2010-04-07-Wednesday
■<日記>
<お知らせ>
2006年3月21日から続けてまいりました「りんごアンテナ日記」ですが、今年の2月より不定期更新となっております。今までたくさんの方のブログを読ませていただき情報収集に役立ててきました。その結果を皆様にもお知らせすれば有益ではなかろうかと判断したものをこの日記にアーカイブしていったのがそもそもの始まりでした。
いつのころからか学習塾の関係の方が書かれているブログを多く取り上げるようになり、励ましやお叱りの言葉をいただきながら続けてまいりました。ありがとうございますとか勝手にリンクするなとか扱いが不当だとか今度お会いしませんかとか。4年間というと私の人生の1割くらいに相当します。月日のたつのははやいものです。
またこの日記が縁で親しくさせていただいたり、教材を買っていただいたりすることもあり、大変有意義な4年間でした。それに本の出版もこの日記がきっかけで知り合った方の御蔭で実現いたしました。
たまに批判もされますが、本当にごくまれで、おおむね平和に日記をつけてきたと思います。本当に勉強になるブロガーの方たちのブログを読ませていただき、またお断りなく引用しリンクをはらせていただいても、ほとんどの方は好意的に受け取ってくださいました。本当にありがとうございました。また勝手にリンクをはるなとか、今後一切自分のブログを引用するなとおっしゃった方のお気持ちも理解できるもので、そのときは大変申し訳ないことをしてしまったなと思います。
いろいろある中で最大のミスは事件事故の記事を引用したことでした。時間がたってそのことがもう解決していてもずっと私の日記上に残っているということが当事者の方々には不快に思われることがありました。連絡をいただいたらすぐに削除いたしております。このような引用は大変不適切だったと反省しています。
それで結局これからどうするのかということなのですが、更新は不定期のままのつもりです。そして過去の日記を全て削除してこの日記を閉じるかどうかはいまのところ未定です。とは言ってもやはり閉じると思います。
それではみなさま今までお世話になりました。
そしてこれからもお世話になると思います。
これからもよろしくお願いいたします。
りんご
2010-04-06-Tuesday
■誰と何を比べても、自分が劣っている気がして無気力です - ゆうきゆうの人生岐路岐路クリニック - 女子まぐ!
さて、まぁ、今まで以上に真面目に考えますと。
> 私は誰と何を比べても自分が劣ってしまっている気がして、ずっと無気力から抜け出せません。
という部分。
いや、純粋に、うつの可能性もあるのかな、と。
もしあまりに続くのならば、メンタルに行かれてもいいかもしれません。
一気に流れが変わった気がしましたが、ただそれで終わるのもアレすぎますので、ちょっとしたアドバイスを。
とにかく「多くの情報に接する」ことです。
ネットでもいいのですが、個人的には「本」がベストだと思います。
本屋さんでも図書館でもいいので、とにかく色々な本に接してみましょう。
人間が悩むのは、「世界が狭いから」です。
色々な人、色々な考え、色々な世界があることを知ることによって、今までの自分の思考が、いかに小さな世界で行われていたかが分かるもの。
■忍者なニャンコの詰め合わせ映像なのだ (エメリーのお気に入り)
本物の猫はすごいわ。
■asahi.com(朝日新聞社):「先生の家の猫の名は?」私立高教諭、定期試験に出題 - 社会
福岡県柳川市の私立杉森高校(鐘江茂光校長)で、理科を担当する40代の男性教諭が昨年度の食物科3年生の「生物1」の中間試験で、自分の飼い猫の名前や好物、愛車のナンバーなどを出題していたことがわかった。
この中間試験は昨年5月下旬に行われた。飼い猫の名前などは「授業でとりあげた事項」として出題された。「先生の家の留守番をしているのは( )という名前の茶トラの野良猫で、最近は『 』がお気に入り」という文章を完成させるよう求めた。免疫に関する別の問題も空欄を埋める形式だったが、答えが「語群」として挙げられており、最後から逆に記入していけば正答となるようになっていた。
学校関係者によると、この教諭は2008年秋に採用され、昨年度は食物科の1年生と3年生の授業を週8時間受け持った。こうした問題は担当のクラスにだけ出しており、平均点は90点台前半のこともあった。別のクラスと比べ20〜30点高かったという。
昨年11月、外部から指摘を受け、同校が調査。教諭は校長による厳重注意処分とした。鐘江校長は「授業中の自分の話を聞いてくれているかを確認したくてペットのことなどを出題したとのことだった」と説明した。
これは対策しようがないな。
■受験期のお子さんに起こりやすいこと (3)咳払いについて|幼児教室 京都 けいkids+の幼児教育 小学校受験
チック症状が出ない、「上手な受験勉強」をしたいものです。
「上手な受験勉強」とはどういったものでしょうか?
