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活字中毒者地獄のりす蔵 RSSフィード

2017-07-02

となりのイスラム/内藤正典

| 08:55

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』を読んだよ。本当にこの世界を救えるのか?

イスラムの問題って、自分自身はよく分かっていないことが多いんだけど、世界的にはいろいろな事件が起きていて、本当にどうなってしまうんだろうという不安は拭い切れない状態が続いているよね。その不安を少しでも解消しようという気持ちが本書を手に取った最大の理由。っていうか、それ以外には考えられないか…。

で、まずはこんな筆者の主張。

しかし、問題はいじめと似ています。どんな理不尽にいじめても、相手が暴力で応答しないと思い込んでいたなら、あまりにも思い上がりがすぎるというものです。
と。そう、イスラム教徒へのいじめが過ぎると確実に世界戦争が勃発すると。多分、その限界に来ているような気がするんだけど…。

では、イスラムを理解するためにはどう考えたらいいのか。それに対する答えは、

神の領分を侵してはならない。つまり、人間が生み出した技術によってすべてができるとは思っていないということです。ここから先は神の領分だから自分たち人間が手を触れるべきではない、という了解が成り立つ。それがイスラムの特徴です。
という点を理解するということ。そして、
起きたことは受け入れる。そこから先はあれこれ言ってもしかたないし、それは神の領分だから、触れないでおいたらどうだという感覚――こういうイスラム的な感覚は、日本人が抱えがちなストレス連鎖を断ち切る力になるのではないでしょうか。
ということ。あっ、この感覚が好き。自分の中にもイスラム的な感覚があったなんて。呑気って言われるかもしれないけど、そうでなくては、生きていけないし、疲れるだけ。

ただ、そういう意味で、イスラムの社会と西欧の社会は水と油なのだとも。

最後に「イスラム国」の問題。筆者は、

イスラム国」とは何か、なぜこのような集団が出てきたのか?そのことを突き詰めて考えていくと、どうやら、イスラム教徒がこれまでに経験したことのないような「病」ととらえるのが適切ではないかと思います。
と言う。その「病」に対して、外科的に対応する西欧諸国。つまり、軍事力で対抗するわけだけど、それは母体にダメージを与える。さらに世界が不安定になる。と、負のスパイラル

筆者はまずは理解することから、少しでも対立を緩和すべしという立場を主張し続けているけれども…。どうなってしまうのか、注視していくしかないのか…。

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代
となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代内藤正典

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2017-05-21

いま世界の哲学者が考えていること/岡本裕一朗

| 06:01

いま世界の哲学者が考えていること』を読んだよ。哲学的にものを見る。

タイトルから見るに、ちょっと腰が引けるようなレベルかな?と思ったけど、世界の潮流を概観するにはちょうどいいかな…と、読むことを決断。いや、確かに難しい部分もあり、挫けそうになりながらも、なんとか読了。

そもそも哲学ってなんだ?ってこと。

物事を考えるとき、哲学は広い視野と長いスパンでアプローチします。日々進行している出来事に対して、一歩身を引いたうえで、「これはそもそもどのような意味なのか?」「これは最終的に何をもたらすのか?」という形で問い直すのです。
と分かりやすい説明。近視眼的にならず、メタ的にものを見るという態度が哲学第一歩なんだよね。こういうの、好みだなぁ〜。

本書の前半は現代哲学の潮流を歴史的に概観。筆者が整理してくれているので、分かりやすくはなっているけど、頭の中で完全なイメージが湧き上がるとまではいかず、何となくの理解。まぁ、こんなもんだという感じかな。

後半は、現代社会を哲学的に考えるとどうなるかという問題。

まずは、IT革命SNSスマートフォン監視社会という課題を提起するし、AIは人間とロボットの関係性を改めて考えさせる。これらの問題を世界の哲学者が様々な視点から考えているんだよね。

そして、バイオテクノロジーも。クローン人間は是か非かなんていう話題は哲学が得意な分野かもしれないね。

さらに資本主義も考えてみる。世の中の潮流としては、共有型経済なんていう概念が流行っているけれども、筆者曰く、

このように見ると、リフキンが言う「共有型経済(シェアリング・エコノミー)」は、資本主義にとって代わるのではなく、むしろ資本主義の一部として組み込まれる、といった方が現実的であると思います。
と。なるほど、そう捉えるのか…。

哲学的に考えるって面白いよね。その考え方を常に意識していたいなぁ〜。

いま世界の哲学者が考えていること
いま世界の哲学者が考えていること岡本 裕一朗

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2017-04-09

武器としての決断思考/瀧本哲史

| 11:58

武器としての決断思考 (星海社新書)』を読んだよ。ロジカルに決断する。

「武器」って書くとちょっと不気味な感じがするけれども、戦うのは議論でというのが趣旨。その前になぜ議論が必要なのかという点が重要で、自分的には後半のディベートの手法よりも興味深く読めた感じ。

さらに、その議論を正しい決断に結びつけていくためにはどうしたらいいかとまとめたのが本書。と、ちょっと遠回しの言い方になってしまったかもしれないけど。

さて、そもそも議論は何のためにあるのか?結論を出すため?その結論も変化の激しい時代には危ういものとなりやすい。だから、筆者は、

基本的に正しいことはなんだかよくわからないから、議論を通して「いまの最善解」を考えていこうよ、ということです。
と言い、さらには、その最善解にいたる道筋が重要だとも。道筋がしっかりしていれば、前提条件が変われば、その道筋を通って、異なる結論が自動的に導かれるわけだからね。

