徴兵制について

最近徴兵制が流行ってますな。って乗り遅れ気味ですが。発端はこれですか。

こういうのを平和ぼけって言うんだろうね。軍隊を何だと思ってるんだろう。軍隊が規律を重んじるのは勝手な行動が仲間の命に関わり国の存亡に関わるからで、本人の成長のためじゃない。規律の内容も市民社会の道徳や倫理とは矛盾するものだ。逆に市民社会の道徳や倫理を軍隊に持ち込めば戦争で負ける。南北戦争のさなか指揮官を民主選挙で選んだ南軍のように。

ドナルドによれば、南軍の一般兵士は昔ながらの民兵の伝統を維持し、独立独歩で服従を嫌い、自分たちが選んだのではない頭越しの指揮官任命を受け入れず、選挙制を守り抜いた。だがそのために彼らは、より非民主的で権威的な北軍の、鉄の規律と効率的な組織の前に敗れたのである。ドナルドは、南部連合の墓碑には、次のように刻むべきだとう。「民主主義のゆえに死す」と。
小熊英二『市民と武装』 p48-49

極限状態を体験することが人間的成長を促すことがあるという点については否定しないが、同時にトラウマを残す危険性もある。そして軍隊はその目的からしてそんなことは気にしない。

このあたり実際に韓国で徴兵を体験した朴哲鉉氏の話が興味深い。

 ある日、妻が驚いた様子でオレを起こした。

 「あんた、大丈夫?」
 「何?なんかあった?」

 そう言いながら、自分の手を見たら、汗がたっぷりだった。そうか。また、あいつか。ほとんどの日本人は知らないだろうが、軍隊では、いくら頑張ってもいじめてくるやつがいる。

 大体一階級上のやつで、オレも「マジで殺りたい」と思ったやつがいた。こいつが、今でも約1ヶ月に1回の頻度で夢に出てくる。多分一生続くだろう。 そういえば、最近フリーター兼フリーライターとして名が売れている赤木智弘氏も「軍隊は肉体的に辛いかも知れないが、精神的には安定するかも」のような話をしているみたいだが、これは、実体験のオレからすれば大間違い、いや、むしろ逆だ。軍隊は体力的に我慢できる。もちろん精神的にも我慢は出来るかも知れない。しかし、一生「悪夢」をみるかも知れない。

 どんな楽な部隊であっても軍隊は、心的につらいところだ。

「徴兵制」ってどうする? (OhmyNews:オーマイニュース)

殺し屋イチみたいな話でぞっとした。「ほとんどの日本人は知らないだろうが」ということだが、戦争を知ってる世代からすれば常識だし、その一つ下の世代だって話としては聞いているはずなのだけど。

ところで徴兵制のメリットとして朴氏はこんなことを言っている。

 人殺しの技を習うためには、まず、厳格な指導を受ける。厳格な訓練の中には、人殺しの怖さを知らせる内容が相当含まれている。分かりやすくいうと、最近「日本の若い人はキレやすい」と、よく言われているが、軍隊を経験したら多分この現象は絶対なくなると断言できる。みんな殺しの技を持つようになるから、お互いすぐキレる人間にならないのだ。
「徴兵制」ってどうする? (OhmyNews:オーマイニュース)

相互抑止論みたいな話だが、これ、ほぼ男対男に限定される話じゃないかな。韓国の徴兵制を扱った漫画、イ・ユジョン『軍バリ!』には超強い女性の兵士も出てきたけど徴兵は男子だけなので志願兵ですな。


『軍バリ!』の帯には「宮台真司絶賛」とか書かれていて、巻末には著者と宮台氏との対談まで載っているけど、そこで宮台氏は徴兵制のメリットについて語っていた。今手元にないのでうろ覚えだが、内容的には町山智浩氏の「暴論」と被るものだったと思う。

 また、国民皆兵制度は戦争のためだけにあるのではない。国民を作るためにあるのだ。人は国民として生まれてくるのではない。国だけでなく、未開の部族や宗教団体、一般の企業まで、人はグループの一員になるために通過儀礼(イニシエーション)を経る。通過儀礼臨死体験だ。バンジージャンプは、本来は成人式だ。人は儀式的に一度死んでグループの一員として生まれ変わる。
 通過儀礼は地域共同体や徒弟制度、宗教がそれぞれに行ってきたが、国民国家では学校と軍隊がそれを担当する。新兵訓練が理不尽なほど厳しいのは、心の中の子どもを切り捨てる儀式だからだ。戦後の日本では各企業が「社会人を作る役割」を担った。それらが崩壊した現在、大人になれない人間が増えたのは当たり前だ。
 徴兵しないのなら代わりの制度を確立しろ。でなきゃカルトやニートも増える一方だよ。
日米よ、徴兵制度を復活させよ (『論座』2008年1月号)

「暴論」と言っても思想的にはオーソドックスな話。でもベトナム戦争以降の現代的な軍隊のあり方には適合しない話だと思う。ハイテク化もそうだし反射神経で人を殺せるようになることを目的にする訓練方法の変化*1、それに戦争目的に国民的合意が得にくい情勢を考えると「一度死んでグループの一員として生まれ変わる」の「生まれ変わる」の部分が機能しないのではないかと思う。