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活字中毒者地獄のりす蔵 RSSフィード

2018-01-20

これからの日本、これからの教育/前川喜平,寺脇研

| 10:37

これからの日本、これからの教育 (ちくま新書)』を読んだよ。その「これから」が分からない。

二人の元文部科学省官僚の対談をまとめたもの。特に、話題の前川喜平氏の登場とあれば、興味津々で読んでみたってわけ。でも、結局は、前川氏の言葉としては、冒頭と最後にまとめた文章だけ。それも、なんだかスッキリしたものではなかったような…。本書の大半を占める二人の官僚の対談は、ほとんどが寺脇研氏が話をし、前川氏が相槌程度にコメントや補足情報を付け加えるだけといった感じだし。

では、その少ない前川氏からの情報で、その精神に通底するものを見ていくと、初代文部大臣森有礼の言葉「自警」に辿り着く。前川氏曰く、

私なりに「自警」を要約すると、教育と学問にかんする行政をつかさどる文部省の責任は大変重いもので、その職務をになう人間は、十二分にその自覚をし、他の省庁と比較したりせず、その職に死んでもいいくらいの気持ちで、つねに自らを向上させ、職務に励まなければならない、ということが言われています。
と。この「自警」を幾つか引用して、退官前に文科省職員全員宛にメールで送ったのはその当時に話題になったよね。加計学園問題での一連の発言は、この精神から発せられているような…。

そして、日本の教育改革。二人の主張は「学校教育だけが教育ではない」ということ。例えば、

寺脇さんの言われるように、大事なのは、学習者の学ぶ場を保証することです。一人ひとりの、多様なあり方に即した、多様な学びの場を用意すること。
と前川氏。うん、これは間違ってはいないはず。逆にこの主張は旧来の文科省の考え方とか、他の省庁(財務省とか内閣府とか)とぶつかるんだろうね。

最後に、気になる前川氏の主張。

数学に関していえば、高校の必修科目から外したほうがいいと、ずっと思っています。
と。ドロップアウトの原因だからと言っているけれども、これはちょっといただけない。ちょっと拙速すぎやしないか?まぁ、反対は多数だろうから、実現はしないだろうけど。いや、実現したら日本は終わりだ…。

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2017-12-23

現代語訳 武士道/新渡戸稲造,山本博文

| 21:54

現代語訳 武士道 (ちくま新書)』を読んだよ。いまだに武士道の精神が底流に。

超有名な本書。それだけにいつかは読みたいと思っていたけど、かなり以前から積読状態。Kindle本は場所を取らないから、積読の山がいくらでも高くなるのが玉に瑕。タイミング的には紙の本が切れたところで、ようやく読み始めたというわけ。現代語訳版ということで、思ったより読みやすく、多少の難読漢字や、意味不明もあったけど、無事に読了。

まずは副題について。本書に「日本人の魂」という副題があったというのは初耳。だから、訳者まえがきでも、

題名が「武士道」だけに、武士の規範倫理を書いたものだと思われがちだが、この書物は単に武士道を解説するだけではなく、さまざまな事例をあげて、日本人の拠って立つ道徳意識や思考方法を明らかにしている。
と。そう、武士道って日本人の思考方法なんだよね。本書の中で、どうしてこういう考え方をするんだろうと日本人以外が感じていることの理由を明快に説明しているし。

そして、腑に落ちたのが「克己」。以前に「かっこ」と読んでしまい、恥ずかしい思いをしたことがあったから、余計に思い入れが強くなる。その「克己」について、新渡戸は、

しかし、絶えず克己を励行させる必要があったのは、まさに私たちが興奮しやすく、また敏感だったからだと私は信じる。
と言っているよ。そう、克己とはセルフ・コントロールのこと。敏感な感覚をいかに制御するか…。日本人だったら、分かるよね。

もう一つは、現代日本人にも理解しづらい「切腹」。新渡戸は、

この精神生理学説が認められるならば、切腹の論理はたやすく構築できる。それは、「私は、私の魂の宿るところを開いて、あなたにその様子を見せよう。それが汚れているか、清いかは、あなた自身で判断せよ」ということである。
と説明しているよ。はぁ、こう説明されると妙に納得してしまうよね。自己犠牲、謙る等々の概念と繋がってくるし。

これを思うと、やっぱり自分は日本人なんだな…と納得してしまうし、その中でも日本人っぽい日本人なんじゃないかと思えてくるんだけど…。どうなんだろ。どの日本人もそう思っていたりして…。

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2017-10-02

世界が変わる現代物理学/竹内薫

| 22:13

世界が変わる現代物理学 (ちくま新書)』を読んだよ。議論の終わりはあるんだろうか。

科学本が好きで、適当に読み漁っているんだけれども、当然ながらアカデミックな読み方ではないわけで、自分がどこまで分かっていて、何が分かっていないのかも分からないわけ。とは言え、到達目標があるわけでもないので、それはそれでいいのかもとは思うけど、もうちょっと俯瞰してみてみたいというのは事実。

結果的に、その思いに沿っていたのが本書。現代物理学の今の位置とその考え方を筆者なりの解釈でまとめたのが本書。

おっと、前段が長くなったけど、本書の紹介はこれで十分かも。でも、そうなるとこのサイトの意味がなくなってしまうので、以下に概要。

ひと言で言ってしまうと、現代物理学は「モノからコトへ」とまとめられるのだと。

現代物理学の思想性は、量子重力理論という最前線の研究においてもっとも鮮明なかたちであらわれます。そこでは、すべての「モノ」が消え去り、すべては「コト」になるのです。そこでは、すべての「非虚構」が崩れ去り、すべては「虚構」と化すのです。
と筆者。これが思いっきり抽象化の世界。

