アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

当サイトは、法律ヲタ&アニヲタな元法学部生の日常を描くblogです。
QB被害者対策弁護団として、「アニメキャラが行列を作る法律相談所」を総合科学出版様から刊行させていただきました
「QB被害者対策弁護団」として魔法少女まどか☆マギカ同人誌
「これからの『契約』の話をしよう」「ミタキハラ白熱教室」を刊行しました!

C81金曜東へ59bに出展し「見滝原で『労働』の話をしよう(ベータ版)」を頒布します!

弁護士法74条に基づく注記:「QB被害者対策弁護団」は、架空の都市、「見滝原町」において
活動する弁護団であり、現実の世界において法律相談その他法律事務を取り扱いません。

2007-08-10 被告人月宮あゆは無罪!〜鯛焼き問題の刑法的考察

[][][]被告人月宮あゆは無罪!〜鯛焼き問題の刑法的考察(Kanon法学の形成と発展V) 23:03 被告人月宮あゆは無罪!〜鯛焼き問題の刑法的考察(Kanon法学の形成と発展V)を含むブックマーク 被告人月宮あゆは無罪!〜鯛焼き問題の刑法的考察(Kanon法学の形成と発展V)のブックマークコメント

Kanon 8 [DVD]

Kanon 8 [DVD]

1 鯛焼き問題

 あゆは、屋台の鯛焼き屋Aから鯛焼き5個を買おうと考え、その旨Aに注文したところ、Aは注文通り鯛焼き5個をあゆに手渡した。これを受けて、あゆは代金を支払うおうとしたものの、財布をどこかに忘れてきたことに気が付いた。ところが、あゆは空腹から、何としても鯛焼きを食べたいと思い、鯛焼きを持ったまま、Aの隙を突いてその場から逃走した。

 途中、あゆは祐一に出会い、「うぐぅ。話はあとっ。追われてるんだよ。とにかく走って。」と告げたので、祐一はあゆの身に何か危険が迫っていると思い、隠れ場を探して、付近のファストフード店Bに入った。あゆと祐一は、無断でB店内の座席に座って、何ら注文せず、食事客であるかのように装い、これによりAの追跡を免れた。

 B店から出た後、あゆは上の事情を祐一に打ち明けた。あゆが「後でちゃんとお金払うもんっ。」と告げると、祐一は納得し、あゆが「ボクからのおすそわけだよっ。」と差し出た鯛焼きを受け取り、あゆと祐一はその場で鯛焼きを食べてしまった。この場合におけるあゆ及び祐一の罪責について論ぜよ。*1

2 この問題の考え方 

 この事例について、「名無しだよもん」様から、どう考えるべきか相談を受けた。

(1)あゆの罪責

 ア たいやきについて

  たいやきを手に入れて代金を払わないことが社会常識に鑑みて「悪い」ことであることは明らかである。民法上も債務不履行責任を追及される(民法412条以下)。問題は、刑法的にどんな犯罪が成立するかである。

 (ア)1項詐欺罪の成否

  まず、「Aが『はいどうぞ』と鯛焼きをあゆに交付した」という側面をとらえて考える。この場合、Aが持っていた鯛焼きがあゆの下に移転しているので、もともと占有していたものについて成立する犯罪である横領罪は成立しない(「刑法の犯罪カタログ」参照)。また、Aはあゆに(売買契約に基づいて)自己の意思にもとづいて交付しているので、窃盗・強盗罪は成立しない(「刑法の犯罪カタログ」参照)。自己の(瑕疵ある)意思による交付がある場合に問題となるのは、詐欺罪(246条1項)である*2

 詐欺は騙して(欺罔行為)、相手を誤解させ(錯誤に陥れ)、相手に物を渡す等の処分をさせ(財産的処分行為)、これにより物を手に入れる(財物入手)ことが必要である。そして、詐欺というのは故意犯である*3。つまり、「わざと」騙ないといけない。すると、金もないのに「鯛焼き下さい」とあゆがAに言った時点では、あゆは「財布にお金が入っていると信じていた」のだから、わざと*4金がある振りをして鯛焼きを注文したわけではない。そこで、故意がなく、詐欺罪は成立しない*5

 (イ)横領罪の成否

 また、「お金がないことに気付いたあゆが鯛焼きをもって逃走し、鯛焼きを食べた」という側面を捉えると、鯛焼きはあゆが持っている場合であるので、詐欺罪や窃盗罪ではなく、横領罪を考えることになる(「刑法の犯罪カタログ」参照)。しかし、横領(252条)というのは、例えば「AがBから預かったBのパソコンを中古ショップに売り払ってしまった」というように、「他人の物(252条)」を勝手に売る、消費する等して横領*6しなければいけない。しかし、売買契約が成立したことによって、鯛焼きはあゆの物になる(民法176条)ので、「自分の物」である*7。そこで、横領罪は成立しない*8

 なお、落ちている財布をネコババした場合等に成立する遺失物横領罪(254条)の成立も考えられなくもないが、遺失物とは「占有者の意思にもとづかずにその占有を離れまたはまだ何人の占有にも属していないもの」であり、占有者(A)の意思にもとづいて占有を離れている(=Aがあゆに手渡している)本件においては成立しないだろう。

 (ウ) 2項詐欺罪の成否

  更に、「お金がないことに気付いたあゆが鯛焼きをもって逃走し、債務を事実上支払わなくて済むようになった」という側面を捉えると、鯛焼き屋を騙して「代金債務免除を受けるという利益」を手に入れたという別の詐欺(2項詐欺、246条2項)の成立も考えれないわけではないが、あゆは逃げただけで、債務免除をするよう特段の働きかけをしたわけではない*9上、鯛焼き屋も債務を免除したわけではない*10ので、2項詐欺罪も成立しない


 なんと、あゆは無罪なのである。


 これは、一見不当な結論にも見える。

 しかし、判例を探しても、こんな事例は出てこなかった。その理由は、ソフマップの店頭で美少女ゲームを買うような日常の買い物を思い出しても明らかな通り、普通は客が代金を出してから店が商品を渡すからである。法はこのように、売主に「代金と引き換えでなきゃ商品を渡さない」と言う権利を認めている(同時履行の抗弁権、民法533条)。お互いに約束の物が相手の手元に準備されていることを確かめ合った上で、それらを受け渡しする、という当事者間の公平を実現する制度があるのである。

