二浪の旅 放浪中

2010年02月26日(金)

早稲田に行けなかった

ニートになってしまった。今後、ニート日記を書くことにしよう

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2005年09月30日(金) 夢を隠す人々

日本人には夢や目標がないのか」

海外留学が増えている昨今、留学生を迎え入れる当地の学生学校関係者からこのようなことがよく言われているそうだ。中国インドなどの留学生は大きな目標や夢を持っている一方、なぜか多くの日本人にはそういうものがないらしい。

しかし、日本人はこれを聞いたら「まぁそうだろうな」と思うのではないか。俺はそう思った一人だ。すごく納得できるものがある。夢というのは所詮夢であって消えていく運命だと考えているのだ。そう、さすがに子供のころには夢があった。思い出してみると、アイドルになりたい、プロ野球選手になりたいというなんらかの夢があったのだ。しかし、それらはいつの間にか何事もなかったかのように人々は一切語らなくなる。そして夢を忘れ、なんとなく行った大学卒業し、一般企業に就職してあたりさわりのない人生を歩んでいるのだ。

やはり多くの日本人には夢がないのだ。しかも、それを強く自覚しているのだ。「え?夢なんてないよ」「青春だな」。夢はいつの日か過去の美しい思い出に変わるのだ。

しかし夢を捨てたとき、その代わりに、多くの人は「大人」という呼称を手に入れる。世間から認められその仲間入りを果たすのだ。多少乱暴ではあるが日本ではこのようなケースがごく一般的なのだ。

世間の存在

日本には「世間」という言葉が存在する。「世間のためにがんばりなさい」「世間体」。その意味は自分の身近にいる人たちのことをまとめてそう呼ぶことだったり、自分のいる学校会社のことだったり、国民全員のことだったり、と幅広いがその本当の意味とは何なのだろう。「世間」について研究する第一人者の阿部謹也氏によると、世間とは

個を持たない共同体

のことだそうだ。この言葉は日本独自のもので明治初頭に欧米文化を導入し近代化した時から言われるようになった(現代の意味のこと。昔はsocietyにあたる社会という言葉がなかったため、その代わりに世間という言葉が使われていた)。同時期に生まれた言葉「和魂洋才」。これは、日本の精神を忘れることなく西洋の文化を取り入れること。すなわち、共同の精神を忘れず個の制度を取り入れようという矛盾した言葉なのだ。しかし人々はその事にほとんど気づくことなく個人主義の到来を歓迎した。民主主義になり、学校へ行き、洋服を着る。これが個人主義なのだと信じて疑わなかったのだ。このとき個人主義の本質を知っていたのは知識人だけであり彼らはこの矛盾から「世間」の存在認識し、嘆いた。だが、結局このダブルスタンダードを受け入れざるを得なかった。

この矛盾、またはこの精神は日本に今だ強く伝統的に残っているのだ。集団から抜け出た存在は許さないという「出る杭は打たれる」。他者との軋轢をさけ、平和でさえあればいいという「事なかれ主義」。これらの言葉がその現実を如実に物語っているだろう。逆に、「能ある鷹は爪を隠す」など本当の実力者は決して個を出さない事を意味する正当化された言葉もある。子供でさえも少し世間を知ると学校テストがよくても「勉強してないよ」と言うようになる。

個、すなわち人格を積極的に否定していくのが世間なのだ。(ちなみに、その埋め合わせとして積極的に肯定する「建前」が生まれた)

微力な動き

ここから「世間のない社会」とは、人格を尊重しあい、集団ありきでなく個人ありきの積極的な行動ができる社会のことだといえる。だが、もちろん、今はそのような社会ではない。一人で物事を進めようとすることは愚かな事だと考え、そのような人を色眼鏡で見たり、場合によっては抹殺しようとさえする。まだ個人に力はないと考えているのだ。もちろん、現代の情報化社会恩恵により、さまざまな考えを聞く機会が得られ、おかしな現象などをより自覚できるようになり、つよく個を意識するようになってきてはいると思う。だが、精神に長く根付いてしまったものはそんな簡単に拭えるものではない。結局今、多くの方も、かの明治時代知識人と同じように嘆いているのだ。

だが、最近おかしな現象が起こっていることに気づく。たとえば若者を中心としたファッションの多様化だ。これまでは流行のものばかりが中心であったが、この頃「個性」を意識したファッションが目立つようになってきた。モラルの是非にまで飛び火するくらい奇抜なファッションもあったりする。そして、もうひとつはフリーターの増加。彼らは自分の夢のために就職をせず、比較的自由な時間を作れるフリーターを選ぶ。時に安泰の象徴でもある「学歴」さえ捨てて積極的に生きようとしている。

俺はこれらについて、どうしても彼らが個性を確立するために個性のアピールをし、また同時に「世間の否定」をしていると思わずにはいられない。もちろん、「ただ目先の利益におぼれてるだけだ」「まじめに働く意欲がないからだ」という意見があることは承知だし、実際そういうフリーターも多いとは思う。だが、積極的に生きようとしている人もそれと同じくらい多いはずだ。貧富の拡大、国の1000兆の借金、終身雇用の崩壊など人々の将来不安は留まるところを知らない。考えれば考えるほど悲観的になるばかりなのだ。なら、どうせ不安を拭えないのなら、せめて型にはまるのはやめて自分の生きたいように生きようじゃないか。と、このような考えが出てくるのは当然である。

考えてみると、悲劇的なこの社会情勢のなか、人格を持ちきれていないことを、ある程度自覚しつつ世間で生きているという状態は、日本歴史上初めての経験ではないだろうか。戦後はじめはまだまだ情報にも乏しく共同意識がまだ強く残っていたし、高度経済成長期からバブルの時も、この驚異的な成長が無限に続くという展望をみんなが持った自信あふれる時期で、個人という概念が入り込む余地はなかった(もっともこのときばかりはその必要がなかった。共同意識、実直さが無敵の武器だったのだ。日本の精神がもっとも発揮された時だろう。就職の自由も約束されていた、とにかくすごい時代である)。だとすると近い将来大きな変化がやってくる可能性があるかもしれない。つまり、日本明治以来の矛盾に今やっと立ち向かうための原点にたったような気がするのだ。厳密には、まだまだ微力なため到達していないかもしれないが限りなく原点に近いと思う。だが、問題はここからだ。

今だに根強い世間の力

「個性」を意識する人々が少しずつ増えてきた。それは完全な個人主義をつかむ為の第一歩であるように思う。個人的にはとてもすばらしいことだと考えている。しかし、だからといって手放しで喜べるわけではない。というのは、まだ多くの者が「世間」を知らないと思われるからだ。「世間の否定」をして積極的にいきていこうとする者にとって「世間」とはある種の敵である。彼らは世間から外れた生き方をするわけであり、そのせいでもしかすると世間から制裁を受けるかもしれないのだ。「世間」を知らないということは防具を持たずに戦いに挑むことに等しい。とてもそんな状態で生きていけるほど世間や世の中は甘くないだろう。だから「個」以前に「世間」についてよく知りあらゆるリスクを想定して、もしも最悪な事態が起こった場合でもそれを受け入れることができるかや、予防策があるかなどを考えることが大切だ。ここまで考えて初めてそれが防具となるのだ。これらを作り上げるのは知恵や見識だ。ちなみに武器は「個」であり、それは人によって知恵だったり技術、経験だったりする。つまり確実にいえることは「考える事、考える力」が何よりも重要であるということだ。


ますます悪くなる社会

実力主義の到来。数年前にこの言葉が大流行した。賛否両論あるなか、俺は個人の力が認められる時代だと賛成した。しかし、それはやはり虚構に過ぎなかった。企業はお得意の大学の生徒を中心にコネで雇用したり、世襲形式をやめることはなかった。今だ学歴社会が続いているのだ。

高卒はみんな変わり者」「大学院生理系は使いづらい」「専門学生は要領が悪い」「英検1級取得者はプライドが高い」。企業は扱いやすさ、すなわち自我のない者を最優先に、怠惰に実績のわかっている学校から大量に雇うことにより、個人の努力が報われない社会を作っている。もしかすると、一人にあらゆる仕事のポストにつかせる事を前提とするため多角的な視野、思考力を持った扱いやすい人、つまり高学歴な人間しか雇えないという内情があるのかもしれない。

だが、それが問題なのだ。技術は日に日に高度になっている。専門性が高度化すればするほどそのシステムにより企業自らの首を絞める可能性がある。専門分野を一から教えなければならないわけだ。そうなると人材育成、長期雇用が不可欠でありそれによる人件費は馬鹿にならないだろう。その負担を企業は背負えるのだろうか。

それよりもポストを限定してその専門知識をもつものを雇ったほうがリスクも少なく健全ではないだろうか。多角的思考力を持つ人も企業には必要不可欠だ。しかし専門分野までまかせる必要はないはずだ。日本企業はなぜか専門屋より何でも屋がすきな傾向があるがそれは究極には不可能である。両者がバランスよくいて、それぞれが協力しあったほうが合理的なはずだ。

国レベルの意識改革を!

「個」の芽生え。会社への誠意は今後「個」の意識と共に消えていくかもしれない。そうなれば今の状態では高度経済成長の時のような強固な団結力は期待できない。取り戻すためには、あらゆるものを抜本的に変えていかなければならないのだ。企業はまず今の時代にあった雇用システムに変える必要がある。それには国主導の改革が必要だろう。国はこれとともに明治初頭に忘れてきた精神的な「個」の確立を国民全員に促す必要がある。「世間」という伝統を消し去ることは至極難しいだと思うが何百年かかろうとも今から変える努力しなければならない。

個人が積極的に生きれる社会。夢の持てる社会。これが本来の社会のあるべき姿なのだから。

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2005年09月28日(水) 失われた3ヶ月

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ええ、バイトやめました。俺がやっていた居酒屋フリーター御用達の稼げるところだったんだけど、それゆえに必要以上に入れられることが多かったのでやめることにした。

いきさつは割愛するとして、これで俺はまた"学び"に時間を費やせるんだと思うとうれしさでいっぱいだ。やっぱり俺は勉強から楽しみを見出すことでしか生きられないのかもしれない。というとバイトがいかにくだらないものかを言っている様だがバイトにもそれなりの学びはある。今回にしても、人間関係厨房料理、要領などまだまだ未熟な俺にとってすごく勉強になったことは多い。だが、それも2ヶ月程度やると大方の事はわかっくる。するとあとは、ある種の単純労働になるのだ。オーダーを受けて料理を作り、皿を洗うというように。こうなると成長することが好きな俺にはお金のためというより時間つぶしのためのバイトに感じすごく退屈してしまう。バイトをしに行く時もいやな気分になってしまうのだ。でももうそんなこと思うこともないからいいが。

そんな退屈なことを恐れない能力がこの先生きていくためには必要なのかもしれない。そういういみで俺はまだまだ未熟だと思う。だけど、それをいそいで得る必要はないだろう。今はまだ、いろんな本を読んで見識を深める時期だと考えている。まだ土台もできていないときにバイトに明け暮れると、最悪その世界でしか生きられなくなる。フリーターを全うする。こんな感じか。まあ、そんな人がどれくらいいるのかは正直わからないが”フリーター観”から抜け出せなくなる人はかなり多い気がする。「○○すれば金がもらえる」「時給○○円」。こんな受身な仕事でいいのだろうか。個人的価値観によるものではある

俺は嫌だが。

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2005年09月05日(月) 久々に書く

もう書かなくなって1ヶ月近くが経ってしまった。実は、このブランクの間いろいろあってこのブログの体裁上すごく書きにくかった関係から時間はあったのに書かないという行動をしてしまっていた。少ないながらもこんな利己的な日記を読んでくれる人がいるのに、俺はなんか申し訳ないことをしたなぁと思う。ただ、それでも書かなかったわけだから客観的に見て弁解の余地はないだろう。

今後もこのブログは使って行きたいと思う。これまで書いてきたこと、そんな感じの内容をまただらだらと書いていけたらなぁと思っている。

いろいろ書きたくてなんにもかけないでいる現状だが、二浪を歩んでいる今、この今をなるべく赤裸々に書いていけたらと思う。そしてそれが有意義なものへと運んでくれたらと思う。

というわけで、ペースは落ちるかもしれないけどまたブログ再開します!

