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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-07-22

位置エネルギーのモヤモヤ

前回のエントリー、位置エネルギーの話に予想以上の反響をいただきました。

どうもありがとうございます。

* エネルギーとは何か >> id:rikunora:20090713

まさかI君の問題を、ここまで引っ張るとは思いませんでした。ほとんど一生モノ?

そこで、もう一度「位置エネルギーとは何か」を考え直したところ、

論点はどうやら次の3点に絞られるように思えました。

1.位置エネルギーはどこに蓄えられるか?

2.無限小の足し合わせとは何か?

3.方程式ファーストは、分かったことになるのか?


1.位置エネルギーはどこに蓄えられるか?

まずこれが、感覚的に不思議なところです。

バネを引っぱって延ばしたのであれば、バネにエネルギーが溜まっていることが見てとれる。

しかし位置エネルギーというのは、文字通り位置が変わっているだけで、物体そのものは全く変わっていない。

何がエネルギーを持っているのか、いまひとつはっきりしません。

これについて、深く穿っている記事がありました。

* 位置エネルギーはどこに蓄えられるか

>> http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/energy1.htm

* エネルギーはどこにたくわえられるか

>> http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/energy0.htm

こちらのブログで紹介されていました。

* Log of ROYGB -- 地球位置エネルギー >> id:ROYGB:20090716

上の記事によると、高校の教科書には2つの流派があるようです。

「実は位置エネルギーがどこに蓄えられているかということについては二つの考え方があるんだ。

 物体に蓄えられるという立場と保存力の場に蓄えられるという立場の二つがね。

 ・・・そしてそのいずれの立場でもそれを貫けば,論理的に矛盾のない説明ができる。」

A.位置エネルギーは、物体に蓄えられる。

B.位置エネルギーは、保存力の場に蓄えられる。

そしてもう1つ、ある意味達観した第3の解釈もあります。

* EMANの物理学 -- ポテンシャルエネルギーの正体

>> http://homepage2.nifty.com/eman/dynamics/potential.html

C.位置エネルギーとは、「運動エネルギーがどれくらい失われたか」を記録しておく手段であって、それ以上の意味はない。

この3つは、もはや解釈の違いで、どれが合っていて、どれが間違いといったものではないでしょう。

私自身は B.のイメージだったのですが、「いずれの立場でもそれを貫けば,論理的に矛盾のない説明ができる。」

というくだりに、なるほどと思いました。

なので、結局のところは解釈の問題で、A.B.C.どれであっても矛盾はない、というのが答のようです。


2.無限小の足し合わせとは何か?

ここが最大の問題です。

力が釣り合っていて、ゼロになっているはずのものを引っ張っていったら、有限の値が得られるとは、これ如何に?

実はこの問題、必ずしも位置エネルギーだけに限りません。

熱力学に見る準静的過程であっても、電場の中を運動する荷電粒子であっても、

基本的には「釣り合いを少しずつ移動する」という共通の考え方が適用されています。

そしてこの問題の本質は、

 積分って何? 無限に小さいものを足し合わせて、どうして有限の値になるの?

ということでしょう。

卓上で静止している物体と、引っ張り上げている途中で釣り合っている物体とは、ほんのちょっぴり違っています。

卓上で静止している物体は本当にゼロですが、引っ張り上げている物体は「限りなく0に近い」状態です。

数学記号で書けば dx 、グラフに書けば「薄くスライスした微少な面積」になるのだと思います。

この「無限小の足し合わせ」を本格的に理解するのは、かなり大変です。

極限だとか、収束だとかいった数学モデルを受け入れられるかどうか。

納得できるかどうかは、そこにかかってきます。

逆に言えば、積分とはこういうものなのだ、数学的に確立した操作なのだよ、

ということさえ納得できれば、後はそれほど悩むこともないでしょう。

私はときどき思うのですが、どうもよくわからないものの影には、たいてい無限が潜んでいるという気がします。

人間って、本当は無限を理解することなんて、できないのではないかと。

ウィキペディアには、こんなことが書いてありました。>> wikipedia:ゼノンのパラドックス

ゼノンやエレア派的にいえば、無をいくら足しても有にはならない。有がある以上、どこかに有の起源が無ければならない。長さゼロの点から長さ一の線を作る事は出来ない。ゼロをいくら加算しても一にはならない。・・・