 どんな商売でも、売主にとって最悪の事態とは、買主に商品を持っていかれた揚げ句に代金が貰えないこと(支払債務の不履行)である。そうならないために、売主は確実に代金を受け取れるようにしたい、すなわち債務の履行を確保したいし、また確保するよう努力すべきである。この点、銀行で住宅ローンを組んで不動産を買う(銀行に対し貸金の支払債務を負う)ような場合には、連帯保証人を付ける、土地建物を抵当に出す等、嫌というほど履行確保手段がとられることになるが、ソフマップの店員が客に同じことを言っていたら客はゲーマーズに逃げてしまう。そんな場合の売主にとっての最初で最後の履行確保手段が、「代金と引き換えでないと品物は渡さないよ」と言う権利、すなわち同時履行の抗弁権なのである。

 では、鯛焼き屋Aはどうしたか。ゲーム本編では具体的には書かれなかったが、ラジオドラマでは詳しい描写がなされた。

あゆ「これはね、ボクが商店街を歩いていた時のこと。ふと気付くと、とてもおいしそうな匂いが漂ってきたんだ」

祐一「うんうん、それで?」

あゆ「ボクがその匂いに誘われるままに近づいていくと、そこはたい焼き屋さんだった。あまりにおいしそうだったから、ボクはたくさん注文したんだ」

祐一「はぁ…」

あゆ「そして、ボクの手にたくさんのたい焼きが乗せられたそのとき、お店のおじさんがこう言うんだ。

『500円です』

って…。財布を忘れたボクは思わず走って逃げた! だけど…おじさんが追っかけて来るんだよ〜!」*11

 そう、鯛焼き屋Aは、債務の履行確保に最も重要な権利である同時履行の抗弁権をあえて放棄し、代金支払を受ける前に鯛焼きをあゆの手に乗せてしまっている。鯛焼き屋Aは、鯛焼きを手渡す前に「500円です」と言って、あゆが支払えるのを確認してはじめて鯛焼きを渡すべきだったのである*12。自分から権利を放棄して、特にそうすべき理由もなく代金後払いとしたんだから、そのことによる債務不履行の危険は鯛焼き屋Aが甘受すべきであろう。

 この意味で、あゆが無罪という結論もあながち不当とは言えないだろう。

 イ ファーストフード店に入ったことについて

  あゆは、ファーストフード店Bという建物に無断で入っている。建造物侵入罪(130条)というのは、管理権者の許可*13を得ずに勝手に*14建造物に入った場合に成立する。

 まず、ファーストフード店は「誰でも入っていい場所」なので、管理者(たぶん店長)は承諾しているのではないか問題があるが、盗撮目的で公衆トイレに入るのが建造物侵入罪なように、あくまでも「ファーストフード店で料理を購入・飲食する」目的での立ち入りが許されるのみであり、追っ手をまくための立ち入りは許可されていないだろう。特に、販売部分ではなく、レストラン部分への立ち入りである点からは、許可がないと言ってよい。

 もっとも、たった1,2分、誰でも入れるファーストフード店にいただけのことが建造物侵入罪として処罰するだけの価値があるかという問題がある。侵入時に誰も注意しなかったことからも分かるように、この程度の極短時間の立ち入りは軽微であり、店の迷惑の度合いは低い。こんな軽微な立ち入りに刑法が入って処罰する必要はない。こう考えれば、可罰的違法性がなく、無罪となるだろう。


(2)祐一の罪責

 ア ファーストフード店に入ったことについて

  まず、建造物侵入罪の点はあゆと同じであり、あゆが無罪というのであれば、同様に無罪となるだろう。

 次に、あゆを逃がした点について「犯人の逮捕を免れさせた」として犯人隠避罪(101条)が成立するか。この点は、「犯人*15」の意味が問題となるが、判例は「真犯人」はもちろんあたるが、真犯人ではなくともその嫌疑を受けて捜査の対象となっている者も入ると考えている。ところが、あゆは前述のように単なる債務不履行者であって「真犯人」ではない。また、追っかけてきたのが鯛焼き屋のおじさんだけで、警察ではないことからも明らかなように、捜査の対象にはなっていない*16。すると、この点についても祐一は無罪だろう。


 イ 鯛焼きを食べたことについて

  仮に鯛焼きが「盗品等」(256条)、つまり窃盗罪・詐欺罪等の財産犯によって取得されたものといえれば、これをただで譲り受けた祐一に、盗品等無償譲受罪が成立する。犯罪が成立してしまえば、後でお金を払うと思っても盗品等であることに変わりはない。

 もっとも、前述のように、鯛焼きの取得は何ら犯罪を構成しないので「盗品等」とはいえない。そこで、この点においても祐一は不可罰である。


3 解答例

第1 あゆの罪責

1 あゆは、Aから引渡しを受けた鯛焼きを持って、Aに代金を支払わないまま逃走している。この行為について、あゆはどのような罪責を負うか。

(1) 窃盗罪について

 まず、窃盗罪(刑法235条)の成否を検討する。

 窃盗罪の実行行為である「窃取」とは、占有者(鯛焼き屋A)の意思に反してそのものの占有を自己又は第三者(この場合はあゆの下)に移転することを意味する。ところが、Aがあゆに鯛焼きを手渡したのは、売買契約に基づき、Aの意思により引き渡したものであり、意思に反する引渡しではない。

 よって、あゆが引渡しによって鯛焼きの占有を取得したことは「窃取」に当たらず、窃盗罪は成立しない。

(2) 1項詐欺罪について

 次に、あゆが鯛焼きという財物をAから取得した行為が1項詐欺罪(246条1項)に当らないか。

 あゆが「人を欺いて財物を交付」させたと言えるためには、あゆが欺罔行為(≒人を騙す行為)を行い、それに基づいてA(鯛焼き屋)が錯誤に陥り、財産的処分行為を行い、その結果財産権(この場合はたいやき)があゆの下に移転されなければならない。