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2005年08月09日(火) 本当は書きたい

ブログ、久しぶりに書く気がする。これは不本意だ。バイトをやり始めてからネットをやる回数が激減したというのがある。生活パターンが変わってしまったわけだ。ただ、バイトもそんなにやっているわけではない。週2週3程度で1回7時間だ。

ネットの時間が減ったのはある意味無駄な利用をしていたりしたのでさほど気にしてはいないが、このブログを書く回数が減ってしまったのは少し反省しなければならない。このブログ日記でもあり日々思う戯言でもあり、つまり自分の思うがままに書いている。テーマこそ「受験」ではあるがあんまりその意味をなしていない気もするwまた自由気ままなだけに人が読むには多少読みづらさもありそうだ。ここらへんは、ネットで公開している以上、今後改善していかなければならないことではあるが、当本人はそれ以前に書く事自身に意義を感じているというのが正直なところだ。しかし、今はその書くことさえおろそかになっているのだ。

日々思うこと。そのすべてをなるだけ事細かに文字に起こしたいわけだ。そして、最終目標としてそれを当たり前にこなせるようになりたいのだ。そのためにはまず、ひとまず、書こうと思う。

明日から三日間はまたバイトなのだがw

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2005年08月03日(水) 和田秀樹本は参考程度

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What shall we do today? It seems a shame to waste a Saturday Afternoon in April,when it is just beginning to get warm,by staying inside. It isn't hot yet ,and you still need a jacket ,but you don't to wear a sweater under the jacket anymore. Winter is over and your body feels light and good because of the beginning of spring. Nature is waking up after a long sleep. The world is beginning to look green again instead of that tiremore winter grey and soon it will be time for the cherry to blossom.

英語の構文150」に載っているある小説の一節だ。簡単な英語だが上手な文章で頭にすんなり入ってくる。読んでいて心地よい文だ。

受験英語だとどうしても政治経済など社会的な事柄を主題にした文が多いが、そういった文はタメにはなるがあまり面白くはない。だから、そればかりを読んでいると飽きてきて勉強がダレてくる。そこで、上のような読みやすく、かつ楽しめる文を読むのだ。それによって勉強意欲の維持が保たれるのだ。

俺はつかみどころが少ない無味乾燥な文を長時間読み続けられるほど出来た人間じゃない。また、「なぜ英語勉強するのか」などと動機付けしたり、それに伴う勉強方法じゃないと勉強効率が下がる。「面白さ」を求めずに勉強をすることが出来ない人間なのだ。

もちろん、このような勉強受験においてとても効率の悪いやり方だということは重々承知しているが、これを変えようとは思わない。自分にとっては効率のいい方法なのだ。

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2005年07月29日(金) 写真日記 -後編-

いよいよ後編だ。前回、明日書く、といっておいて2日もずれてしまった。バイトが予想以上に疲れたのだ。今日もこの後深夜からある。これで連日バイトはひとまず終わる。その前に、この万博日記もすべて終わらしてしまおう。粗雑なところがあるがご了承願いたい。

陶器はよく、焼き物・瀬戸物といわれるがそれで有名な瀬戸市には海上の森という森林地帯がある。ここは名古屋という都市、または市街地の隣にあり車でも中心部から30分程度でつくのだが、これほど市街地化された場所の近くに大自然が残っているのは世界的に極めて珍しいそうだ。(だからこそ、住民はこの大自然を守ろうとこの自然を破壊する万博には強く反対していたわけだ。ちなみに、その成果として、愛知少年公園という昔からあった県内でも桁外れにでかい公園一帯をメイン会場にすることに変更して、森林の破壊は必要最小限に留まる事になった)

万博では、この貴重な大自然を満喫してもらおうと多くの森林体験ゾーンが設けられている。その一つがこの写真の千年の森だ。

木に巣箱がつけられている

子供たちの環境保護を訴えるメッセージが巣箱に書かれている。

この他としては、万博人気に一役かった「サツキとメイの家」などがある。

グローバルループのいたるところにたくさんのベンチが設けられている。

とにかく疲れるのだ。たしか1周するのに3キロ弱あったと思う。歩いて2,3時間もすればベンチの重要性に気付くはずだ。

幸い、いたるところにあるため混雑時によるベンチの不足もまずなさそうだ。

参加国の国旗。120カ国

街路灯。

階段。各パピリオンをつなぐ場所にある。造りは写真のとおり木造。この万博では道にあたるものはほとんど木で作られている。(土台はさすがに鉄筋でつくられている)

この木材について詳しくはわからないが、建築、木工製品の際に残った木材を使っている印象を受けた。少なくとも「新しい」という感じはしなかった。

赤十字館。中は時間がなくて入れなかった。

カナダ館。映像を駆使した内容だったがはっきり言って何がしたいのかわからなかった。期待していただけに残念だ。

話は変わるが、カナダワーキングホリデーを利用できる国だ。一度バンクーバーからトロントくらいの距離を観光してみたい。結構、現実的な夢でもある。

また面白いもの発見。長さ40cmを誇るソフトクリームのお出ましだ。ただ先端の角を引き伸ばしただけじゃないか、とは口が避けてもいえない。

こういうネタは面白いからいい。しかし600円は高すぎる。他にもピザが1000円とかラーメン1000円とか本当に高い。これにはほとんどの場合「ドリンク付き」と書かれ、それならそんな高くないか、と思わせてるところがあるがお金のない俺にはそれでも安くは感じなかった。

ただ、ディズニーランドや、USJよりはだいぶましではある。(比較するべきではないかもしれないが)

アマゾン館。展覧会のような内容となっている。

このようなかんじ。

適当にぶらついていても必ずどこかでイベントが行われている。写真は海外の大道芸人。ジャグリングをやっていた。

他にも、前編で紹介したスマップを歌うギターコンビストリートライブアコーディオンメロディーに乗せて軟体を披露する芸などいろいろあった。

こういうのはすごくいい。「また万博行こうかな」と思わせる要素の一つに入ると思う。パビリオンが楽しいかはおいておくとしても、小さなイベントは表には出ないが十分楽しめるものだ。俺は万博に行く前はパビリオンにばかり気をとられていたが、行ってみて、このことに気付いてから万博の印象が変った。

アメリカ館。俺の目の前に外国人カップル。

彼ら待ち時間の間ずっとじゃれあってた。キスもしていた。(もう、困るわーw)

ベンジャミン・フランクリンアメリカの礎を築いた偉人。アメリカ館は彼の人生をコンセプトに構成されている。

銅像

なんか、ブッシュメッセージが壁に掲載されていたが人の流れに負けて読むことができなかった。すまないブッシュ

アメリカ館のメインブース。6つの画面でリアル体験ができる。内容はベンジャミンフランクリンが見る「今」と「未来」。天国からベンジャミンが登場して、未来である「現代」にやってくる。

「私も今の時代に生まれたかったよ」と嘆くことによって観客に今の技術進歩のすごさを啓蒙する内容。

さすがは映画の本場アメリカ。どこのパピリオンも映像エンターテイメントが多いなか「見せる(魅せる)技術」はアメリカがトップクラス。見る価値あり

メインブースを出ると最後におまけとして衛星画像が展示されている。これは月のクレーター

火星の表面

出口手前に、なんとGMの次世代車、燃料電池自動車が展示されている。名前はAUTOnomy(オートノミー)

燃料電池車は自動車産業において環境保護を訴えることのできる究極の自動車だ。二酸化炭素排出ゼロ、公害ほぼゼロ。これが普及すれば新しい技術だけにパソコン業界マイクロソフトのような独占市場の形成もありえる。それだけに覇権争いは想像を絶するほどにすさまじい。

日本自動車メーカー、個人的にはマツダトヨタにはがんばってほしい。

休憩。午後3時半くらい。人工芝の設けられた休憩兼イベントスペースだ。俺は脚の疲れをできるだけとるため、大の字にして、といっても消極的に、横になった。曇り空こそいい気はしないが寝転がって時間をすごすのはすごく気持ちがいい。もうねよっかなぁ、と何度も思ったくらいだ。しかし、俺の一番重要な目的が果たせてなかったので思いとどまった。(本当は寝る余裕はあったのだがその余裕を通り越して巡回員に起こされるくらい寝てしまう自信(?)があったのだ。)

コンサート会場だ。楽器、機材等のセッティングがされているのがわかる

天井。

開演!

構成パートは、左からパーカッションベースキーボード(兼ハーモニカギター×2、コーラスボーカル)×2。ギターパーカッションのみの落ち着いた曲から始まる。

パコ・デ・ルシア。なんだろう、この余裕は。

ベーシスト。5弦ベースを使っていた。音のノリはよかったのだがミスが目立っていたのが惜しい。

リズム感あるブラッシング奏法がホール全体に響き渡る。なんて心地いいんだろう。観客はリズムメロディーをただなぞるだけでいい。何の不安もなく、聞き入ることができる。この安定感、尋常じゃない。

左、ハーモニカソロ。各パートが自己紹介の代わりにソロを弾いている。

これは最後のメンバー一礼。つまり閉演だ。この前に一回メンバー舞台から降りたが10分以上たってもやまないアンコールに、ついに再登場。アンコールは今まで経験してきた中でも少し違う感じがした。外国人観客がいるからだと思われる。だが、そんな観客全体のノリは自分にとってすごく新鮮でその後の演奏にもいい影響を受けた。1年ぶりくらいにテンションがあがった。

今日来て良かった事を確信した。

こいつかっこよすぎる、と思った。この人、もう60間近の人だ。おじいちゃんと呼ばれ始めるころだ。実際の彼の孫(いるかどうかはわからない)にはそう呼ばれているのだろうか。

この、歳に踊らされない”かっこよさ”は誰もが惚れるかっこよさだろう。俺にも分けてほしい。

閉演直後の会場の様子。3000人の観客は大方満足して帰って言った様子。俺も満足

さて、帰路に向かう。会場はグローバルループの真ん中、いわばマラソンでいう折り返し地点なのでゲートに戻るには1キロ強の距離がある。また歩くのだ。

途中で人だかりが見えてくる。なんだろうと思ってみんなが見る池の方へ視線を移すと、なにやら光のナイトショーなるものがそれらしきBGMとともに始まっていた。これも自分にとっては意外だった。万博はこんなこともやっているようだ。

結局、俺は写真に収めるだけの時間堪能した。コンサート目的だったし、一人なのでこちらのほうには気分が乗らなかったのだ。

万博夜景。結構きれいだ。

万博感想としては、思っていた以上に楽しめた。開幕時はメディア各局、各誌、そこらじゅうで特集が組まれて映像によるヴァーチャル万博散歩雑誌による万博情報などが否が応でも頭に入ってきた。そのときの第一印象は決していいものではなった。「コンセプトがあいまいでなんか中途半端だな」という感じだ。しかし、それは自分があまりにも「万博」という固定観念に執着していたせいだったことに実際に行ってから気付いた。

