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2007-10-19

[] なぜ黒人は「知能」が低いか

かつてDNAの二重螺旋構造の発見でノーベル賞をとったワトソン博士が、黒人は知能で白人に劣るという主旨の発言をして問題になっている。

何かの言葉のアヤなのかと思ったらどうもガチで差別的かつトンデモな事を言っているようだ。ワトソンの発言についてはここをクリック

Watson氏は、「アフリカの可能性について根本的に悲観的だ」、というのも、「われわれの社会政策は、彼らの知能がわれわれと同じだということに基づいている――だが、実験結果はすべて、それを肯定していない」からだと述べている。

(中略)

「進化において地理的に隔離されていた人々の知的能力が、(隔離されなかった場合と)同じように発達したはずだと考えられる確固たる理由はない。同等な理性を人類にとって普遍的な遺産としたいと思う気持ちだけでは、それを実現するには不十分だろう」

DNAらせん構造の著名生物学者、「黒人は遺伝子的に劣る」と発言(WIRED VISION)

社会政策に影響するほどの知能の差が遺伝的に進化論的に決定付けられているという。いったいどんな実験を根拠にしているのかわからないが、これまでの科学(社会科学を含む)による蓄積を無視、もしくは全否定する発言で、トンデモの類だとしか思えない。

報道されている発言は断片的であり、彼の新刊 "Avoid Boring People: Lessons from a Life in Science" を読まないと真意がわからない可能性はあるのだが、報道に刺激されて出てくるようなありがちな論点へのありがちなコメントをつけておく。後にワトソンの主張を検証するにあたって、踏まえておかないといけない点を確認するという意味でも。

文明と人種

まず「知能」というのは複雑な概念で、測定したり比較したりというのは困難だ。単純な計算速度や記憶能力、パターン認識能力などについては心理学実験での測定は可能だし、訓練では越えられない個人差があるのは確かで、そこに遺伝子が関わっているのはほぼ間違いないだろう。しかし社会的な価値を生み出す能力の知的な側面を「知能」と呼ぶなら、単純な頭の回転のよさは決定的な要素ではない。

また、集団同士の「知能」を比較する場合は、個人間で見られるような大きな差は相殺されてしまう。どんな集団にもデキる奴もいればダメな奴もいるのだ。個人の能力差に応じて待遇を変えるような社会政策に意味があるからといって、人種のようなくくりで待遇を変えることに意味があるとは限らない。個人差のイメージの延長で集団を差別することに正当性を感じている人は考え直したほうがよい。

しかし、そんな細かい比較をしなくても歴史がその差を物語っているのではないかと言う人もいるだろう。歴史上最も文明を発展させたのはヨーロッパ人だと。優れた科学技術や社会制度を生みだし、他の文明を圧倒するまでに発展させたのはヨーロッパ人だと。アジア人は一時はヨーロッパに匹敵する文明を生みだしたが自力では近代化できなかったし、(サハラ以南の)アフリカ人に至ってはヨーロッパ人の奴隷になるしかなかったのだと。

確かにそれぞれの文明を築いた人たちの顔かたちは目に見えて違う。人種の概念が曖昧といっても、このくらい大きなスケールで見ればあまり関係ない。このスケールで見れば文明の優劣とはっきり相関するのは人種の差しかないじゃないかと。

しかし足もとを見るべきだ。それぞれの人種を「ヨーロッパ人」「アジア人」「アフリカ人」と呼んだように、これらの人々はそもそも住んでいた場所が違うのだ。つまり文明を生みだし発展させるにあたって地理的条件が全く異なっていたのだ。

ジャレド・ダイアモンドは『銃・病原菌・鉄』で、地理的な初期条件の違いで世界の歴史を、つまり文明の発展に差ができた理由を説明できると主張している。その主張の要点をざっくりとまとめると、以下のようになる。

まずそれぞれの土地に元々いた動植物の種類の違いが農業や畜産業の発達を決定付け、食料の生産性が社会の規模と社会制度の発展を決定付けた。また、大陸の形が規模の拡大を制限した。つまり東西に広がる大陸に住んでいたヨーロッパ人とアジア人は同じ農作物や家畜を持ったまま領土を広げていくことが可能で、異なる文明間の交流も生まれたが、南北に広がる大陸に住んでいたアフリカ人(とアメリカ先住民)にはそれができなかった。何千年もの間についた差は大陸を越えた文明の衝突において決定的に・破壊的に作用してヨーロッパ文明に勝利をもたらした…*1

