rokubeisanの日記

2010-11-23

政治ノート 「あかんたれ」解散の風

09:12

 国会軽視発言の責任をとって法務大臣がやめ、官房長官が兼務することとなった。しかしこの官房長官と国土交通大臣に対しても問責決議案が提出されることとなる見通しだ。尖閣諸島事件の処理に関して、国益を損ねたこと、国民の知る権利を不当に制限したことに対し、誰かが政治責任をとらなければならない。忘れてはならないことは、大阪の検察の不祥事にも、まだ組織的なケジメがついてない。はっきり言えば、事実上の指揮権を発動しながら自分の決断でないと嘘をついている官房長官が在任のまま法務大臣を兼務し、那覇地検に「今後の日中関係を考えて・・・」と言わせた検事総長司法行政のトップに座りつづけることは、日本人の行動美学に反すると思う。また海上保安庁長官に責任をとらせるならば、同時に、政治が判断しないために今まで現場の海上保安官に必要以上の心労を与えていた「国会と政治家」を代表して国土交通大臣が辞めなければ、「現場の志」が保てない。ケジメをつけ、責任をとるところから、政治主導の国家運営が始まる。

 問題は政権中枢の物事の判断基準が狂っていることだ。安易な判断と発言が人気の低迷につながっている。官房長官適任者が党内にいないならば、輸血をしなければならない。大胆な措置が取れない場合、この政権は続かない。人気の低落を考えると、よほどの人でないと、火中の栗は拾わない。仮に現在の首相が辞職し、民主党の他の幹部が首班に指名されようが、もう長くはもたない。やることなすこと政権交代を実現した「いい加減な」マニフェストとの齟齬ができ、党内が治まらず、党内を治めようとすれば、世間が治まらないからだ。予算審議は進まず、関連法案は通らない。早くも来年度は当初暫定予算を組むしかないとの声が出だした。政治の空白を予期して、もはや止めようのない解散風が吹き始めたとみる。

 大阪の人は、無能、無策、無気力のどうしようもない人のことを「あかんたれ」というらしい。もう「あかん」いい加減にしろと言う意味で、今回の風を「あかんたれ」解散の風となづけたい。対米関係の修復と政権の延命だけが目的では国家の運営は難しい。  

2010-11-15

政治の崩壊 責任のとり方、とらせ方

11:20

 尖閣諸島事件は予想外の展開を見せ始めた。ビデオを投稿したとして自ら出頭した海上保安官のメモを見ればきちんとした判断力のある人だと思われる。「かくすれば かくなることは 知りながら やむにやまれぬ」行動であったと考える。内部告発であることを考えると、一部で言われているように漁船員逮捕のシーンと逮捕後の船の様子が公開されれば今以上の事実が隠されているとみる。

 一方で、官房長官は中国と「ビデオを公開しない。沖縄県知事尖閣諸島に上陸させない」という密約をしたとの噂が流れている。国会で明確にされるべきだろう。フジタの社員4名が拘束されていた頃だ。任意の事情聴取が数日続く海上保安官の取り扱われ方も気になるが、もっと大事なことが三つある。一つは尖閣諸島をどう守るかということであり、二つ目は密約、二元外交も含む尖閣諸島事件の処理の妥当性について検証である。そして三つ目は、責任のとり方、とらせ方についての考え方である。政局という観点から考えると、この三つ目が重要だと思われる。

