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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-10-21

バナッハ・タルスキーのパラドックス

球を幾つかのパーツに分解して、再び組み立て直すことによって、同じ大きさの球を2個作ることができる。

これは「バナッハ・タルスキーの定理」と呼ばれている命題です。

あまりにも馬鹿げた内容にパラドックスと呼ばれることも多いのですが、

ちゃんと数学的な証明もあって、(一部の人たちには)正しいと信じられている「定理」なのです。

2個に増やす組み替えは、3次元の球で初めて可能になることで、2次元の円だとできません。

雰囲気をつかむために、先に円の話を見ておくと良いでしょう。

* 隙間だらけの円 >> id:rikunora:20091018


なぜ円だと不可能で、球だと可能になるのか。

その秘密は、元を正せば3次元空間の回転操作にあるのです。

前の記事の円の場合には、円周上の一点を、回転して別の点に移動する操作を考えました。

同じように、今度は3次元の球面上の一点を、回転して別の点に移動する操作を考えてみます。

球面の場合には、縦方向に回転する操作と、横方向に回転する2種類の操作があります。

(x軸回転とy軸回転。ならばz軸回転もあるのではないかと思うかもしれませんが、

z軸回転はx軸回転とy軸回転の組み合わせによって実現できます。)

・回転の種類が2種類あるということ。

・2種類の回転は交換可能ではないということ。

これが、3次元の回転操作で初めて出てくる重要な性質です。

交換可能ではない、というのは、回転操作の順番によって結果が変わってくるということ。

先に縦回転して、後から横回転するのと、

先に横回転してから、後で縦回転するのでは、最後の結果が違ってきます。

いま、球を割り切れない中途半端な角度、無理数の角度だけ回転する操作を考えます。

例えば、球を縦に√2度だけ回転する操作をα、横に√3度だけ回転する操作をβという記号で表すことにしましょう。

(√2、√3という数に特別な意味はなくて、無理数であれば何でもOKです

※たぶんOKですが、本当は証明が必要なところ。検証中。)

そして、αの逆回転、縦方向に−√2度だけ回転する操作をα'、

βの逆回転、横方向に−√3度だけ回転する捜査をβ'という記号で表すことにします。

(逆の操作は α^-1、β^-1 という記号で書くのが普通ですが、ホームページの都合上このようにしました。)

これらの回転操作を立て続けに行うことを、記号を並べて表すことにします。

例えば縦に√2度回転を3回、横に√3度回転を1回、という操作は

  αααβ

です。

回転の後に続けて逆回転を行う

  αα’

は、何もしなかったのと同じことです。

なので、回転と逆回転が続けて出てきたら、それは消去するという約束にしましょう。

それでは、縦、横、縦の逆、という操作、

  αβα’

は、αとα’が打ち消し合ってβと同じになるでしょうか?

そんなことはありません。

αとα’は続けて行わない限り、打ち消し合うことはありません。

これ、ルービックキューブをやったことのある人ならわかりますよね。

結局のところ、立て続けに行う回転操作は

・α, β, α’, β’の4種類の記号を1列に並べた文字列で表すことができる。

・α, α’が連続していれば、それは打ち消し合って無くなる。

・β, β’が連続していれば、それは打ち消し合って無くなる。

文字列が異なっていれば、最後の結果も異なっている。

といったものになります。

このような文字列で表現できる変換の集合を「自由群」と言います。

どのあたりが自由なのかよくわからんのですが、用語なので、そういうものだってことにします。


「自由群」の性質を詳しく追ってみましょう。

自由群の全体をGという記号で書きます。

Gの中には、

・αで始まる文字列

・α’で始まる文字列

・βで始まる文字列

・β’で始まる文字列

の4種類の文字列が含まれています。

この4種類には、全く重なりがありません。

ここで、xで始まる文字列全体の集合を、W(x) という記号で書くことにしましょう。

たとえばαで始まる文字列は W(α) です。

このWという記号を用いてGを表すと、Gは次のように4通りに分類できるわけです。

  G = W(α) ∪ W(α') ∪ W(β) ∪ W(β')   ・・・(1)式


α’で始まる文字列の前に αを付け加えると、αα’は打ち消し合って消去されます。

また、もともとα’で始まっている文字列の2文字目がαになっていることはありません。

もし2文字目がαだったなら、α’αが打ち消し合って消えるからです。

以上のことから、

  αW(α') = [α以外の文字で始まる文字列] = W(α') ∪ W(β) ∪ W(β')