要するに文明が誕生したばかりの段階では知識と技術の蓄積を可能にするのに地理的な条件が決定的な役割を果たしたのだ。地理的な条件が経済的な条件を制約しその後の文明の発展を決定付けたのだ。科学技術の発達で地理的な条件をものともせずに活動できる現代人にはピンとこないかもしれないが。

アフリカに関して言えばアフリカで誕生した人類が他の大陸に進出してから文明が誕生するまで180万年経っていて、その間の進化の過程で発生した遺伝的な差異が脳機能にも及ぶということはありえない話ではない。しかし、仮に1万年前のヨーロッパ人とアフリカ人の遺伝子が逆だったらヨーロッパ人がアフリカ人の奴隷になっていたのだろうか? 現代のヨーロッパ人ですら思いつかないような方法で生産性の高い食料生産を、アフリカの大地で、科学技術の誕生を待たずに実現できたと考えるのは無理がある。

黒人の身体能力

黒人の身体能力の優位は認めるのに、話が知的能力の差異に及ぶととたんに反発するのはおかしいじゃないかという人もいる。実際のところ黒人差別に敏感なアメリカでは身体能力の差異に言及することすら細心の注意を払わないと問題になる。人種間の差異を遺伝的に説明するのはタブーだ。

そのタブーに挑戦しつつそのあたりをまとめたのがジョン・エンタイン『黒人アスリートはなぜ強いのか』だ。邦題には「その身体の秘密と苦闘の歴史に迫る」という副題は付いているがそれでも本書の大事な部分が曖昧になっている。原題は "Taboo:why black athletes dominate sports and why we are afraid to talk about it" だ。が、とりあえず「黒人アスリートはなぜ強いのか」とうことについて。

陸上競技の世界ではアフリカ系の血統のアスリートが強いことはよく知られている。世界記録の上位をほぼ独占している状況だ。短距離では西アフリカ系、中・長距離ではケニヤ人が強い。

経済格差や差別などの社会的要因が黒人を競技に向かわせ選手層の厚みの差になるなどの環境要因はあるにしても、100m走のトップ100を西アフリカ系がほぼ独占、800mでトップ100の半分が、それ以上の長距離レースではどの競技でも30%以上をケニヤ人が占める*2というのは偏り過ぎだ。しかも、単に黒人というくくりではなく、遺伝的な出身地がより限定されている。特に長距離競技でのケニヤ人の偏りぶりは異常で、トップレベルのランナーがケニヤの中でも特定の地域の出身者に集中している。

競技結果の統計ではサンプルに偏りがあり環境要因を排除できないのだが、生理学的な研究でも、黒人と白人の間には体格や筋肉の質などの平均値に差があることがわかっているという。例えば瞬発力に関わる速筋比率の違いには差がある。グラフにするとこうだ。

速筋比率と身体能力

西アフリカ系黒人は平均して速筋繊維が67.5%, フランス系カナダ人は59%。分布曲線を見ると、上端に位置する者は黒人の方が多い。

ジョン・エンタイン『黒人アスリートはなぜ強いのか?』 p324

平均値としては10ポイント弱の違いで、適当に白人と黒人を選んで比較する分には黒人が勝ったり白人が勝ったりでそれほどの差にはならないのだろうが、グラフの右端のレベルの高い部分だけから選んで比較すれば圧倒的な差になる。

エンタイン自身は触れていないが、このグラフはなかなか示唆的だ。確かに差はあるが、わずかな差を極端な形に拡大するのは「世界記録を競うようなハイレベルな競争」という舞台設定そのものなのだ。

