リッチーの積読崩し

2010/12/02/木 HARVEST vol.1

[] HARVEST vol.1 13:35

  • 編集・発行:陸条 (PLAYBOX PROJECT)
  • 2010年11月19日 ver. 1.0 発行

 条くんがくれた。電子書籍とのことで、PDF 版と EPUB 版が入っていた。EPUB ビューワが手元に無かったので、各作品は PDF 版で読んだ。EPUB 版のほうは xhtml ソースを眺めた。

 http://d.hatena.ne.jp/inhero/20101109/1289271707 によると、パブーというところで購入できるそうな。

 http://d.hatena.ne.jp/inhero/20101119/1290093244 こちらが紹介のエントリの様子。

 どういう次第か公開前にくれたので、拙い読む力でよければ感想など記して、少しは広報に協力せんとす。まあここにひとけが無いことは置いておくとして。あと、すっかり日を過ごしてしまったことも置いておいていただきたく。


 表紙イラストは鳩里さんという方だそうだ。これがとても良い表紙。飽きずにずっと眺めていられそうである。絵は(も?)よく分からないながら、明色と暗色の配置が良いのか、細部においても全体においても目を楽しませてくれる。かといってロゴが埋没することもなく、ちゃんと読める。さほど目立ってはいないけれど、統一感がある。


 目次は以下のようになっている。

  • 「やうやうしろく」わたりさえこ
  • 「まぶたに桜の木を」詠村岬
  • 蜘蛛の巣、千の扉、ユニタリ変換」murashit
  • 「胡蝶の庭」背川有人
  • 「複製技術時代の耄碌」渡邊利道
  • Life goes on」陸条
  • スターリン時代」佐久原廠
  • 「Ωの少年」痛田三
  • シューティングスター」秋山真琴
  • 「夢と現の子供」石田友
  • 「皮膚のない太陽」cydonianbanana

 解説は小池未樹さんとのこと。

 夏目が居ないなあと思ったら、編集らしい。なっちゃんも書けばよかったのに。


 まず全体の感想を述べておく。多い。多いながら高品質でもある。面白い作品が多く含まれていて、私が面白いと感じなかった作品でも、他の感覚の持ち主にはきっと楽しめるだろうだけの強度がある、ちゃんとした作品がそろっているように思う。翻って見るに、100円は安い。

 絵が1作品、小説が11作品、解説が1作品。全部で13作のうち、私一人という狭小な観点からですら、楽しめた作品が8か9作品程度ある。よくもこれだけ力のある人たちが集まったものだと思う。あるいは集めたのか。

 いずれにしても、良い雑誌だと思う。


 さて、以下は一作ずつ感想を述べる。最後にちょっとフォーマットの話も書いておこうと思う。


 冒頭を飾るのは、わたりさえこさんの「やうやうしろく」という明かりの話。楽しい。

 製品名が〈あけぼのII〉であるところに、感想を書こうとして引っかかった。II であるのは、なんなのだろう。最終的に一般家庭で機能しているので、良かったなと思う。

 作中の僕が正岡先生の家に電話をするに至るあたりは、少し無理やりという感じもあったけれど、正岡先生の早口の愚痴がもっと書かれていれば、違和感無く収まったのではないかなあと思う。全体的に軽めに仕上げようとしているのだろうな、と感じたのだけれど、ワンポイントになるアクセントとして、あっても良かったのではなかろうか。


 二作品目は、詠村岬さんの「まぶたに桜の木を」という帰省の話。あまり馴染みのない作風だったので、ちゃんと読めた気がしないけれど、そのせいか空々しく感じた。

 化粧や性的な語が散りばめられているものの、それらが作品を構成するために機能している様子を読み取ることができず、好きと書かれているものの、その実感を読み取ることもできなかった。

 あるいは性的な部分ばかり強く読み取りすぎてしまっているのかもしれず、逆にもっと性的な部分から多くの含意を読み取るべきだったのかもしれず、いずれにしろ、それなら単に私が読めていないだけのことである。難しい作品だと思う。

