物体そのものは全く変わっていない。

何がエネルギーを持っているのか、いまひとつはっきりしません。

で、I君の問題は、誰も正解が答えられず、そのままうやむやになりました。


・・・あれから数十年経ったのですが、私には未だに正解がわかりません。

その後、風の便りにI君が物理学者になったという話を聞きました。

「ああ、あいつなら、そうなっているはずだよな。」

私だけでなく、たぶん当時のクラスの誰に聞いても、同じ感想を漏らすだろうと思います。

きっと物理学者になったI君に聞いてみれば、正解がわかると思うのですが、残念ながら連絡先がわからない。

もし今度、クラス会か何かで会うことができたなら、聞いてみようと思っています。

さすがに私も数十年間考えたわけですから、やれポテンシャルだとか、線積分だとか、適当な用語を並べて煙に巻くことはできます。

(もちろん、いつもこればっかり考えていた訳ではない、たまに思い出す程度。)

しかし、改めて位置エネルギーとは何か、と問われると、やっぱりよくわからない。

さんざん考えた挙げ句、思い至ったのが、こんなところ。

・「ちょうど釣り合うだけの力で引っぱる」というのは、高校までの便宜的な説明に過ぎない。

 どうも、この説明には欠けているものがある。

・どうしても“場”というものを導入せざるを得ない。

位置エネルギー、奥が深かった。


それでは、本題。

【問い1】エネルギーとは何か、100文字以内で書きなさい。

この問題は、連載科学マンガ カソクキッズ にあったものです。

* カソクキッズ [第1話] エネルギーってナニ?

>> http://www.kek.jp/kids/comic/01/index.html

   -- おもしろいマンガなので、ちょっと覗いてみてね。

WEB上で検索したら、こんな答が出てきました。

エネルギーというのは、物体が仕事をする能力のことである。」

   * EMANの物理学 -- エネルギーとは何か

   >> http://homepage2.nifty.com/eman/dynamics/energy.html

エネルギーとは「仕事をする能力」という意味を持つギリシャ語の「エネルゲイア」から派生した言葉」

   * ?を!にするエネルギー講座 -- エネルギーとは

   >> http://www.iae.or.jp/energyinfo/energykaisetu/kaisetu1.html

それでは、このマンガ カソクキッズの中では、どんな答が用意されているのでしょうか。

マンガの中ではフジモト博士という人物が登場して、こんなぶっとんだ答を出してきます。

ラグランジアン(L)が時間に対して一様であることを計算する。

つまり、

¥frac{d L}{d t} = ¥sum_{i} ¥frac{¥partial L}{¥partial q_i} ¥dot{q}_i + ¥sum_{i} ¥frac{¥partial L}{¥partial ¥dot{q}_i} ¥ddot{q}_i

がゼロということ。書き直すと、

¥frac{d L}{d t} = ¥sum_{i} ¥dot{q}_i ¥frac{d}{d t} ¥frac{¥partial L}{¥partial ¥dot{q}_i} + ¥sum_{i} ¥frac{¥partial L}{¥partial ¥dot{q}_i} ¥ddot{q}_i = ¥sum_{i} ¥frac{d}{d t} ( ¥frac{¥partial L}{¥partial ¥dot{q}_i} ¥dot{q}_i ),

結局、

¥frac{d}{d t} ( ¥sum_{i} ¥dot{q}_i ¥frac{¥partial L}{¥partial ¥dot{q}_i} - L ) = 0,

ここで、このかっこの中の量(E)

E = ¥sum_{i} ¥dot{q}_i ¥frac{¥partial L}{¥partial ¥dot{q}_i} - L

   = P ¥cdot V - L

エネルギーと呼ぶ。

相対論的粒子では

 L = -mc^2 ¥sqrt{1 - ¥frac{v^2}{c^2} } で、 p = ¥frac{m v}{ ¥sqrt{1 - ¥frac{v^2}{c^2} なので、

 E = ¥frac{m c^2}{ ¥sqrt{1 - ¥frac{v^2}{c^2} }

ここでもし、粒子の速度がゼロ、即ちv=0のときは、

 E = m c^2 となる。

   -- 引用元: http://www.kek.jp/kids/comic/01/imgs/kokuban.gif

なんじゃこりゃぁあああ!