 本件においては、あゆが鯛焼きを注文した際、あゆは代金支払の意思があり、かつ能力があると信じていた。そこで、あゆの行為は欺罔行為に当らず、1項詐欺罪は成立しない。

(3) 2項詐欺罪について

 また、あゆが鯛焼きの交付を受けた後、逃走して債務を免れたという財産上の利益を得たことは、2項詐欺罪(246条2項)に当らないか。

 この点、あゆは単に逃走しただけで、これは欺罔行為とは到底言えないし、Aは別に錯誤に陥ったり、債務を免除してやろうと思ったわけではなく、錯誤も処分行為もない。そこで、2項詐欺罪は成立しない。

(4) さらに、あゆが鯛焼きの交付を受けて占有を取得した後、不払いの意思を生じて、これを持って逃走しているが、横領罪(252条)に当らないか。

 横領罪は「委託信任関係」によって自己が占有する「他人の物」を横領しなければならない。ところが、売買契約成立により、特約なき限り鯛焼きの所有権はあゆに移転する(意思主義、民法176条)ことから、逃走時には既に「他人の物」ではなくなっている。さらに、あゆは自己の所有権に基づいて自己のために占有しているので、委託信任関係も認められない。そこで、横領罪も成立しない。

(5) なお、あゆが鯛焼きの交付を受けて占有を取得した後、不払いの意思を生じ、これをもって逃走した行為は、遺失物横領罪(254条)にもあたらないと解する。遺失物は「占有者の意思にもとづかずにその占有を離れまたはまだ何人の占有にも属していないもの」であるところ、鯛焼きは店主の意思により占有を離れているからである。

(6) まとめ

 以上より、あゆが、Aから引渡しを受けた鯛焼きを持って、Aに代金を支払わないまま逃走した行為は不可罰である。かかる結論は一見不合理とも思えるが、Aは現実売買における債務履行確保上最も重要な権利である同時履行の抗弁(民法533条)を自ら放棄して、あゆに鯛焼きを渡してしまっている。このような債務不履行の危険ある行為を自ら行っている以上、その危険が現実化した場合に刑法上の責任を問えないことはやむを得ない。また、このように解してもなおAはあゆに対し民法上の責任を追及できるのであるから、この結論が不当とまでは言えない。

2 あゆは、Aの追跡から逃れるためで、人の看守する建造物たるB店に入り、座席を占拠して食事客を装っている。この行為につき、あゆは建造物侵入罪(130条前段)の罪責を負わないか。

 ここで、「侵入」の意義が問題となるが、本罪の保護法益は、建造物の管理権者が、誰のどのような立入りを許し、または許さないかを決める自由である。そこで、管理権者の承諾を得ない立入りが、「侵入」に当たるというべきである。

 この点、不特定多数の食事客の来店が予定されているB店では、人の立入りについて管理権者の包括的な承諾があるかにも見える。しかし、ファストフード店であるB店において、商品を注文することなく無断で座席を占拠するような立入りに、B店管理権者の承諾が及ぶ余地はないと言える。そこで、あゆの行為は「侵入」に当る。

 もっとも、あゆは1,2分という非常に短時間B店に立ち入ったのみで、B店をすぐに立ち去っている。かかる軽微な許諾権侵害は可罰的違法性があるとまでは言えない。

 そこで、あゆがB店に入り座席を占拠して食事客を装った行為についても不可罰である。

3 以上をまとめると、あゆのいずれの行為も不可罰である。

第2 祐一の罪責

1 祐一は、あゆと同様に、人の看守する建造物たるB店に入り、座席を占拠して食事客を装っているが。かかる祐一の行為も同様に可罰的違法性なく不可罰である。

2 また、祐一は、あゆに対し匿う場所を提供する以外の態様で逃走を助けているので、この行為につき犯人隠避罪(刑法103条)の成否が問題となるも、本罪の保護法益は国家の刑事司法作用であるところ、真犯人及び真犯人でなくとも捜査機関により捜査の対象となっている者を匿えばかかる保護法益を害するので、「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」は、真犯人及び捜査機関の捜査の対象となっている者を意味すると解する。

 すると、あゆの行為は前述のように何らの罪を構成するものではないから、真犯人ではなく、更に鯛焼き屋Aという私人によって追跡されているものの、いまだ国家機関たる捜査機関による捜査の対象になっていない。そこで、あゆは「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」に当らず、祐一もまた犯人隠避罪の罪責を負わない。

3 祐一は、鯛焼きが債務不履行により得られたものと知りながらこれをあゆから無償で譲り受けているが、かかる鯛焼きは刑法上の財産罪により取得された財物たる「盗品等」(256条)に該当しないので、かかる行為は盗品等無償譲受け罪(256条1項)に該当しない。

4 以上をまとめると、祐一の行為も不可罰である。

以上

まとめ

 鯛焼き食い逃げをしたあゆあゆは不可罰である。こう聞くと「おかしい」と思う方もいらっしゃるだろう。しかし、鯛焼き屋は普通は代金を払うまで鯛焼きを渡さないのに、なぜか先に鯛焼を渡してしまっているのだから、そのことによる危険は鯛焼き屋が引き受けるというのはやむを得ない。また、本件では「鯛焼きを手渡されてから逃げようと考えた」ので無罪なのであり「最初から食い逃げをするつもり」であれば詐欺罪である。普通の食い逃げ事例*17は適切な処罰ができるのである。「だって…お腹がすいていたんだもんっ!」というあゆの「言い訳にならない言い訳」は、刑法的には「無罪」という形で通ってしまうのである*18

謝辞:本エントリも、名無しさんだよもん様のご発案の問題に対し、2人の議論の中で作り上げたものです。名無しさんだよもん様の鋭い問題意識のおかげで、深い議論ができたことを感謝いたします。

関連エントリ:あゆあゆの「鯛焼問題」に関する法的考察〜Kanon法学の形成と展開I - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

特別寄稿〜あゆあゆの「鯛焼問題」についての新たな考察〜Kanon法学の形成と展開II - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

Kanon「魔物問題」についての刑法学的考察〜Kanon法学の形成と展開III - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

