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活字中毒者地獄のりす蔵 RSSフィード

2018-07-21

失速・事故の視覚/柳田邦男

| 19:56

失速・事故の視角 (文春文庫 240-1)』を読んだよ。政治的殺人か…。

柳田邦男氏の航空機事故追跡ルポシリーズ(あっ、自分が勝手に呼んでいるだけ)の1冊。昭和51年の『失速』と昭和53年の『事故の視覚』という単行本から航空機問題に絞って、再編集したもの。ということで、事故の事例は古いものだけど、システムという観点で見ると、十分に現代に通じるものなのは確か。

単行版のあとがきが本書で紹介されているので、ここではまとめてそれを抜粋。

まずは、『失速』について。

ロッキード事件は、日本の戦後史を画する一大事件であり、さまざまな角度から書かれなければならないが、本書の第?部は、この事件を、アメリカの航空産業全体の眺望の中でとらえ、その歯車の中にわれわれがどのように噛みこまれているのかを、俯瞰しようとしたものである。
と筆者。そう、航空産業はシステムが巨大であるが故に、それによる得られる利益も大きいということで、あのロッキード事件のようなものが起こり得る。事故そのものよりも、そういう背景をもその要因となり得るってわけだよね。

もう一つの『事故の視覚』については、

なぜここで事故調査という言葉の定義をあらためて持ち出したかというと、本書をすでに読んだ方は理解していただけると思うが、事故というものを過失責任論優先の発想でとらえがちな日本の精神的風土を逆転させて、事故調査を安全技術論としてとらえる視点(フィロソフィー)を定着させる道を探ってみようかというのが、本書のねらいだからである。
と言っているよ。『マッハの恐怖』全日空羽田沖事故も同じような事例だよね。事故調査委員会の結論はパイロットのミスだったわけだからね。

そして、大切になってくるのがシステム的思考。

システム的思考のないところには、合理的な事故調査は成立し得ない。
と筆者。日本人はどうしても精神論というか、周囲のことも考え過ぎて、事実の把握が曖昧になるよね。事実と責任は別物という考え方をしないとダメだよなぁ〜。

失速・事故の視角 (文春文庫 240-1)
失速・事故の視角 (文春文庫 240-1)柳田 邦男

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2018-07-08

夫婦で行くイスラムの国々/清水義範

| 22:44

【電子特別版】夫婦で行くイスラムの国々 夫婦で行く旅シリーズ (集英社文庫)』を読んだよ。イスラムに拘る。

清水センセーの著作パスティーシュの時代から継続的に読んでいるけれども、この「夫婦で行く旅シリーズ」は清水センセーの新境地という感じ。どうして夫婦で行くのかというと、それは清水センセーの奥さんがたまたまインドに行ったことがあったからというのが、その理由のような気がするけど。まぁ、経緯はともかく、夫婦で行くことが何となく普通の旅行記とは違う差別化を生み出しているような気もするし、清水センセーの新境地らしくもあるし。

さて、本書。その内容は文字通りイスラム教の関連のある国々を巡るもの。東はインドから始まって、徐々に西に移動し、アフリカを通過し、最後はスペインに至る。勿論、1回の旅行ですべてを回ったわけではなく、何年もかけての巡る旅。

どうしてインドと思うかもしれないけど、やっぱりイスラム教の影響を受けているのは確かで、それが現在でも遺跡として残っているから。そして、このインド旅行がきっかけでイスラム教に興味を持つことに。

そして、トルコ。ここはやっぱり特徴のある国。

もうお手あげである。ギリシアローマどころか、キリスト教関係の史跡まで出てくるのだ。トルコで見えてくるのは世界史なのである。
というわけで、世界史が凝縮した場所がトルコということ。確かに、地理的にも政治的にもそうなるんだろうね。さらに、
私のこの旅行は、初めて本格的なイスラム国へ来て、そこから世界史をのぞく、というような意味あいのものになった。そして、だからこそ今まで見えていなかった世界史の一面が見えてくる、という感想を持った。
とも。これでますますイスラム熱が上がっていくことになるんだよね。

最後に、気になること。イスラム関係の国々は総じてアルコール類の摂取に厳しい。特にイランでは、売ってもいないし飲める場所もないみたい。そんな訳で清水センセー夫妻は、

空港で土産にキャビアを買う気力もなく、私たちはふらふらになって日本に帰り着き、空港のレストランでビールを涙目で飲んだのである。
ということに。あ〜、自分はイスラムには行けないなぁ〜。

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2018-06-17

さらば国分寺書店のオババ/椎名誠

| 18:05

さらば国分寺書店のオババ 「椎名誠 旅する文学館」シリーズ』を読んだよ。オババに会っていたとは…。

本書が情報センター出版局から出版されたのが1979年11月。どうして、本書を知ったのかは全く記憶にない。けれども、本書は当時の自分にとって衝撃的な出会いだったんだと思う。本の帯には「スーパーエッセイ」という文字が有ったのは覚えているから。そして、本書で椎名誠を知り、ハマっていった自分。本書が椎名誠のデビュー作でもあったんだけどね。

