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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2010-07-03

波長と分解能

「小さい波ほどよく見える。」

これは光の波長と分解能についての関係です。

ご存じのように、光とは電磁波の一種であり、波としての性質を持っています。

その波である光を使って物体を見ようとしたとき、いったいどこまで細かく、精密に物体をとらえることができるでしょうか。

つまり光学顕微鏡の性能は、どこまで上げられるだろうか、という疑問です。

もしレンズというものが本当に無限小の1点にまで光を集めることができたなら、

理屈で言えばどんなに小さな物体でも見ることができるはずです。

ところが、現実には光は波であって、その「波の大きさ」よりも小さいものは見ることができません。

「波の大きさ」というのは、光の波長のことです。

顕微鏡の分解能は開口数NAと観察波長λの関数として、

 D=aλ/NA

という式で与えられる。

  -- 顕微鏡の分解能より

>> http://www.op.titech.ac.jp/lab/Take-Ishi/html/ki/hg/et/sb/resolution/resolution.html


この図は、水面上に浮かぶ木の葉に波が当たっている様子です。

f:id:rikunora:20100703115429p:image

大きな波の場合、波は木の葉を大きく揺さぶって通過してしまうので、木の葉の形を捉えることができない。

小さな波の場合は、波は木の葉の縁で細かく反射するので、細かい形状をとらえることができる。

なるほど、そういうことか・・・本当にそう思いますか?

上の「水面上の木の葉」の説明は、一見もっともらしいのですが、どうも納得が行かないところがあります。


1.波長と物体の大きさは、直接には関係しない?

下の図を見てください。

f:id:rikunora:20100703115533p:image

波長って、物体の大きさに直接関係あるのでしょうか?

これが波長ではなくて、振幅であるというのなら、まだ話はわかります。

図で言えば、波長は横方向の長さであり、振幅は縦方向の長さだからです。

波長というのは、物体に対して「どれだけ時間をかけて波があたるのか」ということでしょう。

上の木の葉の説明では、なんとなく「波の大きさ= 波長」としてしまったのですが、

よく考えてみると、「波の大きさ」と「波長」の関係は必ずしも明らかではありません。

これが第1の疑問です。


2.1個の波で測定できないか?

木の葉の浮かんでいる水面に、1回だけ振動を与えて、波を1個だけ作ってみましょう。

1個だけの波が木の葉に当たって、反射して返ってくる様子は、下の図のようになるでしょう。

f:id:rikunora:20100703115602p:image

反射してきた波を測定装置でとらえて解析すれば、そこから木の葉の形が知れないでしょうか。

反射してきた波が返ってくる”海岸線”に、ずらりと一列に測定装置を並べておく。

小人さんがたくさん並んでいる、というのがイメージしやすいかも)

そして、どの測定装置に、何秒後に波が当たったかを記録しておいて、そこから木の葉の形を再現する。

もしこういった測定装置が作れるのなら、波長は測定の精度に全く関係ないではありませんか。


最初に挙げた「水面上の木の葉」の説明には、明らかにゴマカシと思える箇所があります。

それは、「大きな波の場合、木の葉は揺さぶられて動いているけれど、

小さい波の場合、木の葉は止まっている」というところです。

大きな波の場合、木の葉が動くからこそ、波が通過する。

小さい波の場合、木の葉が動かないので、波は反射してくる。

それでは、実際に対象物が全く動かない状況で、波の反射はどのようになっているのでしょうか。

私はこのことが気になって、折あらば河岸や海岸に寄せる波の形を見ているのですが、

どうも波の大きさに関わらず、大きな波も小さな波も一様に反射するように見えるのです。

(詳しく正確に測定したというわけではありません。誰か波に詳しい方、ご存じないでしょうか。)

単純に水面の波の類推だけで考えると、波長と分解能が関係しているとは、どうも思えないわけです。


それではなぜ、実際に波長の短い光ほど分解能が高いのでしょうか。(←これは事実です)

その答は、ファインマン物理学という教科書に載っていました。

f:id:rikunora:20100703115636p:image

はっきりと区別できる場所に光が集まるという条件は、・・・

二つの可能な物体P,P’から一つの像点Tにいく時間が等しくないということである。

2つの物体、PとP’が異なる像として区別できるためには、

Pから出た光と、P’から出た光が目(観測装置)に到達するまでの時間が異なることなのだ、というのです。

では像が一緒にならず、二つの像点がはっきりと区別できるためには、時間がどれだけ違えばよいのか。

・・・それ自身の像点に達する時間にくらべて、光の振動の1周期以上異なる場合に、二つの像が分解されるというのである。

そして、その異なる時間をどのようにして測るのか、といえば、

光の振動の1周期が時間の最小単位になっているのだ、とファインマンさんは言います。

上に挙げた、”海岸線”に並べた測定装置で考えてみましょう。

物体の形を測るのに、”海岸線”に並べた測定装置(小人さん)は、各人が時計を持っているはずです。

その時計を見て、どの測定装置に、何秒後に波が到達したかを測っているわけです。

となると、問題となるのは、その時計の精度ということになるでしょう。

もし測定装置の時計が一秒刻みだったとしたら、一秒より細かい精度の形を知ることはできません。

では、実際に時計の精度を何が決めているのか、時計の”振り子”は何なのか。

それは光の振動の1周期に他なりません。

この時計の精度こそが、波長が分解能を決定する本当の理由なのだと思います。

例えば目という測定装置によって光を見分けるためには、目の中で何らかの化学反応が起こらないといけません。

その化学反応のタイミングは、どこまで小さな時間差で起こり得るでしょうか。

それが反応の引き金となっている光の1周期よりも高い精度で起こる、

ということは、まずあり得ないでしょう。

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もし、波の1波長よりも小さな違いを見分けることができたなら、

分解能は(原理的には)1波長よりもっと高めることができると思うのです。

それでは、1波長よりも小さい、ほんのわずかの違いを、どのようにして「見極めたら」よいのでしょうか。

ほんのわずかの違いを検出するためには、少なくとも測定に用いた光よりももっと「細かい」、

より波長の短い光(あるいは波長の短い何物か)を用いなければなりません。

要は、もっと精度の高い特別な時計を持ってこないといけません。

ここで、より波長の短い光が使える位なら、最初からその光を対象物に当てればよいはずでしょう。

なので結局のところ、用いた光の波長よりも細かい物体は見ることができないのです。


波長とは、波の「時間に対する変化の速度」のことです。

なので、波長の性質をとことん考えるなら、どこかに必ず「時計」の概念が入ってくると思うのです。

余談ですが、ファインマンさんの量子力学は「二重スリットの実験と不確定性原理」から始まっています。

リチャード・P・ファインマンはこれを「量子力学の精髄」と呼んだ。

      -- wikipedia:二重スリット実験

量子力学は古典的な光の話とはまた別のことなのですが、

話の雰囲気からして、波長と分解能の延長線上に来ているという印象を受けます。


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