 互いに好きな女の子が、いまやそれぞれ、別の相手(男)があるという状況なのだけれど、昔との異同が装飾や身体の描写ばかりで、それらがどういう心境を意味するかという前提の知識や感覚を私が持っていれば、もっとずっと実感を伴って感慨深い話になったのかもしれない。


 三作品目は、murashit さんの「蜘蛛の巣、千の扉、ユニタリ変換」という夢の話。夢の話といって適切かちょっと悩むのだけれど。

 ユニタリ変換というのを聞いて、必修でなかったら単位を落としていたであろう線形代数学の講義を思い出した。ユニタリ行列とかいうのがあったなあと調べてみると、転置行列と逆行列が等しくなるもののことで、それによる変換のことをいうらしい。いまだに、あの講義で単位が出たのが温情以外の理由だとは思えない。ともあれ、行列には次元があって、空間を記述するものだったように記憶している。記憶違いの可能性もあるけれど。

 短く異なる描写を繰り返して、あるものを描写する文がもの珍しくはあるけれど、読みにくいわけではない。どころか、聴覚や触覚を効果的に描写するので、読みやすくさえある。触感のある作品だと感じた。

 言ってしまえば、さして内容のある作品ではないのだろうけれど、文字列から情景を浮かび上がらせる、小説としての楽しみが分かりやすく、快く読めた。


 四作品目は、背川有人さんの「胡蝶の庭」という王の話。スケールがよく分からないのだけれど、六十平米って 8m 四方よりちょっと小さいくらいだから、そんなに大きく感じないけれど、古代都市の中に手作りで建てられてればそのくらいのものなのかなあ。

 話のつくりが上手く、情景と謎解きが美しく展開するのだけれど、いかんせん描写に感興が湧かないのは、相性問題なのだろうか。冒頭部分もほとんど不要に感じられる。台詞もそうだけれど、言い回しのせいか、冗長に思えるし、そんなになんでも書こうとしなくてもいいのに、と思った。

 しかしそれにしても、上手くできた話だ。話の要素が、どれも収まるべきところに収まっていくのを読んでいると、おお、と思う。


 五作品目は、渡邊利道さんの「複製技術時代の耄碌」という老人の話。実量はともあれ、なかなか長く感じる。

 おもしろいのは、愚痴るように記述される文体で、まさしくこのニブヤ老人の感慨そのものであるように感じられるところだが、いささか読みにくく、ときおり風景や人物を見失いがちで、それがまったく偏屈老人そのものであって、そこが面白い。とはいえ読みにくい。このジレンマをどうしたものか。

 読み終えて題名に立ち返ってみるが、これがまたよく分からない。老人にならねば分からないかとも思うが、結末の断絶感覚や、個や受け売り、ひいては引用が作中にあることも含め、なにごとかがあるようでもある。この散りばめ方は上手いということかもしれず、かといって何が散らされているのか分からない以上、上手いか下手かなど私には分からない。

 まとめると、たいへん老人でした、ということになる。


 六作品目は、陸条さんの「Life goes on」という変化の話。ほとんどコメディくらいに愉快に人間が変わってゆく。

 最後に耕作の話が出てきたところでは、ハーベストだからかと可笑しかったが、語りの経過する時間と語られる時間の長さの違いからか、変わらない語り口と変わっていく人々の様子もまた次々と可笑しかった。

 他にも、達観しようとしているような語り口の若々しさなど面白いところはあるのだけれど、結末直前の談笑シーンと、そこから最後までは、この作品を変化の話としてまとめあげるのに、強引かもしれないが十分な力強さを持っていると思う。


 七作品目は、佐久原廠さんの「スターリン時代」というスターリンの話。というか、どっちかというとヒトラーを書きたかったのではという気もする。

 あまりの勢いで展開していくのが、面白くもあり、あるいはこれはただのプロットなのではという疑いが湧いたりもしたが、やはりこの速さと冗談の語り口でこその、あっという間のドイツ敗北とスターリンの不気味さがじわじわと迫ってくるのだろうと思った。