内縁不当破棄による真琴の祐一に対する慰謝料請求の可否〜Kanon法学の形成と展開IV - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

参考:刑法の犯罪カタログ

 刑法は犯罪カタログを作っている。財産犯*19については

財産を取得する領得罪か、財産を取得しないがその財産を壊す等する*20毀棄隠匿罪にまず分かれる。あゆは、たいやきを手に入れただけで壊したわけではないので、領得罪が問題となるだろう*21

 領得罪の中でも、ものを誰が持っているか、占有が誰にあるかで別れる。占有が被害者にある奪取罪と、占有が犯人にある非奪取罪に分かれる。非奪取罪は横領罪である。

 奪取罪の中では、被害者の意思に反して奪う盗取罪と、被害者の(瑕疵ある)意思によって手に入れる交付罪に分かれる。

 盗取罪の中でも、被害者の意に反して奪う方法が*22暴行脅迫によるか、よらないかで強盗罪と窃盗罪に別れる。

 交付罪の中でも、被害者の瑕疵ある意思の発生原因、つまり普通なら渡さないのになぜか渡してしまう理由によって詐欺罪と恐喝罪に別れる。騙して錯誤に陥れて交付させるのが詐欺罪で、暴行・脅迫により畏怖させて交付させるのが恐喝罪である。

 まとめると下の表のようになる*23

犯罪物を入手?犯人占有?被害者の意思による?暴行脅迫で奪う?交付方法?
器物損壊罪×毀棄罪
横領罪○領得罪○非奪取罪
窃盗罪○領得罪×奪取罪×盗取罪×
強盗罪○領得罪×奪取罪×盗取罪
詐欺罪○領得罪×奪取罪○交付罪欺罔
恐喝罪○領得罪×奪取罪○交付罪脅迫

*1:PC版Kanon劇中描写1月7日をベースとした設例

*2:なお恐喝罪も瑕疵ある意思による交付だが、畏怖がないので成立しない

*3:刑法38条参照

*4:=金がないことを知りながら

*5:正確にいえば、欺罔行為、つまり騙す行為の時点において、あゆは「金がない(=支払能力がない)とわかって注文した」わけではない以上「支払意思も能力もないのにそれあるように装った」わけではなく、そもそも欺罔行為がないということになる。

*6:不法領得の意思発現行為といわれる

*7:仮に「引渡し・登記・代金支払のいずれかがあった時点で所有権が移転する」という学説をとっても引渡しがあるのであゆの物であることは変わりない

*8:また、あゆは自分の物として占有しているのだから、Aとの間に委託信任関係がない

*9:欺罔行為がない

*10:処分行為がない

*11ラジオドラマKanon水瀬さんち」2002年8月3日放送分(CDドラマ「Kanon水瀬さんち 秋子さんのティータイム」所収「あゆの本当にあったコワイ話」)より

*12:もうすこし正確にいえば、あゆが500円をAに渡すのと同時に鯛焼きを渡すべき

*13:推定的承諾を含む

*14:看守ある

*15:罰金以上の刑に当る対を犯した者

*16:なお、私人でも現行犯逮捕ができるが、保護法益は国家の刑事司法作用なので、私人の行為をもって捜査というべきでないだろう

*17:後者が圧倒的多数

*18:民法的には通りません

*19:個別財産に関する罪といわれるものについて

*20:効用を喪失させる

*21:なお、領得罪が成立した後の毀棄行為、例えばバナナを盗んだ後食べるという行為は不可罰的事後行為となることに注意

*22:反抗抑圧に足る

*23:分類につき藤永幸治編「財産犯罪」p10以下を参考にした

leibniz0leibniz0 2007/08/20 15:52 民事や刑事はもういいですから、憲法をお願いします。麹町中学内申書事件で最高裁は幼稚な命題を立てて逆転敗訴にしましたが(この幼稚性は100選判例評釈で説明されています)、その背後にある論理について説明してください。

tbrwstbrws 2007/08/20 19:29 人に物を頼むときに「民事や刑事はもういいですから」とは随分変わった礼儀作法の国からお越しの方ですね。ronnorさんの問題はいつも大変興味深いです。いわれのない非難に負けないでどんどん民事や刑事をやってください。

leibniz0leibniz0 2007/08/21 18:16 民事や刑事は根本思想が低レベルであり、憲法の方が根本思想が高級であり面白いと思うからです。金の処理や刑罰の話はどうでもいいんです。ぜんぜん面白くないです。まともな頭を持った人なら民事や刑事を面白いという人はいないと思います。民事や刑事の細かい解釈論を展開している人は、自然法というすこやかな木を捨てて、金や異性にかかわる病める木にすくってうごめく虫です。

ronnorronnor 2007/08/24 23:42 >tbrows様
コメントありがとうございます。「自分の琴線に触れた作品」でかつ「法律という観点から斬れるもの」が見つかったらそれを書いているだけですので、私にも次に何を書くのかわからないというのが実情です。今後も、そのような方針でいきますので、よろしくお願いします。
>leibniz0様
 憲法について書いて欲しいというリクエストがあったということは了解いたしました。ただ、上記のとおり、「憲法について書こうと思ったら書ける」というようなものではありませんので、ご了承ください。
 なお、コメント欄における冷静な「議論」自体は問題ありませんが、コメント欄が感情をぶつけ合う場でないことは既にご存知かと思います。「まともな頭〜」等の感情的なお話は他でなさっていただけると幸いです。この点よろしくお願いします。

ASOUASOU 2007/10/12 01:14 古い記事にコメントするのも何ですが、どうしても気になったので。

1、そもそも現実売買において意思説を貫徹することへの疑問
2、刑法の保護法益としての「所有」と民法の言う所有を同じとするのか

と言う点です。
古い記事に対するコメントですが、返答が頂けると幸いです。

ronnorronnor 2007/10/20 13:42 >ASOU様
 コメントありがとうございます。

まず、1についてですが、通常の現実売買においてはこんな問題は起こっていないものと思われます。その理由は「普通は同時履行の抗弁を鯛焼き屋が保持し続ける(=金をもらうまで、鯛焼きをわたさない)」からでしょう。この抗弁を放棄してしまったのが本件の特徴であり、少なくとも本件のような事例に関する処理としては意思表示を考えることで適切な処理ができるのではないかというのが私の考えです。およそ現実売買すべてで意思説を貫徹しようというところまで意図しておりません。