技術の誇示の場としての万博過去のものだ。これからの万博は「人間の相互理解」をテーマに含めて国際理解の貢献に一役買う存在にしていくべきだというのは俺の最終的な意見だ。今回の愛知万博は計画不足によりところどころで粗が見えたのは否めないが、逆にこれにより見えてきたものも多い。それを次の上海万博、それ以降の万博に活かしていければもっと面白く有意義なものになるはずだ。これからの万博も、いや、これからの万博こそ大いに期待したい。

komikirakomikira 2005/07/30 00:07 スペインのコンサート行けば楽しめたのかあ。暑さのため整理券取りに行くの断念してしまいました。

毛玉毛玉 2005/07/30 07:57 万博面白そうすね。
あんまり興味なかったんですけどこれみて行きたくなりましたよ。
深夜のバイトしてるんですか?
やっぱ大変でしょうね。勉強大丈夫すか?

rockrock 2005/08/03 20:27 >komikira
楽しめましたよ。あの日は湿気が多かったですね。

>毛玉さん
そうですね。自分も百聞は一見にしかずというものを経験してしまいました。ただTDLやISJの感覚で行くと幻滅するかもしれません。趣旨も違えば楽しみ方もまったく違いますからね。

夜型人間なんで深夜バイトを多く入れてます。やっと慣れてきてバイト自体はやりやすくなってきました。ただ、ご指摘どおり、勉強です。少し勉強時間が減りました。本を読む時間も減ってしまいました。これまでの完全自由な生活から計画的な生活に変えていかないとやばいですw

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2005年07月26日(火) 写真日記 -前編-

なんだかんだで万博行ってきた。書きたいことは山ほどあるが、店長のミスでバイトが今日入れて4日連続で入らされることになったので時間がそれほどない。というわけで、前編、後編にわけて写真日記を書く(貼る?)ことにした。

リニモから降りて万博東ゲートに到着。リニモ地下鉄に乗っている自分としては無音に感じた。乗り心地もすごくいい。近隣住民うらやましい。

写真では人が少なそうに思えるが実際はすごく多かった。改札通るのに40分を要した。

風車発見!どっかのパビリオン(もうわすれたw)

万博プール

子供たちが楽しそうに水遊びしている。本当にプールがあるのだ。たしか、森体験ゾーンというところだったと思う。あそんでいる子供もすごく多い。

プールかよ、と頭の中で突っ込んでしまった。

IMTS。無人走行バス。この日は乗らなかった


資源大国ブルネイ世界一裕福な国といわれているところ。たしか、医療無料で、大半が公務員で一家で車二台所有が当たり前という国だったはず。

王宮。そして国王も世界一金持ち。資源のある限り無敵な国(裏を返せば・・・いや、やめておこう)

パビリオン自体はやる気が感じられなかった。上のように王宮自慢と天然ガスを供給しているという宣伝がメイン。

イベント。東南アジア系の人たちがギターでさまざまな曲を披露。俺が通ったときはスマップの世界でひとつだけの花を歌っていた。そこそこ盛り上がっていた様子(個人的にあの歌は嫌いなので写真だけ収めといた。)

オーストラリア

大カモシカ。子供に乗られている。本望?

コアラ。べただがかわいい

メイングッズ。だが、俺はコアラ

これには笑った。写真では見づらいかもしれないが、売り場の側面の赤紙に「ここから出すぞー!3億円」と書かれている。なんだかなぁwしかも2店舗以上はある。

ロゴが違う。

エコサークルK万博限定店だった。といっても中身は普通の店とまったく一緒。ただ、回転率はすさまじかった。


グローバルトラム。メインロードたるグローバルループを回ってくれる乗り物。これは別途大人500円するのだが結構使える。というよりそれくらい歩かされるのだ。俺は意地を張って使わなかった。

帰宅後、足が痛くなったw

企業パビリオン日立

企業パビリオンは込むと思って一切行かなかった。だから外観のみ。このあとのライブの時、隣にいた人たちがしゃべっていたセリフ

トヨタで3時間かかったしまいましたよ」

「それくらいかかるよねぇ。私は幸い、トヨタ日立を3時間半で見られましたけどね。」

「うらやらましぃわぁ」

・・・。絶句した。

建物に滝を作ってしまった日立。これは、写真ではまったく感じないだろうが、結構迫力、威圧感がある。

東芝

トヨタ

企業パビリオンは行かなくてよかったかも。

続きは明日。

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2005年07月24日(日) 少なすぎる・・・・

今月の給料明細をもらった。よくみてみる。・・・・これは何かのまちがいか、それともこの数字は16進数でかかれているのか。

えぇ、約6000円だったw

(研修期間150円マイナス+二回分だから間違ってはいないんだが)

[]スーパーギタリスト来日!

http://www.expo2005.or.jp/jp/D0/D4/detail/detail_DO0725OB99901.html

愛知万博に行きたい。激しく行きたいのだ。スペインを代表するフラメンコギター奏者パコ・デ・ルシアコンサートが明日、万博ドームで開かれるのだ。こんな機会はまずない。

フラメンコギターといえばアル・ディ・メオラパコ・デ・ルシア、と自分の中で定義されている。パコははっきりとわかる音の輪郭と音の粒を当たり前のように出す。これが彼のすごいところだ。もちろんこの当たり前さは常人には不可能なものだ。ギターで音を出すことは誰でも出来る。しかし普通の人が音楽の流れのなかで輪郭をあいまいにさせずに弾こうとすれば、たいていピッチがずれる。ピッチがずれれば音は不快に感じるし、不安定な旋律になる。これはプロでさえある程度はあるものだ。だが、それをやってしまうのがパコであって、彼はプロの中のプロといえる。

話はとぶが、こういう真のプロがいるからこそフラメンコというスペイン伝統音楽が正当に(文化だから盲目的に、国家利益のために、ではなく)受け継がれているんだと強く感じる。今回の万博のイベントもナショナルデーという企画でパコは国から呼ばれて行われる。「スペインといえばフラメンコ」というのは誰も異論がない。これは考えてみると、スペインの人々がフラメンコを心から愛しているという気持ちが外国の人にもはっきりと伝わっているからとも言える。とてもすばらしいことだ。

さて、どうしたらいけるのだろうか。先ほど6000円の給料が入ったといったが、これだけでは足りないし、それ以前に25日に入るという保障がない。「銀行振込先聞くの遅れたからもしかしたら振り込みも遅れるかも」と店長にいわれたのだ。もし振り込まれてなければほとんどの確立でいけなくなる。所持金は4000円足らず。親に借りるという方法もあるが、この時期に「万博いくからお金かして」なんていいづらいわけだ。

・・・でも行きたい。最近ライブの類に全然行っていないので今回こそは行きたい。

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2005年07月23日(土) 白い物体との出会い

それは車の免許がとれた友人とその念願に夜、冬の海を見に行ったときのことだ。干潮のため見える雑然とした浜辺と時化が、闇につつまれてより一層、空恐ろしいオーラを放つ中、それを堪能した俺らは市街地へと帰ろうとしていた。帰りは行きとは別のルートを使い、田んぼに家屋がとけこんだ田舎の風景を先ほどとは違う感覚で見て楽しんでいた。

しばらくは、そんな風に全員黙って個々で楽しんでいたが、しだいにその風景から非日常性を見つけてはそれを他のみんなに報告してその度合いを競うようになった。

「おい!この看板トヨタの旧ロゴマークだ」「まてまて、こっちは伝統的な傘職人の家だ」もう、なんでもよかった。この競争は、珍しいものを見つけて、いかにみんなから同意が得られるかなので、そこに重点をおき一切制限はかけなかった。だから結果的には、色落ちした看板、剥げて何も見えない看板、焼き物の家、水上バイクを3台所有する家、と亜種はいくらでもでてきた。

だが、いつまでも続かなかった。ある程度までいくと、やはり二番煎じが続き、亜種も増えて、というよりそれだけになり、面白みがなくなってきたのだ。それでも、最後の最後まで粘ろうとそれぞれが努力していたが、次第に当初の大きかった声のぶつかり合いが病院での会話程度になり、そして、あとは耳を澄ます必要性を待つのみの状況となった。

俺はみんなよりいち早くそのことを察知し、かなりの消極的姿勢をとり始めていた。ある程度楽しめたし、このあと夜食を食べることが決まっていたのでここらへんで一休みしたかったというのもある。運のいいことに助手席に座っていたおかげで、仮眠の環境が誰よりもいい。これに途中で気づいた時、シートを倒して寝ることに決めた。そうすればおまけにオリオン座が車の屋根のせいで下半分だけしか見えない歯がゆさをもれなく解消できるはずだった。

だが、物体はそうはさせなかった

キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

後部座席から二波の大音量。力の抜けきった俺の体に電気が走った。心臓ははちきれそうになり、また、ダッシュボードに足が当たって激痛が走った。すぐさま「お前ら、うるせーよ」と怒号を飛ばすため後ろを向こうとした。

その瞬間だった。俺は、やはり後追いで彼らと同じセリフを叫んでいた。フロントガラス越しに見える大きな物体。国旗掲揚でよくみる長いポールを何倍何十倍に大きくした巨大な柱。その柱の一番上についた回転する三枚の羽と明滅する赤い光。風車が見えたのだ。

風車だ!

媒体でしか見たことがない強烈な非日常性。まさか、こんなところにあるなんて、という驚き。タイミング。港につくられた人口浜とそびえたつ風車のダイナミック、かつ、やすらぎのある風景。それらすべてに衝撃受け、上限のない高揚を味わった。

硬くいえば風力発電。だが、これほどロマンを感じるものは他にないんじゃないか。と風車の周りを何度も歩きながらそんなことを思っていた。そういえば、冬の海はどこへやら。この日の思い出は風車の思い出として強く記憶に残りつづけたのだった。

このあとネットで調べてわかったことだが、今回見つけたこの風車一年前くらいに出来た新しいもので、ちょうど今開催されている愛知万博の電力を賄っているらしい。閉幕後は電力会社に電気を売って地元に還元されるそうだ。

本当にあなどれない風力発電。それは知れば知るほどそう思う。近いうちにこのことをまとめたいと思っている。ひとまず風車はロマンを兼ねそろえた次世代を担う存在であることを強く俺は言っておきたい。

万博もいいけど、一生に一度は風車を見よう!

