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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-07-31

ラチェットとゆらぎ

のこぎりの歯のように、非対称でギザギザな地形の上に、小さなボールを置いたとします。

この地形全体をユサユサ揺さぶったら、ボールはどちら側に動くでしょうか?

f:id:rikunora:20120731130044p:image

直観的には、ボールはのこぎりの歯に引っかかるので、左側に動くような気がするのですが・・・

そこで、ボールの動きをシミュレーションによって確かめてみました。

* 確率的ラチェット(要:Silverlight 4)

>> http://brownian.motion.ne.jp/memo/Ratchet01/

シミュレーション画面の、一番上にある2つのスライドバーによって、ラチェットの高さと傾きを調整します。

左上の RndForce にチェックを入れると、ランダムな揺さぶる力が加わります。

(RndForce の右隣のスライドバーは、ランダムな力の大きさ調整)


【1】まず、ラチェットの形を左右対称にしたまま(スライドバー=.050)揺さぶってみます。

100回の試行のうち、左にはみ出した回数51回、右にはみ出した回数49回。

当然ながら、左右で5分5分に分かれました。


【2】次に、ラチェットの形を右側に寄せて(スライドバー=.080)揺さぶってみると、

100回の試行のうち、左が回数52回、右が回数48回。

ラチェットの形を変えても、結果は5分5分のままのようです。


【3】ラチェットの形を左側に寄せて(スライドバー=.020)揺さぶってみると、

100回の試行のうち、左が回数54回、右が回数46回。

やっぱり5分5分でした。。。


ランダムに揺さぶった場合、直観に反して、ラチェットの形をどのように変えてもボールは左右5分5分に動くようです。

なぜ、ボールは一方向に動かないのでしょうか。

f:id:rikunora:20120731130202p:image

この図は、有名な永久機関の一例です。

非対称な三角形の周囲に鎖を掛けたなら、左側の鎖の方が長くて重くなるので、鎖の全体は左向きに回るのでしょうか?

やってみればすぐ分かることですが、どんな形状に鎖をかけても、決して一方向に回ることはありません。

ラチェットとボールも、この鎖の例と同じことなのです。

現実にラチェットのような機構が一方向に機能しているのには、実は摩擦が重要な役割を果たしています。

もし摩擦が無かったなら、ここでのシミュレーションのように、ラチェットが一方向に機能することは無いでしょう。


何とかしてボールを一方向に動かすことはできないものでしょうか。

ランダムな力ではなくて、周期的に、上手いタイミングで力を加えてみたらどうなるか。

次に、ボールを一定の周期で揺さぶってみました。

f:id:rikunora:20120731130230p:image

【4】ラチェットの高さを(スライドバー=32.0)、形を右側に寄せて(スライドバー=.080)、Sin波に従った一定周期の力を加えてみる。

上から2番目のSinForce1にチェックを入れ、その右横にあるスライドバーを、それぞれ(強度=10.000)、(周波数=.725)とする。

ここで加えるSin波は、初期位相をランダムに変えています。(そうしないと、毎回全く同じ結果が出るので)

結果、100回の試行のうち、左が回数64回、右が回数36回。

明らかに左が多くなりました。(もし左右が同じだとすると、ここまで偏る確率は0.3%程度)


【5】ラチェットの向きを左右反対にして(スライドバー=.020)、上の【4】と同じことをやってみた。

結果、100回の試行のうち、左が回数44回、右が回数56回。(偏る確率13.6%)