2点目については、所有権移転「時期」について、民法と異ならしめるだけの理由がない事案だったので、横領罪の成否においては、民法の所有権移転時期をそのまま使ったというだけです。事案によって刑法的な観点から「この場合は民法と異ならしめるべき」という事情がある場合もあるでしょう。その場合に民法と刑法を異ならしめることはあってもいいのではないでしょうか。

ということで、どうぞよろしくお願いします。

ASOUASOU 2007/10/21 01:30 古い記事へのコメントにも関わらず返答有難うございます。
>通常の現実売買においてはこんな問題は起こっていないものと思われます
この部分なのですが、実際私は結構やっています(笑)
レジ担当なんですが、商品をお渡ししてから代金を受け取ることが多々ありまして…もちろん代金を支払わずに逃げてしまうお客様には幸いめぐり合っていませんが。経験則上他のお店屋さんでも意外にそういう事が多いんですよ。特に現実売買(特に日常生活品等)においては、社会通念から考えると、代金支払いがあってこそ取引が成立する、と考えるのが一般的であろうと思います。なので、代金の支払いまで所有権を留保した方が妥当ではないか、と思うのです。現に土地の売買における所有権の移転についてもその時期について色々争いもあるみたいですし(登記は徴表だ、とかややこしいので覚えてませんorz)。

刑法的な面については、上記と関連して、社会一般の現実売買の観念からすると、異ならしめる方妥当かな?と思った程度なんで、あまり気にしないでください。

ronnorronnor 2007/10/21 23:04 >ASOU様
コメントありがとうございます。「代金支払」の前に「引渡しをする」という事例が意外に多いというご指摘、興味深いと思います。
ただ、「引渡し」の概念の把握の問題もあるかもしれないとは思います。たとえば、スーパーでの買い物の際、棚側に客がおいた籠の中の商品を、バーコード読み取り機を通して、出口側の籠の中に入れるわけです。それから、代金受け渡しになります。この場合、「出口側の籠に入ればもう引渡し」と考えれば、「ほとんどの事案では商品引渡しが先、代金支払いが後」となるでしょう。しかし、社会通念上、代金を払って店員が「毎度ありがとうございます!」と言ったり、籠に手を添えて「どうぞ」というポーズをしたりするまでは、「引渡しがない」というのが相当でしょう。
このような、「引渡し」概念のとらえかたにより、引渡しを遅い時期ととらえれば、現実売買において、代金支払いが後というのはそこまで多くはないのではないでしょうか。
 この辺りは、わたしは社会経験が乏しいので、ASOU様を含め、他の皆様のご意見がお聞きできればありがたいと思うところです。
 ASOU様、鋭い問題提起をありがとうございました。

tbrwstbrws 2007/10/22 20:23 私もコンビニのレジの経験がありますが、商品を手渡すのと代金をいただくのが厳密な意味で同時履行となることはめったにありません(多くの場合代金を先にいただきますが)。私はronnorさんの意見と路線としては同旨で、「引渡し」は単に商品を手渡すこととは一致しないと考えます。

引渡しとは相手方に物の現実的支配と占有権とを移転することですが、182条2項の簡易引渡しを考えても伺えるように、すでに相手方に物の現実的支配(所持)がある場合には、占有権の移転は「あなたに占有を移転しますよ」という意思表示によってするわけです。であれば、現実の引渡しについても、物の現実的支配を相手方に移した上で、やはり「あなたはこの物を自己のために占有してよいですよ」という意思表示(占有権の移転についての合意というべきか)が必要なのではないでしょうか。

ASOUさんの言う「代金支払いがあってこそ取引が成立する」という見解には私も同意します。売主の意識としては、代金をいただくまでは「この物はあなたがあなたのために占有しているのですよ」と考えることはないと思います。この点、本件の鯛焼き屋は物の所持をあゆに移しただけで占有権の移転の意思があるとまでは言えず、「引渡し」はまだ行われていないと解することも可能かと考えます。その場合は、鯛焼きは他人の占有する自己の財物として、235条+242条で窃盗罪を成立させることができないでしょうか。

ronnorronnor 2007/11/05 01:02 >tbrws様
 コメントありがとうございます。
 支配「意思」が重要という考えは、私も同感です。
 ただ、支配「事実」もまた無視できないことも事実です。そして、コンビニやスーパー等では「店舗」というものがあって、「その中での受け渡し」に過ぎないわけです。そうすると、商品は店舗内にあるので、事実上も占有は移転していないという余地がある。コンビニやスーパーにおいては、この「最低限の占有」があるからこそ、意思を重視して「占有は代金支払いまで店のもの」ということは可能と思います。
 本件の問題は、本件鯛焼き屋が屋台であり、あゆに渡した時点で鯛焼きは「店の外」にあるというところでしょう。このように、占有の事実が相当薄い中、意思のみで占有を認定できるか、この点が本件では問題となっているのではないでしょうか。

tales_of_estoppeltales_of_estoppel 2008/06/26 17:40 はじめまして。いつも面白いエントリで楽しく読まさせていただいています。
ところで鯛焼問題なんですが、

本件の鯛焼売買契約は現実売買である
    ↓ 思うに
現実売買は、目的物の引渡債務と代金の支払債務が、契約の成立と同時に履行されることを契約の要素としている
    ↓ とすれば
契約成立の時点で既に買主に現金がないのであれば、現実売買では支払債務は履行不能
    ↓ そして
債務が原始的不能の場合、(危険負担の問題ではなく)その効果は契約の不成立
    ↓ 本件について見ると
あゆが本件契約成立時点で財布を持っていないから、本件契約の支払債務は原始的不能
    ↓ よって
本件売買契約は不成立
    ↓ したがって
本件鯛焼の所有権はあゆに移転せず、鯛焼屋に帰属する
    ↓ また
鯛焼屋は本件売買契約が成立したと誤信してあゆに鯛焼きを引き渡し、あゆはそれを持って逃げた
    ↓ この点につき
鯛焼は所有者たる鯛焼屋の占有を離れており、かかる鯛焼に対する不法領得の意思の発現があゆに認められる
    ↓ よって
占有離脱物横領罪が成立