参考文献

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

実は下巻の方は途中まで読んでそのままどこかに紛れて全部読んでない。ナショナルジオグラフィック社が出している DVD は全部見た。

銃・病原菌・鉄

銃・病原菌・鉄

DVD はダイヤモンドの議論の主要な論点がわかりやすく展開されていて、彼の主張をざっくりと理解するには便利。しかし値段のわりにはショボいというか、映像の使い回しも多く、映像作品としての満足度は微妙。三枚組で156分だからどんだけ画質いいのかと思ったらそれほどでもない。学校の授業などで使いやすいように三枚組に分けたのだろうか? 一枚毎に前回のおさらいみたいなのが入っていて、通して見るとかなりくどい。自分で見る用に個人で買うのはあまりおすすめしない。

本文でも少し触れたように、スポーツ科学の本というよりは人種差別の歴史をスポーツの世界から描いたような本になっている。著者のスタンスは以下のようなものだ。

私の意図は、現在くり広げられている遺伝学革命という文脈において、人間の生物学的な多様性にまつわる疑問を解明し、まかり通っている神話に反駁することだった。

ジョン・エンタイン『黒人アスリートはなぜ強いのか?』 p15

偏った環境要因論が政治的に押しつけられることで、純粋に生物学的な研究やそれらの研究に対する理解が阻害されかねない事を危惧して本書を書いたのだという。また多様性から目をそらすことは人間の多様性を尊重する価値観とも矛盾するとも。

かなりアグレッシブな立ち位置だが、筆の進め方は慎重。人類の進化論的な歴史、人種主義や優生学の歴史、黒人スポーツの歴史などにページの大半を割いている。このあたりは日本人読者にとっては「なぜ欧米人にとって人種間の差異に触れるのがタブーなのか」を理解するのに役立つだろう。

本書は人種間の知性の差異についても触れている。過去にその種のテーマの研究が人種主義の隠れ蓑になっていたこと、今でも一部にそのような研究があること、知能の概念の複雑さなど。エンタイン自身は、スポーツの世界で見られる差異を知能の差異に結びつけることはできないとして、知能の差異については判断を示していない。

追記: タイトルが変な件

タイトルと内容がずれてるのは、書き始めた時は「知能」の定義についてごにょごにょ書こうと思ってたのが、書いてるうちに『銃・病原菌・鉄』ネタを軸にした内容に方向転換してしまって、あとでタイトル直すの忘れてた、という理由です。。。

釣りみたいになってしまってスマンかった。

*1:なお、発達した文明がもたらした武器である銃・病原菌・鉄のうち、病原菌は畜産業の副産物であり人間が意識して作り出したものではない。

*2:グラフが載っていたが出典が不明確。原書が書かれた2000年当時の記録を元に集計したもの?

tasoitasoi 2007/10/21 15:18 こんにちわっ!
エントリがまとまってて凄くおもしろかったです〜、特に、

>確かに差はあるが、わずかな差を極端な形に拡大するのは「世界記録を競うようなハイレベルな競争」という舞台設定そのもの

このあたりとか!
知能に関する面でも、例えば“ごく一部分の能力を競うような頭脳版オリンピック”みたいなのがあれば、ある種目では特定の人種に偏ったり…なんて、なっちゃうかもしれないですね。
それはそれで、部分的に偏りが出るのはもう認めてしまって、「でもそれは狭い範囲での差異だから〜」で流しちゃってます。(自分的には)
なんか男女差の問題と少し似てる気がします。
変なレスごめんなさい(`・ω・´;)

kurokuro 2007/10/21 20:19 あのグラフですが、一番上でしか差が出ないという主張はある程度納得できるものの、では、黒人の身体能力の平均を基準にトレーニングメニューを作った場合、白人の大半にはきついものになることが予想されるのも確かなわけで、ワトソン博士が言ってる部分はそれに相当すると思われます。

それが妥当かどうかは証明されてないので批判の余地があるわけですが、まあ、少なくとも日本では、環境要因を除いた状態で多少の差があったとしても不思議とは思わない人のほうが多いんじゃないですかね。
どっちにしてもあと数年から数十年以内で遺伝子解析が完了して事実は明白になると思いますが。

BigHopeClasicBigHopeClasic 2007/10/21 22:12 はじめまして。

確かに註2の出典はよくわかりませんね。
世界レベルの陸上競技大会を見ても、5000m、10000mで強いのはむしろエチオピアで、ケニアはエチオピアに勝てないという印象が強いので。
ケニアはむしろ1500mや3000障害に強いという印象がありました。