そして、後半はディベートの手法。基本はメリットとデメリットを比較するということ。当然ながら、人間関係とか感情は抜きにして考えないと正しい結論は導けないわけだけど、往々にしてそれが出来ない場合が多いのが日本人。よくあるのが結論は決めているのに相談してくるパターン。ディベート的には、

その人がどう思うかなんてことはまったく関係なく、その行動によるメリットとデメリットをちゃんと比較して結論を導き出してあげることが実は本当の親切なのですが、なかなか理解されずにいつも私自身こまっています……。
というようなことに。ディベート的な思考法は理解されないことが多そうな気がするよね。

そう、ディベート的思考法は論理的ゆえにドライ。だから、

突き放しているように聞こえるかもしれませんが、なんらかの絶対解や真実を求めるようとすることは、「誰かの決めた正解」や、すでに役割を終えた「古い意思決定」に頼ってしまうという、もっとも危険な考え方、そして生き方につながります。
と手厳しくもなる。そう、自分の意志で生きるって厳しいこと。敢えてそれを選択せよと筆者は言っているんだよね。まさに、武器を持つってそういうことなんだろうなぁ〜。

武器としての決断思考 (星海社新書)
武器としての決断思考 (星海社新書)瀧本 哲史

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2017-03-12

神さまってなに?/森達也

| 06:44

神さまってなに? (河出文庫)』を読んだよ。不思議な存在。

2009年に単行本で刊行されていたものを文庫化したもの。その単行本は「14歳の世渡り術」シリーズの1冊だったみたい。う〜ん、世渡り術か…。確かに、生きるとか考えるヒントにはなるかもしれないね。

で、神さまって何なんだろう…ということで、筆者の森達也が熱く語るのが本書。

まずは、宗教について。

自らが死ぬことを知ってしまったから、人は宗教を必要とする。でももしも仮にそうだとすれば、これはとても危険なことでもある。なぜなら死への恐怖を和らげるという宗教のシステムは、時として生から死へのハードルを、引き下げてしまう場合があるからだ。
そう、それが戦争と宗教との密接な関係に繋がっていく。人類の歴史はその繰り返し。いつまでも止められないし。

そして、世界三大宗教の歴史を辿っていく。

まずは、日本ではおなじみの仏教。その起源とか伝来は歴史の教科書に譲るとして、日本では神道vs仏教の構図になることがしばしば。そして、最後は神道の話になって、政治に利用されたことも。だから、

もちろん利用するほうが悪い。でも利用されるほうにも利用されるだけの責任はある。特に宗教は利用されやすい。だからこそ僕たちは知らねばならない。宗教の歴史を。意味を。機能を。そして神さまを。
と筆者。そう、これが筆者の一番の主張なんだと思う。

そして、キリスト教の章でも、

何度も念を押すけれど、信仰の心そのものが人を殺戮するわけではない。ただし宗教は火のようなもの。使い方を間違えれば大変なことになる。でも自らが死ぬことを知ってしまった人類は、この先も信仰を絶対に手放せない。
と言い、神さまを知ることの重要性を主張しているよ。

最後はイスラム教。ここでも、

ブッダが言ったこと、イエスが言ったこと、ムハンマドが言ったこと。これらをきちんと言葉どおりに解釈していれば、世界の歴史は今とはずいぶん変わっていたはずだ。
と言う。これは本当にそう思うよ。どう考えても、自分なりの解釈とか都合のいいように受け止めたりし続けている人類としか思えないよね。だから、戦争なんて絶対になくならない。

人類ってバカなんだろうか?神さま、教えて!

神さまってなに? (河出文庫)
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2017-02-12

ひとを〈嫌う〉ということ/中島義道

| 00:04

ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)』を読んだよ。〈嫌う〉についての深い洞察。

哲学者・中島義道の洞察は深い。哲学者って、もともとそういう人なんだろうけど、徹底的に考えれば、これに行き着くのかと納得する結論を提示してくれるから、読む方としては、かなりの安心感があるわけ。だから、継続的に氏の著作を読みたくなるのかもしれないね。

ということで、今回は〈嫌う〉ということについての考察。まずは、〈嫌う〉というテーマについて。

しかも、こんなに全人類の関心のあるテーマなのに、永遠に同じところをぐるぐる回る訴えと同意、反発と納得に終始するだけ。
なのに、人々は膨大な時間とエネルギーを費やして〈嫌う〉。これって、何なんだろって思うのは当然。だから、一冊の本になるくらいなんだろうね。

そして、〈嫌う〉ことの原因探究。

そのことにより、私のXに対する「嫌い」という感情自体が薄まらなくてとも、私の罪悪感が薄まればいい。それが「正しい」原因なのです。
と。あぁ、あまりの歪みよう。中島先生らしいけど。

最後は〈嫌う〉ことの効用。

長々と原因探究の旅をしてきましたが、じつは「嫌い」の原因を探ることには絶大なプラスの効果があるからです。自分の勝手さ、自分の理不尽さ、自分の盲目さが見えるようになるのです。
と中島先生。そう、〈嫌う〉ということは、好きになることが自然なことと同様。だから、プラスに使ってしまおうって感じかな。

いつもながら、中島先生の発想には恐れ入りました。

ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)
ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)中島 義道

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