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2010-12-07

一般化されたJarzynski等式とは何か

前回の記事 Jarzynski等式とは何か>> id:rikunora:20101201 の続きです。

* 情報をエネルギーに変換することに成功!

>> http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/pressrelease_files/kouho_926d762ef5d729c7544d1276739468c5_1289788403.pdf

今回は、この実験の肝にあたる"Generalized Jarzynski Equality"「一般化されたジャルジンスキー等式」についてです。


熱力学第二法則(エントロピー増大則)には、大まかに言って2つの疑問点がありました。

* 疑問その1【揺らぎ】

エントロピーは必ず増えると言うけれど、ごく希には減ることだってあるんじゃない?

 だって確率の問題なんでしょ。

 すごくたくさんの分子があるマクロな系では、事実上あり得ないけど、

 分子が2〜3個しかないミクロな系だったら、エントロピーはたまに減るってことでいいのかな?』

* 疑問その2【情報】

『仮に、分子を直接指でつまんでヒョイヒョイって動かせるような、

 小さくて器用な「悪魔」がいたとしたら、エントロピーは減らせるの?

 だって分子は熱運動しているのだから、「悪魔」が自力で動かさなくたって、

 ちょっと向きを変えるだけでいいじゃない。』


熱力学第二法則は、物理の根幹に関わる法則です。

その根幹に関わる疑問について、これまでは「ならば、実際にやってみろよ」と突き放すか、

何か哲学的な長い議論を行って納得するしかありませんでした。

これらの疑問を実験的に完全解決したのが、今回の「一般化されたジャルジンスキー等式」実験の意味であったと思います。

f:id:rikunora:20101207154449p:image

上の図式で、 疑問その1【揺らぎ】に答えたのが縦のオレンジ色の矢印、

疑問その2【情報】に答えたのが横の青い矢印です。


まず出発点にあたる、熱力学第二法則から。

式にある W は系に加えた仕事、

< > 記号はあらゆる場合の平均を取るという意味、

F は(ヘルムホルツの)自由エネルギー

Δは差分、つまり変化の前と後での差という意味です。

自由エネルギーとは、簡単に言えば「利用可能なエネルギー」のこと。

全内部エネルギー U の中から、摩擦熱みたいな「利用できない分」を引いた残りが自由エネルギーです。

 F = U - T S

  U:内部エネルギー、T:温度、S:エントロピー

エントロピーが増えれば、利用可能なエネルギーは減っていく、ということです。

上の図にある式は、

 < W > ≧ ΔF

「系にどんな具合に仕事を加えたとしても、利用可能なエネルギーは、加えた仕事よりも大きくなることはない」

と読むことができます。


ここで、 疑問その1【揺らぎ】に移りましょう。

エントロピーって、たまには減ることだってあるんじゃない?」

この疑問に答えたのが、オレンジ色の矢印の下の Jarzynski等式。

(W - ΔF) は、加えた仕事から、系に残った利用可能なエネルギーを差し引いた「取りこぼし」分と解釈できますから、

Jarzynski等式とは、「取りこぼし分の指数をとった平均が1になる」ということです。

取りこぼし分がマイナスになることだって(つまりエントロピー減少だって)絶対に無いというわけじゃない。

でも、マイナス側を指数的に大きくして、やっと釣り合いがとれる(平均して1になる)くらいだから、

エントロピーが減少する確率はとても小さい。


次に、 疑問その2【情報】を加味したのが、青い矢印の先にある「一般化された熱力学第二法則」です。

普通の第二法則との違いは、赤で書いた情報量に関する項「 - kB T <I> 」というところ。

ここで、<I> は系を観測して得られた情報量の平均値です。

いったい何が「情報」なのか。

小さくて器用な「悪魔」が分子を操作するには、分子の熱運動を観測して、情報を得なければなりません。

その観測で得た情報の分だけ、悪魔は余計に仕事を取り出すことができる。

つまり盲目の悪魔は何もできない、ということです。

じゃあ、情報を無尽蔵に投じればいくらでもエネルギーが取り出せるのか?