これは不動の矢のパラドックスにおいてより根本的に現れており、いわゆるこの動かない動く矢は、あくまでも運動の或る瞬間の概念的切片であって、現実に特定の瞬間に特定の位置を占めているそうした要素的断片が実在的に「存在」し、その加算として運動があるわけではない。連続がまずあって、それを切片に切って把握することができるのであって、要素的な断片がまずあって、それが合わさって連続が構成されているのではない。

うーむ、こういうのって、どこまでも考え続けることができるんだなー。

きりがないので、私は「とりあえず積分できれば良し」ということにしているのですが。。。


3.“方程式ファースト”は、分かったことになるのか?

といった訳で、最初から積分を前面に押し立ててゆけば、この手の悩みはほぼ回避することができます。

・・・少なくとも、分からないところは全て数学に押しつけることができます。

位置エネルギーとは何か、こんな風に答えておけば、たぶん文句は出ないでしょう >> wikipedia:ポテンシャル

空間内の各点に働く力F が、当該点上のある定まった量V から、

  F = - grad V

として求まる時、Vを力Fのポテンシャルと言う(gradは勾配)。

一つの質点を考え、これが力Fの作用する場(力場)にあり、当該質点がdlだけ変位した時、

その力のなした仕事dW

  dW = F・dl

で与えられる。

V が全微分可能であるとき、質点が位置Aから位置Bへ運動する間になす仕事WA-Bは、質点の動いた経路によらない。

このとき、質点が為した仕事の総量、

  W = ∫F・dl = VA - VB

を、位置エネルギーと定義する。

確かに、これなら引っ張った途中がどうなっているとか、初速を付けないと持ち上がらない、

とかいった微妙な問題は一切表に出てきません。

やっぱり先に数式ありき、“方程式ファースト”という考え方はスバラシイのだろうか。。。

でも、どうでしょう、この答で「ああ、スッキリ納得」という人は、一体どれくらい居るんでしょうか。

これって、良くわからないところを、微積分という手の届きにくい領域に押し込めただけのようにも見えます。

疑問を微積分が肩代わりしただけで、その場で解決はしていないんですね。

実は、一口に微積分と言っているものの中には、やれ無限小がどうしたとか、

釣り合っているものを、ほんのちょっと動かしたらどうなるだろう、といった議論のエッセンスが詰まっているんです。

なので、とことん知りたかったら、まずは微積分から学びなさいってことになるんですが。。。

私の感覚からすると、微積分が何の抵抗も無く、すんなり理解できるという方が、むしろ異常であるように思えます。

分からないのが、正常な人間のセンス。

その証拠に、いざ微積分抜きにして、位置エネルギーとは何かってことをゼロから自力で説明しようとしたら、

あれほど大変だったではありませんか。

(少なくとも、私の高校では誰も答えられなかったのです)

