法月倫太郎:ノックス・マシン

端正な論理の美しさの結晶のような推理小説作家である法月倫太郎氏が、果敢にもSFに挑戦した中編集。2058年、タイムトラベルの試みが次々と失敗し、その根本の原因に「ノックスの十戒」があると知らされた「数理文学解析」を専門とするしがない中国人オーバードクターユアン・チンルウが、その謎を解くために帰還の可能性が著しく低い過去へのタイムトラベルに志願する「ノックス・マシン」、「ワトソン役」の人々の互助団体「引き立て役倶楽部」が、「ワトソン役」を「軽んじる」アガサ・クリスティにしかけた陰謀の顛末を描く「引き立て役倶楽部の陰謀」、サイクロプス人の奇妙な世界に取り込まれた地球人工作員が、分裂した自己との「反転した書き文字」による曲芸的なやりとりによってとらわれの状況から脱出を試みる「バベルの牢獄」、高名な数理文学解析学者の娘がライブラリ上の文学データが次々と「焼失」してしまうという現象の謎に挑む、「ノックス・マシン」の後日談とも言うべき「論理蒸発ーノックス・マシン2」の、4編収録。

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川瀬七緒:147ヘルツの警鐘

147ヘルツの警鐘 法医昆虫学捜査官

147ヘルツの警鐘 法医昆虫学捜査官

あるアパートの一室で女性の焼死体が発見されるが、彼女の体内からは火災を生き残ったウジがボール状に固まって発見された。このウジの謎を解くべくごく例外的に警察への協力を依頼された法医昆虫学を専門とする准教授の赤堀は、どこからどうみてもただの昆虫オタクで、捜査員から不振の目で見られることはなはだしい。しかし、その驚異的な知識と洞察力によって、彼女は焼死体にまつわる謎を次々と解きほぐし、ついには死に至った謎にまで到達してしまう。

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ユッシ・エーズラ・オールスン:特捜部Q ーカルテ番号64ー

特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

コペンハーゲン警察の地下室に設置された「特捜部Q」は、未解決のまま残された事件を担当する、はっきりいって余剰人員を振り分けるための部署である。ここの捜査主任カールは優秀なのだがやる気がなく、ぼんやりと時間を過ごしていたかったのだけれど、秘書のローサが10数年前の連続失踪事件を掘り当ててしまう。はじめは嫌々捜査に取りかかっていたカールは、その背後に現在排外主義的、というより人種差別的な主張でデンマークの政治に姿を現してきた極右政党の党首がいるのではないかとの疑念をいだき、助手でアラブ人のアサドはなみなみならぬ熱心さで捜査にあたることになる。

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木内一裕:デッドボール

デッドボール (講談社文庫)

デッドボール (講談社文庫)

バイクの事故をきっかけに職を失い、彼女にも振られ、おまけに振られ際に彼女に借りていたお金を耳を揃えてお返しすると口走ってしまった主人公の青年兼子ノボルくんは、数日後に払う当ての無い家賃の支払いまで抱えてしまい、進退窮まった状況にあった。そんなときとんでもなく恐ろしい高校の先輩から呼び出されたノボルくんは、(仮称)佐藤氏を紹介される。(仮称)佐藤氏は資産家のこども誘拐を計画していたのだが、相棒が収監されてしまい代わりを募集中とのこと。基本的にはまっとうな心の持ち主で律儀なノボルくんは断固拒否するのだが、「決してこどもは傷つけず必ず家に帰す」との(仮称)佐藤氏の方針と、またたくみな話術に絡め取られ、いつのまにか誘拐の片棒を担ぐことに。しかし、ここに予想外の犯罪が介入し、大変な事態に巻き込まれてしまう。

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小野不由美:風の海 迷宮の岸 十二国記

風の海 迷宮の岸 十二国記 2 (新潮文庫)

風の海 迷宮の岸 十二国記 2 (新潮文庫)

十二国の中心に位置する金剛山女仙のみが住む神の山は、久しぶりの麒麟誕生の兆しに沸き立っていた。麒麟の「成る」神木には、麒麟の世話をするための妖獣も実り、あとは10月の成熟期間を待つばかり。しかし、突如として発生したこの世と蓬莱、すなわち人間の住む世界との接触であるところの「触」が起こり、麒麟の卵は人間の世界に流されてしまう。悲しみにくれる神仙の世界とは遠く隔たった人間の世界で、その後人間として育てらた麒麟は、なぜかまったく環境に受け入れてもらえない。そして10年後のある日、発見された麒麟は神仙の世界に呼び戻され、麒麟としての自我と能力の欠如、そして王を選ばなければならないという運命の前に、途方にくれてしまう。

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七河迦南:空耳の森

空耳の森 (ミステリ・フロンティア)

空耳の森 (ミステリ・フロンティア)

「七海学園」シリーズの著者による初短編集。春の登山で思わぬ吹雪に襲われた二人の男女の切ないやり取りを描いた「冷たいホットライン」、間違いなく孤島ではないどこかなのだけれども孤島と信じながら「漂流」生活をサバイブする幼い姉弟を描いた「アイランド」、高校卒業後に普通の職場からキャバクラのボーイに転職したクールで聡明な男の子と彼を見守る女たちを描いた「It's only love」、県の福祉局のボランティアページに寄せられたどうやら親の離別で悩み苦しむ姉妹のメッセージにまつわる「悲しみの子」、札付きの不良少女リコとその親友でこれまたブチぎれると恐ろしいと噂される少女のカイエが幼なじみの男の子マサトと久しぶりに出会うことからはじまる切ない探偵談「シンデレラ」、リコとカイエが遭遇してしまった壮絶な恋愛バトル「桜前線」、行きつけの飲み屋で出会った不思議な女性が語り手の男性の謎を解決する「晴れたらいいな、あるいは9時だと遅すぎる(かもしれない)」、束縛的な母と「娘」の対決を描く「発音されないH」。そして七海学園に暮らす少女がふとしたことで耳にした(と信じる)謎のメッセージにまつわる表題作「空耳の森」の、計9編収録。本著者の他の作品を読んでいなくても、十分楽しめる安心設計です。

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ベン・アーロノヴィッチ:女王陛下の魔術師

女王陛下の魔術師 (ハヤカワ文庫FT ロンドン警視庁特殊犯罪課 1)

女王陛下の魔術師 (ハヤカワ文庫FT ロンドン警視庁特殊犯罪課 1)

聡明なるも何らかの事情で大学に進学できずロンドン警察に就職した主人公の青年ピーターは、2年間の見習い期間満了後、念願の犯罪捜査部では無く、事件処理情報ユニット、すなわち事務仕事を一手に引き受ける部署に配属されることをほのめかされる。同期のレスリーはそんな彼を慰めるものの、彼女自身は犯罪捜査部に配属されることが内定しているとあって説得力がまるでない。と思った矢先、深夜の警備中にどう考えても幽霊としか思えない実体に出会ったピーターが、その真偽を確かめるため同じ場所をうろついていると怪しい人物に遭遇、その男に話かけられてうっかり「幽霊を探している」と言ってしまったピーターは、直後に自分がその男、ナイティンゲール氏を上司とする特殊犯罪課に配属され、「魔術師の弟子」的なポジションにありながら、危険な幽霊たちを相手に職務をまっとうしてゆくことになる。

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