というのはどうでしょうか?

ronnorronnor 2008/06/30 00:11 >tales of estoppel様
コメントありがとうございます。
なかなか面白い議論ですね。
検討すべきは、「現実売買」というのが、常に「十分な現金がなければそれだけで履行不能」といえるのかという辺りでしょうか。
あゆは逃走してしまいましたが、もしお金がないことを素直に告白して後でお金を持ってくるといった場合に、たい焼きやさんはどうしていたのかなぁと。その場合に「なら、次に来たときに今回の分も払ってな」となる可能性が相当程度あるのであれば、「この」売買においては、代金の現実的な所有は契約の要素にならないのかなぁと思います。
なかなか難しい問題ですが、面白い視点からの見解、ありがとうございました。

tales_of_estoppeltales_of_estoppel 2008/07/05 19:19 レスありがとうございます。
ちょっとまだ納得いかないのですみませんが意見させてください。

>その場合に「なら、次に来たときに今回の分も払ってな」となる可能性が相当程度あるのであれば、
>「この」売買においては、代金の現実的な所有は契約の要素にならないのかなぁと思います。
当事者の意思を実質的に考えると、現実売買の売主が物を引き渡す時に「もし買主に現金がないなら支払いを猶予してやろう」と予め思っている、とは通常考えられないのではないでしょうか。支払いの担保も何も取らないこういう食料品の買物のごとき現実売買では、むしろ「代金は現金で今この瞬間渡せ。渡せなければこの売買は無しだ」となるのが社会常識じゃないかと思います。
それに、「なら、次に来たときに今回の分も払ってな」というのは、法的にはまず売買を成立させてその代金債務について準消費貸借を成立させる、となるのでしょうが、準消費貸借の要件は債務の存在と当事者の合意です。とすると、あゆが一方的に逃げただけで当事者が何も合意していない本件では、形式的にも準消費貸借が成立しえません。
したがって、支払いの猶予について何ら合意のない「この」売買であればこそ、代金の現実の所持が契約の要素であるとは言えないでしょうか。

また、代金を契約と同時に支払えることが契約の要素でない、すなわち現金を持ってなくても現実売買で意思の合致時点で契約が完全に確定的に有効とすると、おかしな事例が生じえます。

例 鯛焼屋Aは新発売のバニラアイス味鯛焼を限定1個先着1名様限りで店に並べていた。あゆは珍しいので食べたくなってAに注文したところ、Aは注文通りバニラ味鯛焼きをあゆに手渡した。あゆは代金を支払おうとしたものの、財布をどこかに忘れてきたことに気が付いたので、手渡されたバニラ味鯛焼をカウンターに置いて何も言わずに逃げた。その後店の前を通りかかった栞がバニラ味鯛焼を食べたいと思ってAに注文し、代金を財布から出した。Aは栞にバニラ味鯛焼を売ることが可能か。

もしあゆとAとの売買契約が成立しているとすると、バニラ味鯛焼の所有権はあゆへ移転しAは引渡債務を負います。このときにAが栞にバニラ味鯛焼を売るのは他人物売買となるので、もしAが栞に鯛焼を売ってしまうと、栞の存在について善意のあゆが後日現れて「栞ちゃんから鯛焼を取り返してボクに引き渡してよ。できなきゃ561条で損賠請求するよっ!」と言えてしまいます。このあゆの主張を封じるには、栞に売る前に公示送達であゆに対し売買契約の解除をするしかないという非現実的なこととなり、結局、今この一個しかないバニラ味を食べたい栞が害され、今すぐ代金が支払ってもらえるAも害され、あゆだけが保護され結論が不当です。
そこで、あくまで現実売買においては、買主が現実に今すぐ代金を払えない場合にはそもそも契約自体成立させないという方が結論がすっきりすると考えるのです。

ronnorronnor 2008/07/06 15:58 >tales of estoppel様
 なかなか面白い議論&説例だと思います。
 おっしゃる通り、現実売買で現金を持っているかどうかは非常に重要な要素であることは間違いないと思います。
 ただ、例えば、バニラ味たい焼きの説例で「何も言わずに逃げた」のではなく「ボク、お財布取ってくるっ!」と言って帰った場合について、「あゆが一番最初にたい焼き屋に来て並んでいたのだから、あゆにバニラ味たい焼きをもらわせてもいいはずだ」という議論もありえると思います。
 このように、現実売買には「ちょっと財布を取ってきて、すぐに戻って払う」といったこともまま行われる(個人的には、スーパーのレジで財布を忘れたことに気づいて、「ちょっと待っててください」といってレジに籠を保管してもらって、財布を取りに帰った経験もあります)ことから、「今手元に現金がなければ、それだけで無効」といってよいかは非常に微妙だなぁと思っているのが、私の現在の個人的な感想である次第です。

tales_of_estoppeltales_of_estoppel 2008/07/07 12:38 レスありがとうございます。
残念ながらまだ納得がいかないのですみませんが書かせてください。

私も、あゆが正直に鯛焼屋Aに事情を話してAがそれで納得したり、ronnorさんが店員さんに財布取ってくるので待ってくださいと頼んで店員さんがいいですよと了承した事例では、問題なく売買が成立することに異存ありません。買主と売主とで「売買を成立させ、支払期を遅らせる」旨の合意があるからです。
法律構成としては、まず現実売買が成立してからその代金債務について準消費貸借が成立した(今回はツケにしとくけど次来たときに払ってねのパターン)か、あるいは、現実売買ではなく両債務の履行期を将来のある時点とする民法上の売買が成立した(財布持ってくるんで取っといてくださいなのパターン)とするなり、いかようにもできます。