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2005年07月20日(水) 気になった

「尿素」という言葉をご存知だろうか。俺はまったく知らなかった。だが、なんかたまに出てくるこの言葉。なんか不気味なので今日はこの意味深な言葉を調べてみた。(俺だけかw)

早速、辞書をひいてみると、尿素・窒素を含む有機化合物、と書いてありそれ以降もたんぱく質代謝の最終生成物で、哺乳類やカメ・カエル・サメなどの尿中に多いと続く。この時点で「あやしくはないな」と一安心した。哺乳類の尿に多く含まれているだけらしい。しかも、たんぱく質を分解して最後に残った成分だ。ここまでくれば一要素にすぎない。排泄物というイメージで考えるのは間違いだろう。(そもそも尿にしたって無害だ)

分子式はCO(NH2)2らしい。集めた情報によると尿素は二酸化炭素CO2とアンモニアNH3から作られるとのこと。でもアンモニアは気になる。これは人体に有害なはずだ。でもNH2と書かれてある。オゾンO3は有害だが酸素02は無害というようにこれも無害と考えればいいのか。正直、化学はほとんどわからない。でも結局、分解すればHが水素、Nが窒素、Cが炭素、Oが酸素。すべて自分のすぐ隣に存在するものだ。もう完全に安心だろうw(たぶん、本質を理解してないのだろうがめどくさくなった)

ところで、ネットで調べてみると女性に馴染みがあることに気づく。この尿素、化粧品に良く使われているのだ。どうやら保湿作用があるらしい。女性のほうがこの疑問にいち早く気づいていたのかもしれない。そういえば、化粧品シャンプー石油が使われているというのは良く聞く話だが、これとまったく一緒の話だ。一成分が使われているというだけの話だ。それを心配するのは杞憂というわけだ。(だが、量産されているシャンプーに使われている合成界面活性剤は結構危険だ。石鹸の600〜1000倍の洗浄力があり、シャンプーを使ったねずみの実験でははげ頭になったそうだ。そして人間もさすがに耐えられないという見方が強い。(ちなみに環境的にも最悪)そういえば、昔の禿げた人を聞いたことが無い。やはり最近になってみんなハゲて来たのだろうか。そうだとしたら恐ろしい話だ)

ももんがももんが 2005/07/20 22:53 私は、全身無添加石鹸に変えましたよ
一個200円〜 なのでコスト面を考えてもおすすめです
環境に良くないものは、体に良いはずありませんもんね

rockrock 2005/07/22 15:17 おぉ、体にやさしいですねぇwでも逆にいえば普通なんですよね。ボディーソープというものが流行り、そしていつのまにか一般的になりましたが、石鹸が自然の界面活性剤とかそういう余計な知識の無かった時でも「なんで石鹸じゃだめなんだろう」と漠然と思っていました。決して、石鹸が力不足とは感じませんからね。

「石鹸を選ぼうが、ボディーソープを選ぼうが自由」
原則はそうだとしても、環境にも人にも強いダメージを与えている以上政府も消費者もこの事実に対して真剣に考えないといけませんね。

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2005年07月18日(月) 世間との距離を自覚した日

今日は月曜日だ。9時ごろ目がさめ、習慣になった忍び足で床のきしみ音をへらしながら、2階の自室から1階のリビングへと階段を下りていった。

「ん?何かが違う」

俺は1階についたときそう思った。

特に匂いが変だ。そして何かオーラを感じる。とにかく、この違和感を明らかにするため、さらに廊下を進みリビングのドアを開けた。するとそこには、いつもなら8時半に家を出て行くはずの親父がタバコを吸っている姿があった。

「え、なんでおんの?」

「は、海の日だ!」

・・・。俺はそのとき初めて今日が休みであることに気づいたのだった。-終-

これぞ浪人特有の休日感覚鈍化症候群だ。俺だけではないはずw

[]畠山爽快講義の使い方

この参考書、結構雑に使っていたりする。適当に開いた項目をその日の日課にするという極めて粗雑なやり方だ。しかし、そんなやり方ができてしまうのも政経だからこそだ。といっても、適当なのは最初だけだ。内容にとりかかれば意味不明なところ一つ一つわかるまで調べ上げていく。丁寧すぎるほどにだ。

この参考書は復習のことも考慮してあるため初学用としては少しとっつきにくい点があるのは否めない。だが、この一冊で政経完璧にしようとはまったく思っていない俺にとってはむしろこれくらいの構成のほうがやりやすい。読み進めると「少し不可解だなぁ」と感じるところが2、3箇所は必ずあるのだが、その2,3箇所という適度な不可解さが非常に心地いいのだ。そんなわけで二浪が決定した直後に購入して以来ずっと使っている。


政経は俺の大好きなネットをフル活用できるから好きだ。ほしい情報が見つからないということはまずない。やろうとおもえばパソコン勉強を完結させることも可能だ。(もちろん、そんな非効率なことはやらないが)

また、政治経済は生きた分野だから「今」を学べるという点もいい。今を学ぶということは、言い換えれば、変化を捕らえることだ。そして、俺は変化するものが好きだ。とことん自分に合ってる教科なのだ。

lionxplionxp 2005/07/21 19:44 私も最初政治経済が好きで良く勉強してましたが、今を知ると次第に過去も知りたくなってしまって世界史に転向しました・・・。
今を捉える上で過去を学ぶ事も必須なのでしょうね。

rockrock 2005/07/22 14:46 なるほど。その気持ちよくわかりますよ。実は、自分も高校生のとき世界史やってました。特にローマや古代ギリシアに興味が湧いてそれにかんするいろんな本を読みました。映画なんかも、ローマンエンパイヤ、グラディエーター、トロイとかはとにかくその時代を理解したかったので結構見てました。ちなみに、トロイは早稲田受験の時に泊まっていたホテルのテレビの映画プログラムに入ってて時間の合間に見まくってました。5回はみたかもw映画的にはそこまでいい作品ではないのですが・・・。それでも映像で理解できるのは良かったです。その後、ギリシアの本を読んだら格段に読みやすくなってました。

実用性としても、特に近代以降は今の社会、政治問題などを考える上で絶対必要なってきますからね

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2005年07月17日(日) 借金は必ず返すべきだ!

[]やっぱりBOOK OFFは神だ!

最近はもっぱら併読になってきた。環境保護関連の本を少し前まで中心に読んでいたが、途中で経済日本悲観論などに興味を引かれ、気づいたら全部を同時に読んでいたのだ。でもこっちの方が一つの本に集中するよりいいことに気づいた。ある程度の区切りでほかの本に切り替えるのはメリハリができて頭に記憶が残りやすい。ダラダラと読まなくてすむのだ。

ただ積読リスクが大いにあるのは否めない。この前、BOOK OFFに行ったのだが興味のある本がたくさんあったので数冊買ってしまった。読まない本も多少はありそうだ。

「なら買うなよ」といわれそうだが値段の安さを前に、俺の場合それは出来ないのだ。ほしい本、ほしい本、どれも105円で買えてしまう。10冊買ってもたったの1050円だ。だから結果的に2、3冊読まない本があったとしても個人的には問題はない。むしろ、読まないかもしれないと分かっていたとしてもほしいものはとりあえず買っておきたいのだ。つまり、せっかく興味のわいた本をお金がもったいないとあきらめてしまうのは、むしろそのことが本質的にもったいないと思うのだ。知識が増えて困ることはない。だからどんどん今興味のある分野をどんどん知っておきたいのだ。

しかし、貧乏人にこんな贅沢な買い方が出来るのはすごいと思う。中古といういわくつきにさえ満足出来れば本はものすごく安く買えるのだ。また金銭面についていえば、無料にすることだってできる。図書館を利用すればいいのだ。本という物自体がいらないのならこれを利用しないてはない

だが、著者に申し訳ない気がしないでもない。普通、本を読むのならその対価を払わなければならないだろう。つまり著者にお金を払う必要あるだろう。そうでないと、著者はタダで読まれたことになるからだ。本に値段という価値がつけられてある以上タダで読むのは万引きと同じようなものだ。それを俺は地で行ってるのである。

著者に「申し訳ないけどあなたの本“タダ”で読んでますよ」なんて言ったらなんて言い返されるのだろうか。人によって違うだろうが想像では、殴られる、金を請求される、感想を言わされる、読んだことを喜ばれる、人生に活かせと励まされる、とこんな感じだろうか。

まず、殴られる。これは理不尽だ。俺は世に従い正当な方法で著者の本を読んだにすぎない。殴られる覚えなどないのだ。もしかすると、タダで読まれたこと以上に、悪意に満ちた俺のこの発言にかっとなったのかもしれないが、どちらにしても暴力言語道断だ。(確かに、自分が著者なら気持ちはわかるがw)

金を請求される。これはもう潔く払うしかない。悪い本の著者なら最悪だ。しかし逆にいい著者ならむしろ定価の額を数倍上積みしたいくらいかもしれない。

感想を言わされる。これはこちら読者としても喜んで言わせてもらおうと思う。書き手としても読み手の感想は非常に気になるものだろう。両者ともプラスだ。

読んだことを喜ばれる。これは読者は至れり尽くせりだろう。タダで読めたうえにそのことに喜んでもらえるのだ。ただ、それゆえ少し怖い。

人生に活かせと励まされる。これはプレッシャーだ。「タダで良いよ。そのかわり俺の努力無駄にするな」と言っているようなものだ。でも、個人的には好印象w

以上だが、ここから結論。タダほど怖いものはない、ということだ。俺はとにかくそう思いたいし、そういいたい。またみんなもそう思うべきだ。世の中は性悪説で動いている。これが正確かどうかは問題ではない。そう考えて人生行動したほうがいいのだ。

俺は、多くの本を読んでいる以上、本をタダで読める社会感謝しなければならないと同時にその対価を払わなければならない。今、俺は見えない借金をしているのだ。それをいずれ返済しなければならない。著者へ、社会へ、親へ。

最近、そんなプレッシャばかりだ。

だが、返すつもりはある。

ある意味破産しそうだがw

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2005年07月13日(水) 朝焼け

また、家から。窓ガラスの汚れが最悪w

やっぱ朝日は良い!人生一度くらい岬で見てみたい。

毛玉毛玉 2005/07/15 00:00 人が撮った写真を見るのが結構好きなんでこういうのイイって思いますよ。
いや良いですねー!!

rockrock 2005/07/15 12:14 いいよね!別に記者ってわけじゃないけど「とらなきゃ」って思わせるものがあると必ず撮ってるね。これからもじゃんじゃんUPしていくよ。

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2005年07月11日(月) 日進月歩

[]

店長が早くも交代し、俺にとって今日はその一日目だった。だがその新店長の姿はなく、結局今日はその次にその店を取り仕切っているベテランバイトの人と残る二人で店を切り盛りした。店長がどんな人なのかすごく気になった。ベテランの人いわく「前の店長と感じは一緒だよ。全然気難しい人じゃない」といってたが。(前の店長はすごく気さくで若者オーラの出ているすごく接しやすい人だった。)

話がとぶが、正直この交代はあまりうれしくなかった。まだ3回しか働いてない俺は、覚えるべき仕事の3分の1の過程も満たないで代わられたことになるわけだ。これはすごく気分が悪い。店長が良いか悪いかは実際にあってみればわかることなのでそこは若干の不安だけに留まっているが、教わっている途中っていうのだけは腑に落ちない。研修生に一通り教えてから交代するべきだと思うのだ。もちろん、社員の入れ替わりの激しいチェーン店なのでそこはある程度しかたのないものではある。だが、それならそれで1週間、いや、せいぜい2週間前にはそのことを教えてほしかった。それなら俺にも「じゃあ今のうちにたくさん入っておきます」といろいろ調整がつけられたわけだから。ただ、実は前の店長を責めることはできない。というのも、その店長自身も三日前に交代を本部からつげられたのだ。だからこの愚痴本部に向けたものとしておく。


いきなりですか!