とりあえず数式出しておけば、まあ間違いにはならないだろうし、分からないことを学ぶ側の責任に転嫁できます。

「なんだ、微積分も分からないのか、バカだなぁ、、、」みたいに。

でも、とりあえず数式でしのぐということと、分かるということは、別なのではないかと思います。

数式の形になっていようがいまいが、とことん分かるっていうのは、すごく大変なことです。

位置エネルギー1つ取ってもこんな風なのですから、毎回これをやっていたら、とても身が持たない。

なので、普段はある程度さっさと要領よく済ませることも大事ですし、

たまにとことん考えてみる、というのも大事なことのように思います。


※ 7/24 図を追加

f:id:rikunora:20090724062228p:image

f:id:rikunora:20090724062227p:image

俄僅俄僅 2009/07/22 22:22 前エントリの「とおりすがり(7/17, 7/20)」です。

rikunoraさんの参考になるかは分かりませんが、
こんな問題を考えてみました。

 あなたは部屋にいます。部屋の外の様子は分かりません。
 
 質量 m の物体が、床から h の距離に鉛直に吊り下げてあります。
 床を基準にして、この物体の位置エネルギーは mgh です。
 
 しかし何らかの事情により重力加速度が 3g に変わりました。
 このとき、この物体の位置エネルギーは 3mgh です。
 
 その差の 2mgh は、いったいいつ、どこからどこに、
 どうやって受け渡されたと考えるべきでしょうか。

答えは、ありません。

私としてはエネルギーとエクセルギーの違いなのではないか、
と漠然と思ったりしています。

kashikashi 2009/07/22 23:38 あまりよく読んでいないのですがちょっとだけ。

「力が釣り合っていて0なのにそれを足し合わせると・・」
という話ですが、この場合重力が一定方向に働いている
状況を考えているので、「重力のした仕事」は除外して
考えないといけないような気がするのですが。
手で持ち上げたならその力だけ考えるべき?

上で書かれているdW = F・dlの式でも、微小な変位dl
を積分するという話で、Fは別に微小じゃないですよね?

俄僅俄僅 2009/07/23 20:07 >kashiさん

確率の積分においてこういう話があります。

 0から1までの実数を等確率でとる確率変数Xがあるとする。
 ところが実数p(0≦p≦1)に対して、
 X=pとなる確率が0より大なら、その総和は無限大。
 X=pとなる確率が0なら、その総和はやはり0。
 しかし確率の総和は1になるはず。
 これはどういうことか。

rikunoraさんはこの話と位置エネルギーの謎を関連させて考えているのかも。
物体が受けている仕事は0だけど、その総和は mgh と。
ただこれは一般的なリーマン積分ではなく、ルベーグ積分の話になるので
私もよく分かりません。

上記の確率の話だと、0≦X≦pとなる確率がpとすることで
問題が回避できるそうですが……

rikunorarikunora 2009/07/24 06:23 上に図を追加しました。

俄僅さん:
最初は重力を変化させるのにエネルギーがかかるのかな?
と思ったのですが、そんなことはないですね。
例えば上の図のように、当初は緩い角度で斜めに置いた板(青)を、
重心を中心にして急な角度(赤)に変えたら、
板の中に住んでいる二次元の住人にとっては、突然エネルギーが増えたように見えますね。
一方、板の外にいる三次元人にとってみれば、全体のエネルギーは特に変わっていない。
もし宇宙の外に、三次元人も知らないような別の次元があって、宇宙全体の傾きが突然急になったら・・・
宇宙の中に住んでる人にとっては、やっぱりエネルギーが増えたようにしか見えない。
宇宙の外から見れば、エネルギーは保存しているのですけれど。
そうなったら、「別の次元からエネルギーが流れ込んできた」っていうことになるのだろうか。。。
こわい考えになってしまった。

kashiさん:
実はこの問題には引っかかるポイントが2つあるのだと思います。
1.なぜ釣り合っているのに、上に持ち上がるのか?
2.なぜ0を足し合わせて有限になるのか?
上のグラフに書いてみたのですが、1.についてはスタート、ストップ時に加速、減速を行うからだと考えています。
グラフ上の青で書いた部分。加速と減速を合わせると、ちょうど0になる。
ここで何となく、途中で加える力がmgよりもちょっとだけ大きいのかな?
と思うと混乱してしまう。(グラフの赤い部分の高さ)
そのちょっとだけ、というのが、途中で加える無限小の幅と混同してしまうのです(Δというところ)
ご指摘の通り、Fはぴったりmgで、微少な量ではありません。
1.のスタート、ストップを除いて考えれば、後は要するに積分とは何か、という2.の疑問だけが残る。
そしてそれは、dl という微少量を足し合わせているのだ、ということになるのだと思います。
ここで1.の疑問を蒸し返すと、わけわからなくなる。
以上が私の理解です。