常識的な答とは、全然違う。博士の考えてることは、一般人には全く理解できん・・・

なぜ、普通の人が簡単な言葉で説明できる「エネルギー」を、博士はここまで難しくしてしまうのか?

その秘密を、かつての秀才少年I君に説明してもらいましょう。


少し問題はずれますが、かつてのクラス仲間で「波とは一体何か」ということが話題に挙がりました。

上下左右に行ったり来たりしている運動だ、とか、空気や水のようなものの振動であるとか、

いろんな意見が出たのですが、そのときのI君の答は、これ。

「うーん、波っていうのは、波動方程式に従うようなものだって言っておけば、間違いないよね。」

わかりますか?

今にして思えば、I君の先見の明に驚くしかありません。

方程式が先、実際の物理的な事象が後、なんです。

空気の振動や、水の動き、電波などなど・・・

そういったものが先にあって、それらをまとめて整理したものが方程式、というのが普通の順序でしょう。

ところが、いったん方程式が完成してしまうと、順序の逆転が起こるんです。

「○○とは何か?」「○○の定義を述べよ」

改めてそう聞かれたとき、満足に答えられるものって、いったい幾つぐらいあるでしょうか。

例えば「波って一体何?」と聞かれたとき、「空気や水のような媒体の振動」と答えておくと、

「じゃあ電磁波は波じゃないの、電磁波の媒体は何なの?」という疑問が残ってしまいます。

この疑問を断ち切るために、物理学が編み出した方法が、“方程式ファースト”。

波動方程式に従うようなものだって言っておけば、間違いない」

そう思うと、フジモト博士の一般人離れした答が、少しだけわかってくるでしょう。

エネルギーっていうのは、物体をすごいスピードで動かしたり、電気を流したり、物を熱くしたり・・・

そんな様なものだ、と言っていたのでは、いつまで経っても満足の行く答にたどり着けません。

そこで、先にエネルギーが満たすような方程式を用意しておいて、

「この式にあてはまるのがエネルギーだ」ってことにすれば、間違いないわけです。

方程式が完成するまでの順序は「実際の物理的事象 => 方程式」。

ところが、一度完成してしまったら、順序の逆転が起こって「方程式 => 実際の物理的事象」。

前者はわりと普通の感覚で、理解しやすい。

ところが後者になると、いきなり方程式ありきなので、どこか壁にぶち当たったような感触を覚えます。

これが、博士がぶっとんでいる理由なんです。


方程式にあてはめた定義という点で、エネルギーは格好の材料だと思います。

よく考えてみてください、エネルギーなんてものは、極論すると「実在しない」んです。

それがはっきりとわかるのが、位置エネルギーポテンシャルエネルギー)というもの。

位置エネルギーという「もの」が、どこかに存在していますか?

* EMANの物理学 -- ポテンシャルエネルギーの正体

>> http://homepage2.nifty.com/eman/dynamics/potential.html

ポテンシャルエネルギーと言うのは、「運動エネルギーがどれくらい失われたか」を記録しておく手段であって、それ以上の意味はないのである。

あるがままの現実は、こうでしょう。

「物体の運動を観察していると、高い山に登るときに遅くなり、山から下るときに速くなっている。」

それを見ていた人が、後からこう付け加えたのです。

「まるで、エネルギーというものを、山の高さと物体の速さに配分しているみたいだ。」

最初から、エネルギーという実体があったわけではないのですよ。

まるで、あるかのように、見えるだけ。

昔、熱とは何かということがよくわからなかった時代に、「熱素説」というものがありました。

何か熱の元になるような「熱素」というモノがあって、熱素がたくさん集まると温度が高くなる、そんな説です。

現実に、熱素というものはありませんでした。

それでも、熱が高温から低温に移るという過程だけを見れば、

あたかも熱素という流体が移動しているように見えるではありませんか。

ならば、エネルギーというモノは、熱素とどう違うのでしょうか。


さて、ここまで来てようやくフジモト博士の答を解読する準備が整いました。

まず、初っぱなに登場する「ラグラジアン」って何でしょう。

これがたいへんわかりにくいもので、とりあえず「運動のルール設定をまとめたもの」だと思ってください。

* ラグランジアンに意味は無い >> id:rikunora:20090327

* 3つの運動方程式 >> id:rikunora:20090505

なぜ、直接的な意味に乏しい「運動のルール設定」を重宝するのか。

上に書いた「高い山に登るときに遅くなり、山から下るときに速くなっている」というくだりを見てください。

元を正せば、エネルギーって、この運動ルールから来ているんです。

なので、まずは運動ルールがまとまったLという式を取り出してみる。

次に、「ラグランジアン(L)が時間に対して一様であることを計算する。」

これは何が言いたいのでしょうか?