今日のバイトは今までで一番暇だった。だが、覚えることの多い日でもあった。教わっていたタメの人から近々やめると密かに告げられ「その前に君にほとんど覚えてもらわないとやめるにやめれない」という理由で徹底的に教え込まれたのだ。それで結果的には全オーダーの8割はこなしたと思う。まぁ、とはいっても数字のインパクトほどたいしたことはないが。さっきも言ったとおり暇だったわけで、オーダー自体が非常に少なかったのだ。今までの1回の覚える量が1だったとしたら今回は1.5くらいだろう。

具体的に言うと、今つとめるキッチンには揚げ場、焼き場、刺し場、厨房という4つの役割があり、俺はまず過去の3回でその揚げ場をほぼこなすことが出来るようになった。それで今回も揚げ場がメインでそれに焼き場のレシピを少し見て雰囲気をつかむ事が加わるだけだった、本来ならば。

しかし、実際はなんと揚げ場、焼き場、差し場、厨房をいきなり全部やらされたのだ。社員がいないのをいいことに、どんどん俺に教え込もうとしたわけだ。別に嫌だったわけではない。でも、そう来ましたかとはおもったw。今考えれば、オーダーが少なくて本当に良かったと思う。これが多かったら何もかが中途半端になってただろう。時間があり、一品一品をゆっくり教えてもらいながらだったのでキッチンの役割全部をこなせたのだ。今日は運が良かったのかもしれない。


慣れが最大の目標


バイトは終始こんな感じだったわけだが、雰囲気に若干違和感があった。店長がいなかったのが主な要因だ。バイトの人だけでやったのは初めてだった。そのおかげでベテランのいわば店長の代理人にあたる人と初めてまともに話せたので結果的には良かった。

それにしてもこのバイトは、結構気さくな人が多くてやりやすいなぁ、と今日改めてそう思った。まだ全従業員の3分の1くらいにしか会ってないから断言はできないのだが、シフト表を見る限りその3分の1の彼らがほとんど主力を務めているようなのでそう思っておいてもさほど問題はないだろう。またバイト自体に関しても時給は高いし、自分で決められるシフト制。いくらでも融通が利くのが良い。場所が遠いのが玉にキズだが、そのおかげで移動中に音楽を存分に楽しめるというプラス思考は俺の頭の中でなんの異議を唱えられることなくあり続けている。とりあえずは満足しているのだ。


慣れない日本のしきたり


ただ、不満がないわけではない。たとえば退勤事情が厄介なのだ。今回も前回もそうだったのだが、退勤は勤務時間を過ぎたとしても責任者の声なしでは出来ない。つまり帰るには、ひたすら「あがっても良いよ」という声を待ち続けなければならないのだ。仕事がひと段落ついたからといって帰れるわけではないのだ。これはおかしいだろう。

「それ、責任者が言うことだから」

これは俺が勤務時間が過ぎたことに気づき、あがってもいいか何気なくバイトの人に聞いたときに言われたことだ。正直、ぞっとした。聞くことさえ許されないらしい。別に帰ると言ってる訳ではなく、帰宅の了承を尋ねたいだけだ。だが、それさえご法度らしいのだ。これはいくらなんでも常軌を逸していないか。

いや、違う。それはむしろ俺のほうかもしれない。日本ではそういう変な気遣いが伝統的に行われてたりする。たとえば、多くの企業では「有給休暇とっていいですか」「帰ってもいいですか」なんていえる社員はあまりいないだろう(厳密には、社員は言わないのではなく言えないのだ。もっといえば会社がそうはいわせないのだ。)。それと同じだ。他に働いている人がいるのに、自分だけ休むのは迷惑だ、露骨に帰ると主張するのはデリカシーがないし失礼だ。そんな感じだろう。それが日本のしきたりであり、また美徳ともいわれているのだ。だが、俺はそんなしきたりが嫌いだ。こういうことが起こるたびにストレスがたまるのだ。

なぜ我慢しなければならないのだろう。俺は納得できない。

それでもアルバイトはまだいい。不満ならとっととやめればいいのだから。しかし、会社はそうはいかないだろう。組織のそれは非常に根深い。

まぁ、大げさに書きすぎたかもしれない。バイトのほうも実際許容できる範囲だ。それでもいいたかったのは自分は自分のために働いているということを改めて認識しておきたかったからかもしれない。ちなみにその後、やっぱり責任者に聞いてみた。「帰っていいよ」との返答。もう即答だった。そんなもんだろう。聞きたい事は極力聞くべきなのだ。

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2005年07月10日(日) 実体のない大雨

なことはない。天気予報では大雨との予報だったが実際はその逆、晴天だった。結局夕方からはまた曇り始めていつ雨が降ってもおかしくない状態に戻ってしまったが、むしろ今はどんどん降ってくれたほうがうれしいかもしれない。水不足が心配なのだ。まぁ、そういいつつも明日はバイトがあるので夕方にはやんでほしいのだがw

最近、日記が思うように捗らない。書きたいことは山ほどあるが、それをうまく文章にできないのだ。無理に書こうとするとどうしても抽象的なものになってしまう。これでは書いている意味がないだろう。文才はないがはっきりと自分の思うことを書いていきたい。なんとかならないだろうか。

どうであれもっと本を読む必要はありそうだ。そういえば最近、メディア論ばかり読んでるがどの本も必ずといっていいほどメディアリテラシー重要性が説かれている。俺も身につけたいとは思うがこういうのは大学へ入ってからのほうがいいのだろうか。市場にもいろいろ出回っているしネットでもそういう系統は結構あるのだが。

[]

ニュースがまちがった日―高校生が追った松本サリン事件報道、そして十年

林 直哉 (著), 松本美須々ヶ丘高校放送部 (著)

なんかネットでこんな本を見つけた。内容はタイトル通りの大方が想像できるものだろうが、高校生が書いたというところにちょっとした興味がある。高校放送部がメディアを取材するという内容らしい。みつけたとき「うわ、これは斬新だ」と思ってしまった。というわけで買いたいのだが、これ恐ろしく高い。税込みで1,890円だ。ペーパーバックスが二冊も買えてしまう値段だ。無料で読みたくても、運が悪く近くの図書館も中央図書館も貸し出し中だから読めない。まぁ本来、面白い限りは何円だしても読みたいたちだが立ち読みなしでは悩んでしまう。まぁ給料日までに考えておこう。

この本、内容も知らずして語るのは無責任かもしれないが、こういうことをさせてくれる学校というのは個人的に評価できる。というより、最近の学校は世間の目ばかりを気にして臆病になりすぎている。それが最悪の形では、規則というもので徹底的に生徒を縛って健全で自主的な行動に制限をかけている。まさに俺が行ってた学校なんかがそうだ。

はっきりいってそんな学校に価値はない。俺はそれだけでもその学校選択肢からはずすし、もし俺に子供がいたとしたらそんな学校には絶対行かせない。学校は考える力を養う場所であり、世間を知る場所であり、人脈を広げる場所である。これらすべては自主的に行うものだ。誰かに強制されるものではない。それゆえに学校という人格形成に大きな影響を与えるところが閉鎖的で受け身な行動しかできなくさせてるのは本質的に間違っている。それでは勉強も嫌いになるし夢も希望も持てなくなるだろう。学校のための学校なんてあってはならない。

良いものと悪いもの

閉鎖的な学校は、外の意見をまったく取り入れないにもかかわらず世間の目を異常に気にするという大きな矛盾を抱えている。運営陣の絶対潰れないという安心と怠慢、そして彼ら自身の社会的地位への執着がこのような滅茶苦茶な体質を生んだのだろう。当然、学生のことなどまったく考えていない。これでは愛校心など芽生えるはずもない

一方で、いい学校は内外問わずあらゆる人に親しまれているという確信的傾向がある。このような学校はたいてい学生や世間の意見を聞きながら運営していたりする。かくして、学生も活気があり学校の評価をあげている。そしていうまでもなく、多くの学生が愛校心をもっている。

同じ学校でも性質は雲泥の差だ。怠慢と努力。束縛と自由。政府と民間・・・これはちがうか。でもおそろしく似ている。

学校とは何か

勉強は自主的にするもの。そう、自主性。やはり学校においてもこの自主性というのが大きなキーワードになってくると俺は思う。たとえば、小学校ではとことん遊び、中学校では興味のあるもの見つけ、高校ではそれを追求する。大学は必要に応じてさらなる追求のため利用するなどする。年齢や段階に応じた自主的な学びをするのだ。

しかし、そのためには学校側にそのキッカケや環境づくりが提供されている必要がある。とりわけ若い(幼い)学生の自主的な活動は学校の協力なしでは良いものにならない場合が多い。協力なしではどうなるか。おそらく、何も出来ないだろう。彼らはわからないことがわからない。成長途上ゆえに最低限の思考や基準さえ持っていないのだ。だから「野球をやりたい」と思ってもルールの重要性はおろか、バットの振り方やボールの投げ方さえわからないのだ。

それでは育つはずがない。この場合、学校野球のことを教えてあげるべきだ。具体的には、体育の教師が教えてあげればいい。「体育に野球カリキュラムはない」というのであれば親が教えてあげればいい。(そんな教師がいないことを望むが。)まず、ルールブックを提供する。もし理解できない箇所があればわかりやすく教えてあげる。ボールの投げ方、バットの振り方は実地で監督する。また、試合に勝つためにはチームの団結と目標の設定が必要など、戦略や練習方法が有効であることを伝授したりする。ここまで教えれば十分野球ができるようになるだろう。そうなれば後は好きにやらせても問題ない。彼らはもしかするとこの後これを機に野球部に入るかもしれないし、クラブ野球チームに所属してプロを夢見るかもしれない。そうなれば学校も大きな役割を果たしたことになる。

多くの学校でそのようなことができればもうそれだけでいい社会だろう。野球という例は教育という観点からして適さないように思うかもしれないが、ありとあらゆる物事には多かれ少なかれ理屈があり、どれをとってもそこに学びがある。だから十分成長できるだろう。足りない部分は普通教科から補ってもらえばいい。(ただ、そのためには当然興味のもてる授業をする必要がある。無味乾燥な文の目立つ教科書が主体の授業ではよっぽど教師の教え方がうまくない限り退屈するだけだ(特に小学生)。日本の文化であるマンガを取り入れて読ませるなど、教師に頼りきるのではなく、教科書(教本)の工夫も必要だ。)

可愛い子には旅をさせろ

とはいえ、自主性にもそれなりの危険は存在するだろう。特に小中学校などは学生も人間的に未熟だから自主性を促せば過ちがおきることは避けられない。だが、それでも俺は好きにさせればいいと思う。なぜなら俺は、人は間違いから学ぶことの方が多いと思っているからだ。その過ちがおきてしまったのなら本人に考えさせ、程度に応じて教師や親が「なぜそれがいけないのか」を生徒の立場に立って理解させて、それでも判らない時はまた適切にしつけをする。それでいいのだ。最初からとがめる必要などない。(最近は問題を起こす幼児が多いが、これは親の子供への無関心とそれによるしつけの放棄が原因だ。その場合たいてい親自身もしつけられてないからたちが悪い。(ここまでくると社会的救済が必要かもしれない)いずれにしても親に原因がある。ここで子供の自主性を問題視するのはお門違いだ。)


ここまでほとんど学校に対して書いてきたので最後に真の主役について書いておきたい。学校をよくするためには外の意見も積極的に取り入れることが重要だとさっきいったが、これは言い換えれば、いい学校を築くためには世間も積極的に教育にかかわっていく必要があるということだ。多くの方は「教育なんて過去のもの」と思ってはいないだろうか。文部科学省学校関係者のやることだと思い込んでいないだろうか。もしそうであるならば、そのなにもしないという行動は政府のそれとなんら変わりないことに気づくべきだ。学力低下はとまらない。多くの方々が関心を持たない限り負の循環はとまらない。マイナスから生まれるのはやはりマイナスなのだ。

この問題、もう来る所まできている。そろそろ新陳代謝の時期ではないか。

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2005年07月08日(金) ドラゴン桜

電車男見逃してしまった。その代わりに今日はドラゴン桜を見た。原作を読んだことあるものから言わせてもらえば阿部寛は桜木にぴったり合ってた。最近ドラマ、というよりテレビに無縁だったが少し見る機会が増えそう。