2.の疑問は、確かに確率の疑問と同じことです。
1点1点の確率は0なのに、足し合わせたら有限の確率になるって、どういうこと。
確率の幅?みたいなものがあるのかな? ということです。

俄僅俄僅 2009/07/24 17:09 面白い例だと思います。
位置エネルギーはそれ自体で存在するのではなく、
運動エネルギーに転化する方法と込みになって初めて存在できるのかもしれませんね…?
「わかったようで、よくわからない」とは至言でした。

いつか友人Iさんに会って積年の疑問を投げかける日を楽しみにしています。本当に。

rikunorarikunora 2009/07/26 03:43 これでI君に会う楽しみが1つ増えました。
I君の名前をググってみたら、確かに論文が出てきた。
でも、その大学にはもういないみたいでした。
きっと海外にいるのではないかと思っています。

ttrrttrr 2009/07/27 12:30 こんにちは。学部で物理を勉強中のttrrという者です。よろしくお願いします。
通りすがったところに興味深い議論があったもので(笑)コメントさせてもらいます。

前回の記事から拝見しましたが、「数式が先に定義されている」というのは全く
そのとおりだと思います。運動方程式を解いてみたら「ある量が増加し、同じだけ
他の量が増えていた」という時に、その保存量に「エネルギー」という名前をつけた
ということで導入されるのが、力学の体系では普通に思えます。そこに現象の説明を
言葉でしてやると、どうやらエネルギーは運動の激しさを与えるようだ、とこうなるわけです。
エネルギーという名まえを与えられることでイメージが独り歩きしていると言えると思います。
あくまで定義は数式ではないですかね。

上の記事で「釣り合いなのに質点が持ち上がる」というのは運動方程式を
眺めてみればわかります。力のつり合いにあるとき物体は等速度運動をする。
このときの「釣り合い」というのは次のような意味です。
「仕事の微小量を足し合わせた時に、2次以上の微小量は任意に小さくすることができる」
つまり、物体の加速に費やされるエネルギーが小さくなるような極限を、「釣り合い」
という言葉でスローガン的に表しているわけです。

上の例でwikipediaで初速度が現れないように見えたのは、微小量dWを表すときに
2次以上の項を無視しているからで、厳密に書けΔW=FΔl+(Δlの2次以上の項)です。
Δlが小さくなる極限でこれはdW=Fdlとなります。

論点があっているか自信がありませんが、少しでもお役に立てばうれしいですが・・・
最後になってしまいましたが、アンテナを張ってもよろしいでしょうか?

rikunorarikunora 2009/07/28 01:43 “エネルギーという名まえを与えられることでイメージが独り歩き”、
さすが、物理学部の視点。
特にエネルギーという名前は、日常用語と物理用語とでかなり食い違っているように思えます。
実は、私はそんなに数式を愛しているわけではなくて、
学生の頃は「どうしてこんなに難しく書くのだろう」と、悩んだものです。
でも、こうして書いてみると、やっぱり数式は必要です。イメージだけに頼ってはいけない。

「仕事の微小量を足し合わせた時に、2次以上の微小量は任意に小さくすることができる」
これはなるほどと思いました。何が残って、何がほとんど0になるのか、
ΔW = FΔl + δ
と表したときに、δの部分はいくらでも小さく抑えられる。確かに、納得です。
ただ、δの部分が必ずしも(Δlの2次以上の項)になるかどうかは、少し疑問が残ります。
Δlの幅の取り方に関係するものと、関係しないものがあるのかな、と思いました。
幅の取り方に関係するものは、2次以上の項と言って良くて、極限では0になります。
一方、持ち上げるための初速なんていうのは、幅の取り方とは無関係なのかな?
(Δlを小さくしていったら、それにつれて0に近づいて行く性質のものでは無い?)
などと思ったりしました。・・・重箱の隅のようなことで申し訳ない。
でも、とにかくδの項が、何らかの極限で0になるのは間違いないと思います。