確かにそうなのですが、この式を逆に読めば、

「系に関する情報Iを得るには、仕事W、あるいは自由エネルギーFが必要となる」

とも言えます。なので「情報を無尽蔵に投じる」ことはできません。


以上の【揺らぎ】と【情報】を合体させた最終完成形態が「一般化されたジャルジンスキー等式」です。

普通の Jarzynski等式との違いは、情報量「- I」が入っていることです。

悪魔が活躍した分だけ、エントロピー生成の均衡点はずれるはず。

重要なポイントは、この式が単なる想像の産物ではなく、実験的に確認できるということです。


さて、ここまでの流れがわかったところで、上のニュースの参考文献に挙がっていた論文を見てみましょう。

* Generalized Jarzynski Equality under Nonequilibrium Feedback Control

>> http://prl.aps.org/abstract/PRL/v104/i9/e090602

* プレプリント版はこちら >> http://jp.arxiv.org/abs/0907.4914

以下に、私が個人的に翻訳したプレプリントの前半部を置いておきます。

* http://brownian.motion.ne.jp/memo/GJE_NFC.txt

間違いがあるかもしれないので、オリジナルと合わせて読んでください。


三毛公爵三毛公爵 2010/12/12 16:10 難しくて、この実験や理論に関してあまり言えませんが、将来的な高効率のエネルギー源として期待できるってことで理解しました。

物理では、たしか3つの根源要素、質量とエネルギーと情報の相互変換でものが成り立っているんですよね。情報とエネルギーが変換できるなら情報を質量になんて思ってしまいます。

そうすると情報で召喚術が・・・なんてないですよね(;^ω^)

rikunorarikunora 2010/12/14 13:45 この分野はけっこう微妙な誤解が多いので、迷ったらとにかく次の2つを思い出しましょう。
(1) 熱力学第二法則と、その発展形は疑う余地のない事実。
(2) 物理で言うところの保存するエネルギーと、利用可能なエネルギー=自由エネルギーは、よく混同されている。
エネルギーは保存する、つまり増えも減りもしない。一方、利用可能なエネルギーはどんどん減ってゆく。
質量と等価なのは、保存するエネルギー。情報と等価なのは、自由エネルギー。

でも、「質量とエネルギーと情報の相互変換でものが成り立っている」というのは、その通りだと思います。
私自身は、将来的な高効率のエネルギー源というところにすごく期待と思い入れがあります。

ぐっぴーぐっぴー 2010/12/19 02:40 大変興味深く読ませていただいています。

この一つ前の記事で、
>※Jarzynski等式の場合、指数関数が凹型にへこんでいるので、
>※自由エネルギー変化は加えた仕事よりも少なくなると言えます。

というところが、やや難しくて理解できないのですが、どうしても理解したいので、
もしお時間ありましたら、これについてもう一コメントいただけると大変嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。

この記事をきっかけにこのブログを知り、内容に大変興味が湧いています。
過去記事に遡って色々拝見させていただこうと思います。
これからも更新楽しみにしています。

ぐっぴーぐっぴー 2010/12/19 16:48 上のコメントの件ですが、イェンゼンの不等式を使えばよいのですね。
“凸関数”という言葉と、“凹型にへこんでいる”という言葉が、自分の頭の中でごちゃごちゃになってしまいました。これらは大体同じものを表現していたんですね。
コメント欄を余計に汚してしまいまして申し訳ありませんでした。

rikunorarikunora 2010/12/20 09:40 コメント遅くなりました。と、言っているうちに自己解決されたみたいですね。
確かにここのところ、文献によっては「凸関数」と書いてあったり、
「指数関数の凹性により」と書いてあったりするので、混乱しがちだと思います。
要は「指数関数のグラフがへこんだ形をしているから」ということなのです。
わかってしまうと何のことは無いのですが・・・そんなものです。

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