時間に対して一様である、つまり、変化しない一定の保存量がある、ということが言いたいわけです。

運動を観察していると、その背後に、変化しない一定の量がありそうだ。

それを運動のルールの中から見出すことはできないだろうか。。。

ラグランジアンというのは、位置と運動量の関数  L( q(t), ¥dot{q}(t) ) でした。

そこで、ラグラジアンの時間変化しないということを、数学的に   ¥frac{d L}{d t} という形にして解いてみる。

すると、時間変化しない部分が、3番目の式のような形で取り出せます。

で、このかっこの中の量(E)こそが、運動を通じて変化しないようにみえる量、すなわちエネルギーのことです。

相対論的粒子では・・・以下のところで、ラグラジアンに実際の運動ルールをあてはめています。

運動ルールには、我々に馴染みのある古典的なルールではなくて、相対論のルールを使っています。

すると、有名な E = m c^2 という結果が自然に出てきます。

もしエネルギーの定義が「仕事をする能力のこと」だったなら、原子爆弾が完成するまで、質量はエネルギーの一部だとは見なされないはずですよね。

方程式ファーストだと、それが先に予測できるわけです。


フジモト博士のエネルギーの定義がわかりにくいのは、

まず“方程式ファースト”という考え方に馴染めないからではないでしょうか。

方程式 => 実際の物理的事象」という順序さえわかれば、なぜこんなことをするのか、意図だけは組めると思うのです。

最後に、エネルギーとは何かについての、私の解答。

 「系の運動を特徴付ける、時間に対して不変な保存量。」


※追記: さて、ここでふと、有名なファインマン物理学という本を見直してみると、

これが実に本質を穿った説明であることに、改めて気付かされます。

* とね日記 -- ファインマン物理学 I: 第13章、第14章

>> http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4b3b65b71165f8da5ed1b2beb959ab76

ファインマン物理学は、明らかに“方程式ファースト”ではありません。

「実際の物理的事象 => 方程式」という、普通に理解しやすい流れを大切にした本です。

そして、私がさんざん考えた末に思い至った、

・どうしても“場”というものを導入せざるを得ない。

という気持ちも大切にしているように感じられました。


とねとね 2009/07/14 00:17 さっそくトラックバックを送っていただき、ありがとうございます!僕の記事も引用していただき、感謝感謝です!(笑)

それにしてもこの記事は読み応えありますね。じっくり読ませていただきます。

引用していただいた記事を書いてから第17章まで読み進んでいますが、忙しくて記事にする時間が取れません。(涙)焦って書くとそれが文面にあらわれるので、楽い気分で書けるようになるまで思考を熟成させますね。

TeXもすっかり慣れていらっしゃるようで、僕もrikunoraさんに紹介できてうれしいです。

とねとね 2009/07/14 12:54 記事の内容についてのコメントを書かせていただきます。
引用していただいた僕の記事を書いているとき、僕も位置エネルギーってわかりにくいなと思っていました。

落体の場合は運動エネルギーに転換されるので納得しやすいですが、棚の上に置いてあるミカンを手でそっと、ゆっくり下ろしてちゃぶ台の上に置く場合、位置エネルギーはどこに行ってしまうのでしょう?そんな例を考えました。

今は本来だと重力で自然落下する加速度を持つはずのミカンを手で支えて等速度でおろすのだから、一定の(上向きの)力を加え続けなければならず、それが高さのぶんだけ移動しなければならないからF×h=mghの位置エネルギーを「手を支える腕が吸収した。」と考えればよいのかな、なんて思っています。ちゃぶ台から棚にミカンを戻すときは反対に手がミカンに同じ分量の位置エネルギーを与えたと考えるわけです。

ペカリペカリ 2009/07/14 23:47 シーソーゲームは位置エネルギーの交換をしてるってことでOK?

rikunorarikunora 2009/07/15 13:16 とねさん:
ファインマンの記事は楽しみに拝見しています。
TeXはやってみたら、とっても便利な新機能でした。
実はこの記事は、何か数式を使えるネタはないかと探して出来たものです。

