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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-06-25

無尽の消失

無尽(むじん)という仕組みをご存じでしょうか?

身近な者同士でお金を出し合って、貯まったお金を参加者に順番に渡すという、

相互扶助のシステムです。>> wikipedia:無尽


事の起こりは、「沖縄には相互扶助の仕組みがある」のだと、人づてに聞いたことからでした。

そのことを家族に話したところ、我が家のおっかあから

「それって無尽のことじゃないの?」と聞き返されました。

何を隠そう、我が家は昔、無尽という助け合いの場になっていたのだそうです。

私もこのとき初めて知った。

無尽を行っていたのは、おっかあの母である、今は亡きおばあちゃんの代まででした。

近所の人同士が集まってお金を出し合い、貯まった貯金をくじ引きで参加者に当てる、といった仕組みでした。

ただし、くじ引きというのは半分名目で、実際には前回当たった人は今回外れるなどして、

参加者には順番に当たる仕組みだったようです。

実際、我が家の玄関は無尽のお金で修繕したとのこと。

場所を提供していたのは、たまたま集まるのに手頃な座敷があったので、溜まり場になっていたらしい。

おっかあ曰く、カタカナで「ムジン」と書いてあったので、当時は何のことだかよくわからなかったのだとか。


ネットで「無尽」を検索すると、幾つかの記録がヒットします。

* 頼母子講・無尽という「助け合い」のシステム

>> http://www.tanken.com/tanomosi.html

* 今治で行われている無尽ってなあに?

>> http://www.dokidoki.ne.jp/home2/doinaka/iq/iq-h/i009.html

* 毎月ある「無尽会」という名の飲み会は、どういう意味があるのでしょうか?

>> http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110492351

2番目のリンク先は今治、3番目は山梨についての話です。

このリンク先からも察せられるように、無尽はかつては日本中にあったのだけれど、

今では一部の地方に細々と残るだけになっているようです。

ちなみに、沖縄で無尽に相当するものは模合(もあい)と呼ばれていて、現在でも普通に行われているらしい。

>> wikipedia:模合

日本には1社だけ営業で無尽を行っている会社があるそうです。

* 日本住宅無尽 >> http://www.nihon-jm.co.jp/

この会社ホームページの「無尽とは?」の項に、こんなことが記されていました。

無尽は、庶民の金融システムとして、実に古くから行われており、

今からおよそ800年前の鎌倉時代中期に生まれた相互扶助システムがその起源とされ、

今日の金融組織の母体といわれています。

江戸時代に入り、無尽講あるいは頼母子講(たのもしこう)として全国に広がってゆきました。

こうして見ると、助け合いの精神に基づく無尽は、実に素晴らしいシステムであるように思えます。

にもかかわらず、実際に無尽は急速に廃れつつある。

我が家で続いていた無尽も、おばあちゃんの代で廃止となりました。

その理由をおっかあに尋ねると、

「さあ・・・近所付き合いが面倒だったからじゃないの」とのこと。

お金の絡んだ近所付き合いというものは、きれいごとだけでは済まされない、

ウェットな人間関係をも併せ持つことになります。

一言で言えば、面倒くさい。

おばあちゃんよりもさらに上の代までは、無尽は本当に助け合いの意味で機能していたらしい。

それが、おばあちゃんの代くらいになると、みんな豊かになってきて、

生きるためではなく、娯楽や宴会のために目的が変わってくる。

そうなると、だんだん面倒くさいことだけが表立ってきて、無尽の意味そのものが失われていったのではないかと。


一人一人が豊かになればなるほど、お互いに依存するものが無くなるので、ベタな人付き合いも消失する。

無尽の消失には、そんな時代の流れを感じます。

しかし、ごく最近では豊かさも頭打ちになり、再び助け合いを必要とする人たちが現れつつあります。

そうなると、無尽もまた復活しなければならないのかもしれません。


271818271818 2012/06/27 07:26 我が家でも祖母の時代には「日掛け貯金」があったと記憶しています。これが無尽の集金システムだったのかも知れません。
戦後は無尽が相互銀行になり、第二地銀に転換しましたね。
中でもユニークなのが岡山の「トマト銀行」ですね。
http://www.tomatobank.co.jp/investor/profile/index.html

rikunorarikunora 2012/06/27 15:47 なるほど、おばあちゃんの代には似たようなことが行われていたのですね。
無尽が廃れたもう1つの理由は、銀行法が整備されたこと、町の信用金庫にとって替わられたことがあります。
信用金庫が町の味方である限り、それで充分なのかもしれません。

ポン太ポン太 2012/07/07 23:40 まさしく、以前こちらに投稿させていただいた「貨幣経済」と「非貨幣経済」の割合が逆転するであろう時期に差し掛かっているのでしょうね。

「無尽」という言葉自体は初めて知りましたが、まあ今最近はやりの「評価経済」という言葉で置き換えられる概念なのかもしれません(もっとも、「評価経済」という言葉を作り出した岡田という人物は、そのアイディアの根本を堺屋太一の「知価革命」という本からパクってますが)。

結局、技術や情報の発達により、もはや経済活動のすべてを「貨幣経済」のみに依存しなくてもよくなってきた。だが、現行の経済システムが「すべての経済活動を貨幣のみに置き換えることを前提としたもの」であるため、失業者が増大して社会不安が増したり、ブラック企業が増えて労働環境も悪化するという不具合が目立つようになった。

これが今起こっている社会問題の根本です。もし経済活動のすべてを「貨幣経済」のみで回すのではなく、ある程度人のつながりに依存した「非貨幣経済」で代替できるのであれば、自然に「お金があってもなくても暮らしていくことはできる社会」に近づきます。それほど遠くない未来に、おそらく「経済活動」=「貨幣経済」+「非貨幣経済」という形に(自然の流れとして)なっていくことでしょうね。

そして、この流れを予測しているのが、神田昌典氏。彼の予測では、2018年には全人口の10%強がお金を使わないで(しかも現在の豊かさをある程度保ったまま)生活していることになるとのこと。2018年かどうかはともかく、大まか流れとしては確かにそうだろうと思います。さらに言えば、その仕組みが分かってしまえば、この流れが広まるのはあっという間だろうとも彼は語っている。2030年くらいには日本人の多くが「貨幣経済」から脱却しているとしている。もちろん、お金そのものがなくなるということではなく、お金が本来あるべき姿に落ち着くということです。

rikunorarikunora 2012/07/09 15:19 「評価経済」という言葉は、ここで初めて知りました。
言葉がどうであれ、今後「非貨幣経済」の占める割合が高まってゆくのは間違いないでしょう。
そこで重要なのが、非貨幣経済が「人のつながりに依存」しているという点です。
つまるところ、人を信じるか、お金を信じるかが分岐点であるように思います。

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