それこそエチオピアがエリート教育に成功しているということなのかもしれませんが、そこまでケニアが平均的にエチオピアより上なら、これほどエチオピアに負け続けるとも思えないので、どういうものなのかなあというのは別の観点からも疑問に感じました。

kurokuro 2007/10/22 03:23 長距離でエチオピアが強いのは地理的なものでしょう。アジスアベバの標高ですら2400mとかですから。オリンピック前には各国とも高地トレーニングはしますが、生まれたときからやってると心肺能力(血液から変わるそうですが)が違うんじゃないですかね。あと、速筋は瞬発力では高性能ですが、疲れやすいので短距離向きの筋肉です。

jiranjiranjiranjiran 2007/10/22 11:06 目の付けどころ、趣旨ともに非常に良いと思います。
ただひとつ、貴方のタイトルにヒューマニズムを感じません。
『なぜ黒人は「知能」が低いか 』のタイトルは見出しだけを読んで鵜呑みする人、或いは人寄せの為の悪意を感じます。
『なぜ日本人は「知能」が低いか 』だったらどうです?

これだけの人たちを議論に誘うなら、きちんとした姿勢をみせて下さい。ここには良い人ぶるだけで正義はありませんでした。残念です。

なまえなまえ 2008/09/10 19:03 ばああああああああああか!!!!

sikusiku 2009/04/26 22:57 >エンタイン自身は触れていないが、このグラフはなかなか示唆的だ。確かに差はあるが、わずかな差を極端な形に拡大するのは
>「世界記録を競うようなハイレベルな競争」という舞台設定そのものなのだ。

大変今更ですが。

仮に、知能に、このグラフ程度の差があったとします。
政治や科学を担っている人達は、その多くが上位の大学を卒業した人達です。
それはこのグラフで言うと、右端に属する人達になりますよね?

これを日本に当てはめれば、社会から東大京大をはじめとした上位国立大学、上位私立大学を卒業した人材が全員存在しないということになります。
僅かな差異とは言いますが、大企業の経営陣、政治家、学者、官僚はその僅かな人材で構成されているわけです。

知的分野に、人種によってこのグラフ程度の差があるという事は
それだけ大きな違いがあるということです。
実際にそれだけの差があるかどうかは知りませんが
それを大したことが無いというのはあまりに酷すぎ話だと思います。
これでは全然黒人に対する弁護になっていません。

黒人で学者になれるレベルの知性を持っている人は
白人の十分の一以下と言っているのと同じです。

rnarna 2009/04/27 03:29 >siku さん
ご指摘の箇所では、トップレベルの競争の場での圧倒的な差異から受けるイメージは平均的な差と比べて過剰なものになるという話をしています。反論のロジックとしては、

1. 黒人と白人の身体能力の差は圧倒的
2. 故に知能についても相当な差がありうる

という主張に対して、1 を否定する形で反論しています。差があったとしても、その差が圧倒的でないならば実際の能力を評価せずに人種から能力を推定し評価するのは妥当ではないからです。

siku さんのコメントの趣旨はワトソンの発言「アフリカの可能性について根本的に悲観的だ」に対する反論になっていないのではないか、ということなのだと思いますが、実際ご指摘の箇所はそれに対する反論ではありません。それについては「文明と人種」の節でアフリカの歴史はアフリカ人が遺伝的に知的能力が劣ることを意味しない、ということを言いました。

では、仮に人種間で遺伝的な知的能力に筋肉ほどの差があるとしたらどうなのか、という話ですが siku さんの議論には大きく三つ問題があります。

まず「東大京大をはじめとした上位国立大学、上位私立大学を卒業した人材」が短距離走における「オリンピック選手が期待できる範囲」に相当するのかという点。僕自身一応「上位国立大学」を出ていますが、うーん。。。それはないなーって感じです。

次に、そうした人材の実務能力が遺伝的な知的能力に決定的に依存しているのかという点。トップクラスの人材に求められる能力は、知識や経験の蓄積の有無や、メンタルな強さ、バイタリティといった様々な側面があります。遺伝的ではないもの、知的能力とは関係ないもの、様々です。