私は、「上手な受験勉強」とは、家庭生活の中にあるように思います。豊かな体験の中にあるように思います。プリントは、あくまでチェックするだけです。プリントを繰り返すことで問題解答力をつける方法では、ストレスがたまります。
季節感、積み木の数、しりとり、鏡の問題、図形の合成・分解、左右の問題・・・・特殊なものではありません。家庭の中にあるものです。親子で楽しみながら身につけることが出来るものです。
受験教室に通う事は必要かもしれませんが、それ以前に家庭で出来ることはたくさんあると思います。まずは、子どもの話をゆっくり丁寧に聞いてあげましょう。お互いに話し合って、気持ちをすりあわせる事が大切です。楽しいことを家族でたくさんする。感動を共にする事が大切だと思います。
受験は一瞬、親子関係は一生。
良い親子関係を築いている親子が、合格するように思います。
■ある先生のご意見: 日々の思い
一時(いや、結構長い期間だったような気もしますが…)スリザーリンクにはまりまくり、かなり難易度の高い問題ばかり集められた冊子をほぼ完成させたあたりで、ある程度異常なペースはおさまり、最近は気が向いたらちょこっと気分転換に…というような感じに落ち着きました。(そのままこんなペースで落ち着くことを祈るばかり…。)
で、はまりながら、頭の色々なところを使っているような気はするものの、実際どんな役に立つんだろう?と、仮に子ども達にさせるとしたら、具体的にどういうことに生かせそうなんだろう?と、考えてはみるものの、自分だけだと思いつくことも限られていますし、あくまでも予想でしかないもので、いつもお世話になっている高校数学のスペシャリストに難易度中レベルの問題を1問解いて頂いて、ご意見を頂きました。
1問解いただけなので…とのことですが、高校数学の順列・組み合わせで、考えられるパターンを全て書き出すという作業をしているときの感覚に似ているとのご意見。
これをやっていると、その作業があまり苦にならなくなるのではと。
ただ、そのほかにもかなり色々なことを同時に考えなくてはならないという印象があるとのことでした。
私としては、できればもうあと何問か解いて頂いて、更なるご意見を頂きたいところですが…。(とさりげなくプレッシャーをかけてみたり…。)
私の印象では(私ほどじゃなくても、ある程度の量に取り組んだ場合だと思いますが)
・試行錯誤することに慣れる。
・消去法(こちらとこちらはダメなのでこちら…というような)の考え方が身に付く。
・色々なパターンを考える必要があり、どれか抜かしていると永遠に正解にたどり着かないことがあり得るので、漏れなくパターンを考えるということが身に付く。
・実際に線を書いてみてダメだったというのではなく、できるだけ描かずに線をイメージしていくことを心がければ、イメージする力、空間認知能力などが伸ばせそうな気がする。(私は昔よりは随分マシになったものの、もともと空間認知能力は決して高くなかったので、描かないで頭だけでイメージするのはある程度の範囲までしかまだまだできませんが…。)
・色々なところに注意を払っておかないと、気づいたら輪が2つや3つになってしまっていることがあるので、解いている一部分だけではなく全体を意識しておく必要があり、視野を広げることにも役に立つのかもという気がする。
・難しくなってくると、仮に1つのパターンをやってみて確実につじつまが合わなくなればひとつ消去できるため、間違うことがむしろ嬉しくなったりもするので、間違うことに対する恐怖心などがある子には、それをやわらげられるのかもという気もする。
などが今のところ挙げられるでしょうか。(もちろん、スリザーに限らずほかのパズル問題などでも言えるものもあると思います。)
算数や数学を指導されている先生方などで、自分も解いてみて意見を言ってやろうと思ってくださる方がおられましたら、是非お知らせください。
■生きてます - 詩集の中の栞のように - 楽天ブログ(Blog)
