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活字中毒者地獄のりす蔵 RSSフィード

2013-02-24

暴言で読む日本史/清水義範

| 07:00

暴言で読む日本史 (メディアファクトリー新書)』を読んだよ。人間に暴言・失言はつきもの。

つい読みたくなる清水センセー。今回は日本史の中の暴言を集め、それをセンセーなりに解説してみようというもの。あの有名なセリフがどんな背景で飛び出たか、なぜそれを言わなければいけなかったのかなど、ひと言の発言でも、そこには膨大な経緯があるわけ。確かに、普段から考えていることはすぐには口にはしないけど、それに関する情報が蓄積してくると、つい口から飛び出ることもあるような…。機が熟したというか。

では、どんな暴言がネタになっているのか。

古代の事例からは、中大兄皇子のセリフ「鞍作は大王家を滅ぼし、王位を傾けようとしております」を取り上げる。これは大化の改新のきっかけとなる事件でのセリフ。鞍作とは蘇我氏のこと。そして、中大兄皇子が言ったとされるこの言葉は、実は中臣(藤原)鎌足が言わせたものではないかと筆者。そして、このセリフが記録されている『日本書紀』は、その藤原鎌足の子、不比等が編纂してもの。ここから、清水センセー曰く、

歴史とはしばしば、勝った側の言いたい放題なのだ。
と。そう、歴史上の記録の怖さはそこにあるよね。だから、このセリフが本当に中大兄皇子が発したものかもアヤシイとも言えるよね。

さて、時代は進んで、江戸時代。神尾春央の「胡麻の油と百姓は搾れば搾るほど出るものなり」という暴言を紹介。意味は分かるし、背景を知らなくても、これはちょっと酷いなというセリフ。但し、ここに時代背景を重ね合わせてみると、意外なことが分かる。この江戸時代の中期は、経済的基礎力が育ってきた時期であり、百姓(農民)はそれほど困窮していなかったのではないかということのよう。だから、清水センセー曰く、

だから神尾の言葉は大暴言なのだが、それと同時に、その時代の百姓のびっくりするような底力を見抜いている言葉、とも思えなくはないのである。百姓たちにこの底力がついてきたからこそ、江戸時代はあと100年を続けられたのかもしれない。
と言う。そう、網野善彦氏が『歴史を考えるヒント』で言ったように、百姓とは農民ではなく、いろいろな職業を持った人たち。江戸中期は産業が大きく進展したわけだからね。

最後は現代。政治家の暴言・失言はいつの時代でもあるような…。その理由を清水センセーは、

政治家の暴言は、決してなくならないものなのかもしれない。天下を取ったような気分でたかぶっていて、利口ぶって厳しく決めつけるのがカッコいいと思っているからだ。
と。そして、もう一つの要因は老害なんだとも。だから、池田勇人の「貧乏人は麦を食え」は、やむを得ない経済事情を言っているだけで、そう暴言とも思えないとも言っているよ。この時の池田勇人はまだ若かったようだし。

政治家の暴言、いつの時代でもあるよね。それでも、現代の暴言はその質がかなり低下しているように思うけど。背景なんて無いし、機が熟した感もないし。それを報道するメディアの質の問題もあるのかな…。

おっと、本の話から逸れた。ここまで調べ上げて本を書く清水センセー、やっぱり面白いし、好きだなぁ〜。

暴言で読む日本史 (メディアファクトリー新書)
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