 最も面白かったのは第二部における「うおお、このやろー」である。こんなとき、たしかに他に言うことなどないわなあ、と妙に感心してしまった。たびたび歌がでてくるなど、ミュージカルのような感覚で読むと良かったのかもしれない、と読後に思った。

 しかし、実は映画だったというのを二度も使うことはなかっただろうに。それゆえか、結末は弱いなあと感じた。


 八作品目は、痛田三さんの「Ωの少年」という研究者の話。相変わらずバランスよく上手いなあと思いながら読んだ。

 端正な小説を書く人だと思っていたけれど、毒気のある話でもやっぱり読み口が端正で、それがまたこの話の毒気を肯定も否定もせずに静かに押し出してきて純粋に楽しめた。あるいはもっと派手に何某かの主張があったほうが良いのかもしれないが、これはこれで余計な味付けがなくてすごく良いと思う。新鮮な生野菜というか。

 オメガとの対話というのが、どのようなものだったのか気になりはするけれど、その詳細に触れずとも、そういうこともあるよねと思わせられてしまうのは、どういうわけなのか、はじめにハラバルたちが登場しているからなのだろうか。ともかく読み手の意識にそろりと納得を差し入れてしまう。

 なんかくやしいくらいではある。


 九作品目は、秋山真琴さんの「シューティングスター」という脱出の話。以前に見せてくれたことがあるので読むのは二度目になる。

 以前に当人にどういう感想を述べたかは忘れたが、外国絵本のような童話のような人物や舞台やエピソードや仕掛けなど魅力的なものがありながら、構成が場当たり的に思えるような大雑把なまとめ方をしているようで、秋山にしては秋山のようではないなと思った。

 しかしこの、場面を作り上げる力というのか、物から比喩に至る連想過程がずいぶんと圧縮されているように感じるのか、別種の感覚を持っているのだろうなと思わせる言葉遣いは、さすがだと思う。

 それにしてもちょっと拍子抜け感が無きにしもあらず。


 十作品目は、石田友さんの「夢と現の子供」という夢の話。子供出てきてないなと思ったけれど、そうじゃないことに気づいた。

 全体的にあまり説得しようとしていないからか、仕事や老人など、少しだけ浮いていた部分もあったけれど、にもかかわらず、なんとも納得してしまう展開のさせかたで、上手いなあと思った。

 ともかく上手い。けれど印象に残ったのはほどける殺し方で、話としてはなんだか朧気で、それは書こうとしたものがそういうよく分からないものだからなのかもしれない。しかし上手い。でもなんか物足りない。とはいえ、確かに上手い。煙に巻かれているように感じるのだけれど、それももしかしたら、狙い通りなのかもしれない。しかしそれで、ちゃんと夢と現の子供を書けていることになるのか、私にはそこまで読み込めなかったのだと思う。

 ともあれ、上手くやったなあという感である。


 最後をしめるのは、cydonianbanana さんの「皮膚のない太陽」という話。詩だなあと思った。半分でいいように思う。

 こういった話に、どう感想を持てばよいのか、正直のところよく分からない。凝った描写が面白く、日本語の扱いに長けているようだと思いはするが、はたして作品単体として何か思うところがあるかというと、とくに私が感じたことは無いように思う。

 あるいはどこか読み違えているかもしれないし、読み方を知らないだけかもしれない。

 そういえば繭が消えるところは唯一、話らしく感じた。とはいえ、もともとがあやふやな状況なので、何が起きてもそれほど驚くようなこともなく、まあこの流れなら消えるだろうなとは思う。だから結局、詩のように感じた。表現は、すごく面白いからだ。むしろ詩で読みたい。