何が衝撃的だったかと言えば、その文体と内容。文体は昭和軽薄体と名付けられていたけれども、なんとも言えないリズムというか、繰り返し感というか、比喩的表現というか。

例えば、自動改札になる前の駅の改札にいた仏頂面の駅員(そんな人達がいたことさえ知らない世代がいるという事実にもショーゲキだが)と、それに対比し、必要以上にマイクでがなりたてる車掌(車掌がこんなことをしていたという事実もスゴイ話だけど)について、

改札口とかキップ売場では「オレここ数年口ひらいて声なんか出したことねえよ」というような、東日本仏頂面協会専務理事みたいな顔をしている奴ばっかりなのに、車掌という職業になるととたんに雄弁デカ声になってしまう、というのはこれはどう考えてみてもおかしいではないか。
とシーナ氏。そんな調子で論調的には日本の制服関係の人たちに対する「おまえら気に入らない」話が続く。おっと、キップ売り場なんてものもあったな…。

ところが、シーナ氏が属するマスコミ業界のパーティーに参加して、気がつく。

マスコミは消えてしまってもいいが、消えてしまっては困る、という人々に、なんと「制服関係」の人々が多いことか。これはまったくショーゲキ的なことである。
と反省の弁。さらに、制服関係の人たちと同類だと思っていた国分寺書店のオババ。そして、その国分寺書店がある日突然になくなってしまうと、
不思議なもので、人間というものは自分の生活にとってそんなに深い関係があるわけでもないのに、そこに黙って存在していれば安心し、なにかの都合で急になくなってしまった、ということになると、その空虚感は思いがけないほど大きなものになるらしいのだ。
とシーナ氏。今回、改めて読み返してみるとこんなストーリーがあったんだね。自分の初読は文体と表現に圧倒されていただけで、終わってしまっていたんだろうね。改めてシーナ文学の魅力を知りました〜。っていうか、これって文学か?

さらば国分寺書店のオババ 「椎名誠 旅する文学館」シリーズ
さらば国分寺書店のオババ 「椎名誠 旅する文学館」シリーズ椎名 誠

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2018-06-09

時をかける少女/筒井康隆

| 19:26

時をかける少女 (角川文庫)』を読んだよ。原田知世の歌はヤバイ。

原田知世が主演した映画『時をかける少女』が1983年ということだから、もうかれこれ30年以上前の話。TVの歌番組で盛んに流れていたっけ。YouTubeで探してみると夜のヒットスタジオにも出ていたんだね。完全に口パクだったけど。

そんなにヒットしていたのに、その原作本を読んでいなかったのに、読んでみて初めて気がついた。ストーリーを全く知らなかったことが分かったから。やっぱり、原田知世の歌の方が強烈にインプットされて、映画や本はオーバーフローを起こしていたのかもしれないね。

では、そのストーリーはというと、時間と空間の自由な移動とほろ苦系の恋愛もの。おや、これって『小説 君の名は。』のコンセプトと同じでは?という感じ。もともと、中高生向けの雑誌(月刊誌?)に掲載されていたものだから、科学的な知識の習得も意図するところではあったのかもしれないね。

本書は、表題作の他に、短編が2編収録されているよ。そのどれもが主人公が中学生女子。それぞれの名前が、和子、昌子、暢子。これを見るだけで昭和を感じてしまうのは、やっぱり自分が昭和の人間だからかなぁ〜。

時をかける少女 (角川文庫)
時をかける少女 (角川文庫)筒井 康隆 貞本 義行

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2018-06-05

ポケットに名言を/寺山修司

| 01:48

ポケットに名言を (角川文庫)』を読んだよ。名言は無数にある。

読書の端境期には軽めのものを選んで、ツナギにしているんだけど、本書はそのストックのうちの1冊。とは言っても、相手は寺山修司。手強いイメージがあるので、どうなるかとは思ったけれども、結論的には、寺山修司の選んだ名言集。古今東西、書物から俚諺まで、多種多様といった感じ。

名言と言っても、切り取られた言葉なので、話の前後も背景も全く分からない状況で掲載されているので、ちょっと解釈に困るものも多数。だから、日本の小説から切り取られた名言は比較的納得しやすいよね。だから、自分的には、太宰治とか三島由紀夫の小説からの名言についつい首肯してしまうわけ。

例えば、三島由紀夫「金閣寺」から、

記者が走っているあいだ、乗客は止っておる。記者が止ると、乗客はそこから歩き出さねばならん。走るものも途絶え、休息も途絶える。死は最後の急速じゃそうだが、それだとて、いつまで続くか知れたものではない。
とか。

太宰治「女生徒」から、

ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛するのも人間だもの。
とか。

もう少し名言っぽいものといえば、小林秀雄の

歴史意識とは――しまった、とんでもないことをしてしまった、どうしようという悶えだ。
かな…。

では、最後に寺山修司自身の言葉を紹介。

そして、「名言」などは、所詮、シャツでも着るように軽く着こなしては脱ぎ捨ててゆく、といった態のものだということを知るべきだろう。
うん、これならば、自分自身の名言集でも作ってみようかななんて気になる。これだけでも、本書を読んだ意味があったかな…。

ポケットに名言を (角川文庫)
ポケットに名言を (角川文庫)寺山 修司

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