Hatena::ブログ(Diary)

もっと最高の夢を【〜鼻呼吸〜】

2013-04-23

詩について〜文学って何だろ?

ところで、文学を小説と同一視してるひとが多いのかもしれない。たいへん遺憾に思う。だが、かつてのわたしがそうだったのだ。
大学初年のころ、文学部留年しまくってるセンパイに「君は文学を小説と混同しているね、詩や戯曲のほうがはるかに歴史は長いのに」と言われた。そのセンパイは8年大学にいて、うまく大学や文学と距離をとって大学院に進学した。

みんな、文学を小説だと思っている。小説はたかだか近代の産物。19世紀に華やかだったもの。文学を小説と混同しているひとほど小説に対しても誠実になれない。小説の形式や可能性を知れない。
もっと「詩」に目を向けるべきではないか。
詩を、軽視してはいけない。ホメロスの頃からずっとある表現手段、表現形式。それを馬鹿にしないまでもシカトするなんて、そんな。小説家志してて、詩をまったく読みませんなんて、そんな。

詩を読め、詩を読むんだ。副読本ならちまたに沢山溢れている。銀色夏生相田みつをじゃない、ほんとうの詩人を読むんだ!

一生ものの本を求めて

さる記事で「まともな本」があまり読まれていないという話をした。まともな本とは、言い換えるならば、個人にとって一生ものの本となる可能性を秘めた本のことでもある。

誰かにとって一生ものの本とは必ずしもたった1冊というわけではない。一生ものの本は増やすことができる。ここが読書の醍醐味であり、面白いところ。
何も「一生もの」とはその人の人生を決定づけるという意味なのではない。「一生付き合える本」、まさにその意味で言っているのである。

西田幾多郎善の研究』はおそらくわたしにとって一生ついてまわる本なのだろう。最近傾倒しているニーチェの著作群も。フロベールも。もちろんトルストイも。三好達治の詩論も。
一生ものの本がいっぱいあるって、幸せだ。