 最後に、小池未樹さんによる解説。

 解説ともなれば、私がここに書き付けるような、未読者へか既読者へかも考えていない雑文というわけには、いかないのだろう。けれど、未読者が各作品を読む際の味わいを損なわないように、というのは少し寂しい。解説を読んだらもうひと味加わって、自分ひとりの読みでは味わえなかったものを味わいたい。未読者にしても、先に解説を読む以上は、小池さんと読書をしたいに違いない。少なくとも私はそう思う。

 と、思いながら読み進めると、そうでもない。かなりいろいろと、量も種類も読んでいるのだろうなと思わせる、見事な解釈とその提示で、ああそうだったのかと思うことが多い。むしろここまで書いてきた私の感想をすべて取り消したくなるくらいである。

 面白いか、面白くないか、結局はそこにしか落ち着かない私とは異なり、各作品から多くを想起して、あるいは作品を超えてこの解説こそが完成形なのではというものもあり、うらやましい。作品を楽しもうという心意気を感じる解説だと思った。


 以上で、HARVEST vol.1 の感想を終える。

 農耕は天候に左右される。地質や地形もあるだろう。日々の世話も欠かせない。人事を尽くして天命を待つ。天命のあらんことを祈る。



 さて、以下は余分。

 ところで、フォーマットの話を少ししようと思う。フォーマットというか組版というか。といっても、HARVEST に固有のことではなく、おそらくパブーとかいうものの話になるのだろうけれど、ともあれそのあたりにさして詳しいわけでもないので、ただの繰言でもある。

 なんにしても、HARVEST 固有の話ではないことは、まずはっきりとことわっておく。

 EPUB ファイルを zip として展開する。拡張子を .zip に書き換えるなどすると、その中にいくつかのファイルおよび、いくつかのフォルダが見える。ファイルふたつは xml ファイルなのでメモ帳などのテキストエディタで中身を見ることができる。フォルダの中には xhtml で内容が含まれる。EPUBxhtml を使って内容を組むことになるらしい。

 PDF 版を見て、まず思ったのは縦書きじゃないのか、だった。電子データには違いないが、電子書籍などとはとうてい呼べるものではないと思う。良い点が無いわけではなく、フォントは読みやすい。Adobe Reader ならファイル→プロパティからフォントタブで埋め込みフォントが一覧できるが、IPA Gothic であるらしい。読みやすいのは良いが「ー」と「―」と「一」の違いがあまり無いようなのが気になり、美しさでは引けをとるのだろうと思った。web などを流し読みするには適したフォントなのかもしれないが、小説作品に向いているかは疑問に思う。

 さて PDF 版がまったく書籍というに値しないと思ったので、xhtml を見てみると、EPUB 版から生成されたものだろうことに思い至った。body タグ内で使われているタグは、h3, div, br のみであり、h3 と div がタイトルと本文を示すのに一回ずつ、あとは br でのみ組まれている。br というのは改行だ。要するにメモ帳でテキストファイルを開いているのと、そう変わらない。禁則処理すらない。拡張子を .epub に変えたからといって電子書籍というのは、あまりに詐欺である。head タグ内には css を指定できるタグも含まれているが、中は空だ。また、body 内がこの有様ならば css で何ができようか。あんまりである。

 もっとも、EPUB では次期仕様でないと縦書きやルビなどは入らないらしい。それが楽しみでもあるけれど、それまでにこのようなものが電子書籍を読み物ではなくただの情報溜りに堕してしまわないだろうか。まあただの妄想による心配に過ぎないかもしれない。

 現時点での個人的な感想としては、パブーは詐欺、である。ただし、パブーを使った感想ではない。しかし確かに第一印象ではある。今後、使ってみる機会があれば、また違った感想をもつかもしれず、また、パブーには技術的な発展を強く願う。


 最後に HARVEST の話に戻そう。私が思うことなど、製作者は先刻承知なのだろう。次の文学フリマでは印刷製本したものが出るそうだが、そちらはちゃんと組みなおしている様子である。なっちゃんガンバレまじガンバレ。

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