 このところ幾つか気になる報道が続いている。菅首相は「中国側の意図が分からなければ、おれは判断できない」と苛立ちを周辺にぶつけているという。相手の国の意図を判断するのが首相の役目であり、それができない人は辞めるしかない。官房長官は、ビデオ問題に対して、政治家には一切の責任が無く、海上保安官の行動を認めれば、国家はもたないという。果たしてそうか。自首した海上保安官はなんらかの処分を受けることは覚悟している行動だ。いかに政権への政治的影響が大きくとも、暴力を伴ったテロ行為ではない。野党の党首や幹事長がいうような2.26事件とも事案の性質がだいぶ異なる事件だ。一方、中国漁船の行動は、中国国家の意図ではないとすると、日本の巡視艇へのテロ行為であり、明確な公務執行妨害である。何が起こっているのかを主権者である国民に知らせることを阻んだ官房長官と内閣は少なくとも政治的責任を取らなければならない。幹事長も「政治主導と、具体的に責任をとることはイコールではない」と述べ、記者団を唖然とさせたという。この事件で中国との秘密交渉を行ったとされる民主党の前幹事長代理の政治家は「今の時点で政府がビデオを公開することには反対している。海上保安官のやった行動を正当化することにつながりかねない」と述べた。海上保安官を罰するがために映像の全面公開に反対するかのような発言は論理が逆転し詭弁である。そして何よりも多くの民主党国会議員が、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件のビデオ事件に対して、人ごとのような態度をとっている。

 与野党含めて、そんな判断しかできない政治家、政党のいうことは誰も聞かなくなる。そんな人間の命令に、誰が自分の命や国の命運を託すだろうか。出処進退、責任のとり方、とらせ方が判断できない人は、国民の指導者たりえない。この一事をもってわが国の既存の政治は崩壊過程にあるとみる。政権支持率は30%を割った。政治的事件は政治的に処理しなければならない。情理と志、国際関係における力学を踏まえた処理方針が打ち出せる政治家の登場を時代が待っているのかもしれない。

2010-11-10

事実を明らかにしない方が変だ

08:54

 中国の石油会社の海洋調査船が、日本の研究機関が地下資源を見つけた奄美大島の西の海底を勝手に調査していた。石油会社は中国軍の利権だとされているので、民間なのか軍なのかは定かではない。APECの前に何もできないだろうという判断なのだろう。

 民主党政権は貧する鈍するで、どうも物事の大小の判断が国民と大きく乖離し始めたと思われる。政府はビデオ流出の犯人探しに夢中だが、それよりも大事なことがある。44分のビデオの内容の核心部分は、短いバージョンを見ていた国会議員によって詳細に語られているので、機密とする合理的根拠がない。国民の関心は、むしろ残りのビデオの公開にある。というのは官僚OBや自衛隊OBで、政治家以上に信用のある人たちは逮捕するシーンの公開が重要だという。どうやら中国漁船に乗り込んだ海保の職員が海に落ちて、それを銛で突いている場面があるという。真偽の程はわからない。しかし真実は何なのか、国会議員は国政調査権を活用しその疑問に答えるべきだと考える。国会議員にも公開できない機密にはしかるべき理由が必要だが、戦略的互恵関係という言葉だけでは説明がつかない。戦略的互恵関係とは、「日中両国アジア及び世界に対して厳粛な責任を負うとの認識の下、アジア及び世界に共に貢献する中で、お互い利益を得て共通利益を拡大し、日中関係を発展させる」ことであり、具体的には、「政治的相互信頼の増進、人的、文化的交流の促進及び国民の友好感情の増進、互恵協力の強化、アジア太平洋への貢献、グローバルな課題への貢献」だという。しかし事実が明らかにならなければ、日中友好など期待してもされても困るだけだ。民主党は自らの政治的延命のために、事実を隠しているのではないかと考える。

 昔仙台に、「親無し、妻無し、子無し、版木無し、金も無けれど、死にたくも無し。」とうそぶく人がいた。質素な自給自足の生活をし、「諸外国は土地を奪って領土を拡張することを国是としており、その勢いは年々強まっている。早晩わが日本も標的になる。何の防備もなければ、たいへんな危険にさらされる。国の経費を節約して、軍備を整え、海岸沿いの要地に砲台を設けなければならない。なかでも、わが国の南北の諸島は軍事的に重要である。これらの諸島の重要性を認識せずに放置すれば、外国に占拠され侵略拠点にされてしまう。そうなれば取り返しがつかない。」と政府を批判した。18世紀後半の林子平の「海国兵談」の物語である。この本の出版は誰も引き受けず、版木も自分で彫ったという。発禁処分となり、版木が無くなると自ら書写して世間に海防の重要性を訴えた。子平の死後十年あまりたって、東の国境でロシアとの事件が起こった。お上に許されて子平の墓ができたのは、死んでから50年後のことだったという。今回のビデオによる内部告発は、たとえ時の政権の怒りに触れようとも長期の国益にかなう行動だった。