結局のところ、全部手がうまいこと吸収してくれるのですよね。
手って、あまりにも無意識にうまく動くので、かえって教科書に載ってる物理に合わないように思えます。
たとえば重たいカバンをずっと持ち続けるのって、肉体的はたいへんな仕事をしているはずなのですが、物理的にはゼロということになっている。
じゃあ、俺のカバン持ちの労力は一体どこに消えたんだ。
中学生くらいであれば、まず、これに納得できないのではないでしょうか。
もしカバンを支える労力がゼロだっていうんなら、持ち上げるのだって、ほとんどゼロじゃないのか。
台の上にミカンを置きっぱなしにすれば、そこでの仕事はゼロ。
その隣に、ごくわずかだけ高い台をもってきて、ミカンを移動したとき、かかる仕事は「ほとんどゼロ」。
さらに、ほんの少し高い台をもってきて、移動したら・・・あれ、結局持ち上げるのってゼロなのか?!

これと似たような話で、熱力学に「準静的過程」っていうのがあります。
気体を圧縮するのに要するエネルギーは「非常にゆっくり、準静的に」行ったら、これだけですよ、
っていうお話なのですが、ここにも位置エネルギーと似たような謎があります。
気体の入った容器の中に、非常に薄い隔壁を差し込む。
薄い隔壁であれば、差し込むのにほとんど労力がかからない。
そこで、2枚目の隔壁、3枚目の隔壁、・・・といった具合に、どんどん隔壁を差し込んでゆく。
いつのまにか容器は隔壁でいっぱいになって、気体は高圧に圧縮されるのでしょうけれど、それに要したエネルギーは?

言っていることはほとんど詭弁なんですけれど、まともに考え出すと、無限小の泥沼みたいなものに陥るような気がしています。

rikunorarikunora 2009/07/15 13:16 ペカリさん:
シーソーゲームは、恋愛エネルギーを激しく消費しているのではないでしょうか。

ペカリペカリ 2009/07/15 22:18 薄く薄く税金が積もっていっていつのまにか苦しくなってる家計のことを位置エネルギーで表すと底辺の家庭を上げるには労力がいる。そのまま維持するのにも労力が要るつうことでしょうか?

とねとね 2009/07/16 01:41 僕の記事では省略してしまいましたが、腕で荷物を支えているときは筋肉を緊張させ続けるために脳から筋肉に(電気)信号を送り続けなくてはならないそうで、それでエネルギーが消耗するそうです。

ところで愛はお金で変えないけれど恋愛エネルギーは出費を促すことが多いですよね。社会全体の恋愛エネルギーの総和が増えると、きっと日本の景気回復も早まることでしょう。(笑)

rikunorarikunora 2009/07/16 22:26 お役所的(教科書的)には、薄く薄く積もった税金は負担をかけないことになっているんじゃないかな。
でも現実にやってみると、じわじわ効いてくるんですよね。
頼まれると嫌とは言えない、性格の良い人っているじゃないですか。
そういう人は得てして、ちょっとした雑用を少しずつ、たくさん引き受けて、
トータルで見るとすごい負担になっているように見えるのです。
税金も、お人好しが損してる。なんか、せちがらい話になってしまいました。。。

なるほど、筋肉は一定の位置に固定するのにも力を使っているんですね。
その分を差し引かないと、いわゆる物理の位置エネルギーにピッタリこないんですね。
足あげとか、空気イスとか、すごくしんどかった。

愛にお金は必要だけれど、十分ではないのですよ、トホホ、、、
でもその投資は決して無駄にはならず、愛の力で世界が回ってるんです、きっと。

とおりすがりとおりすがり 2009/07/17 15:30 力が釣り合っているとすると、物体は動かないかあるいは等速直線運動をします。これを慣性の法則といいます。慣性の法則に従っているだけの物体が、自身の位置エネルギーを増大させるというのは確かにパラドックス的ですね。

rikunorarikunora 2009/07/19 21:50 釣り合っていると、動かないかあるいは等速直線運動。その通りなんですよ。
だとすると、物体をゆっくり引っ張り上げている状態は、釣り合っている状態ではない、
ということになる。本文に書いた通り、私には未だにモヤモヤ感があります。

