ヘニング・マンケル「笑う男」

笑う男 (創元推理文庫)

笑う男 (創元推理文庫)

前作で人を殺してしまったヴァランダーは罪の意識から抑鬱状態となり、警察を休職してほぼ辞職の意志を固めたその時、級友が自分の父の事故死に疑問を持って訪ねてくる。関わり合いになるのを避けたヴァランダーは辞表を提出しに警察へ行くのだが、ちょうどその時その友人が殺害されたことを知る。ここにきてどうしても警察を辞められなくなったヴァランダーは刑事に復帰するのだが、容疑者と目される男は世界的大富豪で、その鉄壁の防御の前に悶々と捜査を続ける一方で、合間に相変わらず父親のプライヴェートの問題などに頭を悩ませる。

前作「白い雌ライオン」は、叙述的テクニックを駆使した切れ味良いサスペンス小説とでもいおうものであったが、本作ではまたまた雰囲気を変えて、前半戦は典型的な刑事小説とみせかけ、後半ではずいぶんと無理のある冒険小説的展開を見せる。物語的には、事件そのものよりはむしろヴァランダーの独白的叙述に重点が置かれ、いわゆる中年の危機とそれにともなう抑鬱状態がまざまざと描かれ、気持ち悪いことこの上ない。しかし、この迫真に迫った気持ち悪さがまた楽しいのである。後半になると調子を取り戻した主人公は相変わらずワーカホリック的に事件をやっつけにかかるのだが、残り頁がずいぶん少なくなってきても一向に事件は解決する兆しを見せず、ある意味手に汗握る展開となる。と思いきや、最後になって物語は暴力的に展開し、今までのしみじみした雰囲気はなんだったのかと思わせるようなスピード感溢れるクライマックスを見せ、各種アメリカ映画を思わせる場面展開が始まってしまうのには度肝を抜かれた。なんだかんだいって、極めて技巧的で、しかも上質な作品展開を見せる作者の腕前には、少しの雑念もなく物語の世界に没入させられてしまう。「後になってヴァランダーは・・・と思った」という形式の、レトロスペクティブな描写が多用されるのも、なんともたまらなく心地よい。本作で現在のところ全ての邦訳を読んでしまったことが残念でたまらない。うう。。