先週はいろいろあり、なかなかブログを書くことができなかった。
猫が痙攣し、意識を失ったため、連日の病院通い。
一方、塾の方は再テストが多く、連日23時から0時半位まで生徒が残っている状態。
新中1生も土曜は日付が変わるまで頑張っていた。
(強制はしてません。本人と保護者の希望)
彼らがテストの量に慣れるまで、しばらくはこんな生活が続くだろう。
再テスト以外にも、連日電話や面談で2〜4時間くらい取られている。
するとプリント作成や授業準備が終了するのが、どうしても朝になってしまう。
このままだと私が残り3年位で死ぬので、
授業準備を削るか、プリント作成を削るか、補習を削るか、面談を削るかで悩んだが
当面は睡眠とブログを削ることにした。
長い間、ニュースも更新もせず、ブログも書かなかった。
何かを書くと余計なこと書くなと言われ
何も書かないと挨拶もなしにやめてしまうのかよと言われる。
やるべきことがあるから睡眠とブログと命を削っているんですけど。
非常に共感する内容。
■教科書を捨てないで - GOAL通信
教科書を捨てないでください。
教科書には学びの足跡があるのです。
線を引き、落書きと染みのある教科書も。
手垢に汚れ、破れ、痛々しい教科書にも。
みんなその時に考え、悩み、ページをめくってきた過去があるのです。
君は何年もの日々を積み重ね、今、新しいことを学ぼうとしている。
でもその後ろには、自分が辿ってきた道があることを忘れてはいけない。
発見を重ねた、少年少女時代。
つまらないことも、興味のあることも、
こんなに大切だよと教えてくれた。
教科書はその中心で、しっかりと、君の成長と共に歩んできたのです。
そんな教科書を、紐でくくり捨てないでください。
■椅子に2時間以上座る(花の匂い)
小学2年でも2時間休憩なしに勉強するっていうスタイルにしてます。
■今年の桜 | 見上げれば青い空
今年も桜が咲いていますね。
■目的地を明確にインプットする | 塾経営日記
たどり着くゴールが東にあっても
時には西に南に走ることもありますからね。
そんな感じです。
願いや目標は必ず叶うと思います。
目的地を明確にして入力すれば
体内のナビゲーションが勝手に発動して
連れて行ってくれるのだと思います。
いろんな本にも書かれていますが
今年は特に僕自身がそれを体感しています。
ゴールは見えていますか?
人に批判されようとそんなの関係ないって思いませんか?
今は何をおいてもやることがあるんだけどな〜
■人に話してみることで頭の中を整理する アウトプットの重要性 - TakeshiGoto ちょっと come - 楽天ブログ(Blog)
先週は人と会うことに費やした。
品川を拠点に
幻冬舎の編集さん、マガジンハウスの編集さん
さおだけ屋で一世を風靡なさった『目のつけどころ』がヒット中の山田さんに、
著書を拝読して感銘を受け「お話聞かせてください」とお願いしたライターさん
人とお話してうれしいのは情報収集というインプットができることにもあるけれど、
話すというアウトプットをなすことで自分の思考を整理し客観化できるところにもある。
人と話すと本の企画が軽く10本は生まれる。
すぐにでもとりかかりたくなる。
授業をすると教材をつくりたくなる。気の利いた問題をとくとたまらなくなる。
■アドビ「iPadでFlashアプリを動かす」デモを公開。マルチプラットフォーム対応をアピール − Publickey
アップルはiPod Touch、iPhone、iPadなどでFlashをサポートしない方針を貫いています。しかしアドビシステムズは昨年行われたイベント MAX 2009で、FlashアプリケーションをiPhone、iPod Touch対応アプリケーションに変換する機能を発表。新製品となるFlash Professional CS5に搭載すると宣言しました(CS5は米国で4月12日にローンチ予定)。
これによりFlashは一夜にしてiPod、iPadの開発環境となりました。
これは久々さわやかな記事!