通行人通行人 2009/07/19 23:08 とってもおもしろく読ませていただきました!
私は物理の塾講師をしていたこともありますが、
一部目からウロコでした。
しかし、位置エネルギーのI君の話だけはよくわかりませんでした。「そのゼロを、どんなに引っぱったってゼロじゃないか。」というI君のセリフがレトリックなだけで、ゼロをひっぱてるのではなくて、mgを引っ張ってるのだから、mghで当たり前に思います。
最初に限りなく小さい力で不釣合いをつくり、釣り合ったまま、限りなく遅い速度で等速直線運動をしたと考えれば、そんなにモヤモヤしない気がしますが。
通りすがりで、勝手なコメントで失礼っ。

とおりすがりとおりすがり 2009/07/20 11:44 >rikunoraさん

初速があれば、釣り合っていても移動します。
初速がないなら、初速を与える段階を別に考えたらいいと思います。


>通行人さん

>ゼロをひっぱてるのではなくて、mgを引っ張ってるのだから、mghで当たり前に思います。

物体を上向きに引っ張る力 F があるとします。ただし F は一定。
下向きの引力 mg もあります。
物体が h だけ上昇したとき、上向きに引っ張る力が物体にした仕事は Fh
下向きの引力が物体にした仕事は mg(-h) したがって物体が受けた仕事は Fh-mgh
ところが F=mg なので Fh-mgh=0 これでは物体は仕事を受けていない。
というのが不思議のタネです。

私もよくわからなくなってきました。

rikunorarikunora 2009/07/22 09:38 いろいろ考えて頂いてありがとうございます。
なんか、高校時代の再現をしている気持ちになってきました。

初速については、
> 初速がないなら、初速を与える段階を別に考えたらいいと思います。
という考え方が当を得ているように思います。

・ 最初に初速を与えてスタート
 => 上昇している途中は等速直線運動
 => 目的地でキャッチしたときに、最初に与えた初速の分のエネルギーを回収する。

そして、問題はむしろ説明の仕方、I君の巧妙な言い回しや、
「釣り合ったまま移動する」といった言葉のアヤであるように思います。
そして、この問題を突き詰めてゆくと、結局は「飛んでいる矢は止まっている」という
詭弁に行き着くのではないでしょうか。こうなると、もうほとんど哲学。

それこそ、最初にスカラーポテンシャル場ありきのような定式化で話を進めれば、
特に不明瞭だということはないのですが。

アトムアトム 2009/09/05 05:14 いつも楽しく拝見しています。挨拶は初めてですがアトム物理ノートのアトムです。よろしくお願いします。

エネルギーなんて実在しないというのはどう意味なんだろうと疑問に思いました。ポテンシャル・エネルギーは場に蓄えられているわけじゃないんですか? 極論をいえばすべての実在性を疑う必要がでてきますが、ここでは、そういう話じゃないですよね!? たとえば、相対性理論まで考えると、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを足したものが物質の質量を作っていることが示せますが、質量は実在しないという意味ですか? 私にはポテンシャルエネルギーは便宜上以上のものに思えます。

rikunorarikunora 2009/09/06 19:49 こちらこそ、いつもアトム物理ノート、楽しく拝見しています。改めて宜しくお願いします。

さて、ここで「実在しない」という言葉を借りて言いたかったのは、概念を導く順序についてなのです。
物理的な(帰納的な)方法では、先に運動の法則があって、エネルギーはそこから導かれます。
 運動の法則 → エネルギー  ・・・(1)
ところが、いったんエネルギーの概念が確立してくると、
今度は逆にエネルギーから運動の法則を説明できるようになってきます。
 エネルギー → 運動の法則  ・・・(2)
エネルギーの概念にすっかり慣れきってしまうと、もう(2)が当たり前になっていて、
最初は(1)であったことを忘れがちになってくる。(私は忘れかけていました)
そこで、エネルギーという概念は最初から在ったわけではないのだぞ、
という意味で「実在しない」としました。
エネルギーというものが、根も葉もない空想だ、というつもりは無いんです。
・・・やはり、極論は良くないですね。

KK 2010/01/05 01:00 はじめまして。
フリップフロップの説明に感銘を受け、
他の記事も読ませていただいています。

この位置エネルギーの問題は確かに不思議な感じがしますね。
地球と物体を一つの系とみなして、
手で物体を持ち上げることが、
系のエネルギーを増加させると考えてはどうでしょうか?