ドラマの影響力ってバカみたいに凄いが今回は何人くらい影響受けるのだろう。つまり東大志願者。こちらも少し楽しみだ。

そういえばこのドラマ見ていたとき親が「昨日2ch電車男はめちゃ面白かったぞ」といわれた。・・・あなた知ってましたか。電車男を。そして2chを。

そんなご時世かもしれないw

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2005年07月07日(木) ロンドン同時多発テロ

また最悪の事態が起こった。オリンピック開催地になったという喜びが一気に深い悲しみにとってかわった。

ここまで大きな事件だと俺があえて語る必要など無いが一つだけ思うことがある。日本イギリスを心配してる場合か。鉄道中心、人口集中。どこよりも脆弱なのは東京のあるここ日本だ。世界一危ない。そんな国に対策はあるのか。BSE自衛隊派遣などのような起こってから初めて動く姿勢はもう許されない。

[]

畠山の爽快講義 経済7章国際経済

爽快講義って良書なんだけど読んでると他の関連本を読みたくなってくる。これは俺だけだろうか。

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2005年07月06日(水) 暑い、というか熱い

今日地元の図書館に行ったら「ただ今、1級河川での利水が困難になっています。節水にご協力ください」というたて看板状の案内があった。看板インパクトある。もし張り紙だったら気づかなかっただろう。

水不足がすぐそこまで来ているというのが分かった。ここ最近、みても分かる。雨はいつ降ったんだ?昨日、おとといと、それを除いて2日程度だ。とても梅雨の時期とは思えない。どの時期でもこの程度は降っているか、むしろこれより多い。こんな状況で、この夏を乗り切ることは出来るのか。たいぶ不安だ。

[]

政経:畠山の爽快講義7章2、外国為替レート

為替についてもっと知りたい。それに関係する本を図書館でさがしたのだが見つからなかった。多分、探し方が下手だからだろう。その代わりに、木村剛日本未来に警鐘を鳴らす本を借りた。あまり為替とは関係ないw

[]iPodが新しくなった

やっと帰ってきた。予想してたとおり新品のiPod。どこからどう見てもつるつるでキレイだ。まぁ、この輝きは最初だけということは考えないでおこう。

永久保存版

正面から

背面。傷一つ無い鏡。今だけw

DockとiPod

Duoコラボ。同化してるw

iPodはこわれやすい。だからていねいに扱ってやろう。今度は壊れるなよ!

(ま、長くて二年なのだが。)

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2005年07月05日(火) 変な時間に起きた

[]

2時くらいにおきてしまった。図書館にいけるのだろうか。また眠い一日かもしれない。なんとかしないとなぁ。。。。

[]自作PC完成!?

土日を使って友人のPCを組み立てた。BIOS設定、HDDフォーマットwindows2000セットアップが全て順調に終わって、あまりの問題の無さに数年ぶりにソリティアをやってしまった。

相変わらずヘタだったのはおいといて、PC製作は4,5時間で終わったのだが最後の最後で見たことの無い問題に遭遇した。OSロゴ直前で「BOOT FAILURE」なるものがでてOSが起動しなくなることが2,3回に一度起こることが判明したのだ。これは何でだろうか。考えられる原因は2つある。一つは、HDDの不調だ。正常に起動するときでもHDDの音が新品の割りにうるさいし少し変な気がするのだ。不良品なのだろうか。もう一つは、OSの問題。インストールしたのはwin2000SP1で最新のSP4にしたいのは山々だが残念な事に彼の家にネット回線はなく早急に契約しといてと促すのがやっとで未だSP1の状態。もしかするとこれが不調の原因かもしれない。HDDも今回は時代に追いつくためSerialATAドライブを選んだが6,7年前のOSにこの新規格はどうような影響があるのだろうか。早くネットつないで最新にしたい。

原因究明を急がないともしHDD初期不良だったとき返品が効かなくなる。というわけで、このことで結構困惑している。。。

lionxplionxp 2005/07/05 21:02 電源容量、コネクタの接触、ブートデバイスの設定を調べて問題無ければHDDの初期不良の可能性が高いです。私も家族のPCにS-ATA+Win2kSP4の組み合わせを使ってますが問題は無いですね。
SP1のままだとネットに繋いだ途端ウィルスの餌食になりかねないので、ルータを通してない場合は事前にSP4統合済みのイメージを作成してインストールする方が安全だと思います。

rockrock 2005/07/07 01:32 >lionxpさん
すごく参考になります。そうですよね、どれも問題ないのでHDDの不良が可能性高いと思います。700MBするゲームをインストールする時も30分弱かかっていました。これもおかしいですね。

>SP1のままだとネットに繋いだ途端ウィルスの餌食になりかねない
それを忘れてました。自分のPCからSP4用のCDを作ってそれでアップグレードしようと思います。それに初期不良が購入時より2週間以内なのでネット開通を待つ時間も無いですね。

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2005年07月04日(月) 野郎にレシートはいらない

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コンビニの利用時にむかつく事の一つにレシートがある。ペットボトル飲料を買っただけなのにわざわざ親切にレシートをくれようとするのだ。「いりません」。俺は毎回きっぱりとレジ店員にそういうのだがこの時無性に腹立たしくなる。俺みたいな少しのどが渇いたから買っただけの客がレシートなんていると思うのだろうか。あんなうっとしい紙を。

凄く気になったのでコンビニアルバイトをしている友人3人に聞いてみたところ、9割の客はレシートを持っていかない、という返事が返ってきた(多少の誇張はあるだろうが)。なんて愚かな事なんだろうか。1割の客のために9割のいらないレシートを1回1回発行しているのか。俺は更にムカついてきた。もちろんレシートが欲しい1割の客にではなく、コンビニとレシートを発行するレジスターにだ。

紙の無駄遣いを平気でするコンビニ業界

そもそもレシートを活用するのはどのような人たちなのかを考えてみると、家計簿をつける主婦、おつかいを頼まれた人、領収書が必要な人、などが思い浮かぶ。こう見ると彼ら、コンビニなんかにくるのかと思ってしまう。おつかいでコンビニ利用は結構ありそうだが、節約を気にする主婦は定価売りが基本のバカ高いコンビニより絶対スーパーに行くだろうし、コンビニ領収書の欲しい客はめったにいないだろう。

また客層から見ても、利用客では性別比で男性客が多く、年齢では10〜30代が多いところから若者独身男性が飲食に困ってふらっと気楽に寄るというケースが多そうなのは想像に難くない。彼らは概して小金に無頓着でレシートをこまめにチェックなんてしない。そんな彼らがよく利用するコンビニにレシートなんているのだろうか。こんなこと考えるまでも無いはずだ。

良く見る宣伝。「私たちは環境に対する取り組みを行っています」

これはジャロ電話すればいいのだろうか。環境保護を訴えているはずのコンビニ各社がほとんど必要とされないレシートという名の紙を平気で浪費しているのだ。これは矛盾以外の何者でもない。一番基本的で、手軽に実行できるレシートを希望者だけに発行するレジスターに変えないで何が環境に対する取り組みなんだろうか。多くのコンビニでは、レジスターの隣にレシート回収箱なるものが用意されている。これは不要な人が多いことを自覚していなければ出来ないことだ。なんてばかばかしいのだろう。早急にレジスターを改良するべきだ!それなくして環境保護を語るなといいたい。

lionxplionxp 2005/07/05 04:08 そもそもレシートとは店側と消費者側との間の取引の証明書です。製品に問題があった場合はもちろんの事、何かあった時に必要となるものであるがゆえに、客がどう思うにしろ発行しなくてはいけないものであるし、客も本来は受け取らなければならないものでしょう。
今は不良品の数が減って実感しづらいかもしれませんが、例えばPCのバルク品を購入すると必ず「レシートが保証書なのでなくさないように」と釘を刺されます。
捨てる位なら回収してリサイクルに回すと言う選択としての回収箱はありだと思いますが、レシートを受取らないという事は一切責任を問わ(え)ないという事で、店側からすると有利になるとも取れます。時間が経つと文字が消えたりするレシートも問題だと思いますけど。

lionxplionxp 2005/07/05 04:12 いきなり長々と書いてしまいましたが、挨拶を忘れておりました。同じく早稲田大学を目指してる者です、改めましてはじめまして。

rockrock 2005/07/05 04:51 >lionxpさん
はじめまして。貴重な意見、参考になります。証明書というはまったくそのとおりだと思います。もし食中毒や商品の不良による返品等レシートが重要になることはあるし、今は必ず発行するものなのかも知れませんね。

自分はコンビニで初めてレシートの不要さを感じました。PCの購入やスーパーなどではあまり感じず、むしろ必要なときも多々ありましたがコンビニというものが出来てからこの疑問を日々強く思うようになりました。

最近ではコンピュータで全部管理してしまうPOSシステムなどにより購入履歴も全て保存しておくことが可能になりましたがコンビニはその最先端の端末を持っているので履歴の閲覧も何日前であれ容易なので法の協力(消費者の保護等)とともにそういう証明(デジタル証明)のあり方を作っていくのもありだと思います。

どうであれ、このようなことに多くの人々が関心を持って欲しいですね。

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2005年07月02日(土) 朝焼け

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↑4時半ごろ、自室からの風景東北方向。

寝ようと思ったらやけに窓が赤いので隣の家大丈夫かとおもってカーテン開いたら朝焼けだった。凄く綺麗だ。こんな時に寝る俺はどうかしている、いろんな意味で。そうか、もう4時半くらいには明るくなるんだなぁといまさら思ったのだった。

[]自作PC製作


馬鹿ついでにもう一つ。あす、というか今日、例の友達のPCを組みにいく。5万円以内という予定だったが給料が7万円と予想以上に出たので多少オーバーしてもいいよという話になり以下のパソコンを組むことにした

CPU----Socket939 Athlon 64 3000+ Box 16,950

M/B----MSI RS480M2-IL----------------12,800

Memory-SAMSUNG Chip 256MB*2-------- 5,120(@2,560)

HDD----HITACHI 80GB------------------ 5,900

Case----------------------------------10,000

DVD----流用

Monitor流用

_________________________________________________

計------------------------------------50,770円

ケースだけは明日電気街(?)に行って選んでもらう予定だが出来れば電源を別に買いたいので6千弱のケースにしてもらって、5000円弱の良質電源の購入をたくらんでいる。


戯言:これがなかなかいい性能なんです。これでたった5万円。すごい、そしてうらやましい。うらやみ止めとして彼には明日夕食おごってもらうつもりですwさて、朝焼けにロマンを感じながら寝る!(馬鹿すぎ)

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2005年07月01日(金) ルイージ拗ねちゃうかもよ(!?)