最後に、そもそも社会の屋台骨を支える力に個人の実務能力がどの程度寄与しているのかという点。企業の経営者や政治家や官僚は企業や国家を背負って立つという印象がありますが、実際のところその人たちの足元は企業や国家のシステムに支えられているのです。

もっとも、以上の議論は対象が「大企業の経営陣、政治家、学者、官僚」だから成り立つだけで、これを「イノベーションを生み出すような天才」に置き換えたらどうかという話はあるかも。それでも同様の議論は成り立つとは思いますが、説得力ある説明をするのは骨ですね。。。

UMUM 2010/10/15 20:52 結局はつながっているもののうち一部だけぬきだして
都合いいようにこねくり回して、それおかしいよ
といわれたら、またほかのをふて腐れながらこねくり回すだけかな?

みみみみ 2011/06/09 23:35 「黒人の知能が低い」とされることの理由の一つに純粋な黒人人種の古代文明が存在しないこと、があると思います。
四大文明の中に黒人のものが一つもありません。
例えば、アラブ人が現代社会で学歴やノーベル賞などでそれほど知能の高さを証明していなかったとしても、やはり、シュメール文明とかアラブの尊敬すべき文化などがあるじゃないですか。
アフリカ大陸であれだけ広くあれだけ大勢黒人がいて、アラブくらいに発展していた都市というものもありませんでしたし、黒人が開発した文字とかもありません。
黄色人種ですら、漢字、ひらがな、チベット文字、ハングルなど様々な文字があるのに、黒人という人種全てをもってしても文字を作っていません。
であるから、「エジプトは黒人の文明だ」と主張する黒人たちが大勢いるわけですが、まずエジプトは黒人の文明ではありませんが、それはともかく、なぜ黒人しかいないアフリカの土地には高度な文明が存在しなかったのでしょうか。
現代のアメリカ黒人は皆白人との混血ですからね。
だから、彼らは黒人というより、ムラートに近いと思います。

ranran 2011/11/27 13:36 アフリカ中心主義を信仰している黒人たちが、「原始ギリシャ人は黒人だった」「仏陀は黒人だった」
「オルメカ文明は黒人の文明」「クメール文明を築いたのは黒人だった」
「フェニキア人は黒人だった」「ドラヴィタ人は黒人でインド文明は黒人の作った文明」
などとYOUTUBEで主張するのを見て、つくづく黒人種というものに疑問に思いました。
黒人だけで構成されている国で、遺跡や文明の歴史がある国というものがあまりにも存在しないので・・・。
例えば、パプアニューギニアの原住民はアジアという場所にありながら明らかにネグロイドに近い人種です。
隣にインドネシアのような文明国がありながらどうして彼らは、狩猟生活以上の文明を持たなかったのでしょうか。
純粋なネグロイド人種だけで構成されている国家で、高度な文明の歴史を築いた国というのが本当に見当たらないのですよね。
一番良くてマリ王国ですか。ここはアラブとの交流がある土地柄なんですよね。
思うにアフリカという土地柄や地理的条件は関係ないと思いました。
インド近隣にも、純潔のネグロイドだけで構成されている島があるのですが、ここでも原始的な生活に留まっています。
アボリジニはオーストラリアロイドですが、オーストラリアは豊かな大陸だと思います。

進化論でいけば最も猿と近いのがネグロイド人種であるならば、彼らが文明を作り出す知性を持たない・・・
と結論づける科学者がいても仕方がない気がします。
おまけに、国別のIQテストでは、アフリカ諸国がどれも最下位ですから・・・
しかし、現在のアフリカ系アメリカ人は殆どが白人と混血した結果生まれたムラートのような人種で、既に「進化」しているわけで「アフリカ人」とはまた異なる人種に変貌しています。
進化論が事実であれば、純潔なネグロイドに近ければ近いほど、猿と祖先が近いということになるのです。
思うに人種というのは、混血を重ねることで進化していくということでは?
アメリカではインド人というのはもう「家庭教師」とか「頭が良い」というイメージなんですね。実際、インド人には医者やIT関係など知的職業につく人たちが多く、富裕層だからです。「知性で劣る」というのは肌の色とか差別で言ってるのではなく、根拠はあると思うのです。