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小人さんの妄想 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-12-14

流れと板とエントロピー生成

1本の軸を中心として自由に回転できる板を流れの中に置いたら、板はどの向きで落ち着くのか?

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直感的には、最も抵抗が少なくなるように、流れと平行な向きで落ち着きそうに思えます。

これは簡単に実験できることなので、試してみました。

手近にあった、クリアーファイル、ボール紙、糸、セロテープで、回転する板を作ります。

それを送風機の前にかざすと・・・

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直感に反して、板は流れに対して垂直な向きで安定します。


クリアーファイルはペカペカ曲がってしまうので、ボール紙を入れて、できるだけ固くしました。

それでも「板が反ることによって安定するのではないか」という疑問は残ります。

ただ、少なくとも板が平行な向きで安定することはありませんでした。

たとえ反りの効果があったにせよ、抵抗が最も大きくなる向きで安定する、という結果は着目に値します。

この結果ついては、私の記載を疑うよりも、自身の手で試してみるのが一番の納得につながると思います。


1つ注意点は、局所的に風が当たるような小さな扇風機では上手くいかない、ということです。

当初、私はもっと小さな扇風機で試したのですが、

板に風の当たる部分と当たらない部分ができて安定せず、うまくいきませんでした。

十分に幅の広い、例えば横長の暖房器具の送風口などが良いでしょう。


以上は私が独自に思いついたアイデアではなく、元ネタがあります。

エントロピー生成最小の原理は,解が一意的に決まるとき成り立ち,その解はエントロピー生成が最小になるように決まるというものである.

一方,ベナール対流の場合のように,2つ以上の解があり,そのどれが選択されるかという問題は,この原理とは別種の問題である.

複数の解を持ついくつかの現象を検討してみると,むしろエントロピー生成速度の大きい方が選ばれる場合が多い.

例えば,平板がその中心軸のまわりに回転できるようにして一様な流れの中におくと,板は流速の方向に垂直な姿勢をとり,もうひとつの解である流速に平行な姿勢は不安定である.

あきらかに前者の方がエントロピー生成速度(粘性による発熱)が大きい.

    -- ながれ20(2001)461-467. 形態形成と流体力学 [農工大・工 高木隆司]

    >> http://www.nagare.or.jp/publication/nagare/archive/2001/6.html

エントロピーという言葉については、最も基本的な法則「エントロピー増大則」で知られていることと思います。

ただ、エントロピー増大則は閉じた世界 〜 孤立系において成り立つ法則であって、

開かれた世界 〜 開放系では、また別の法則が支配的になります。

では、別の法則とはどういったものか。

調べてみると、以下2つの原理に至ります。

 ・エントロピー生成率最小化の原理 (Minimum entropy production)

 ・エントロピー生成率最大化の原理 (Maximum entropy production)

表記には揺れがあって、単に「生成最小(最大)」と書いてあったり、「生成速度」、「生成極小」という記述もありました。

ここで素人目にも混乱をきたすのは、「最小」と「最大」は真逆だということです。

これを、どう捉えれば良いのか。


いま一度、流れの板で考えてみましょう。

もし板を支える軸が中心ではなく、極端に片寄っていたら、

板はちょうど“吹き流し”のように、流れに沿って平行に位置するでしょう。

このとき、板の抵抗は最も小さくなるので「エントロピー生成率最小」となっています。

次に、軸を板の中心に徐々に近づけてゆくと、どうなるか。

どこかで板はパタンとめくれて、流れに対して垂直になるはずです。

このとき、板の抵抗は最も大きくなるので「エントロピー生成率最大」となります。


実際、軸の位置を変えていくと、どこで平行から垂直に切り替わるのでしょうか。

少しずつ位置を変えて試してみました。

私の試した板はA4サイズだったので、横幅は21cm、中心の位置は10.5cmです。

軸の位置が端から 8cm = 中心から2.5cm のずれまでは、板は流れに対して平行に位置しました。

軸の位置が端から 9cm = 中心から1.5cm のずれた位置だと、板は平行と垂直の間をフラフラ迷うように振動します。

軸の位置が橋から 10cm = 中心から 0.5cm ずれた位置であっても、やはり振動します。

9cm と 10cm で比べると、9cm の方が振動が大きく、10cm だと垂直に落ち着きかけているように振る舞いました。

軸の位置が 10.5cm = ちょうど中心だと、板はようやく安定して垂直に位置します。

下の写真は、板がフラフラ振動している一瞬を捉えたものです。

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つまりこの板の例では、軸の位置によって、エントロピー生成最小から最大に切り替わるのです。

板を流れの中に置くその当初、右に向くか、左に向くか、どちらに転ぶか分からない不安定な状況が生じます。

その状況が、上の文献にある「2つ以上の解があり,そのどれが選択されるかという問題」です。

そして、板の軸が中心に近いとき、「エントロピー生成速度の大きい方が選ばれる」「複数の解を持つ」現象となります。

流れの中の板はおもちゃのようなモデルですが、それでも「エントロピー生成率最大の原理」を示す資格を兼ね備えていたのです。

試しに「エントロピー生成」でググると、難解な数式ばかりで、身近な具体例はなかなかヒットしません。

そんな中にあって、流れの中の板は単純にして最も分かりやすい例だと思うのです。

※ もう1つの身近な例は、みそ汁の模様に見られる「ベナール対流」でしょう。


エントロピー生成率の最小、最大の違いを、キャッチフレーズ的にまとめると、こうなります。

 ・非平衡開放系で、平衡に近い線形領域 -> エントロピー生成率最小

 ・非平衡開放系で、平衡から遠く離れた非線形領域 -> エントロピー生成率最大

してみると、問題の核心は「何を境にして、最小と最大が切り替わるのか」にあります。

そして、どうやらこの問題は一般には未解決で、普遍的な原理・法則は見出されていません。


エントロピー生成率最大化の原理」について、分かりやすく書かれている本はめったにありません。

探したところ、この本が目に留まりました。

微分方程式による数理モデルと複雑系

微分方程式による数理モデルと複雑系

はしがきによると、

「樹状ネットワーク構造の形成とエントロピー生成率最大化(MEP)の原理」では

エントロピー生成率最大化という観点から散逸構造形成の本質に迫っていく。

このような内容を扱った日本語の類書はこれまでなかったと思う。

なのだそうです。

とりあえずシミュレーションを動かして眺めれば、なんとなく分かった気になれます。

著者のホームページはこちら。

* カオスフラクタル紀行 >> http://www001.upp.so-net.ne.jp/seri-cf/


まとめ: 流れがあると、流れに逆らって抵抗するやつが出現する。生命とは、きっとそういうものだ。