一般化されたJarzynski等式とは何か

前回の記事 Jarzynski等式とは何か>> [id:rikunora:20101201] の続きです。
* 情報をエネルギーに変換することに成功!
>> http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/pressrelease_files/kouho_926d762ef5d729c7544d1276739468c5_1289788403.pdf
今回は、この実験の肝にあたる"Generalized Jarzynski Equality"「一般化されたジャルジンスキー等式」についてです。

熱力学第二法則エントロピー増大則)には、大まかに言って2つの疑問点がありました。

* 疑問その1【揺らぎ】
エントロピーは必ず増えると言うけれど、ごく希には減ることだってあるんじゃない?
 だって確率の問題なんでしょ。
 すごくたくさんの分子があるマクロな系では、事実上あり得ないけど、
 分子が2〜3個しかないミクロな系だったら、エントロピーはたまに減るってことでいいのかな?』

* 疑問その2【情報】
『仮に、分子を直接指でつまんでヒョイヒョイって動かせるような、
 小さくて器用な「悪魔」がいたとしたら、エントロピーは減らせるの?
 だって分子は熱運動しているのだから、「悪魔」が自力で動かさなくたって、
 ちょっと向きを変えるだけでいいじゃない。』

熱力学第二法則は、物理の根幹に関わる法則です。
その根幹に関わる疑問について、これまでは「ならば、実際にやってみろよ」と突き放すか、
何か哲学的な長い議論を行って納得するしかありませんでした。
これらの疑問を実験的に完全解決したのが、今回の「一般化されたジャルジンスキー等式」実験の意味であったと思います。

上の図式で、 疑問その1【揺らぎ】に答えたのが縦のオレンジ色の矢印、
疑問その2【情報】に答えたのが横の青い矢印です。

まず出発点にあたる、熱力学第二法則から。
式にある W は系に加えた仕事、
< > 記号はあらゆる場合の平均を取るという意味、
F は(ヘルムホルツの)自由エネルギー、
Δは差分、つまり変化の前と後での差という意味です。
自由エネルギーとは、簡単に言えば「利用可能なエネルギー」のこと。
全内部エネルギー U の中から、摩擦熱みたいな「利用できない分」を引いた残りが自由エネルギーです。
 F = U - T S
  U:内部エネルギー、T:温度、S:エントロピー
エントロピーが増えれば、利用可能なエネルギーは減っていく、ということです。
上の図にある式は、
 < W > ≧ ΔF
「系にどんな具合に仕事を加えたとしても、利用可能なエネルギーは、加えた仕事よりも大きくなることはない」
と読むことができます。

ここで、 疑問その1【揺らぎ】に移りましょう。
エントロピーって、たまには減ることだってあるんじゃない?」
この疑問に答えたのが、オレンジ色の矢印の下の Jarzynski等式。
(W - ΔF) は、加えた仕事から、系に残った利用可能なエネルギーを差し引いた「取りこぼし」分と解釈できますから、
Jarzynski等式とは、「取りこぼし分の指数をとった平均が1になる」ということです。
取りこぼし分がマイナスになることだって(つまりエントロピー減少だって)絶対に無いというわけじゃない。
でも、マイナス側を指数的に大きくして、やっと釣り合いがとれる(平均して1になる)くらいだから、
エントロピーが減少する確率はとても小さい。

次に、 疑問その2【情報】を加味したのが、青い矢印の先にある「一般化された熱力学第二法則」です。
普通の第二法則との違いは、赤で書いた情報量に関する項「 - kB T <I> 」というところ。
ここで、<I> は系を観測して得られた情報量の平均値です。
いったい何が「情報」なのか。
小さくて器用な「悪魔」が分子を操作するには、分子の熱運動を観測して、情報を得なければなりません。
その観測で得た情報の分だけ、悪魔は余計に仕事を取り出すことができる。
つまり盲目の悪魔は何もできない、ということです。
じゃあ、情報を無尽蔵に投じればいくらでもエネルギーが取り出せるのか?
確かにそうなのですが、この式を逆に読めば、
「系に関する情報Iを得るには、仕事W、あるいは自由エネルギーFが必要となる」
とも言えます。なので「情報を無尽蔵に投じる」ことはできません。

以上の【揺らぎ】と【情報】を合体させた最終完成形態が「一般化されたジャルジンスキー等式」です。
普通の Jarzynski等式との違いは、情報量「- I」が入っていることです。
悪魔が活躍した分だけ、エントロピー生成の均衡点はずれるはず。
重要なポイントは、この式が単なる想像の産物ではなく、実験的に確認できるということです。

さて、ここまでの流れがわかったところで、上のニュースの参考文献に挙がっていた論文を見てみましょう。
* Generalized Jarzynski Equality under Nonequilibrium Feedback Control
>> http://prl.aps.org/abstract/PRL/v104/i9/e090602
* プレプリント版はこちら >> http://jp.arxiv.org/abs/0907.4914
以下に、私が個人的に翻訳したプレプリントの前半部を置いておきます。
* http://brownian.motion.ne.jp/memo/GJE_NFC.txt
間違いがあるかもしれないので、オリジナルと合わせて読んでください。