2006-12-25
■[邦画]【海峡】森谷司郎監督1982年
青函トンネル開通工事という巨大プロジェクトに関わった人々の生き様を描く群像巨編。青函トンネル作りに執念を燃やす国鉄の技術調査員・阿久津剛(高倉)、昭和29年青函連絡洞爺丸が台風のため遭難し母と死に別れた成瀬仙太(三浦)、そして、関門、深沢、倶利伽羅と日本中のトンネルを掘り続けて来た明治生まれの岸田源助(森繁)。世代の違う三人の男たちが、津軽から北海道へ、津軽海峡の底に“道”を築き出して行く。「日本沈没」「八甲田山」の森谷司郎監督が、日本の四季を織り交ぜて描いた壮大な人間ドラマ。
ずいぶん前ですが、テレビで放送したものを見ました。その時は、大変な苦労の中であの青函トンネルが完成したんだなぁと思いつつ、高倉健と森繁久弥の二人がクローズアップされていて、その他大勢の人たちの苦労もあったのに、、、なんて、ちょっと冷めて見てしまいました。
今回は、私も成長したのか、人間ドラマとしてもおもしろかったです。そして、感慨深く見ました。それは、昭和51年から6年半家族がその工事に関係していたもので、映画にも出てきた北のはての村に住んでいたからです。
いつも風が強く吹いていて、決してあの映画の強風は、嘘ではありません。青空なんて、1年のうちに半分も見ることができません。冬になると、ねずみ色の雲と真っ白の世界です。たまに晴れた日には、対岸の函館の山々が見えました。
長男が生後3ヶ月のときに赴任し、やがて次男が生まれました。次男は、体が弱くて、青森に住んでる間に二度も肺炎で入院しました。ちょっとした村の診療所はありますが、心配なときや耳鼻咽喉科など診療してもらえない科もあるので、病気の時は、大変でした。青森市内に電車で2時間かけて行くか、急なときは、タクシーを飛ばしたこともありました。
吉永小百合が、買い物かごに野菜を入れて、帰ってくるシーンがありましたが、お店があるわけでもなく、いつも移動スーパーと看板をつけたトラックが、やってくるだけでした。演歌の小林幸子の歌を大きくスピーカーで鳴らしてその移動スーパーが村の広場のようなところにやって来ます。その音を聞きつけて、私たちは、お買い物に出るのです。冬の間は、普通のお肉もカンカチコに凍っていて、冷凍庫なんて必要ありません。お肉は、種類も少なくて、豚肉の薄切りとひき肉ぐらい、お魚は、馴染みのないものばかりでした。それでも、毎日その移動スーパーが来るのを楽しみにしていました。そのスーパーには、レジがなくて、おばさんがいつも紙切れに値段を書いて、それを暗算で精算してくれます。それがまた実に正確で、いつも感心していました。
そんなある日、なんでも映画のロケ班が、トンネル現場に来るそうよ、という話でもちきりになりました。吉永小百合、高倉健、森繁久弥、、、、、。でも、小さな子供を抱えて私は、それを見物に行く気にもなれませんでした。竜飛岬の宿泊所では、サイン会も開かれたそうですが、子供を負ぶってまで、何十分もかかる場所には、行けません。そのころは、三浦友和が、大層な人気で、一目でも会いたいと行った奥さんもいました。そんな騒動も、なんだか、今となっては、懐かしく思い出されます。
その村に越してきたとき、ちょうど石川さゆりの「津軽海峡冬景色」が大ヒットしました。なんて、タイミングがいいのでしょう。お盆とお正月には、関西の実家に帰るのですが、また青森に戻ってくるのが、とても寂しくて辛かったです。電車の時には、上野で乗り換えたこともあり、上野に着くと、あとは、もう青森なんだ、、、と辛くなってくるので、いまだに上野に着くと、ちょっと胸が痛いときがあります。そして、青森駅に着くと、津軽三味線が寂しく響きます。まだまだ、20歳代だった私は、親元がよかったみたいです。
何年か前に青森にドライブしたことがありました。竜飛崎は、すっかり変わっていたところもありますが、村のほうは、変わりようがないようでした。遊びに来るのは、いいですが、住むには、ほんとうに厳しい土地です。
いつか、青函トンネルを電車に乗って通過してみたいです。男性は、危険な工事に従事し、留守を守る家族も相応に厳しい生活をしていたのです。それを思うと、高倉健の奥さん(大谷直子)は、ちょっと、冷たいと思いました。それぞれの家庭の事情は、あると思うのですが。
映画と私の実生活とがごちゃごちゃになってしまいましたが、さまざまなことが去来した「海峡」の鑑賞でした。
beatle001
2006/12/26 10:28
映画、ご自身の経験を重ねて書かれたこの日の日記、エッセイのように読ませていただきました。現在のringoさんからは、ちょっと想像のつかないご経験をされていらっしゃるのですね。厳寒の青森へ帰るのが辛くて寂しい、子どもさんが病気をすると、電車で2時間かけていくか、タクシーで飛ばす……大変なことですね。埼玉、東京を生活圏から出たことのないわたしには、関西で生まれ、青森へ住み、今は関東で暮すringoさんが、急に人生の先輩のようにおもえてきました。なんというか「人に歴史あり」でございますね。回想記、ありがとうございました。
ringo-starr
2006/12/27 10:50
beatleさん、つたない日記にお付き合いくださり、ありがとうございます。青森での生活は、辛いことのほうが多かったという印象がありますが、楽しいこともありました。いろいろのことも勉強できたと思います。お話が長くなるので、ブログでまた書きたいと思います。私の歴史には、思いがけない出来事がたくさんありました。1冊の本にできるほど(笑)。
- 2 http://blog.goo.ne.jp/search/search.php?status=select&tg=all&dc=10&dp=all&st=time&ts=all&MT=三浦友和
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- 2 http://d.hatena.ne.jp/tougyou/
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- 1 http://blog.goo.ne.jp/search/search.php?MT=吉永小百合&tg=all&da=all&st=time&dc=10&fr=91&dp=all&bu=&pg=10&ts=all&status=select
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- 1 http://blog.livedoor.jp/eleganthakobe/archives/cat_50027041.html
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