 機密漏洩に対する罰則強化は、スパイ天国と言われる日本においてはかねてより一つとされていた。しかし機密保全自体、インテリジェンス体制全体の中で判断しなければならない。わが国のインテリジェンス体制の本質的欠陥は、専門家によれば、まず第ーに、国家の最高レベルでの意思決定を行なう首相内閣に、集約・評価を経たインテリジェンスが届くようになっていないこと、第ニに、情報組織間で情報共有が活発でないこと、そして第三に、機密の漏洩やスパイの侵入を防ぐ手立てが弱いこと。しかしそれには同時に国民の権利が不当に侵害されていないかを含めて、国会が国のインテリジェンス活動全般を監視する体制が整えることが必要だとされている。つまり、機密保全も大事だが、国民の知る権利が不当に侵害されてないかどうかを国会で議論監視することが大切なのである。「政府国会が一体」などというおかしな論理はここにおいても破綻する。孫子によれば、優れた指導者だけがインテリジェンスを使いこなして、大きな事業を成し遂げるという。 しかし今問われているのは首相と官房長官の判断が本当に優れているかどうかの検証である。優れていなくとも妥当なものであってほしいというのが自分の願いだ。

2010-11-06

造反有理 公益無罪

11:33

 尖閣諸島事件のビデオがyoutubeへアップされるという内部告発でマスコミは大騒ぎだ。中国漁船が意図的に巡視船に体当たりしている映像が確認された。撮影されたものの1/3に当たる。政府にとって救いだったのは、漁船員たちが逮捕されたときの映像が依然としてアップされてないことだろう。政府は犯人探しに躍起となるだろうが、国民の多くは、当初からビデオを公開すべきと考え、政府のやり方に全く納得していなかった。「そのビデオを見ると国民が怒るので見せたくない」という政治家のコメントは、国民を馬鹿にしている印象を与えていた。見せた上で、これに対処するにはこうしたいと説得するのが民主主義国の政治家の役割だからだ。本当は自分が決めているのに、都合の悪いところだけ、政治主導ではないと言いはる仙谷官房長官にも権力の傲慢さを感じさせられた。これで、ホトボリがさめた頃、在宅起訴せず、不起訴に持ち込むシナリオが崩れた。マスコミは、中国特派員を人質に取られているため、中国に不利な報道はできず、先陣をきってビデオの公開を政府に迫ることができなかったし、ビデオ情報の持ち込み先に選ばれなかった。

 ふと何十年ぶりかで「造反有理」という言葉が頭に浮かんだ。菅首相、仙谷官房長官が、全共闘新左翼として学生運動をしていた頃に流行った言葉だ。1939年に中国延安で毛沢東が「マルクス主義の道理は、つまるところ、造反有理だ」と述べたとされている。後に、文化大革命紅衛兵のスローガンとなった。「上の者に反抗するのには理由がある」という意味だ。ビデオを見て思うのは、尖閣諸島事件の際の海上保安庁の対応は冷静で見事だったが、その後の日本政府の対応はハノイでの中国ドタキャン外交への対応をみても無様だったという印象が残る。投稿された名前も官房長官の名前が使われており、明らかにその傲慢で国益を損なう国会答弁を批判した内部告発だと考える。また政府は外交のカードが1枚無くなったというが、持っていたところで使う才覚はもともと無かったとみる。造反有理とするならば、その対になっている言葉は「革命無罪」である。日本に革命はなじまないとすれば「愛国無罪」「公益無罪」である。