しかし、「あゆは一番最初に鯛焼屋に来たから、金を出せなくても自動的に鯛焼をあゆのものにすべきだ」とは必ずしも言えないと思います。(少し違う例ですが、例えば声優さんのライブか何かで会場入口最前列に徹夜して並んでいたが迂闊にも買った前売券を家に置いてきた人がいるとして、その人が「俺が最初に並んでたんだから最初に入れさせろ。チケットは後で持ってくれば問題ないだろ」と言っても常識的には通りにくいと思います。)
たとえ、現金を忘れてきたから持ってくるまで待ってくれと買主が正直に申し出ても、売主としては必ずしもそれに合意する義務はなく、「取っとけませんよ、他のお客が先に来たらその人に売っちゃいますよ」と拒む自由が留保されているべきです。そして、その自由を行使しないことを売主が自己の意思で選び、他の人には売らないという義務を売主が自己の意思で引き受けた時、初めて売買契約が成立したとすべきではないでしょうか。
結局、目的物、金額、履行期、履行場所などの売買契約の主要な要素が確定して、その内容に両当事者が合意(意思の合致)したところに、契約の成立を認めるべきだと考えるのです。

Kanonの鯛焼問題やバニラ味の事例において重要なのは、「あゆとAが支払期について何ら合意しないうちに、あゆが一方的に逃げた」という点です。この点において、社会一般でまま行われる、買主が「ちょっと待ってください」と言った(かつ売主がそれを承諾した)場合とは本質的に異なる異常事態であると考えます。
あゆが財布を持ってきていない時点で、今ここで代金を払うという現実売買の内容が実現できないことに確定しました。とすれば、契約は不成立に帰するはずです。そこで、当事者が改めて交渉し新たな内容の契約を成立させる意思表示をしないのであれば、物権変動も債務の発生もそもそも起こるべきではありません。
あゆが交渉を放棄して逃げたという事例においてまで、なお売買契約が成立したとされ、Aがそれに拘束されて「バニラ味鯛焼を他の誰にも渡してはならず、あゆにだけ渡せ」という義務を負うとしたら、それは「人は自己の意思に基づかなければ私法上の義務を負うことはない」とする私的自治の原則からも妥当ではないと考えます。

ronnorronnor 2008/08/02 17:59 たぶん、私が「現実売買においては、所持金の有無が決定的に重要であり、それがなければ契約は無効。よって、所持金なくしてものを得たら、これは勝手に消費してはいけないのであり、ものを返さなければ占有離脱物横領。」
という議論について躊躇を覚える理由は、「利益窃盗」としてこれまで不可罰とされていたものの領域を狭める可能性があるからです。
典型的には、食べ物屋での注文ですが、注文した料理が「はい」と渡されたら、それ以降に所持金がないことに気づいて逃げても利益窃盗だから不可罰と解されているように思われます。
この点、上記議論をとれば、これまで無罪と考えられた領域(のすべてではないにせよ)に、たぶん占有離脱物横領罪という新たな有罪領域を作りだすことになると思われます。ここに躊躇を感じているということです。
ただ、非常に面白い考えだとは思っています。

なお、バニラ味鯛焼き事例では、「履行期」の約束を守っていないので、たい焼き屋は「契約を解除できる」訳ですから、「金がなくとも一応有効」と解しても、そこまで不合理な結論とはならないかもしれませんね。

tales_of_estoppeltales_of_estoppel 2008/08/06 21:41 レスありがとうございます。
しつこく長文で本当にすみませんが、議論好きの血が騒ぐので書かせてください。

@バニラ味の事例
>「履行期」の約束を守っていないので、たい焼き屋は「契約を解除できる」訳ですから、「金がなくとも一応有効」と解しても、そこまで不合理な結論とはならない
 そう簡単にはいかないのではないでしょうか。履行期の約束があってそれまでにあゆが代金を払わないとしても、鯛焼屋Aが解除をするには、まず「相当の期間を定めてその履行の催告」(541)をする必要があります。その相当期間が過ぎた後にAが「相手方に対する意思表示」(540I)をして初めて解除ができるわけです。
 ここで、あゆは逃げており所在が知れません。とすると、541条の履行の催告は公示送達(98I)でする以外になく、到達したとみなされるのは裁判所と市役所等の掲示場(98II)に掲示を始めて2週間後(98III)となります。普通、数百円の鯛焼の売買契約を解除するのに印紙代1000円を払って公示送達をするとは考えられませんし、仮にAがそうしたとしても、2週間より前なら催告がまだあゆに到達していないとみなしますから、あゆ・A間の売買契約は解除されません。例えば、掲示から10日後にあゆが代金+遅延利息の入った財布を持って屋台に現れたら、あゆは支払債務の履行の現実の提供(492)をしていることになります。
 あゆ・A間に売買契約が成立し、それが解除されず、かつあゆは履行の提供をしているのですから、「あゆが逃げた後に栞が屋台に来たので、Aは栞にバニラ味鯛焼を売って引き渡した」という事例は、Aを起点とするあゆと栞への二重売買において、売主の帰責事由で第一買主に所有権移転が法律的不能となった(栞が即時取得(192)で確定的に鯛焼の所有権を取得するので)場合に当たることになります。すると二重売買の売主であるAは、民事ではあゆに対し履行不能による債務不履行責任(415後)を負い、刑事では業務上横領罪(刑253、ただし処罰に値する程度の法益侵害がなく構成要件該当性がない、となりそうですが)が成立、となってしまうわけです。
 Aがこの結果を避けるには、Aは簡易裁判所に行って公示送達の申立てをし、バニラ味鯛焼に売約済の札をつけて冷蔵庫に放り込んでおき誰にも売らずに公示送達の期間が過ぎるのを待つ必要があります。そして、もしあゆが幸運にも公示送達の期間内に金を持って来たら、冷えたバニラ味鯛焼を叩きつけて代金を遅延利息付きで払わせることができますが、あゆが来ないまま解除が成立したら、10日も前の鯛焼を店先に出すわけにもいかないので結局廃棄するしかありません。鯛焼は栞のような普通の客に食べてもらわれず生ゴミとなり、社会経済上の損失著しい不合理な事態になります。
 要するに、「法的な約束」である契約が有効に成立した以上、その契約は国家権力という強制力を伴い、両当事者を拘束して債務の履行へ向かわせる(裏を返せば、債権の満足を得られるように両当事者を保護する)のであり、これを民法上の解除の手続で適法に失効させるのは容易ではないということを言いたいのです。どうしてもAが解除権を有すると主張しようとすれば、理屈では「現実売買では『買主が契約締結時点で代金を支払わない場合、売主の意思表示を待たず当然に売買契約は解除される』という黙示の合意があるのだ」などの技巧的な構成も考えられるのでしょうが、そうなるともはや「現実売買は買主が代金を所持していなければ原始的不能だ」と言っているのと実質的に何も違わないと思います。
 私は、「財布がないことが分かれば逃げる」という不誠実な行為に出てAとの交渉を放棄したあゆは、法が保護するに値する約束(売買契約)をいまだAと交わすに至っていないと言うべきだ、という価値判断に立ちます。そのための最も端的でわかりやすい構成が、原始的不能だと考えています。
 私には、あゆ・A間に売買契約が有効に成立したとすることで誰のどのような正当な利益が法的に保護されるのか、そこが納得できないので、鯛焼問題やバニラ味の事例で「あゆ・A間に売買契約が有効に成立した」とはどうしても考えづらいのです。何か、これだ!という根拠を挙げていただけると嬉しいのですが。