さらに、「虚構」の世界を数学で表現すると、そこには複素数という概念が現れる。自分的には「おっと、そう来たか。」と。だから、「虚構」を「現実」に変換するのに、二乗したり。なるほどなぁ〜。

でも、「虚構」の世界、つまり「抽象化」ってどこまで行くんだろという素朴な疑問。多分、抽象化の限界は人間の限界ってことなんだろうね。そう、抽象化の完成は神の領域への到達なんだろうからね。

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2017-08-07

身近な鳥の生活図鑑/三上修

| 14:08

身近な鳥の生活図鑑 (ちくま新書)』を読んだよ。よく見かけるのに知らないことばかり。

街なかでよく見かける鳥と言えば、スズメ、ハト、カラス。本書はこれらの鳥の生活をじっくり観察する本。どうして、これらの鳥なのか。それは観察のしやすさ。人を恐れず、逆に近づいてくることもあるくらいだから。高性能なカメラとか望遠レンズも不要で、ちょっとした写真が撮れてしまうほど。

まずはスズメ。その害虫駆除効果って大きいみたい。

我々にとって邪魔になる雑草の種を食べ、害虫も駆除してくれます。実際、スズメを駆除したら、害虫が大発生してしまった、という話は世界各地にあります。
というほど。だから、毎年の花見ができるのも、スズメのお陰かもしれないねってわけ。コメを食べてしまうというデメリットもあるみたいだけど。

スズメよりよく見るハト。種としては、ドバトとキジバトなんだけど、最近はその勢力図が変わりつつあるとか。つまりは、ドバトが減少してキジバトが増えている傾向だとか。それに対し、

こういったハトの勢力図の変化は、我々の生活の変化に伴ってきた部分が大きいと思います。よくある言葉ですが、鳥の世界から我々の世界の変化が見えてくる良い例だと思います。
と筆者。街なかで見かける鳥は人間の影響をモロに受けるんだろうね。あっという間に勢力図が変わるのだろうか。その前に、ドバトとキジバトを見分けられるようにしておかないと。おっと、これはハシブトガラスとハシボソガラスにも言えるか…。

そして、どの鳥にも言えるのが、居場所の変化。子育ての時期とそれ以外の時期では観察できる場所が変わっているということ。

子育てをする時期には、巣をつくれる場所、そして、その巣のある場所から近いところに餌を採れる場所が必要です。それに対し子育てをしない冬の間は、餌は自分の分を賄えればよいわけですし、巣を中心に動く必要はないので、より広い範囲の中で餌が採れれば十分だからです。
ということ。だから、冬の方が鳥を見る機会が多いのかなぁ〜。

花見も楽しいけど、鳥見も楽しそう。まずは近所の鳥を観察することから始めようかな…。

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2014-08-16

図書館に訊け!/井上真琴

| 08:10

図書館に訊け! (ちくま新書)』を読んだよ。まじめに勉強すると奥が深い。

だいぶ以前から気になっていた本書。ひょんなことから筆者の講演を聞く機会があり、なるほどこんな人だったんだと益々興味が増したところで、漸く読む機会に恵まれたわけ。

発刊が2004年だから、かれこれ10年ほど前。でも、図書館の仕事の基本は変わっているはずもなく、ざっと概観するにはちょうどよい感じ。

本書の内容としては、図書館利用法徹底術。とにかく、調べ物をしたければ、図書館に行けということ。但し、ただ行っただけではだめで、さらに何をどう利用するかを詳細に且つ事例を大量に紹介しながら解説しているよ。

とは言え、当然ながら、心構えのようなことも必要なわけで、

そもそも資料や情報というものは、待っていても絶対に現れない。自分が能動的にアクセスの意思をみせたときに、むこうから自然と姿を現し始めるものなのだ。
とモチベーションを保持することがポイントになると言っているよ。いわゆるセレンディピティ?ちょっと違うかなぁ?

そして、具体的な図書館利用法。諸々の資料の種類の紹介から始まって、その探索方法まで。特に探索は奥が深い。

アッシが感心したのは、リファレンスブックの使い方。単なる辞典や辞書としてしか考えていなかったけど、その使い方は様々だし、応用が広範に渡る。しかも、筆者は必ず複数を引き比べることが肝要であると言う。それは、

同じ項目を掲げていても、同じ主題を扱っていても、記述内容、項目の立て方や編集方針、図表の表示方法、参考文献の選択まで、それぞれ異なっているからだ。
ということ。この差が貴重な情報になるんだよね。

そして、「訊け!」という意味では、リファレンスサービスも欠かせない。この「図書館に訊く」という行為は図書館自身を育てるためにもあるのだと筆者。

私は図書館という存在自体が、「人類の巨大なリファレンス・ブック」であると考えている。図書館所蔵の資料、アクセスのための目録、リファレンス・サービスなど、モノとヒトの総合的な知識の索引として存在しているといってよい。利用者から訊かれることがなければ、巨大な索引の進化はないし存在意味もない。
そっか、そう捉えることができるんだ。いや、これはアッシにとって新しい知見。図書館にとっても、「訊かれる」という外部からの刺激が成長の糧となるんだよね。

図書館に訊け! (ちくま新書)
図書館に訊け! (ちくま新書)井上 真琴

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