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急行高速神戸の趣味写真記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-02-23

姫路城・兵庫県立歴史博物館 その1

2月4日、兵庫県姫路市姫路城と、兵庫県立歴史博物館に行ってまいりました。では、その写真です。


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白鳥PA(上り)内には姫路城歴代城主についての陶板があります。

歴代城主の名前と家紋が載っています。

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天守、ただいま改修中…

「平成の大改修」がされている姫路城天守の様子を見ることができる「天空白鷺」があります。

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西大柱

昭和の大改修の際に取り替えられた柱。三の丸内にあります。

大迫力の長さと太さ。素晴らしい!!

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菱の門

えらい立派な門です!ここから入ります。

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「国寶(宝)姫路城」の看板

菱の門に掲げられています。こちらも立派です!

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ぬの門、リの一渡櫓、リの二渡櫓、チの櫓

平成の大改修中のみ特別に公開。一般に公開されるのは初で、貴重な資料の一部が展示されてます。



中へ入ります。



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天守鬼瓦(剣片喰紋)

「剣片喰」は、城主であった酒井氏の家紋。大天守四層目の西唐破風に使用されていたという。

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天守鬼瓦(七五桐紋)

「七五桐」は、城主であった池田氏官位をあらわす紋章。大天守五層目の東南隅に使用されていたという。

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石落とし

敵の侵入を防ぐために、ここから石やら岩やら落としまくるわけですね。まぁ落とされた側は死ぬでしょうけどwww

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漆喰壁の下地

白鷺城」と称される姫路城の壁は、すべて「漆喰壁」。その下地は、「粗朶小舞」といわれ、材料は麻など。

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甲冑

日本の甲冑は、鍛鉄、皮革、漆塗り、金工、組紐などで作られる。この甲冑は、現在では貴重な資料として、または美術品として珍重されている。

まぁ、それにしてもこんだけあったら怖いな〜

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紋瓦

歴代城主家紋が入った丸瓦。築城や改築を伝える貴重な資料です。

紋瓦に入った家紋の紹介です

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三つ巴紋(結城松平氏

徳川家康の次男・結城秀康を祖とする親藩大名。巴紋は、弓をいるときに使う「鞆」を図案化したもので、日本の伝統的な文様。

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剣酢漿紋(酒井氏)

徳川四天王の1人・酒井忠次家系で、譜代大名。酢漿紋は、カタバミ科カタバミ属のカタバミを図案化したもので、大名の家紋によく用いられる。

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三葉立葵(本多氏)

徳川四天王の1人・本多忠勝家系で、譜代大名。三葉(立)葵は、ウマノスズクサ科のフタバアオイを図案化したもの。本多家のほか徳川家などが用いた。

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揚羽蝶紋池田氏

織豊政権に仕えた池田輝政家系で、外様大名。揚羽蝶紋は、チョウ目・アゲハチョウ上科・アゲハチョウ科に属する揚羽蝶を図案化したもので、あの平家も用いた。

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天守の鯱

左から、江戸時代明治時代・昭和時代のもの。それぞれ大改修で取り替えられた。

江戸時代明治時代の鯱は、現在とは違って部分的なものを作って、それを針金でつなげていました。その針金に雷が落ちて天守が燃えるということが起きた。そのために、本来「城を守る」鯱が「城を壊す」ものになるということにもなったそうです。

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お菊井戸

播州皿屋敷」のもとになったとされるお菊井戸。

お家の乗っ取り計画を知った女中お菊がそれを知り、城主の難を救ったが、家老はそれを恨んで家宝の皿1枚を隠してお菊を責め、井戸に投げ込んだ…

ああ、恐ろしや……

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備前

ここから天守に入ります。

門の右側に長細い石垣がありますが、これは石棺を再利用したものらしいです。

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天空白鷺」入り口

改修見学施設・天空白鷺。所要時間は30分ほどです。7、8階へはエレベーターで参ります。

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左,展望台から姫路市街を望む 右,展望台から播磨の山並みを望む

まさに、「大パノラマ」でちゅ!!これは美しい…

なお、展望台は8階と7階にあります。

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瓦屋根模型

次は、大改修の様子の写真です。



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8階・屋根修理の様子

窓越しから屋根の修理の様子が見れます。すごいの一言です!

瓦を全て剥がして、きれいなものは洗って再利用して、傷みが激しいものは取り替えるそうです。

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7階・壁面修理の様子

こちらもすごい!漆喰壁が剥がされて、もう一度塗りなおしているそうです。

この修理で、造営当初は、窓が今より8個多く“360度パノラマ”だった(右写真参照)ことが分かりました。   f:id:rm310:20120206201718j:image:medium

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「窓」となる予定だった部分赤○で囲った部分)

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播州姫路城中根忠之氏所蔵)

1998(平成10)年に発見された古地図。 1682(天和2)年〜1704(宝永元)年の姫路城が描かれていて、天守や櫓、今はなき三の丸の建物など細かく描かれています。

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石垣

ちょうど天守下の石垣で、1階の大窓から見れます。

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左から、8階部分,7階部分,素屋根工事全景のジオラマ

8,7階部分のジオラマの縮尺は40分の1、素屋根工事全景のジオラマの縮尺は100分の1



展示パネル

f:id:rm310:20120204145433j:image:medium屋根に草が生え荒れ果てたイの渡櫓

f:id:rm310:20120204145449j:image:medium昭和大改修前の姫路城

f:id:rm310:20120204145509j:image:medium昭和大改修と平成大改修の比較



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播磨国姫路城所々石垣崩孕堀浚等修復図姫路市立城郭研究室所蔵)

石垣修理と堀浚渫(しゅんせつ)の許しを、幕府から得るため提出した絵図の控え。


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油壁

この壁だけ漆喰壁ではなく土壁です!羽柴秀吉時代のものと伝わる。作り方は、山土に豆砂利を加え、もち米のとぎ汁やおかゆで固めたものだそうです。

     f:id:rm310:20120204145351j:image:medium                                 

     羽柴秀吉

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姥が石

こちらも秀吉時代のもの。当時、石垣の石集めに苦労していた際、城下で餅を売っていた貧しい老婆が、そのことを聞いて、使っていた石臼を寄付したという。すると、このことが町中に広がり、国中からたくさんの石が寄付されて、石垣の整備が急速に進んだそうな…



今日はここまで。

次回、姫路城(後編)。お楽しみに…

matsukentomatsukento 2012/02/24 17:42 rm310様、こんにちは。
姫路城(を覆うカバー)なら、スーパーはくとに乗るたびに、いつも見ています♪
今までなら新幹線でないと見えんかったのに、在来線も高架化されて、スーはくに乗っても見ることができるのは嬉しい限りです。
姫路城は34年前に家族旅行で行ったみたいですが、当時3歳か4歳の私には、全く記憶がございません(笑)。
私もお城を見る・行くのは好きですが、rm310様みたいに歴史の知識が浅いので、「うわ〜!、恰好ええお城だっちゃぁ〜!」の一言で済んでしまうもんで・・・(汗)。
姫路城の大修理が終わったら、一度行きたいものです。
余談ですが、我が鳥取市と姫路市は、姉妹都市の関係です♪

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