@本題の鯛焼き問題
 食い逃げは不可罰である→あゆの行為は食い逃げである→したがってあゆは不可罰である、という立論は、鍵っ子の間でもしばしば見られます。しかし、私は、利益窃盗で不可罰となる典型事例としてよく出てくる飲食先行・単純逃走型の食い逃げの話と、この鯛焼き問題におけるあゆの「食い逃げ」とは、どうも質が違うのではないかと考えています。
 というのは、「釣銭の受け渡しの時に余分の釣銭に気づいた→信義則上の告知義務が発生して不作為による欺罔で1項詐欺」「釣銭の受け渡しが終わった後で余分の釣銭に気づいた→たまたま自己の占有に帰した他人物に対する不法領得なので占有離脱物横領」という釣銭詐欺の事例がありますが、あゆの「食い逃げ」は、利益窃盗の食い逃げの事例そのものではなく、こちらの釣銭事例におけるような考慮も加わるべきではないかと考えるからです。
 甲が「最初は支払う意思で注文したが、料理を食べた後、財布を忘れたことに気づき、そのまま不払の意思を生じて店員の隙をついて店から逃げた」という事例では、財物である料理を注文する時点では欺罔の故意がないから1項詐欺は不成立、かつ、代金支払の時点では不払の意思を生じているが欺罔行為がないから2項詐欺も不成立、という論述が普通かと思います。
 では、「甲は、最初は支払う意思で注文したが、店員の持ってきた料理に箸をつける前に、財布を忘れたことに気づき、そのまま不払の意思を生じて、料理を食べてから、店員の隙をついて店から逃げた」という事例ではどうでしょうか。私は、この事例では釣銭詐欺と同じ1項詐欺が成立すると考えます。
 不真正不作為犯の実行行為性は、「法的作為義務」「作為の可能性・容易性」「作為と不作為との構成要件的同価値性」の3要件を満たした場合に限り認められます。
 上記甲は、財布を忘れたことに気づいた以上、信義則上の告知義務を負うと考えられるので、法的作為義務が認められます。財布を忘れましたと白状して料理を返すだけなので、作為は可能であり容易です。店員が「甲は代金を払うつもりだろう」という錯誤に陥っているからこそ甲にそのまま食事を許す処分をしているのに、甲が財布を忘れたことを告知せずその状況を放置しているのは、作為による欺罔と同価値性を有する不作為といえます(釣銭の事例で店員の錯誤で余分の釣銭をもらった後それに気づいたのに、そのまま店員に告知しないで店を出るのと同じです)。
 これに対し、利益窃盗で不可罰の場合の食い逃げが詐欺の不真正不作為犯にならないのは、財布がないことに気づいて不払を思い立ったのが食事後なので、もはや「食事を許すという処分を食い止めるために、店員に告知をすること」が不可能、つまり作為の可能性がないからであると解します(なお、釣銭詐欺とパラレルであるとすれば占有離脱物横領の成立余地はないかとも思えますが、不払の意思が生じた時点ではすでに料理は食べられてなくなっており、ない物を横領できないのは明らかです)。
 鯛焼問題に戻ると、「あゆは、最初は支払う意思で注文したが、鯛焼を引き渡された後、財布を忘れたことに気づき、そのまま不払の意思を生じてAの隙をついてその場から逃げた」という事例でした。そこには鯛焼という物がまだ存在するのですから、「鯛焼を持ち帰らせる処分を食い止めるために、Aに告知をすること」が可能・容易である点で、鯛焼問題は利益窃盗の食い逃げと完全に重なるわけではないことがわかります。
 では、あゆに1項詐欺は成立しないかと検討すると、それは明らかに成立しないと考えます。なぜなら、鯛焼という物の占有が、あゆが不払の意思を生じるよりも前の段階でAからあゆにもう移転されているので、「欺いて財物を交付させた」とは言えないからです。
 鯛焼問題に最も近い事例は、釣銭詐欺の第二類型(占有離脱物横領型)です。この事例は、店員が自ら錯誤に陥って客に余分な釣銭を渡し、客が店から出て釣銭の占有が客に移転した後で、余分の釣銭に気づいて不法領得の意思を発現するというものでした。これと鯛焼問題は、Aが錯誤に陥った原因があゆの過失にあること、屋台で行われる売買なので受け渡しの時点で占有移転が観念されること、不法領得の意思発現が「持ち逃げ」という形で行われることを除けば、非常によく一致すると考えられます。
 鯛焼の他人物性については、売買契約の成立を認めない上の私の説によれば鯛焼は民法上も完全にAの物(あゆにとって他人物)です。また、たとえ売買契約の成立が認められて鯛焼が民法上あゆの所有に帰しているとしても、民法上所有と占有が一致するとされている金銭である釣銭について客に占有離脱物横領罪が成立することに鑑みれば、鯛焼問題でも同様に、あゆに占有離脱物横領罪が成立するはずです。
 以上より、あゆにはやはり占有離脱物横領罪が成立すると考えます。