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roadman2005の日記

2007-05-08

[] 系統樹思考の世界

 私は昔から地図が大好きで高校生の頃は図書館の大きな地球儀を傍らに置いて参照しながら地理の勉強をしたものだ。時事問題も地球儀の上にマップしながらフォローするとわかりやすかった。地図上での自分の立ち位置を常に意識していた。新しい土地に行けば地形上のランドマーク(丘とか海)をまず記憶に入れてから必要な場所の位置をマップする作業を無意識に行っているようだ。しかように地図とは単に見て覚えるだけではなく、常に身体のコンパスで自分の位置を測定して既存のマップに対応づけることで地図は生きたロードマップとなる。

 生命の歴史を学ぶための地図が系統樹だ。系統樹を導く方法論の専門家である三中信宏氏が顕した本書は私にとって眼から鱗の考えや、これまで無意識下にあった考え方を明確にしてくれた点でうれしい発見が満載の一冊だ。

系統樹思考の世界 (講談社現代新書)

系統樹思考の世界 (講談社現代新書)

系統樹思考は我々の本能だ

 生物の系統樹は生命が単一の祖先系統から多彩に分岐して多様化した過程を象徴するマップだ。この世にあふれる多様な事象を整理し体系づける事は現実の生活を生き抜くために必要な知恵だ。この多彩な事象が分岐した樹型の上に整理できる事は、世の中の複雑怪奇な事象の多くは時系列に沿った形でうまく理解ことを示している。

 我々は王家の家系、サラブレッドの系統、犬の品種、など親子関係の連鎖が次第に分岐した樹型を形作る事を知っている。著者は系図を使った分類方法が無生物におよぶ事を写本や棒(不幸)の手紙などを例にとって示した。系図に反映されることで我々は現在が過去の事象にどう連なっているかを知ることができる。系図は歴史のロードマップだ。そしてマップを探求することは人間の知的活動の本能だ。

アブダクション

 論理的な推論の方法としては理屈を組み立てて理論を構築する演繹法と、多数のデータを総合して論理を抽出する帰納法に分類されている。実験科学の現場ではこれらの思考法を意識することはなく、たいていは両者の間を行き来しつつ最も確からしい結論に到達するのが普通だ。

 しかし現代に得られる証拠を用いて過去の事象を辿る歴史学は、再現性によってその結論を検証できない。過去の事実を本当の意味で知ることは不可能なので推論をいくつか立てて最善の推論を選択する。進化系統樹の場合多数、現在の種の分化を説明しうる樹型パターンは数学的に導かれ、それら全てが推論に相当する。そして実際のデータと照らし合わせて各推論パターンをスコア付けすることで最良の推論を選択することになる。

 私はこの思考方法をアブダクションというとは知らなかったのでとても新鮮に思えた。しかし実験科学でもいろいろな仮説を立ててははずれたらまた次の仮説を用意してああでもない、こうでもないと苦労するのと根本的には変わりないのかな、と思う。

仮説としての系統樹

 系統学者は真実にできる限り近づく努力をしているが、系統樹導出の結論はあくまで推定であり新しいデータの出現で一夜にしてひっくり返る恐れを持っている。なので有名雑誌に「ネアンデルタール人は我々の祖先ではなかった!」とか、「鯨は牛に近かった!」なんて話がセンセーショナルに報じられる。自分としてはどうでもいい話なのだが系統フェチとしては二転三転する系統樹に一喜一憂するのが楽しいのだろう。

たかがツリー、されどツリー

 系統樹は生物学者の地図だ。地図は正確であればあるほどよい。ツリーの精度を増すことと、生物のフロンティアに新たな枝を探索する飽くなき探求が今も続けられている。ゲノムのマップの精度を上げる努力が今なお続いていることも根は同じだ。しかし地球の正確な地図があってもこの世界で起こっている政治・経済や政治問題を理解できるわけではない。理解の基盤が築かれるだけだ。正確な地図を書くことに生き甲斐を感じる人もいれば地図の上で展開される様々な営みにこそ興味をかき立てられる人もいよう。しかし私としては科学のエレガンスは地図の上にいかにして新たなコンセプトを築くかにかかっていると思うのだ。

ともあれ読むべし

 「発見的探索」というと言う手法の紹介がある。未開の荒野に足を踏み出す科学者は読んで損はない。巻末の文献リストや、カバー裏に隠された「セフィロトの樹」の図版も楽しい。お買い得の一冊。

 ☆☆☆

三中信宏氏のBlog

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