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変なグループが話題を読んでるらしい。トンガリキッズという名前だ。音楽的にはまったく興味が無いのだが、やたらと耳につくマリオブラザーズサンプリングと韻の考慮が感じられない素人的な歌詞に「なんなんだこいつら」とFMラジオで流れていたとき疑問に思ったのだ。

また同時に、このグループが俺の友達なんじゃないかと思った。適当なコード進行でこの彼らのようなファンタジー意味の分からない歌詞に適当メロディをつけて歌うネタ音楽スペシャリストがいるのだ。「亀も空飛ぶ時代ですよ、昔じゃ考えらんないね♪」なんてまさしく言いそうなのだ。少し昔に「ガリガリ君の歌」なるものがCDで発売されたことがあるが、その4年前の当の昔にその友達が「ガリガリ君の歌」を作っていたのだ。先駆者は彼だ。(彼がガリガリ君の歌を作ったきっかけは俺が彼の家に行ってアイスをねだった時にガリガリ君ソーダ味をくれた時で、その腹いせでパソコンで曲を創り出したのだ。たしかその歌いだしは「ガリガリ君、てめぇが食う。俺のもんだ。それをよこせ。いいかげんにしろぉ〜♪」だった。俺にこころよく差し出してくれたくせに相当妬んでいたようだ。)

ともあれ、彼らの曲を聞いて正体を知りたいと思うのはごく自然なことだと思う。どうやらこの曲USENの問い合わせチャートで一位を取ったようだ。(ヤフーより)彼らの思惑通りなのだろう、絶対これは狙っていたに違いない。しかし俺が驚いたのは30万枚売り上げてしまったことだ。しかも三ヶ月でだ。一体、どんな人がCDを買っているのだろうか。別に声を大にして否定するつもりはないが、こういったネタ音楽は街中やラジオ適当に楽しませてもらって終わりというのが毎度のパターンだと思っている。買ってまで聞きたくは無いのだ。だが買ってまで聞きたい方々が多くいるようなのだ。これはなぞである。

概して日本では、雲の上の存在ではなく友達のような親近感のある庶民的な有名人アーティストが受ける傾向があるが彼らが売れた要因の一つにそれがあるような気がしないでもない。歌詞なんてまさしく庶民のネタだ。お父さんやお母さんのウザさを嫌味ナシに伝えているわけだ。こう考えると彼ら、すさまじく計算高いアーティストなのかもしれない。

というわけで一度も聴いたことの無い人は一度聞いてみると良いかもしれない。しかし、これは音楽としてではなくネタとして楽しむものであるということを重重言っておきたい。

今日は、とても疲れたバイトのことを書こうと思ったのにヤフーのトップニュースに彼らが出ているがゆえに仕方なく書いたのであった。(これも彼らの思惑通りだろう。しかしもう二度と書くことは無いと思うw)


公式サイト

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2005年06月30日(木) iPod逝去

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最悪なことになんど再起動しても「!マーク」が出て操作できなくなった。おそらく中のHDD寿命を迎えたのだろうと勝手に解釈した。購入後11ヶ月の命だった。・・・これは早すぎる!もちろん保障期間内だから修理に出すわけだが、これまでの扱いは十分すぎるものだった。落としたこと、強い衝撃を与えたこと、キズをつけたことなどは一度も無くごく普通の使用方法で使っていた。それなのにこんなに早く壊れるとは。

HDDプレーヤーは概して壊れやすいし、バッテリー寿命は避けられないため長くて3年の命って所だと思うが俺のは1年も持たなかったのだ。これは酷すぎる。初代iPodバッテリー寿命のために新しい新型を買ったのにこれではまったく役に立たない。どうしてくれるAppleよ。

iPodWinが出たときから世話になっていて今までの3年間毎日外に出るときは使用していた。旧iPodバッテリー不足になったときは他社製品も検討したがiRiverは機能性は優れていたがゴツゴツした外形が好きじゃなかったし、SonyATRAC3縛りで幻滅したし、やはり慣れがあったのでまたiPodを買ったのだ。それによってさらに愛着が湧いたし丁寧に扱っていた。それにもかかわらずこの短期間での故障

今度1年以内に壊れたらAppleから手を引くことにする。ともあれ、修理から戻ってくる新iPodに期待だ。今度は頼むぞ。

実はiPodが壊れてDuoの復習が出来なかったりする。今は音声なしでがんばっている・・・

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2005年06月27日(月) 初バイト

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昼に起きて昼食を食べて少ししたらバイトの時間だった。自分の家から地下鉄6駅分ほどある駅前の居酒屋で働くことになった。交通手段はバス地下鉄。と、申告したが実は自転車できているw正直にいおう、地下鉄乗るより自転車の方が早いのだ!別に体力に自信があるわけでもなく自慢でもなんでもないが慣れているのでこっちの方が早いのだ。自転車をなめてはいけない。時速30キロくらいは楽に出るし信号無視もしやすいので原付で行った場合より2、3分程度の遅れでついてしまう。

あと電車を待っている時間が好きじゃないというのもある。自転車なら家からバイト先まで30分前後で着くが、これを音楽聴きながらなのでアルバムを半分聴ききながら自転車をこぐ快感というのは、電車で寝てても着くという快感を優に上回る。無論、疲れるし汗は出るからいいことばかりではないが一応有酸素運動だし、おかげで快眠できる確立が高まったりするので良いのだ。交通費ももらえますw

本題の初バイト感想だが思ったよりは全然楽だった。そしてキッチンを希望してよかった。今日は最初に生徒手帳のような形をしたバイトの手引き本みたいなのを見せられて、金はレジから盗むな、セクハラをするな、8時間以上は休憩する義務があるなど1項1項ごく当たり前のことを話されて「そうですね」「はい」「なるほど」などとその度に相槌をうった。

その後、キッチンに入り、焼き場、揚場、刺し場、厨房、というポジションがあって最終的には全部覚えてもらうということを教えてもらった。今日は、一番簡単らしい揚場をやらされて揚げ物の全メニューのうち3分の1くらいの注文が出たのでそのつど教えてもらいながらそれだけをこなした。その後は注文のないときは掃除をしたりして時間をすごした。最後は食器洗いをして、たまりにたまった食器を1時間くらいずっと洗っていた。洗ったといっても強力な食器洗い機があるので皿にこべりついた食べかすや具を取り除いていくだけだ。それでも1時間かかったのだから膨大な量だといまさらながら思った。もちろん自分がノロマというのもあるのだが。

これで計4時間。しばらくは研修期間なので4時間が続きそうだが、個人的にもこれくらいがちょうどいい気がする。というのは、バイトの途中、暇な時間が少し合ったりして困ったのだ。他のバイトがなにか作業している中、揚場に注文がこないのでぼーとしてたのだ。浮いてしまって自分の居場所がなかった。できれば他の人を手伝いたかったが、「たぶん何も分からない俺が手伝っても足手まといになるだけだ」という考えにたどり着いたので手伝わなかった。まぁ、とにかくある程度慣れるまでは長時間バイトはやるべきでないと思ったのだ。

今日やった限りでは、そんなに辛い仕事ではなさそうだと思った。土日祝は分からないとしても平日は大してお客が来ないらしい。そして、店長バイトの人たちがしゃべりやすかったのであまり臆することなく質問することが出来たのでやりやすかった。他の曜日の人たちも今日のバイトの人たちのような人柄なら問題なくやっていけそうだ。まぁ、一人くらいはたちの悪い人がいるのが定説だが・・・・。そいつはいませんように・・・。

早く慣れようと思う。そうすれば半日働くことも可能だ。このバイトのいいところは、自分で時間を決められるシフト制であることと、時給が高いことだ。さっき計算してみたところ、週に2日を6、7時間働くだけで8万円弱稼げることが判明した。週二日ならあまり勉強に支障はないので十分やっていける。下宿の足しには十分なりそうだ。


実は早速、店長、今日のバイトの人には留学したいと思っているフリーターとうそをついてしまった。俺は嘘も方便を一つの手段と考えているので罪悪感はまったく無いが、1月、2月は受験直前だし、東京に行くので休みたいというのはある。そのときはなんていおうか。海外旅行でも行ってくるといえばいいのだろうかwまぁ、そのときはそのときかもしれない

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2005年06月26日(日) PCを組む

[]土日は受験の元凶

また、友人と遊んで生活リズムを崩してしまった。明日からまた眠いのだろうか。ホント馬鹿だ。明日は図書館が休館なので家で勉強する以外に選択肢は無い。とにかく火曜日までに生活リズムを整えようと思う。

[]自作PC

昨日遊んだ友人が、パソコンが欲しいと言い出したので予算は、と聞いたら「5万円くらい」といい驚いてしまった。俺はてっきり10万円弱かと予想していたのだ。最近のパソコンDELLでも8万円くらいで液晶デスクトップPCが買えるしemachinesなんかでも6万円ぐらいの本体とディスプレイを買えば10万あれば高性能のパソコンが手に入る。と、そう思ったので聞いてみたらどうやら自作PCの方に興味があったようだ。自分がこれまで数々の人にPC自作を依頼されて作ってきた経験を結構パソコンの話のたびに彼に話していたので俺にも頼むと言われてしまったのだ。

小学校低学年のころから親戚の家にあったNEC PC9801でイーステトリスを楽しんでいて、その影響もあって高学年の頃にはWindows3.1(95の前のver)のデスクトップパソコンを、卒業直前に感動のWin95PCを、中学でWin98と同時にネットデビューという風に結構昔からパソコンをいじるのが好きだった自分。それが、高校の入学祝として作らせてもらったWin2000の初自作PCをきっかけにいろんな奴から依頼されてPCを作ってきたのだ。7、8機くらいは作ったと思う。そして今回また1機作ることになったというわけだ。

(ちなみに自分のPCは1機しかない。高校入学で作ったのはリビングに家庭用なので、自分用は最近の一年位前に2万円くらいでいろいろ流用して作ったネット専用の低性能PCだ。そう、実は俺自身は良いパソコンなんて一つも持ってないのだ。よって家電店のPCみると腹立ってくるw)

ただ本当に、いまさら自作か、と作るのが好きな自分でさえすこし躊躇してしまった。さっきのとおり最近のパソコンは驚くべきほど安い。5年前くらいなら自作で作らなければ安くていいものは作れなかったが今ではその長所は皆無になり「絶対自作がいい」という時代は終わった。というより、最近はむしろ自作で作ると割高になる事の方が多い。だから「5万円くらい」というのはハードルが高かった。彼がPhotoshopを使う人だからというのもある(この人については興味深いのでおいおいこの日記で書こうと思う)

モニターは流用前提だが、彼は5万円でモニター付が出来ると当然のように思ってた。計画の話の中盤で「それで何インチディスプレイがつく?」という質問を凛とした顔で言われたのだ。正直、気を失いそうになった。無知って恐すぎる。彼は世の中の物価をもっと知るべきだと思った。物の値段というのは買い物をしたりして値段を見たりチラシをみたりすることによってある程度分かってくるのが普通であるはずだ。その普通さが身についていればたとえPCのことをあまり知らなくても「5万円でPhotoshopを使える高性能モニターPCを作って」なんて絶対に言わない。その裏づけとして、今までの自作してあげた友人や購入のアドヴァイスをした友人たちは、俺が何か言うまではパソコンは20万弱、安くても10万強はするという認識だった(だからこそ俺はその後、自作を提案したし話がスムーズに進んだ)。彼は大物なのだ。とりあえず彼には「それでも今のパソコンは信じられないくらい安いんだから」といっておいた。5万円の高性能パソコン。全メーカー中国製造にすれば不可能ではないかも・・・だが日本経済が終わるだろう。

今回、安くていいものを作るということで初めてAMDPCをつくことにした。ここが今までとは違うところで、そう、俺はintelPCしか作ったことが無いのだ。2年前くらいからAthlonのよさ、そしてintelの信頼性の堕落に気づいていたが”慣れ”に負けてずっとintelを押してきた。しかし、それも限界になったのだ。

やっぱり、良いものにお金を払うべきであり、悪いものにお金を払うべきでない。お金を払うことによって企業の成果を評価し、支援するべきなのだ。これこそが結果として社会を良くし、競争を健全にし、本質的な自由市場にする。