150回の試行のうち、左が回数68回、右が回数82回。

上の【4】ほどはっきりしなかったので、少し多めに繰り返してみました。

今度は【4】とは逆に、右側が多くなっています。


Sin波のようにボールを一定の周期で揺さぶった場合、ランダムな場合と違って、一方向への偏りが見られます。

ただ、Sin波であれば必ず偏りがあるのかというと、そう言うわけでもありません。

実は上の【4】【5】は、スライドバーの値を試行錯誤で2〜3回変えてみて、偏りそうなところを探し当てた結果なのです。

まず、Sin波の大きさ(強度のスライドバーの値)が小さすぎると、偏りが生じないようです。

強度をある程度以上大きくして、周波数を調整すると、ボールがタイミングよくサーフィンのように走り出すポイントがあります。

Sin波でのボールの動きは、ランダムな力と比べると明らに違っています。

ランダムな場合、ボールは単純に行ったり来たりを繰り返すのですが、

Sin波の場合、ボールが一度走り出すと、勢いが付いて一気に幾つかの山をツツーッと通過する様子が見られます。

この、ツツーッの長さがうんと長くなると、【4】【5】のような偏りが見られるようになります。


ランダムな力と、一定周期のSin波の力とでは、何か本質的な違いがあるようです。

それでは、Sin波の周期を乱したら、ボールの動きはランダムに近づいてくるのでしょうか。

そこで、Sin波をグチャグチャに混ぜた状態、周期の異なる複数のSin波を重ねて揺さぶることを考えます。

Sin波を重ねる、とは、こんなイメージです。

f:id:rikunora:20120731130305p:image

このグラフは、大きさと周期の異なる3つのSin波です。

このうちの2個のSin波を足し合わせると、こんな感じに「うなり」の状態になります。

f:id:rikunora:20120731130341p:image

さらに、3つとも足し合わせてみると、より波形が崩れた感じになります。

f:id:rikunora:20120731130405p:image

こんな感じに、4つ、5つと、たくさんの波を重ね合わせれば、

最後にはグチャグチャになって、ランダムと同じ状態になるのではないでしょうか。

以上のアイデアに基づいて、まずSin波を2つ重ね合わせた力でボールを揺さぶってみました。

f:id:rikunora:20120731130430p:image

【6】Sin波2個の重ね合わせ、ラチェットの形は右寄り(スライドバー=.080)。

(1回目)100回の試行のうち、左が回数62回、右が回数38回。(偏る確率 1.0%)

(2回目)100回の試行のうち、左が回数59回、右が回数41回。(偏る確率 4.4%)

かなり偏っています。


【7】Sin波2個の重ね合わせ、ラチェットの形は左寄り(スライドバー=.020)。

(1回目)100回の試行のうち、左が回数48回、右が回数52回。(偏る確率38.2%)

(2回目)100回の試行のうち、左が回数41回、右が回数59回。(偏る確率 4.4%)

それなりに偏っているかな。


次いで、Sin波を3つ重ね合わせた力でボールを揺さぶってみました。

f:id:rikunora:20120731130456p:image

【8】Sin波3個の重ね合わせ、ラチェットの形は右寄り(スライドバー=.080)。

100回の試行のうち、左が回数56回、右が回数44回。(偏る確率13.6%)

わずかに偏っているかな。


【9】Sin波3個の重ね合わせ、ラチェットの形は左寄り(スライドバー=.020)。

100回の試行のうち、左が回数45回、右が回数55回。(偏る確率18.4%)

偏っているかどうか、はっきりしない。


これだけの結果では、あまりはっきりしたことは言えないのですが、どうやら

・たくさん重ね合わせた方がランダムに近づいている。

・3つ重ねた程度では、Sin波のクセを完全に消し去ることは難しい。

といった傾向があるようです。


たくさんのSin波を重ね合わせて、ランダムな力を再現することはできるのでしょうか。

その答は、フーリエ変換という数学的な手法によって確かめられています。

まず、ランダムな力についてですが、このシミュレーションでは左右に50%,50%の確率で、小さな一定の力を加えています。

こうした50%,50%の力を何度も加え続けると、力の積算結果は正規分布ガウス分布)に近づきます。

この正規分布フーリエ変換すると、Sin波の重ね合せに分解することができます。(連続、非連続の違いには目をつぶって)

分解した結果によると、Sin波をExp(1/周波数の2乗)の強度で重ね合わせれば、正規分布に近づく、ということが分かっています。

正規分布フーリエ変換は、実はまた正規分布となるのです。)

このシミュレーションで言えば、(強度) = Exp(1/(周波数)^2) という関係に従ってスライドバーを調整すれば、最もランダムに近いということになるでしょう。

ところで、波の持つエネルギーは、ちょうど周波数の2乗に比例します。

そのことからすると、重ね合わせる個々のSin波の持つエネルギーが、指数的に減衰している全て等しいときが、最もランダムな状態であると言えます。

逆に言えば、どれか1個のSin波が突出していたり、欠けていたりすれば、それだけランダムな状態からは離れている

〜 何らかの規則性を有しているのだと言えそうです。

ラチェットとボールにはおもしろい性質があって、

・全くのランダムだと、左右5分5分になる。

・ランダムな状態から外れるに従って、どちらか一方への偏りが強くなる。

つまりこのラチェットとボールは、「ランダム-規則性判定機」の役割を果たしているわけです。


今回のシミュレーションは、以前に紹介した以下の記事について掘り下げたものです。

* 奇跡も、魔法も、あるんだよ >> id:rikunora:20120619

こんな簡単なシミュレーションでも、イメージを掴むにはかなり役立ちます。

ただ、これで何か目新しいことがわかったかというと、依然、謎は謎のままですなー。


非平衡系の物理学

非平衡系の物理学

watanebesakurawatanebesakura 2012/07/31 14:52 確かに直観的には、ボールはのこぎりの歯に引っかかるので、左側に動くような気がするのですね。でも、大変勉強になりました、

skyshipskyship 2012/08/01 11:56 毎度興味深いです。

ここでラチェットの急な側の坂を垂直にまですれば、
下から上には登れなくなり、
揺らせば一方向に動かせるんじゃないかな…と思いました。

ROYGBROYGB 2012/08/01 12:14 こんにちは。超音波モーターというのがたしか振動をうまいことコントロールして運動に変えているで、運動方向を変えたりもできるようです。超音波モーターは外部からエネルギーを加えているのですが、それでも不思議な感じがします。

rikunorarikunora 2012/08/02 10:59 ラチェットなどというマニアックなものに興味を持ってもらえて、とても嬉しいです!