2010-04-05-Monday
■起業してほぼ確実に成功する方法(堀江貴文オフィシャルブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」by Ameba)
私は起業するに当たって、自分の好きな商売ではなく確実に上手くいく商売から始めたほうがいいと言っている。具体的には、
利益率の高い商売
在庫を持たない商売
定期的に一定額の収入が入ってくる商売
資本ゼロあるいは小資本で始められる商売
をやればほぼ確実にうまくいくと指南してきた。
これは正しいと思うのだが、どうもたまに上手くいかない人がいるみたいだ。
なぜだろう?と疑問に思って考えてみた。
で、これなんじゃないか?と思ったことが一つだけあった。
それは睡眠時間以外のほぼ全てを仕事に使っていないということじゃないかと。
私が8時間以上ずっと机に座ってデスクワークをしていて食事も仕事しながら摂っていたみたいな話を書いたらメルマガで質問があった。デスクワークをしていると、ついつい動画サイトやらをみてしまうんだと。
動画だあ?そんなもん見てる暇ない。仕事で映画評をやるので映画の試写会にいくか、twitterで激しくソーシャルフィルタリングされた動画とかしかみない。それもダダ漏れ系とかはちょっとだけチェックして仕事に逆戻りだ。ゲームなんかしてる暇無い。仕事でレビューが必要だからとりあえず買ってちょっとだけしかやらない。
雑誌や漫画は基本的には移動中、電波が通じないところでしか見ない。書籍は書評やレビューが必要なときにしか読まない。それも移動中が中心だ。
起業して3年くらいは、友達と飲みに行くこともほとんど無かったし、異業種交流会とか講演会の類も一度も行ったことがない。そんなの行くくらいだったら講演者の書籍を自分のペースで速読したほうがいい。メルマガを発行してたらそれを読めばよい。行く時間も勿体無い。
今は違うが、当時は食事の時間も勿体無いので1Fにあるファミリーマートから弁当やら揚げたての惣菜やらを買ってきて食べてた。それすら時間がもったいなくて社員に買いにいかせたこともある。宅配の弁当屋もよく利用していた。
土日も勿論ない。旅行も年に1度行くか行かないか。盆も正月も無い。ずっと仕事であった。(中略)
それくらいやったらほぼ確実に成功すると思うんだよなあ。。。
あ、ここで大事な事はこれを苦しいと思う人は向いていないかもしれないってことだ。私は正直他の何よりも仕事に集中している時間が好きだったし、新しい技術を開発したりするのが面白かったのだ。
ほとんど全文引用、申し訳ない。
けれど今の気分を一番表してる文章。
とにかくこの1、2年は教材をつくることに専念したい。
もちろん塾もやってるのでそちらも手を抜きたくない。
自然とネットをしている時間が惜しくなり更新はしていない。
ということでは何かをしようと思ったら犠牲は必要だ。
いいか悪いかは別として時間というものやエネルギーというものは有限だ。
私たちは選ばないといけない。
何が一番大切かってことだ。
よく思われたいとか、ほめられたいとか
そんなことはどうでもいい。
人に認めて欲しいとかってどうでもいい。
ただやるべきことをやりたいじゃないですか。
残り時間を考えると1秒も無駄にできない。
自分の本当の仕事は何か?
人に伝えたいことは何か?