ということになります。

つまり、

  G = W(α) ∪ αW(α')   ・・・(2)式

でもあるわけです。

この事情はβについても同じことで、

  G = W(β) ∪ βW(β')   ・・・(3)式

でもあります。

ここまでに登場した、(1)(2)(3)の3つの式は後ほど重要な役割を果たすので、ひとまず記憶に留めておいてください。


回転操作は、球面上にある全ての点を動かします。

正確には軸になる2点(横回転では北極南極の2点)を除く全ての点を動かします。

ここでは軸になる点にはひとまず目をつぶって、ほぼ全ての点が動くのだとしましょう。

全ての点が動くということは、回転操作前の点と、操作後の点は1対1に対応しているということです。

1対1の対応があるということは、球面上の点を対応するもの同士で同じグループにまとめることができます。

例えば北極という1点からスタートしたとき、αβα’β’の回転操作の組み合わせによって、

球面上は到達できる点とできない点に分かれます。

到達できる点を、仮に「北極グループ」としましょう。

次に、北極グループには含まれていない点、例えば南極から出発して到達できる点の集合を「南極グループ」としましょうか。

さらに、北極グループにも南極グループにも含まれていない点、

例えば東京がそうだとしたら、東京から出発して到達できる点の集合を「東京グループ」としましょう。

この調子で、「ロンドングループ」「パリグループ」「ニューヨークグループ」・・・などなどにグループ分けすれば、

球面上の点は全てどこかのグループに属することになるはずです。

実際には、グループは無限個(しかも非加算無限個)できるので、上のような手続きで1個1個作ってゆくことはできません。

それでも、たとえ実際に全てのグループを列挙できなくても、次のことだけは確かでしょう。

・球面上の点は、必ずどこかのグループに属している。

 グループの集まりによって、球面全体は覆い尽くされている。(ただし回転軸の点は除く)

・グループ同士に重なりは無い。2つのグループに同時に属している点は無い。

それっぽい言い方をすれば、(軸を除いた)球面は、回転操作によって同値類に類別できるのです。


さて、山場にさしかかってきました。

上記の無限個あるグループから、それぞれ代表選手を1個ずつ取り出してきて、1つの集合体を作ります。

上のたとえ話で言えば、北極グループからは北極点を、南極グループからは南極点を、東京グループからは東京を・・・

といった具合に1点ずつ取り出してきて、

北極点南極点東京ロンドン+パリ+ニューヨーク+・・・」

みたいな集合を作り上げるのです。

もちろん、この・・・のところは無限に続いています。

できあがった集合が一体どんな形になるのか、想像できますか?