例えば、最近ハイブリッドカーが普及しているがこれも消費者の企業努力の評価と環境保護の関心という側面があると思われる。ハイブリッドカーは低燃費を売りにすることが度々あるが、車体価格+維持費+燃費というトータルコストで考えたときに普通の車に比べ本当にお得なのかどうかは疑問視されている。ハイブリッドカーは普通の車より高い。もちろんその差を燃費の良さで埋め合わせるわけだがそれにも通常使用で5年以上はかかるといわれている。庶民はどんなものにもトータルコストパフォーマンスを常に追求する大きな傾向があるわけで、そのような人たちにとってハイブリッドカーは魅力的であるとは一概には言えないだろう。しかし、庶民に売れている。人気があるのだ。これは彼らが地球温暖化などの問題から環境保護に関心を持っているからではないかと俺は思う。値段的にはそんなに安くは無いかもしれないが、ガソリンの使用量は抑えられ、それによって二酸化炭素の排出も減らすことが出来きて環境保護にも一役買うことが出来ると。

もし、そうであればこれはとてもすばらしいことである。購買者は環境保護に参加することが出来、車メーカーがそれによって評価されてさらなる社会貢献をする。また、まだハイブリッドカーを出していない車メーカーも売れるのであればハイブリッドカーを出さない手は無い。こうして社会全体に利益をもたらすのだ。このすばらしい流れをつくったのは紛れも無く購買者、そう消費者だ。ただ、消費者が性能の関心、ブランド信仰等の思考の停止をしてしまえば良くはならない。だから、消費者こそが良識であって欲しいと俺は思うし、自分もそうでありたいのだ。良い循環のために。

という事で、理由は大げさではあるにしても、Athlonにするのだ。来週組み立てる予定である。今は見積もり段階。


これがPC98

これは20年前くらい、ちょうど俺が生まれたときくらいに出たパソコン。現代のフロッピドライブの3.5インチ型ではなく5インチ。それが二つ右側にあるのだ。記憶容量もいまの2分の一以下だったりする。人間の脳にあたるCPUの周波数にいたっては5Mhzだ。今のPCが2Ghz

だから400分の一だ。性能は今の数十万分の一だ。そんな性能のパソコンが安くても50万、100万円した。CD-R分のデータを記録するだけでも100万円くらいするのだ(今なら50円以下)。

性能の低さを露呈するべく、あえて現在を基準に書いたが逆に(普通に)言えば、ここ二十年で性能が数十万倍向上して、記録容量が10数万倍に増えたのにもかかわらず価格が10分の1になったのだ。本当に凄い世の中になったものだ。ほとんどの家庭がパソコンを2、3機、車も2,3台もつことが珍しくないのだ。こうかんがえるといい時代なんだなぁと思う。怠けている人たち(自分含めw)は先人の努力感謝をして社会を良くして行かなければならないと思う。

毛玉毛玉 2005/06/27 08:44 >先人の努力に感謝をして
名言ですね。

関係ないんですけど、数年前PC版FF11買ったら動かなくてスクエアに電話したら「改造すればできる」
みたいな事言われて改造したんですけど
PCを開けたら保障が効かなくなるなんて知らなくって
散々でしたよ。無知ってこわい。教えてくれよって感じです。
買ってすぐのXPだったのに。
それからなんか変なエンジン音するんですよね。起動してすぐはなんとも無いんですが一定時間経つと変にうるさくなる・・。
これはノートパソコンからです。

rockrock 2005/06/28 00:06 >毛玉さん
大手のスクエアがそんなことをいうんだねw
無知というかスクエアの無責任さが恐いと思う。

>変なエンジン音
多分CPUファンか電源ファンのいずれかだと思うけど
温度センサーがついてるようなファンには
長時間つかったりして機器が熱くなると回転数をあげてくれる
ハイテク(?)な装置がついてたりするよ。
明らかな異音だったら分からないけど・・・。

毛玉毛玉 2005/06/29 14:00 多分そのどちらかです。
でも今までは数時間でそういう音するんですが
今では数分で作動しちゃうw

rockrock 2005/07/01 06:40 な、なんかこわいw
修理を強くオススメしますm(-_-)m

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2005年06月23日(木) カマンベールチーズが食べたい今日この頃

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昔に読んだ「チーズはどこへ消えた?」の本。

2匹のネズミと2人の小人がチーズを探す話。ネズミの頭脳は単純だが、小人のは複雑で賢い。しかし、時に単純な頭脳が勝ることがある。と、この本では示されている。単純な頭脳が勝るとはどういうことなのか。普通に考えても人間である小人のほうが賢いに決まっている。だが、この賢さが裏目に出ることがあるのだ。この本では「変化」にそれがあった。

二匹と二人はたくさんのチーズを発見し、二人のほうはその場所の近くに住居を置くようになった。しばらくは安泰だったが、ある日チーズがなくなってしまった。これが「変化」である。この事態に二人は愕然としこの変化を認めようとせず、変化にさからった。「こんなことがあってはならない」と。

一方、2匹のネズミはなくなったその日からすぐまた新たなチーズを求めに

探しに出かけた。ネズミはなくなる以前から変化に気づいていて

いつかそれがなくなることを本能的にわかっていた。「いつかはなくなる」と。

チーズ欲しさにすぐさま探しに出かけたネズミ。変化を認めずただ失望しする小人。これは単純さと複雑さを象徴しているといえるだろう。人の多くが変化を嫌う。変化のないほうが居心地がいいからだ。変化はリスクの伴うものと思われている。「もし失敗したらどうなるか」と考えずにはいられないのだ。しかし世の中は絶えず変化している。だから人も変わらなければいけないのだ。

この本は絵本の感覚で読めるので面白い。しかしながら大人向け、正確にはサラリーマン向けの本なのだ。「変化」。そう、常に進化し続けるこのご時世、変化についていけない人、企業は取り残される。くよくよしてても仕方が無い。常に前向きに前進しよう、という本なのだ。

あまりにも有名な本なので知っている方もいると思うが、実はこれを揶揄(?)する本が存在する。「バターはどこへ溶けた? 」だ。日本人はこっちの本が好きだと思う。今では両方読んでどちらの本が好きか考えるのが通例となっている。ちなみに俺はチーズ派(会社の奴隷はうんざりだが。)。あなたはどちら派?

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2005年06月21日(火) 一日続く眠気

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ありえないくらい眠気が続いた。図書館について早速現代文をやろうと思ったのだが、あまりの眠さに思考がまともに出来なかったのでDUOでウォーミングアップすることに変更した。だが、DUOさえ1セットやるのに1時間半かかってしまった。これはやばいと思い、自転車で気晴らしに外に出かけて昼頃、店でオムライスを食べてさすがに醒めただろうと思い図書館に戻ったのだが、やっぱり眠くて全然勉強が捗らなかった。しょーがないからまたDUOをすることに変更した。また1セット終えて、そのあと現代文を2,3問解いたがやってる感じがしなくてもったいないと思ったので、またしてもDUOに変更した。それを終えて今日の勉強は終了だ。なんだこれ。

何でこんなに眠かったのだろう、夕方5時くらいになってようやく醒めたのだが閉館が1時間後に迫り現代文できず。結局、今日はDUOの復習ばかりやっていたことになる。ああ、鬱だ。全然進歩できなかった。月曜日麻雀がまだ引きずっているのだろうか。今日の睡眠時間は6時間半くらいで若干少なめではあるが十分寝たのにはちがいない。やはり月曜のがこたえた可能性が高い。というわけで

遊びも計画的に!(死活問題ですw)

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2005年06月20日(月) 久々に麻雀

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昨日は今日の朝まで起きていたのだが中のいい友人二人と麻雀徹夜でやっていたのだ。昨日の日記の7時睡眠とはこのことだったのだ。

まず12時過ぎに夕食を食べにファミレスに行き適当に2時間だべってその後友人の家に行き麻雀を半雀2回で5時間少々。最初に安い手であがって最下位になり、次にまた安い手で上がってトップになった。ただ、雑談交えての麻雀。本気でやったわけではないので今回の勝敗は運によるものが強かった。もしこれが本気だったら惨敗に終わるのは間違いない。俺はこの面子で一番経験が浅く弱いのだ。リーチ、ツモ、タンヤオ、たまにピンフ。これが俺のスタンスだ(ショボーw)。まぁ一回勝ったからいいのだ。というわけで、一通り遊んでそれが終わった頃には目が充血してた。車の送り迎えをしてくれた友人も同じようだった。本当に馬鹿なことをやったものだ。

だが、こんなことは遊ぶ前から承知だったりする。実はこういうことは彼らと遊べば必ず起こる。なぜなら、彼らとはほとんどの場合において夜からしか遊ばないからだ。仮に昼に召集をかけたとしても「まだ早くないか」という返事が返ってくる。そして「遊ぶなら夜にしよう」と言われる。それに全会一致で賛成するのだ。そう、俺も含めて夜が好きなのだ(喧騒が嫌いというのもある)。あの静かで涼しくて人目を気にせず動けるのが。なんかこういうと聞こえが悪いが行いは一般人のそれで悪いことなどはしていない。ちなみに、冬の夜が一番好きだ。月明かりで寒冷特有の雲がうっすらと見えるなか、緑のない木々が風に揺られている並木なんかを歩いてみると否応無く冬を実感する。これが最高に気持ちいいのだ。他の季節では味わえないよさがある。山などに行けば夏や秋も楽しめるかもしれないが市街地にいる限りは冬しかそれを味わえない。ああ、なんか旅行に行きたくなってきた。アメリカ行きたい、て話が飛躍してしまったw

まぁ、夜は良いよ。好きだなぁ。Al Di Meolaの「Winter Nights」なんて聴きながら空でも眺めてれば嫌なことも忘れてしまうだろう。フラメンコ・ギターと夜の静けさがこれでもかというくらい合うのだ。冬の夜が好きな方はお試しあれ!

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2005年06月19日(日) バイトの面接

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今日はバイトの面接に行ってきた。いまさらバイトなわけだが、合格を前提にした場合どうしても東京でも下宿費がいるのでそれの資金をためておくのだ。といっても敷金、礼金の20万弱分くらいの微々たる額。その他は親に出してもらう予定だ。まだまだこの先も親に迷惑かけるわけで、早く自立しないといけないと分かってはいるのだが、今の状況ではそれも出来そうに無い。なんか、憂鬱になってきた・・・。

話を戻すと、とりあえず嘘つきまくっておいた。4ヶ月程度なのに1年以上余裕とか、今はフリーターやってるとか、半年以上やってないのに最近までバイトしてたとか。あんまり気にしてなくて大丈夫そうだった。面接中に分かったことだがシフト制なので模試があるときなどもうまいこと切り抜けられそうだ。やめるときも徐々に行く日数を減らしていけばいいだろうし。

ただ、一つ問題があって、職場だ。そこはフランチャイズ展開してる居酒屋なのだが、この居酒屋というのが行った事無くて良く分からないため不安だ。今日、面接のため美容院にいったときカットしてくれた子が居酒屋バイトしてたみたいで、その時のことを少しだけ聞いたのだが、吐く人とか暴れる人とかよくいるらしいのだ。・・・そんなのバイトで経験したことない。嫌だなぁ。早速、その後の面接でキッチンを強く希望した。三ヶ月程度だから耐えるしかない。まぁバイト内定したわけではないのだがw(三日後電話にて告げられるそうだ)。

それにしても夏に自転車はきつい。脚の汗などがジーパンに絡みついて絡み付いて気持ち悪いのだ。しかも人と比べて多汗症の気があるので余計にそう感じる。ああ、車。夏だけは車に乗りたい。

なんか、文がうまい具合に書けない。もともと文章力などないが、眠いため更にそれが低下してるのだろう。もっと上手く感情をあらわせたらなぁ。大学入ったら文章の勉強したい。というわけで今から爆睡です。(現在20日の朝7時w)

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