自分がやりたいことをやりたい。
2010-02-01-Monday
■なぜ、がんばることに価値を置いてはならないのか(keitaro-news)
努力しても報われない環境下では、「がんばること」に価値があるという考え方は危険です。『がんばること』を行う前に『がんばれる環境がある』ということを確かめなければなりません。それは自分のためであり、他人のためでもあります。意欲がなくなり活動性が低下してしまう「うつ」が多発している原因はここにあります。
■自民・石原氏、ガンジーの言葉「7つの大罪」で首相を追及 - MSN産経ニュース
鳩山由紀夫首相が施政方針演説でマハトマ・ガンジーの「7つの社会的大罪」を引用したことを受け、自民党の石原伸晃元政調会長は1日、衆院本会議の代表質問で「大罪が言い当てているのは鳩山政権が抱える諸問題だ」と断じた。
石原氏は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題の混迷は、ガンジーが大罪の1つに挙げた「理念なき政治」にあたり、子ども手当などは「労働なき富」だと指摘。さらにガンジーの「健康であれば、誰もが自分の食べるだけのものは労働して得なければならない」との言葉を引用し、「母からの小遣いを『まったく知らなかった』と答弁し、贈与税をキャッシュで払える生活はガンジーの思想とは相いれない」と批判した。
首相は「ガンジーの問題提起は目指すべき日本の政治理念だ」と反論したが、表情は最後まで固かった。
■何かをやりたいと思ったら「思い立ったが吉日」が目標達成の一番の近道(仕事も生活も上手くこなすライフハック)
年が明けて「今年こそは○○○をやる!」なんて新たな目標を掲げた人も多いことでしょう。今年も早1カ月が過ぎましたが、その目標に向かって実際に何か行動を起こしましたか?
目標というのは、本当にすぐに忘れてしまいがちで、無視している訳では無いのだけど目をそらしてしまいがちなものですよね。特に、仕事が忙しいからとか、まだ準備ができていないからとか、何かと自分に都合のいい言い訳を見つけては、楽な方に流れてしまうのが人間というものです。
ですが、目標を達成するための一番の近道は「思い立ったが吉日」のようです。前もって準備したり、きちんと計画するよりも、とにかくやってみること。訳も分からず目標に向けて走り出して、その過程でジタバタともがいたり、ギリギリと歯ぎしりするような経験をすることが、目標を一番早く実現できるのです。
当たり前すぎる記事。
ただ2月1日がなんとなく新しい1年の始まりのような気がするから。
今日から動く。
■キャズムの超え方 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね
Appleの仕事のやり方を注意深く見ていると、ひとつ気付くことがあります。いつも、社会が先にあるんですね。製品は、その社会のニーズを体現するものとしての位置付け。すべて後追いなんです。これは、別に悪いことでもなんでもなく、製品が社会に先行すると、たぶんキャズムは超えられないような気がします。言い換えれば、それは社会というものを第一義に考えるということなんでしょう。これが、いい意味でのマーケティングなんでしょうね。
まあ、ここで言うキャズムの使い方は不正確なので、そのへんを塩梅して読んでいただければと思うのですが。どのレベルをしてキャズムを超えるというか、という問題はありますし、Windows CEにしても、私のような人が愛用していたということでキャズムを超えた、と言ってもいいのかもしれませんが。でも、今、世の中的にはiPhoneであり、そういう意味では、私自身が少し涙目なので、テレビとか新聞や雑誌、世間話のレベルでこれだよねといった、世の中の感じを、キャズムを超えたと定義しております。
そう言えば、Windows 95が爆発的に普及したときのMicrosoftは、まだ先行するMac OSを追っていた時代だったような気がします。つまり、先行するMac OSを通して社会を見ていたと言えるかもしれません。その時の社会のニーズは、ソフトの豊富さと汎用性、そして、ハードの多様性だったのでしょう。その当時のMicrosoftの感性は、今で言うApple的だったと思います。
広告の分野でよく言われることがあります。時代の半歩後を行け、と。半歩先ではなく、半歩後。私はわりとその言い方が好きで、いつも心に留めてきました。まあ、私自身が高感度アンテナを張り巡らせた最先端人間でもなく、いたって地味な人間なので性に合っているのもありますけど。なんとなく逆説的な言い方ではあるから、いやいや先を行ってなくちゃ駄目でしょ、と言われそうだけど、半歩後を行くという言い方に一理あるとすれば、キャズムを超える、つまり、世の中に新しいコンテクストを提示するための方法論としてなんだろうと思います。
それは、あえて言うと未来を見るための方法論なのかも、とも思います。先を行く者には、未来は遮るものが何一つなく見渡せるけれど、現在が見えにくいのだろうなと思ったりします。でも、未来と言うのは、過去と、現在が軸になって、はじめて未来ですよね。ほんとは、過去があって、現在がある。その続きにしか未来はないはずなんです。そんな未来を見るための場が、半歩後という場なのかもしれません。
全文引用したいくらいのいい記事。