いまのところ、世界中の誰にも想像できないみたいです。

もし具体的な形がわかったら、本当に球が2倍にできちゃいますから。

「無限にあるグループの中から、1個ずつ代表選手を取り出してきて、それでもって1つの集合を作る」こと。

この操作ができるのだ、と保証するのが「選択公理」というものです。

公理というのは、数学の主発点にあるルールのようなもので、

証明はできないのだけれど、前提として正しいものだと認めよう、といった命題のことです。

具体的な方法は何であっても構わないから、とにかく、代表選手を選び出してくること。

普通に考えれば、そんなの出来て当然だろうと思うわけです。

でも、今考えていた球面上のグループでは、具体的な代表選手の集合というものが全くイメージできない。

それでも、きっとそういう集合はできるに違いない。。。そういうことにして、次のステップに進むわけです。

この、形も想像できない代表選手の集合には名前を付けておいた方が良いので、幻の集合Mと呼ぶことにします。


Gというのはあらゆる回転操作を集めたものですから、幻の集合MにGの操作を施したものは、球面全体になります。

  [球面全体] = G・M

Gを上に書いた(1)式に従って4通りにに分けて書けば、こうなります。

  [球面全体] = W(α)・M ∪ W(α')・M ∪ W(β)・M ∪ W(β')・M

例えば W(α)・M というのは、幻の集合Mに、αで始まる全ての回転操作を片っ端から施していった結果の集まりといういことです。

また、Gを(2)式に従って書き直せば、こうなります。

  [球面全体] = W(α)・M ∪ αW(α')・M

さらに、(3)式に従って書き直せば、こうもなります。

  [球面全体] = W(β)・M ∪ βW(β')・M

ところで、αという操作は単なる回転なのですから、W(α')・Mと、それをα回転した αW(α')・Mは、

向きが違っているだけで、もともと同じ形をしています。

以上の関係がわかったところで、下の図を見てください。

f:id:rikunora:20091022021231p:image


図の左半分、黒い字で書いた「球面全体」は4つのパーツに分解できます。

上から2番目のパーツ、W(α')・Mをα回転して、αW(α')・Mとします。

αW(α')・Mは、右隣にある赤い字で書いた3つのパーツと同じことです。

ということは、赤い字で書いた4つのパーツを合わせて、1個の球面が作れます。

同じ事を、図の下半分でも行うことができます。

上から4番目のパーツ、W(β')・Mをβ回転して、βW(β')・Mとします。

そして、青い字で書いた4つのパーツから、もう1個の球面を作ることができます。

以上で、黒い字で書いた「球面全体」の4つのパーツから、

赤い字で書いた「球面全体」と、青い字で書いた「球面全体」の、2個の球面ができました!


最後に、途中で目をつぶった回転の軸になる点について考え直してみましょう。

実のところ、軸になる点は「点」であり、それを除いた球面は依然として「面」ですから、

点が抜け落ちていたとしても大勢に影響はありません。

前回の円についての記事で、円周上に点の穴を空ける方法について書きました。

* 隙間だらけの円 >> id:rikunora:20091018

この操作の逆を行えば、円周上の点の隙間を埋めることもできるはずです。

球面上に穴が空いていたら、その穴を含む適当な円を選び出して、そこで点の隙間を埋める操作を行います。

そうすれば、穴の空いた球面から、穴のない完全な球面を作り出すことができるでしょう。


バナッハ・タルスキーのパラドックス (岩波科学ライブラリー (49))

バナッハ・タルスキーのパラドックス (岩波科学ライブラリー (49))

今回の記事は、この本の巻末に載っていた証明を元にしました。

説明もわかりやすく、とてもおもしろい本だと思うのですが、残念ながら絶版です。

私は図書館で借りてきて、証明のところをコピーしました。

あと、このコンテンツがとても参考になりました。

* −バナッハ・タルスキーの定理− 金塊を2倍にする方法

>> http://www7a.biglobe.ne.jp/~watmas/dosukyo/circle-reports/banach.pdf


アトムアトム 2009/10/22 04:22 きましたね。頭をデフラグしてからじっくりと読みたいと思います。

俄僅俄僅 2009/10/23 00:40 おもしろかったですー。不連続っぽい球面になら、いくつに分けられてもいいかなーって思っちゃいます(^^; その意味ではパラドックスぽくはないかな……?

rikunorarikunora 2009/10/29 00:01 どうも、しばらく間を空けてました。
不思議なもので、定理だと思って眺めていると、2倍になるのもありなのかな?
と思えてくるんですよね。
どこがおかしいのかと聞かれると、答に窮してしまいます。
たぶん、「本当の世の中は、大きさのない点が集まってできているのではない」
ということなのではないかと思っています。
少なくとも物理的には、宇宙は点の集まりではないみたいですし。

774774 2010/06/10 01:11 この定理って、体積をもつ球を、体積を定義できない点で置き換えてるところに矛盾があるんじゃないかな?
集合Mに体積を与えるとすると、球全体の体積の半分になるんだから、密度が半分の球が二つできるって事なんじゃないの?

rikunorarikunora 2010/06/11 09:23 そうですね、一言で言うと「体積って、点の集まりなの?」って疑問に集約されますよね。
こういった病的?!な点の集まりの体積は、どうやって測るのか、そもそも体積が定義できるのか?
このパラドックスは、体積の定義見直しをつきつけているのだと思います。
Wikipediaにも(ただし、各断片は通常の意味で体積を定義できない)とありました。

hirotahirota 2010/12/26 12:49 なるほどー、こうやって証明するのでしたか。(この定理自体は聞いた事あった)
ところで、自由群の「自由」は「制約がない」の意味だと思います。
複素数なら i^2=−1、位数 n の有限群なら a^n=1 などの性質 (制約) がありますが、そういう条件が全くないのが自由群です。

rikunorarikunora 2010/12/27 13:16 「自由」は「制約がない」という意味だったのですね、なるほど。
ウィキペディアを見ると「公理から来る自明なもの以外に元の間の等式がない群」とありました。
どうも英語の free と日本語で言う自由の間には、たまにギャップを感じることがあります。
例えば無料が free であるとか。日本人には、本当の意味での free は馴染まないのかも。

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