アンテナ、大歓迎。ありがとうございます!
今後ともよろしく。

ttrrttrr 2009/07/29 05:02 よろしくお願いしますー!(・∀・)∩

さて、本題です笑

>ただ、δの部分が必ずしも(Δlの2次以上の項)になるかどうかは、少し疑問が残ります。
ですが、必ずなりますよ。Δlを微小量として、正味の仕事量から考えてみるとわかりやすいかもしれません。
ΔW=∫F(x)dxで積分区間はxからx+Δlを走りますが、F(x)はxの周りにテイラー展開ができるので結局1次の項は
F(x)Δlです。初速についてですが、初速を与える際に外力がする仕事がΔl→0でゼロになるからですね。

W=?熙?W=??{FΔl+(Δlの2次以上の項)}→∫Fdx+(Δlの"1"次以上の項)

です。Δlを小さくすれば、任意のδ>0について|W-∫Fdx|=(Δlの"1"次以上の項)<δとなるようなΔlがとれて、
これは極限の定義に他ならないというわけです。

ttrrttrr 2009/07/29 05:05 和のシグマが化けるみたいです。
下から3行目
W="シグマ"ΔW=シグマ{FΔ…}→…
です。

rikunorarikunora 2009/07/29 19:35 わかりました。
結局1次の項はF(x)Δl、それに(Δlの2次以上の項)を合わせればスマートに1本にまとまることに気付きました。
ならば、初速と呼んでいたものも Δl→0でゼロになって、確かに極限の定義通り |W-∫Fdx| < (任意の小数δ) になりますね。
これで一歩野望(?!)に近づいたような気がします、まじで。

コスミックコスミック 2012/01/01 10:19 通りすがりです。
位置エネルギーがどこに蓄えられるのか?について、第三の立場「位置エネルギーは実在しない」というふうに考えるなら微分積分を持ち出して無限小のパラドックスに陥らなくても良いように思いました。
物体を上に上げるとその分位置エネルギーが大きくなる。それは単にその位置エネルギー分の運動エネルギーが物体を持ち上げるものから失われているというだけではないですか?人間が持ち上げているならその人間が増えた位置エネルギー分の運動エネルギーを消費したということです。
微分積分を考案したライプニッツも無限小については矛盾に気が付いていたようですね。ライプニッツは無限小が我々の知りうる観念世界側にあるのではなく、我々には知り得ない実在世界側(あの世)に存在するんだと考えることによってこの矛盾を回避しようとしていたそうですが・・・よく分かりませんよね。

hirotahirota 2012/01/02 01:01 一般相対論ではエネルギーが重力源になりますから、「エネルギーがどこに蓄えられている?」は原理的には観測可能です。

rikunorarikunora 2012/01/05 10:06 本年初のコメントありがとうございます。今年もよろしく。

コスミックさん、位置エネルギーは実在しない、帳尻合わせのために人が作り出した概念、と割り切ってしまえば、
そもそも「何処に」といった問題に悩まずとも済みます。
これ、EMANさんのサイトにあったのですが、言われてみるとなるほどでした。
http://homepage2.nifty.com/eman/dynamics/potential.html

hirotaさんのコメントは目から鱗でした。
エネルギーが増えれば、質量が増える。それを測れば問題解決するはず。
・・・で、仮に測ったとしたら、物体がほんの少しだけ重くなるのか、それとも場が変化するのか。
よくわからない、宿題が増えてしまった。

hirotahirota 2012/01/06 09:27 一般相対論まで行かなくても電磁場のエネルギー密度は定義されてますがね。

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