skyshipさん、ここで試しているのは摩擦の無い世界、
ナノテクノロジーや小さな分子といったものを考えています。
摩擦の無いミクロな世界の運動は、私たちの日常感覚からするとちょっと外れています。
日常感覚からすれば、垂直な崖の上から落としたボールは下に落ちるだけで、
また元の高さに上ってくるなんてことはありません。
しかしミクロの世界では、崖の上から落としたボールは、跳ね返ってまたもとの高さにまで戻ってきます。
・・・なぜかというと、摩擦が無いから。
なので、坂を垂直にしても、ボールは逆に上ってくることがあるんです。
摩擦のあるマクロの世界では、直観通り、一方向に動くと思います。

ちなみにこのシミュレーションでは、坂を直角にすることはできません。
坂の長さがゼロになると計算できなくなってしまうという、プログラムの内部事情によるものです。

超音波モーターというものが広く実用化されていることを、初めて知りました。
メーカーのページ(テクノハンズ株式会社)に、こんなことが書いてありました。
「超音波モータでは、圧電セラミックスは超音波振動を起こすために使われるだけで、
実際に動かしているのは超音波振動による摩擦力です。 超音波モータは摩擦モータなのです。」

にものにもの 2012/08/11 15:15 さすがです!
こんな本質的なとこを、こんな直観的に説明できるとは。
リクエストに答えてくださり、ありがとうございます。

マクスウェルの悪魔に関して、
何かヒントになればと思って、
前回コメントさせていただいたのですが、
謎は深まるばかりですね…。

…例えば、
Sin波を重ね合わせてつくった波形が、
どのくらい規則的かという指標を、
情報エントロピーを使って表せないでしょうか?
そして、ラチェットを使って取り出し可能なエネルギーの限界を、
その情報エントロピーが決めている。
とか。

う〜ん、思いつき失礼しました。では。

rikunorarikunora 2012/08/14 11:43 > どのくらい規則的かという指標を、
> 情報エントロピーを使って表せないでしょうか?
> そして、ラチェットを使って取り出し可能なエネルギーの限界を、
> その情報エントロピーが決めている。

実は全くその通りで、情報エントロピーが定義できて、
それが取り出し可能なエネルギーの限界を決めています。
ただの思いつきではなくて、本質的なアイデアですね。
詳しくはここに書ききれないので、情報エントロピー、スペクトル、ホワイトノイズ、
といったキーワードでググってみてください。

片桐利真片桐利真 2012/08/28 10:42 結晶工学的にMaxwellの悪魔を作ろうとしているマッドサイエンティストの片桐です。

超音波モーターは興味ある題材です。ここで出て来た「摩擦」は重要なファクターです。以前取り上げていただいたラチェットトンネルはその大きさがちょうど分子サイズ(アントラセンと同じくらい)なので、振動により「引っ掛かり」が発生します。この引っ掛かりによる分子の貯蔵も私の大事な研究テーマです。実際、これを利用してガス分子(水素等)の細孔内での貯蔵にも成功しています。
T. Katagiri, S. Takahashi, K. Kawabata, Y. Hattori, K. Kaneko, K. Uneyama, Temperature Dependent Penetration of Argon Moleculesinto Ultramicroporous Tunnel of a Fluoroorganic Molecular Crystal with Alteration of Its Unit Cell Size, Chem. Lett., 35, 504-505 (2006).
T. Katagiri, S. Takahashi, Y. Tanaka, K. Kawabata, Y. Hattori, K. Kaneko, K. Uneyama, Gas Storage in Soft One-Dimensional Nano-Tunnels by Induced-Fit of Serration Structure, CrystEngComm, 11, 347-350 (2009).
Keisuke Kataoka and Toshimasa Katagiri, Hydrogen gas storage in fluorinated ultramicroporous tunnel crystal, Nanoscale, 2012, 4, 5098-5101.
この系でも引っ掛かり(立体障害、静電反発)はあると存じます。

また、結晶体であることは定周波数の固有振動をおこしやすいのではないかと期待しています。問題はランダムな熱振動が同期•協同して結晶の固有振動の源となれるかどうかですね。タコマ橋が風による共鳴振動で落ちてしまったのは有名です。

PS. 例の論文を京都大学の太田先生におくってみました。

>片桐様
>興味深い現象ですが、
>なぜ、一方に集まるのかについては
>よくわかりません。
>最初は結晶分子とanthraceneとの間が非平衡状態であったのが、
>2日間に熱平衡に緩和するプロセスで
>一方向に動いたのかな
>と思う程度です。

だそうです。

rikunorarikunora 2012/09/01 00:38 > マッドサイエンティストの片桐です。
片桐先生、自己紹介がCOOL過ぎです! (笑)

超音波モーターよりずっと小さな分子では、もはや「摩擦」の一言では片付けられない
メカニズムがあるのだろうと想像しています。
「引っ掛かり」の詳しい正体は、どういったものなのでしょうか?

例の論文は、非平衡の専門家であっても「よくわからない」と言うしか無いのでしょうね・・・
「熱平衡に緩和するプロセス」の可能性も、まだ完全には捨て切れないので、
何か決定的な証拠を掴む必要があると思うのです。

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