手が物体にした仕事=Fh
→物体が手にされた仕事=Fh・・・(1)
物体が地球にされた仕事=-mgh・・・(2)
地球が物体にされた仕事=mgh・・・(3)
物体+地球の系がされた仕事
=物体がされた仕事+地球がされた仕事
=(1)+(2)+(3)=Fh=mgh

物体の位置エネルギーの増加というのは、要するに
物体と地球を合わせた系のエネルギーが増加するということではないでしょうか?

rikunorarikunora 2010/01/07 00:24 地球とは、これまた大事な影の主役をもってきましたね。
物体と地球を合わせた系、という見方には全く同感です。
これは私のイメージなのですが、物体と地球の間の空間が、
目に見えないバネのようなものになっていて、
その空間にエネルギーが溜まってゆくのではないのかな・・・
そんな風に思っています。
次のエントリーにも書いたのですが、理解の仕方として
「物体に蓄えられる」派と、「場に蓄えられる」派があるみたいです。
私は、地球と、その周囲の空間まで合わせた「場」が変化するという
理解の仕方をしています。

フリップフロップはお褒めいただいて嬉しい限りです。
これは私も昔何かで読んで知ったことで、自身で思い付いたことではないんです。
今後ともよろしく。

大学一年生大学一年生 2014/08/18 14:57 ある本でエネルギーは実在しないと書いてあったことに疑問を持って、ネットを調べたことをきっかけにこの記事を読みました。

他のコメントまでは読んでいないので、同じことをいっている人がいるかもしれませんが、
実は話に登場した高校生と全く同じ疑問を持ったことがあります。そのとき、物理の先生にこの疑問を話したら、このような答えをしてくれました。
本来釣り合っている関係から、釣り合っていない関係に物体を持っていくので、位置エネルギーとは、「ある系から別の系に移動するときそれを元の系に戻そうというという力があることである。」ということです。

確かに物体を釣り合いながら持ち上げると、一見位置エネルギーがないように見えますが、それは日本語ゆえに文章がわかりづらいだけだと思います。
その物体は決して地球と釣り合っているのではなく、持ち上げている何との垂直効力とで釣り合っているといえます。
この垂直効力が省略されているために、あのような誤解が生じると思います。

skyshipskyship 2014/08/24 23:20 コメントしたく思いました。最近更新がないので不安ですが・・・

私が高校で物理を習った時の先生の言葉を思い出しながら
冒頭の問に対する答え(概要)を考えてみました。
私が言うまでも無く皆知っていることのような気もします。
本質的には"場"の導入と同じような説明かもしれません。
(ここから)
 位置エネルギーは導入しなくても物理現象を説明できる。
 しかしながら重力がする仕事が経路に依らず一定であるため、
「重力が仕事をできる余地」を定量化することができる。
それが位置エネルギーであるから、それを導入したならば
冒頭の図の下向きの力のような「重力が物体にする仕事」は
位置エネルギーの変化として計上されるので、
物体のエネルギーの収支には計上しては誤ってしまう。
(ここまで)

また、エネルギーをお金に例えると分かりやすいかもしれないと思いました。
持ち上げる力による仕事・・・お金を与えられる(お金は増える)
重力による負の仕事・・・「位置エネルギー」銀行への貯金(お金は一時的に減る)
--------
> エネルギーなんてものは、極論すると「実在しない」んです。
で連想したことには、Wikipediaのオッカムの剃刀のページで読んだことですが
「運動の説明に『力』などという得体の知れない概念を持ち込んでいる」
という主張をした人たちがいたそうです。
物理量って確かに概念だけあって実在性は良く分からないように思いました。
--------
後半で連想したことには、私はコレラの定義に驚いたことがあります。
「コレラ毒素産生性コレラ菌による急性感染性腸炎」なんですね。
初め見た時には何じゃこれと思いましたが、
良く考えてみると確かに一番良い定義の仕方に思えました。

ひゃまひゃま 2017/12/01 17:24 位置エネルギーの正体は時間エネルギーであるので、時間減速宇宙の中で、時間エネルギー→後退エネルギーにエネルギー保存してローレンツ収縮しながら自由落下している私たちから過去をみると加速膨張して見えるだけではないでしょうか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12182497627?__ysp=57W25a%2B%2B6Z2Z5q2i5Z%2B65rqW44Gu44OL44Ol44O844OI44Oz5Yqb5a2m44Gu5LiA55Wq6YeN6KaB44Gq5L%2Bu5q2j44Od44Kk44Oz44OI

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